異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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神狼鎮守タバヤ、崇める獣の慟哭編

7.お前のことが理解できない

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 まるで金属を叩いたかのような綺麗な音が、試練の場に響く。

 恐らくはこれが【綺羅笛】なのだろう。
 すぐにそう納得できるくらい、その音色は透き通った綺麗なものだった。

 なんにせよ、この笛が吹かれたという事はここで休憩である。誰がどこに居ようとも、俺達はその場で休憩する事を強いられるのだ。

 ……なので、本来ならば俺もホッと一息吐く事が出来る時間なのだが……。

「…………」
「…………ええと……」

 たった数秒前、クロウが吹っ飛ばされた。
 熊オッサン二人が俺を投げたり奪ったりで大乱闘している間に、つい獲物……こと俺から手を放したせいでお互いに隙が出来、僅かな差でクロウが負けてドカンと蹴り上げられてしまったのだ。

 ちなみに俺は投げ出されて地面に頭から突っ込みました。
 まあそれは置いといて。

 ともかく、そんなこんなで二人とも俺から離れていたから、結果的に俺はどちらかの陣地に収容される事も無く、こうして地面に座っていた。
 ……1メートルくらい離れた場所にいる、殿下と一緒に。

 ………………。
 どうしてこう、タイミングが最悪な時に休憩に入っちゃうんだろうな。

 横に居るのがクロウだったら和やかに話も出来ただろうが、相手が殿下じゃ気軽に会話するのも難しい。投げられ落とされと散々な目に遭ったのに、休憩の時でも気が抜けないなんてつらすぎる。

 つーかこんなのが二日間続くのがまずヤバいわ。クロウと殿下がヘバるより先に俺が死ぬぞ。小一時間投げられ落とされの繰り返しでもうボロボロなのに、これがあと何十回も続くなんて拷問としか言いようがない。
 今更ながらにとんでもない事を引き受けてしまったぞ……。

 途中で決着がつく試練じゃないし、丸二日取り合いっこなんて俺は生き残れるんだろうか。いや、俺の【黒曜の使者】の自己治癒力のおかげで死にはしないんだけど、死なないってのも考え物だよな。いっそ殺してくれって拷問でも死ねないわけだし。
 まあ、休憩があるだけ、この試練は拷問よりマシなんだけどさ……。

「……おい」
「ヒッ、あ、えー……な、なんでしょうか」

 まさか殿下に話し掛けられるなんて思ってなかったので、つい変な声が出る。
 イラッとされてやしないだろうかと心配になったが、怒りんぼ殿下はいつもの不機嫌顔で、それ以上怒っているような感じでは無かった。

 つまり、俺に対しては何とも思ってない……はず。
 でも何だって話し掛けてきたんだろうか。

 薄霧の中で辛うじて見える相手の表情を窺うと、殿下はムッとした顔のままで俺を見やった。

「……アレは、人族の大陸で何をやっていた?」
「え……」

 アレって、なんだろう。もしかしてクロウの事か?
 いや、もしかしなくても今の状況じゃそれ以外無いよな。

 でもあまりにも意外な問い過ぎて、俺は一瞬呆気にとられてしまった。
 ……だって、相手は今までクロウの事なんて殺す対象としか見てなかったんだぞ。なのに今になってクロウの事を聞いて来るなんて、これはまさに青天の霹靂だ。
 いや……もしかすると、拳を交えた事で殿下の中で何か変化が起こったのかも。

 今までの怒りんぼ殿下は、クロウを嫌うあまり“昔のクロウ”の姿しか認めず、今のクロウのことを詳しく知ろうともしなかったんだ。
 だから、ずっと惰弱だのなんだのと悪口を言ってたんだよな。
 けど、今は違う。

 クロウは、昔のクロウよりも強くなっている。
 俺達は昔のクロウの事は判らないけど、それでも一緒に戦って来て、クロウが普通の冒険者の何十倍も強いってことを知ってるんだ。

 怒りんぼ殿下は今までクロウの能力を認めてなかったけど……今クロウの情報を聞いて来たって事は、少なからず「ザコ」という認識ではなくなったって事だよな。
 きっと、今の戦闘で理解してくれたんだろう。
 まあでも殿下はプライド高そうだから、認めてないって言いそうだけど。

「おい、何をボケッとしている」
「あっはい、えっと……人族の大陸での生活ですよね。俺達がクロウと出会った後は、ずっと冒険者として大陸を旅してました。その途中途中で色んな敵と出会って戦ってを繰り返してて……」
「……フン。修行のようなものか。人族相手など毛ほどの役にも立たんと思っていたが、弱い獣にはちょうど良かったらしいな」

 ムッ。それはちょっと聞き捨てならないな。
 弱い獣なんて、初対面のクロウを思い出しても決してそんな事なかったぞ。

 むしろどんなデタラメな存在なんだと驚いたほどだったのに、そんなクロウを弱いと断じるなんてとんでもない話だ。
 クロウは強い。そのパワーで、今まで俺達を助けてくれていたんだ。
 決して弱くなんてない。それを今実感したからアンタも聞いて来たんだろうに。

 なのにどうしてこうもクロウを侮るんだろう。
 よほど他人を見下してるんだろうか。いや、もしかしたら殿下は認めたくなくて見て見ぬふりをしているのかも。
 そこまで意地を張るのも逆に疑問だが、殿下ならありえる。

 ……でも、頑ななままなら、クロウのことを聞いて来たりしないか。
 やっぱり少しずつ認め始めてるてことなのかな。だとしたら、クロウを暗殺しようってバカな考えも改めてもらえそうだけど……ともかく、クロウが弱い獣ってのは訂正しておかないとな。

「あの……クロウは弱くなんかないですよ。巨大なモンスターとも平気で渡り合ってたし、なによりブラックとも互角に戦えるくらいだし……」
「…………」

 あっ、今殿下がムスッとした。
 本調子じゃ無かったとはいえ、一回ブラックに負けてるから不機嫌になったんだ。
 クロウの強さを否定すれば、本調子じゃない時の殿下はクロウ以下の弱さってことになっちまうもんな。殿下はプライドが高そうだし、それは避けたいに違いない。

 だったら認めてくれても良いじゃないか。
 プライドが高いのは別に悪い事じゃないが、寛容さも時には必要だと思うぞ。
 ここはバシッとクロウの強さを認めて、暗殺するのもやめたらどうだろうか。クロウは別に王様になりたい訳じゃないってハッキリ言ってるんだしさ。

 弱くて気に入らないだけなら、もう殺す理由は無いはずだろ。

「殿下、クロウは……――」
「……なら、何故だ」
「え?」

 急に主語のない問いかけをされて、虚を突かれる。
 対応できずに目を丸くしていると――殿下は俺を見据えて、続けた。

「仮に、あの愚弟が本当に、一人前に強いのだとしたら……お前の『守る』という本能は発揮されないはずだろう。なのに、そう信じていて何故守ろうとする」
「だ、だからそれは前も言った通り仲間だから……」
「強い物を守る必要など無いはずだ」
「だからって、その人の全部が強いわけじゃないだろ。それに、強い人なら苦しいことも我慢しろだなんて、俺にはとても言えないよ。そう思うから守りたいんだ」

 矢継ぎ早に言われ、考える暇もなく言葉が口から零れる。
 でも、それはただの考えなしな言葉じゃない。俺がいつも思っていることだ。

 ブラックもクロウも強いけど、全部が強いわけじゃない。
 俺と同じように傷付くしトラウマになってることだってある。だけどアイツらは自分を立派な大人で強いヤツだと自負してるから、そのつらさを曝け出す事は無い。

 いつも甘えては来るけど……根っこの傷だらけの部分は、いまだに全部曝してくれない。二人とも、弱い部分を見せるのを怖がってるんだ。

 いや、男としてのプライドってのも有るのかも知れない。
 そういう傷は強い弱い関係ないはずなのに、強いと意地を張っちまうんだよな。
 だから……もっともっと、つらくなる。

 俺は、そういうあの二人の脆い部分を知ってるから、守りたいと思ったんだ。
 自分だってそういう感情をコントロール出来てる訳じゃないけど、けど、だからこそ、そういう感情を受け止めてやりたいんだよ。
 アイツらは、強さでなんとかその感情を押し込めようとしてしまうから。

 全部、強さで覆い隠して、俺の方ばっかり守ろうとするから。
 だから、俺の盾になろうとするあの二人を、俺が守ってやりたくなったんだ。
 俺にとっても、アンタ達は大事な存在だってことを……示してやりたかったから。

 でも、それってきっと普通のことなんだ。
 ……弱い人を優しく包んであげたいって思うのと同じくらいに、強い人を自分の背で守ってやりたいと思うのは、きっと特別な事じゃない。
 人って生き物は、結局そう言うお人好しな存在なんだと思うんだ。

 けれど、やっぱり怒りんぼ殿下にはそういう感情が理解出来ないみたいで。
 不機嫌そうな顔に困惑したような色を滲ませながら、眉間の皺を深めていた。

「どうして……どうしてお前は、そう道理に合わないことばかりをしたがる……」
「……それは……」
「強者を弱者が守るなんてあべこべだ、噴飯ものの行為だ。誇り高い獣人に弱者を盾にせよと説くのは邪教の説法並の暴言だ……!」

 眼差しが強くなるのを感じる。
 殿下の目が徐々に怒りを帯びて来て、俺を睨むのが分かった。

 怒っている。だけど、その怒りは何だか……俺じゃなくて、何か別の事に憤っているみたいで。俺を見ながら、俺を通り越した何かに歯噛みをしているようだった。

「お前は……いや……お前こそが……」
「……?」

 牙を剥き出しにしながらブツブツと呟く相手。
 しかし、不意に何かに気付いたように言葉を切ると――今度は、俺の方にしっかりと視線を合わせて、ぎらりと光る眼を細めた。

「…………お前がいるから、全てが狂うのだ」

 ――え……。

 あれ、今、なんか……物凄く不穏な台詞を憎々しげに言われたような。
 ちょっと待って、なんか凄い嫌な予感が……。

「――――――……」
「あっ……!? ふ、笛が……もう休憩終わり!?」

 凄い悪寒にぞくりとした矢先に、また【綺羅笛】が鳴った。
 もう休憩が終わったのかと青ざめたが、もう遅い。

 あと数歩のところに待機していた怒りんぼ殿下が、ゆらりと立ち上がる。その妙に怖いオーラを纏った相手に影響されて俺も飛び上がると、殿下は俺のなにもかもが気に入らないみたいでさらに俺を睨みつけて来た。

 ひ、ひぃいい……なんかよく分からんけど絶対怒ってる。
 しかも殺意が含まれてる気がする……!

 なんで今の話で殺意を向けられるのかよく分からなかったけど、これは下手したら俺まで殺されるんじゃなかろうか。っていうか殺されるよなこれ。
 ただでさえ今ボロボロだってのに、これ以上何かされたらもう耐え切れないぞ。
 殺されても死なないとはいえ、痛みはちゃんと感じるんだ。しかも、それをクロウやブラックが知ったら……何が起こるか分からない。

 こ、これは何とかしないと。下手に殺されてらんねーぞ。
 でも、この状況でどうすりゃいいんだよ。逃げる事すら出来ないってのに。
 殿下に捕らわれてる間に懐柔するしかないのか。でも話せば話すほど相手の好感度がダダ下がりしてる感じなのに、仲良くなれるんだろうか。絶望的にしか思えないんだが。ムリゲー過ぎるんだが。あれっ、やっぱりこれ詰みじゃね?

「……鬱陶しいから、暴れるなよ。暴れたら殺す……」

 ほらもう殺すとか言ってるじゃん、殿下おこじゃん、怒りんぼマックスじゃん!

 ああもう、どうして俺は“試練”の獲物役になちゃったのかなあもう!










※かなり遅れてしまいました…(;´Д`)スミマセン…

 
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