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2. 学校編

ともだち

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 トランクィロとの対面から一夜明けて。
 僕の『引っ越し・・・・』は群れのイタチウェッセル達の協力もあって、滞りなく完了した。

 今僕が住処に定めているのは、ミオレーツ山の南西部に位置する泉のそばに作られた巣穴・・だ。表面を整えた倒木を組んで木の枝を被せたそれは意外と快適で、中が広い上に風通しもよい。
 トランクィロの群れを成すイタチ人ウィーゼルマン達が僕のためにと、「城」近くの泉を選んでわざわざ拵えてくれたのだ。
 そこまでしてくれなくてもいい、と固辞したのだが、結果は押し切られてこれである。何と言うか、こんな形で課題を進めていいのか、自分で自分に自信が持てていない。

 サバイバル生活というからには、もっと自分の力と技術を頼りに過酷な環境を生き延びていくイメージがあったのだが、食料はイヴァノエやアリーチオが狩ってきてくれる上に干し肉も用意できているし、火種と綺麗な水は魔法で手に入るし、イタチウェッセルの住居はこうして整えてもらった。
 これではまるで期間が長いだけのキャンプである。課題が始まる前に決意した「のんびりまったり」は、これ以上ないほどに実現できているが、簡単に実現させてしまえたせいで逆に申し訳ない気分だった。

 洞窟住まいの時から愛用している古毛布をラグがわりにして、その上に座る僕の隣で、寝そべるイヴァノエが大きく口を開けて欠伸をした。

『しっかし、巣穴もここまで行けば最早家だな、家。
 いくら使徒サマが人間だからって、そこまで人間らしい暮らし方をなぞらなくたっていいのによ、畜生め』
「うん……そうなんだよね。僕がいなくなった後、ここをどうするつもりなんだろう、王様は」

 僕が天井・・に通された梁を見上げながらそう零すと、壁に干し肉をかけていたアリーチオがこちらを振り向きながら口を開いた。

『あー、それなんっすけどね。どうも王様はエリクさんが山を立ち去った後に、ここを子供達とそのお母さん達の家にするつもりらしいっすよ。
 だからイタチ人ウィーゼルマン達も気合入っていたんっす』
『あ? おいアリーチオ、お前それ誰から聞いたんだ』

 イヴァノエの目が細く開かれて、その内側から覗く藍色の瞳がアリーチオの瞳を射抜いた。数瞬顔を強張らせたアリーチオの視線が宙を彷徨う。
 答えないアリーチオに業を煮やしたか、イヴァノエの身体に力が籠もる。ダンッと地面を蹴る音が響いたかと思えば、次の瞬間には木の幹にアリーチオを磔にするイヴァノエの姿があった。
 蹴られた古毛布が大きくずれてしわになる。その勢いもあったが突然の事態。僕の腰が浮いた。
 アリーチオの胸を前脚で幹に圧し付けながら、イヴァノエが大声で噛みついた。

『お前はいつもそうだ。したり顔でべらべらと喋りやがって……言え! 誰がお前に話した!』
『……王様、本人からっすよ、アニキ……』

 苦し気に呻きながら言葉を漏らしたアリーチオ。その返答に眉をひそめたイヴァノエの前脚が、ぶんっと振り払われる。その拍子にアリーチオの身体が地面に投げ出された。
 地面に擦った腕を押さえるアリーチオには目もくれず、イヴァノエは木の幹を睨み続けている。その口から、怨嗟とも呪詛ともつかない低い声が漏れていた。

『親父の野郎……使徒サマのことについてもそうだ、畜生め。
 親父はあのカラスコルヴォから説明を受けたと言っていた。だが親父からタレコミを受けて襲撃に行った俺は、森に立ち入った人間がカーン神の使徒だなんて話はこれっぽっちも聞いていねぇ。
 何故親父は息子の俺に教えないで、狼人ウルフマンのお前に教える?あいつは一体何を考えているんだ?
 ふざけんな、俺を馬鹿にしやがって……』
『それは……』
「やめてよ!!」

 憎しみと怒りに顔を歪めるイヴァノエに、堪らず僕は声を上げた。突然の僕の声に驚愕したか、イヴァノエが目を大きく見開いて僕を振り返る。
 僕は両手をぐっと握りしめて、僕を見つめたままのイヴァノエの瞳を見つめ返した。そのままイヴァノエの大きな身体の方に足を進めていく。

「王様も誰も、イヴァノエを馬鹿になんてしない! 馬鹿にしているなら昨日だって、あんな形でイヴァノエを褒めなかった!」
『どこが褒めてやがった! 力ばかりあるだけで、血の気が多くて先走ると!』
「血の気が多くて先走りやすいってことは、それだけ情熱と勇気に溢れているってことじゃないか! いいことだ!」

 僕の力いっぱいの反論に、イヴァノエは虚を突かれたようにその場に立ち尽くした。瞳にこもった熱が、急速に冷えていくのを感じる。
 ここで引いてはいけないと、僕はさらに畳みかけていく。

「それにこの2週間2ウアス、王様はイヴァノエを僕といさせてくれたじゃないか! 僕が使徒だと分かっているなら、信頼できない相手に僕を任せたりなんてしない!」
『そうだ……俺は、ずっと使徒サマと一緒に過ごして……』

 イヴァノエの大きな頭が力なく項垂れた。その頭を優しく抱き締めるようにして、僕は身体をぎゅっと寄せた。

「僕、イヴァノエのこと大好きだ。大事な友達だと思ってる。イヴァノエも友達ダチだって言ってくれたじゃないか。
 これからも一緒にいて欲しいし、力になって欲しい。だから……自分を卑下しないで欲しい……」

 だんだんと、涙声になる僕のイヴァノエへの告白。
 目を潤ませながらイヴァノエに抱き付いた僕がふと顔を上げると、イヴァノエの切れ長の瞳からぼろぼろと涙が零れ落ちていた。
 イヴァノエも泣いていた。声を殺して、僕に抱き付かれたままで静かに泣いていた。
 僕達は二人身を寄せ合って、ただ静かに涙を流し合った。僕の後ろで目元を拭ったアリーチオが、笑いながら後方に視線を向ける。

『これで一件落着、ってところっすかね? 王様・・
「あぁ、そうだな」

 アリーチオが視線を投げた巣穴の入り口、そこの垂れ下がる木の葉を潜りながら姿を現したのは、「王」こと、トランクィロだ。
 声に気付いて入り口の方を向いた僕とイヴァノエが、揃って目を剥く。
 そんな僕達を見てふっと口角を上げたトランクィロが、すたすたとアリーチオに近づくとその肩をぽんと叩いた。

「すまないなアリーチオ、辛い役を押し付けてしまって」
『いえいえー、アニキとエリクさんの為なら、このくらいお安い御用っす』
「えっ、あの、アリーチオ? 王様?」

 状況がさっぱり頭に入ってこない僕が目を白黒させていると、トランクィロが親指をくいっと動かした。

「俺がイヴァノエに敢えて情報を渡さないでいたのはな、エリクとイヴァノエに、本当の意味で友達に・・・なってもらいたかったからなんだよ、この野郎。
 イヴァノエは実力がある。勇猛果敢で気遣いも出来るやつだ。面倒見もいい。信心深くて責任感もある。だがだからこそ、自分がこうだと思ったらなかなかそこから外れられない。
 エリクがカーン神の使徒だと最初から知っていたら、初日の夜にそもそも接触しようと・・・・・・・・・・しないのは明らか・・・・・・・・だったからな。
 この巣穴についてもそうだ。エリクが山を去った後に再利用するって知ったら、お前絶対に怒るだろ?」
『……』

 涙を目に溜めつつ、俯いたままのイヴァノエは動かない、答えない。
 確かに、イヴァノエが襲ってきたあの日。僕がカーン神の使徒だと知るや、彼は途端に従順になった。
 その情報を先に仕入れていたとしたら。結果は火を見るより明らかだ。
 トランクィロは言葉を続ける。

「それに、友達関係を築くには信仰心ってのが邪魔でな。イヴァノエ、お前頑なに「使徒サマ」って呼んで、名前を呼ばなかっただろ?
 お前は自分で友達ダチって言ったらしいし、既に友達の関係でいたつもりらしいがな、この野郎。
 心のどこかで、「自分がエリクの友達になるなんておこがましい・・・・・・」「エリクを名前で呼ぶのは申し訳ない・・・・・」って思っていたんだろうよ」
『なんだよ……親父、全部お見通しってわけかよ……』

 しゃくりあげつつ、嗚咽を漏らしながらイヴァノエが言葉を漏らした。反論しないところを見るに、どうやら当人もそうなる・・・・と考えているらしい。

 僕は改めて目の前のイヴァノエの顔を見た。切れ長の瞳を涙で潤ませて、藍色の瞳でじっと僕の顔を見つめ返してくる。
 何だかその弱々しさと人間臭さがひどくありふれたもののように思えて、あの大きくて強いイヴァノエの存在が、一等身近なものに感じられてくる。

「ねぇ、イヴァノエ……せっかく友達になったんだし、僕のことを『エリク』って、名前で呼んでくれないかな……?」
『……使徒サマ。う、いや……エ、エリク……これで、いいか?』
「ふふ……うんっ」

 僕はイヴァノエに改めてぎゅっと抱き付いた。イヴァノエも最早遠慮は無用とばかりに、頭をごしごしと僕に擦り付けてくる。
 それがなんだかくすぐったくて、僕とイヴァノエは互いに笑い合うのだった。
 その僕の背後からアリーチオも抱き付いてくる。

『アニキとちゃんと友達になったんなら、俺だってエリクさんと友達っすもんねー! これからも仲良くしましょうねーエリクさーん』
『うっせぇぞアリーチオ、畜生め! 折角エリクの腹の柔らかさを堪能してたのに、水を差しやがって!』
『へぇ!? アニキばっかりずるいっすー、俺もエリクさんの柔肌にすりすりするんっすー!』

 そうして二人して僕を挟んで、僕を取り囲んでのもふもふタイムが始まる。
 それに翻弄され、イヴァノエとアリーチオの二人分のもふもふにもみくちゃにされる僕を、僕を囲んでぐるぐると回るイヴァノエとアリーチオを見て。
 トランクィロは腕組みをしながら笑みをこぼすのだった。

「……やっぱり、イヴァノエを共伴契約に回した・・・・・・・・のは正解だったな、この野郎」

 そう呟いた言葉は誰の耳に届くこともなく、森の葉擦れの音に溶けていった。


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