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【第73話】パラディア

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 別邸跡地を二対二で別れ、手分けして探索を開始してから十分ほど経った頃だろうか。俺とリリスのグループは小さな倉庫に辿り着いた。

他のところにはもっと大きな倉庫があるうえ、ここだけ妙に寂れている様子からも目ぼしい物は見つからないかもしれないが一応探しておいた方がいいだろうと判断したからだ。

 中に入ると、ほとんど手付かずで埃まみれなうえに、ガラクタばかりが置かれている。やっぱりここはハズレかと部屋を出ようとしたところで、リリスが目を瞑ぶり、手を耳に当てて何かを確かめ始めた。

「何か風の音が聞こえませんかガラルドさん。それに微かに甘い花の香りもします」

「俺にはよく分からないなぁ。外観から察するに部屋はここだけに思えるから、もしかしたら地下があるのかもしれないな。床をノックしながら反響音で確かめてみるぞ」

 そして、俺は奥から順番に床をノックして地下があるかどうかを探した。すると、大きな本棚の下だけ反響音が軽く、下からリリスの言う甘い花の香りも感じられた。俺達は本棚を移動させると、そこには地下に続く床扉があった。

 松明を持って、階段を二十段ほど下っていくと、そこには部屋とも呼べないような小さな洞穴があった。サイズ的には普通の部屋程度で地面が土だから生活感がない。子供の玩具や熊の人形、そしていくつかのアルバムと本があるだけだった。

「子供の秘密基地のような部屋だな。だが、一応役に立つかもしれないしモードレッドには伝えておこう。それじゃあ一度倉庫を出て他のところを探しに行くとするか」

「ちょっと待ってください。私、この熊の人形に見覚えある気がするんです、それにさっきから鼻をくすぐる香りも……。きっと香りはこっちのガラクタの山から発生していると思います、動かしてみますね」

 リリスがガラクタの山を片付けると、そこには綺麗なピンク色の花が三本咲いていた。俺は顔を近づけて花を確認してみたが、素材図鑑マテリアルを持つ俺でも何の花か分からなかった。

「リリスはこの花を知っているか? 俺でもちょっと分からなかったが」

「私も分からないですね、確かに嗅いだことのある香りだと思うのですが。こんな雨も日光も当たらない暗い所で咲いていたらいずれ枯れてしまいますよね、外に持って行って植え直してあげますね」

 そう言ってリリスは三本の花を束ねて持った。するとその瞬間、花の色がピンクから水色へと変わり、香りも甘い香りから清涼感のある香りへと変化した。こんな変化を遂げる花は見た事が無い。

リリスもさぞかし驚いているだろうと表情を確認してみると、突然目を点にして頭痛の様に頭を激しく抑えて唸り始めた。

「うぅぅ、頭が痛いです……」

「おい、大丈夫かリリス! 直ぐに花を落とせ!」

 俺はリリスの手首を叩き、強引に花を落とさせた。しかし、リリスの痛みは治まらなかった。直ぐに外へ運び出すべきだとリリスの腕を掴んだその時、ピタッとリリスの震えが止まった。

「私、少しだけ思い出した気がします。この花も熊の人形も、写真の女性が昔好きだったものです」

「き、記憶が戻ったのか? そ、それより頭痛は大丈夫なのか?」

「はい、嘘みたいに痛みは消え去りました。もしかしたら記憶が戻る時の副作用みたいなものかもしれませんね。それにしても香りで記憶が刺激されるなんて思いませんでした」

「人間は匂いをきっかけに過去を思い出したり、懐かしい記憶を刺激したりするもんだからな、女神のリリスもそういうところは同じなのかもしれないな。偶然とはいえ、遂に女神族で初めて記憶を少し取り戻せた女神になれた訳だな、おめでとうリリス」

「ありがとうございます、とは言っても記憶が全て戻った時に女神としての私の人格がどうなるのか分からないですから怖いですけどね」

 ジークフリートを解放した夜の時の様にリリスは震えていた。人と関わる事を極力避けてきた弊害でどうやって不安を取り除いてあげればいいかが分からない。気がつけばあの夜と同じようにリリスを抱きしめていた。

「少しは落ち着いたか? ジークフリートから辛い事続きだもんな、怖かったらいつでも歩みを止めていいからな」

 俺の胸に顔をうずめたリリスがお礼の言葉を返した。服越しに振動と吐息の温かさが伝わってきた。

「……はい、ありがとうございます。でも不安な気持ちを抱くと同時に前に進めている嬉しさもあるんです。だから無理しない程度に記憶の解放を頑張ってみようと思います、あくまで最優先は大好きなパーティーで人々の為に働く事なので」

「ああ、それでいい」

「それにしてもガラルドさんは弱っている人には本当に優しいですね。怪我の功名とはいえ二回もガラルドさんに抱擁してもらえて役得ですね」

「また、馬鹿な事を言いやがって……とツッコんでやりたいところだが、無理にふざけなくていいぞ。お前が本当に弱っていて、それでも暗くならないように気を遣っていることぐらい分かっているからな」

「…………お手上げです。最近のガラルドさんには色んな意味で敵いません」

 色んな意味でという言葉が何を示しているのか分からないが、図星を指されたリリスは顔を赤くして縮こまっていた。普段からこうならもっと可愛いのだけれど。

 そして、俺達は他の場所を探し終えた後、シンとモードレッドと合流して隠し部屋の存在を伝えた。結局、隠し部屋以外にめぼしい物は見つからなかったようで、モードレッドから深々と頭を下げてお礼を言われた。

「君達には本当に助けられた。これでまた一つ完成に近づく事だろう」

 完成という言葉が引っ掛かった俺は率直に尋ねてみた。

「完成ってなんだ? 人探しだけが目的ではないのか?」

「ああ、すまない今の言葉は忘れてくれ。帝国を抜きにして個人的に色々とやりたいことがあるのだよ」

「なんか詮索してしまってすまなかったな」

「いや、こちらこそ不明瞭な言い方をしてすまない。お返しという訳ではないが、この花について教えてあげよう。この花はとても希少なもので、名を『パラディア』という。パラディアは単体では甘い香りを発するが複数本束ねたり、近づける事で香りを変える不思議な特性がある。育てるのに水も光も必要なく、与えるとむしろ枯れてしまうから日中外へ運ぶときは包んでやったほうがいい」

 そう言うとモードレッドはパラディアを一本ずつ小箱に入れて光を遮った。

「そして、水や肥料の代わりになるのが魔力だ。人や動物に触れさせて魔力を吸わせることで育てることが出来るから数を増やしたければ多くの魔力を注入するといい、もっともかなりの大食いだがな。世話になったお礼に一本君達にプレゼントしよう」

 世界には変わった植物が沢山あるが、魔力を吸って育つ花なんて聞いたことがない。モードレッドから貰った花を育てる事はリリスの記憶を解放する事にも繋がるかもしれない。大切に育てたいところだ。

「ありがとう、大切に育てるよ。それじゃあ俺達は宿があるリングウォルド東街区に行く事にするよ。大陸会議でまた会おう」

「ちょうど私もそちらへ用事があるから道案内がてら宿まで送っていこう。探索のお礼もしたいからな」

 そして俺達は別邸跡地から町の宿屋へと向かった。ビエード曰くかなりの危険人物らしいが今のところ、盗賊をプレッシャーで追い詰めた点以外は至って普通に見える。むしろ偉い立場であるモードレッド自身が単身で人探しをしているぶん善人にすら見える。

 一応警戒しながら移動を続けたものの、特に何事もなく町の入口まで辿り着く事となった。

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