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【第74話】愚弟

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「わぁ~、ここがリングウォルド東街区ですか。大きい建物が沢山ありますし、平原同様ピッシリと区画が分けられていて綺麗な街ですね」

 リリスが周りを見渡しながらはしゃいでいる。俺が初めてディアトイルを出て大きな街に来た時と同じようなリアクションだ。正直シンバードの時より反応が大きいから勝手に負けたような気分になったが、とはいえリリスがはしゃぎたくなる気持ちも分かる。

 東西南北がきっちりと分かるぐらいマス目状に区切られた街は、斜めになった道など一つもなく、綺麗な石畳で舗装され、植え込みの植物は統一された木や花が並べられている。

家や商業施設も概ね橙色の屋根で統一されており、木造の家はほとんどなく鉄に似た金属で構成されている、少し無機質に感じるがとても美しい街だ。

 モードレッドは誇らしげな表情を浮かべながら、手を広げて歓迎の言葉を発した。

「ようこそ、シンバードの者達よ、ここが我がリングウォルド家の誇り、帝国リングウォルド東街区だ。中央区と東西南北の五つの区の中では一番こじんまりとしているが、それでもとても綺麗な街であろう?」

「これで、一番小さい街区なんですね。他の区に行くのが楽しみですねガラルドさん、シンさん」

 俺は首を縦に振ったが、シンは何故か無言のままだった。シンの様子が少し気になったものの、その後もモードレッドの街自慢を聞きながら歩を進め、気がつけば宿泊予定の宿の前に着いた。俺は案内してくれたモードレッドにお礼を言った。

「案内してくれてありがとう。それじゃあまた明日大陸会議で会おう」

「ちょっと待ってくれ、少し尋ねたいことがある。君達はリングウォルド・レックという男に会ったことはないかな? 帝国の第四皇子であり、私の愚弟でもあるのだが、会ったことがあれば近況が聞きたくてね」

「…………一応知り合いだが、その前に聞かせて欲しい。俺はぶっちゃけレックとは仲が良くないから、色々と揉めた事がある、マイナスな事ばかりを伝える事になるがそれでも良かったら話すよ」

「構わない、話してくれ」

 そこから俺はレックとパーティーを組んでいた事、理不尽に追放された事、ヘカトンケイルが襲撃された際に悔しがって泣いていた事、全てを話した。俺が呪われた地の生まれである事に加え、弟の事を悪く言われてしまえば嫌われるだろうと覚悟していたけれど、モードレッドは終始冷静に相槌をうっていた。

「なるほど、あいつはハンターの真似事をしていると風の噂で聞いたことはあったが本当だったんだな。他にやらなければならないことが沢山あるだろうに馬鹿な奴め。ガラルド、愚弟が迷惑をかけて本当にすまなかった。生まれで迫害し、更には我が身大切さに仲間を見捨てるような奴は弟であろうと軽蔑に値する。今度会う事があればきつく言っておくよ」

 モードレッドは人目についてしまう場所にも関わらず深々と頭を下げた。モードレッド程の有名人が五秒近く頭を下げ続けていたせいで、通行人も目を点にしてこちらを見ている。居心地が悪くなった俺は頭を上げてほしいと伝えた。

「や、やめてくれ、俺はもう気にしていないから大丈夫だ。レックにはレックの価値観だったり受けてきた教育があるだろうから仕方ないことだって俺は割り切れているんだ」

「教育か……むしろ家族と接する時間をほとんど与えられなかったことが教育不足に繋がったのだろうな。兄である私や父上の不手際だ」

 自分を責めるモードレッドは哀愁漂う目で遠くを見ていた。気まずい雰囲気を変える為かリリスがモードレッドに質問した。

「現在レックさんは何をされているんでしょうか? ヘカトンケイルを出て行って以降の情報をお聞きしていないので」

「今はハンターを辞め、家に戻ってきて帝国軍の職務に当たっているようだ。ハンターをやっていた動機も家出半分、道楽半分といったところだろうからな。きっとガラルドに圧倒されて真面目に働く気になったのだろう」

「家出ですか? 喧嘩か何かをしていたんですか?」

「いや、喧嘩すら出来ないぐらい冷めきった関係だったのだ。年の離れた私はレックが子供の頃から第一王子として世界各国を飛び回っていたし、父上は出来の悪いレックにほとんど構う事がなかった。母上はレックを生んだ一年後に亡くなっていて、第二、第三皇子である弟達は厳しい父上についていくのでやっとだったからレックとほとんど関わってはいない」

 父親もいて兄弟も沢山いるのに愛を受けられないレックのことが不憫になってきた。血の繋がりのある家族がいない俺ですら、村の誰かしらが遊んでくれたり構ってくれていたことを考えると恵まれている方なのかもしれない。

 方向性は違えど家族からの愛を受けられなかった者同士、また会う事があれば少し踏み込んだ話をしてみるのもいいかもしれない、もっともレックは俺の事が大嫌いだと思うが。俺はレックに対する率直な気持ちをモードレッドに伝えた。

「レックには正直腹が立ったことも多いし仲良くなれるとは思えない。だけどヘカトンケイルが襲撃されたあの日、別れ際に悔し涙を流していたあいつの眼は闘志のようなものが宿っていたと思うんだ。レックが空っぽで腐っているだけの奴なら、あんな眼はしない筈だからレックはきっと良くも悪くも変われると思う。だから愚か者だと見捨てないであげてほしいし、頑張っていたら手紙の一つでもいいから褒めてやってくれよな」

 俺の言葉が予想外だったのか、モードレッドは目を見開いて驚いていた。それから少し考えこんだ後、微笑を浮かべながら言葉を返した。

「付き合いの浅いガラルドの方がよっぽどレックのことを分かってあげられているみたいだな。レックのことを理解している人間がいた事が嬉しい反面、兄の自分が情けなくなってくるな」

 モードレッドは遠い目をしながら寂しそうに呟いた。その後も少しだけ話を交わし、俺達は別れの挨拶を交わした。

「ガラルド、シン、リリス、今日は色々と世話になった。明日の大陸会議で会えるのを楽しみにしている、それではまた明日」

 俺とリリスはモードレッドの背中が見えなくなるまで手を振った。それから宿でチェックインを済ました俺達は各々の部屋に行く前に少しだけモードレッドについて話しをした。俺はモードレッドがいる間ずっと大人しかったシンのことが気になり尋ねてみた。

「シンはずっと大人しかったが、そんなにモードレッドさんのことが苦手なのか?」

「ああ、かなり苦手だね。話上手で人当たりもいいのだが、恐ろしく現実主義かつ合理的な思考の持ち主でね、妙に無機質に感じる時がある。極めつけは盗賊に放っていた『あの能力』だ。底が見えなくて恐ろしいよ」

 今日話した限りだとそうは思えなかったし、むしろ弟であるレックの事を心配していたり、人探しをしていたりと優しい人間の様にも思える。しかし、シンの言葉やビエードが残した言葉がある以上油断はできない。それに俺自身『あの能力』を見た瞬間、逃げ出したくなるぐらい怖かった。

 明日の大陸会議では主催国である帝国が主軸となって話す事になるだろうから、きっとモードレッドが話す機会も多くなるだろう、その時に改めてモードレッドがどんな人間なのかを確かめようと思う。

 時間的にはまだ昼にもなっていないものの、長旅の疲れも溜まっていた俺達は早めに解散して、明日に備える事にした。どういった会議になるだろうとドキドキしながら眠りにつき、大陸会議本番の朝を迎えた。

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