異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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豪華商船サービニア、暁光を望んだ落魄者編

36.今はただ前を向いて

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   ◆



 どうも、俺は丸一日眠り込んでいたらしい。

 目覚めた時にうまく声が出なくて驚いたが、まあそれだけ寝てたら口もカラッカラになるよな。だけど、どうも俺の状態はそれ以上に心配になるようなものだったらしい。
 ブラックが大喜びして抱き着いて来るワケだから……たぶん、かなり心配させるような感じで眠っちゃってたんだろうな。

 そんな俺の予想を裏付けるように、すぐやってきたクロウとロクが俺をぎゅっと抱き締めながら説明してくれた。彼らが言うには、眠っている時の俺は顔が青白くて体も冷たかったのだそうな。生きてはいるけど、まるで仮死状態にみえたらしい。

 自分ではイマイチ実感が出来なかったが、そんな状態ならブラックだって心配するよな。いくら俺が死なないからと言っても、仲間だったら心配するわけだし。そう思うと、みんなに心配を掛けた事が申し訳なくて、恥じ入ってしまうばかりだった。
 まさか仮死状態レベルとは……そんなに俺ってばヤバかったのか。

 ……まあでも、俺ってば、もう反射的なレベルで海に飛び込んだんだもんな。
 あの時は【黒曜の使者】の力もかなり使い込んでたし、そのうえで更に大地の気を振り絞ってたんだから、そりゃ海の中でぶっ倒れたって仕方ない。よく途中で曜気が枯渇しなかったなと驚くレベルだ。

 そんなことしてたら、流石に気絶するわな。うん。
 ……はあぁ……。俺って奴はどうしてこう、後先考えずに突っ走ってしまうんだろうか……その結果こうなるんだから、本当に笑えないというかなんというか。

 たぶん、っていうか絶対に迷惑かけちゃったよなぁ……。
 クロウが「ブラックはずっとお前のそばにいた」と言ってたけど、どんな気持ちで俺が寝ているベッドの横に座っていたのかを考えたら、本当にいたたまれない。
 きっと、凄く心配させちゃったんだよな……。

 ブラックは海中から俺を引き揚げてくれたけど、俺はその時に気を失っちゃったから相手からすりゃ気が気じゃ無かっただろう。しかも、リメインは既に消えてただろうし、何が起こったのかも分からないまま俺が目覚めるのを待っていたに違いない。

 そんなの、もし立場が逆だったら俺だって心配して夜も眠れないって。
 原因不明の失神なんて、どう考えても悪い予感しかしない。俺の場合は死ねないから、ブラック達も何とか希望を持っていたんだろうけど……。

 …………ブラックやクロウがこうなったらと考えたら……何も言えない。

 はぁ……。
 守りたい心配させたくないとか言っておいてコレなんだから、情けないよ。

 でも、いつまでも落ちこんでいても仕方がないんだ。
 ブラック達は「ツカサ君はいつも無茶するんだから!」て軽く怒ったけど、それでも俺が後に引きずらないように気を使ってくれていたし……せめて、これ以上心配させる事がないように、俺も元気にならなくちゃ。
 今の俺に出来る事は、それぐらいしかないしな。

 ――――というワケで、ひとまず俺は今までの状況の整理と休息のために、部屋に籠りきりで一日過ごそうと思ったのだが……そうは問屋がおろさなかった。

 なんと、俺が起きて一時間も経たない内に、部屋のドアをノックする音が鳴り始めたのだ。しかも、一度じゃなくて何度も何度も。そりゃもうドンドンと勢いよく。
 太鼓でも叩いてんのかレベルで、ずぅううっとノックが鳴りやまないのだ。

 俺が病み上がり状態なので、一応まだ従者プレイを続けているクロウが出て行って「用事は後で」と言いに行くのだが……それが通算二十回を超えると、さすがに俺達もウンザリというか逆に怖くなってくる。

 なんで今日に限ってこんなに訪問者が来るのか。ギーノスコーは良いとしても、他の人が訪問して来る理由がわからない。まるで俺が休む事を妨害しているようだ、と被害妄想まで湧きそうになったが……よくよく考えると、俺に原因が無いでもない。

 だって、俺は船上でリメインと一応戦ってたんだもんな。しかもかなり派手に。
 となると、船の上でハデにドンパチやったことに、乗客の誰かか他の従業員が抗議をしに来たのかも知れない。「船が壊れたらどうするんだ」とかなんとか……。

 …………。
 そういえば、甲板の床板からハデに蔓を生やしてたもんな俺……あんな派手な事をして、みんな怒ってるのかも……。でなければ、彼らを檻に閉じ込めて殺そうとしたリメインを庇うような行動をとった事に対して詰問しに来たとか……。

 …………あああどうしよう。
 確かに俺はリメインと仲が良かったし、彼に……その……敵意を、抱けない。
 それどころか彼の境遇に心を痛めている始末だ。まだ彼が見せてくれた「ヒント」を飲み込めていないし、正直……色々あって、疲れてしまっている。
 強い言葉でリメインを否定されると、自分でも何を言うか判らなかった。

 だから、今尋問されたらヤバい。
 この心境で矢継ぎ早に問われたら、変な事を口走ってしまいそうだ。それを考えると、クレームが来ていても怖くて部屋から出られなかった。

 そんな俺の焦りを察してくれているのか、クロウは何度ノックされても無表情のまま何度も出て行って「お断り」をしてきてくれる。
 クロウは出るたびに何か押し問答をしているみたいで心配だったけど、ブラックは「気にしなくて良い」と言うばかりで、二人とも誰が来たとか何の用事だったのかとか何も言ってくれなかった。

 訪問者が来るたび機嫌が悪そうだったけど、こういう時の二人は俺に理由を教えてくれない。なので、俺はただロクを撫でているしかなかった。

 ……やっぱ、俺が気に病まないように黙っててくれてるんだよなぁ……。

 そう思うと申し訳なかったけど、今はその気持ちが有りがたい。

 とにかく……今は、元気になるのが先決だよな。クレーム対応やるにしても、自分が元気になってしっかり対応できなきゃ意味が無い。
 俺が他の人を不安にさせたのは確かだろうし、ちゃんと謝らなきゃ。





 そんな風に思いつつ、しばらく寝たり起きたりを繰り返して。
 深夜になった頃ようやく俺は気持ちの整理がついた俺は、ようやくブラック達に海の中で起きた事やリメインが託してくれたものについて話した。

 俺の説明が下手くそなせいで、とても長くて単調な語り口になってしまったけど……でも二人は真剣に、ただ黙って聞いてくれていた。
 頭の良い二人は、ヘタクソな俺の語りに何か質問の一つも挟みたかっただろうに、そんなことなんて一度もやろうとしないで。
 ……それがリメインへの弔いのようにも思えて、俺は改めて二人の大人な態度に感謝の気持ちを覚えた。二人にとってリメインは完全な敵にしか思えないだろうに、それでも黙って聞いてくれたなんて、もうそれだけで十分だ。

 ブラック達のおかげで、俺も少し心が軽くなったような気がした。

「…………なるほどね……。つまり、モルドール……いや、リメインは元々死んでいた存在で、だから僕の【索敵】にも反応しなかったのか……」
「どういうこと?」
「ツカサ君は、僕達が自然界の曜気を取り込んで、体内で己の曜気にすることで術を使えるっていうのは覚えてる?」
「うん。なんていうか……自分の色? みたいなモノで色づけして、取り込んだ曜気を自分の意思で操れるようにしてるんだよな」

 俺の答えにブラックは「そうだ」と頷き、ベッドの横の椅子に座り直した。
 そうして、少し真剣な顔で俺を見る。

「……そう。だから、人には個体差が有って曜術師になれる奴とそうでない奴がいるんだけど……あの男の場合は、その“自身の気”が激しく稀薄だったんだ。付加術の【索敵】が感知するのは、人族やモンスターの持つ“自然界の気”とは異なる“気”だからね。それが希薄なら探知されようがない。……どうりで、船全体の曜気が奪われているのに誰も気が付かなかったはずだ」
「……その死者を蘇生させたのは、あの【菫望のアルスノートリア】で間違いなさそうだな。確か、そのようなデタラメな術が使えるのはそいつしかいないのだろう?」

 俺のベッドの足の所で立ったままのクロウが、腕を組んで口を曲げる。
 これまで何度も辛酸を舐めさせられてきた【菫望】が関わっていると知って、クロウも気分が悪いのだろう。だけどそれは、ブラックも俺も同じだった。

 ……またあの男が、人の命を弄んだ。

 今度は明確に悪意を持って、人一人の命を狂わせたんだ。
 わざわざ復活させて、その人の善良な心を傷付けるように操って……!

「あいつ……あいつ、何がしたいんだよ……!! リメインは、あんなことが出来る奴じゃなかった。操られていても、必死で抵抗しようとしていたのに……!」
「……本当に、嫌なヤツだね。誰でも持っているだろう闇をわざわざ揺さぶって、心を荒ませてから操るなんて……」
「武人……いや、人として、許される所業ではない……!」

 静かに呟くブラックに対して、クロウは歯軋りをしながら明確に顔を歪める。
 二人とも、俺と同じくらい……いや、俺以上に、あの【菫望のアルスノートリア】に対して怒りを抱いている。だけど、クロウは俺達以上になにか思う所があるみたいで、怒りに熊耳の毛を膨張させ眉間に皺を寄せていた。

「クロウ……」
「人の墓を辱めた一族を根絶やしにするにしろ、こんなやり方は姑息だ!! 堂々と戦う事もさせず国を思う心を押し込めてまで操り、こんな……ッ、こんなことをさせるなんて家畜以下の扱いも同然ではないか!! 何故こんなことをさせる!!」

 声に重なるように、クロウの牙を剥いた口から凄まじい咆哮が漏れる。
 人としてだけではなく、誇り高い獣人としてもクロウは激怒しているんだ。自分の中にある矜持を蹂躙しているような行為が、どうしても許せないんだろう。

 腹立ち紛れにクロウは部屋を震わせるほどの獣の咆哮を発するが、しかしブラックも俺も……その怒りを抑えさせるような事は無かった。
 何故なら俺達も……リメインが受けた非道な行為に、怒りを覚えていたから。

「……リメインは、本当ならこんな事しなくても良かったんだ。蘇生させられただけじゃなく、あんな酷い未来を見せられて、自分が愛した人たちの末路を知らされて……。そりゃ、知りたいと思う人だっているけど、でも……でもさ、それを知らないまま眠っていたなら……それ以上、もう傷付く事なんてなかったのに……」
「墓荒らしにしても、最悪の部類だな……。盗掘の方がまだマシだなんて思える日が来るなんて、思ってもみなかったよ」

 そう軽く言うけど、ブラックもあからさまに機嫌が悪い。
 みんな、怒っている。リメインは悪い事をしたけど、その根本には【菫望】が関わっていて、リメインもまた被害者であると思ってくれているんだ。
 ……彼を許せとは、絶対に言えない。

 リメインが贋金を作ろうとしたせいで、たくさんの人が死んだ。それは事実で、彼が操られていたと言っても、殺された人の家族は決して納得はしないだろう。
 俺だって、その立場に置かれたら……リメインを恨まないなんて言えない。大切な人を奪われた人たちの怒りや悲しみは、相手に理由が有ろうと消えはしないんだ。

 ……だから、全てを擁護できない。
 でも、この場でだけは……リメインを、悼むことを許して欲しいと思う。
 「真実」を最後の最期で俺達に託そうとしてくれた、彼の事を。

「…………いつかは、アイツとも……戦わなきゃいけないんだよな……」

 呟いた俺に、ブラックは組んだ両手に顎を乗せて目を細める。

「そのためにベーマスに行く……って話だったけど……こうもちょっかいを掛けて来るとなると、早く【銹地のグリモア】を何とかしないといけないかもね」
「対抗できないから……?」
「も、あるけど……一番の問題は、その【銹地の書】の適合者だ。所持している間に、向こう側が適合者を見つけて操ってしまっていたら、僕達にはどうにも出来ない。僕は【幻術】を使えるけど、それだって人を操ったり蘇らせる力は無い。ツカサ君の事を【支配】する能力は別のものだしね」
「…………人の心を操ることが出来るなら、安心できないよな……」

 今まであの男は、操って来たと言っても「言葉で誘導した」だけで、本当に誰かの事を操るような行動はしていなかった。……俺達がそういう人間に出会わなかっただけかもしれないけど、今までは「精神に暗示を掛けて来る」程度だと思ってたんだ。

 だけど、リメインの「ヒント」で、それは間違いだと解った。
 アイツは……あの【菫望】のアルスノートリアは、人を操る事が出来るんだ。
 条件や「どれくらいの範囲なのか」という事は未だわからない。だけど、リメインが俺に教えてくれ過去の出来事は、間違いなく有益なものだった。

 その“命を賭して教えてくれたこと”を無駄にはしない。
 知っていれば対抗策を考える事も出来るんだ。相手が人を操る能力を持っていたとしても、どこかに必ずそれを跳ね返す方法は存在するはず。

 絶対に、絶望なんてしてやるもんか。
 リメインのためにも、アルスノートリアは絶対に封印する。

 【菫望】の男に人生を狂わされた人達の為にも……――――!

「……ブラック、クロウ。ベーマスまではあとどのくらいかな」

 悲しさを振り払って、二人に問いかける。
 すると、意外にもクロウが答えてくれた。

「もう半日もなかったはずだ。船の速度にもよるだろうが、ベーマスの港からこの島に到着した時は夕方前だった記憶がある。夜に出没する凶暴なモンスターから逃れるために、あえて余裕を持ってこの島に入港していたのだろう」
「だったら……船の装置を直せば、もう大丈夫だよな」

 確信めいた声で言う俺に、ブラックは片眉を寄せる。

「まあ、大部分が海に浸からなかったおかげで、装置自体は何とか金の曜術師達が復旧させたみたいだけど……でも、動力になる金の曜気が無いんだよ」
「そんなの、一発で解決できる方法があるじゃないか」

 既に解決策は解かっているだろうに、今更な事を言う。
 何ではぐらかすのかと二人を見やると、オッサン達は露骨に嫌そうな顔をして、俺に詰め寄って来た。

「あのねツカサ君……いま、自分が病み上がりの状態なのわかってる?」
「ツカサ、そうやって自分の身を削るのはオレは好かんぞ」
「いや、でも、アイツらが何か企んでるんなら行動は早い方が良いだろ」
「もーっ! ツカサ君たらまたそうやってー!!」

 と、ブラックが声を荒げたと同時。
 どかん、と、何かがぶち破られるような音が聞こえてきた。

「おいお前らっ、なんで食事ば取りに来んとや!! ツカサが飢えて死んだらお前ら承知せんけんなオラァ!!」

 どこかのヤクザばりにドスの聞いた声を張り上げながら近付いて来る、相手。
 恐らくドアを壊したのだろうその相手の言葉遣いに効き覚えがあって、俺は笑っていいのか困って良いのか解らなくなってしまった。

「な、ナルラトさん……」

 料理を持って来てくれたのは嬉しいけど、ドアを破壊して来るのはどうなんです。
 ちょっと色々心配になってしまったが、俺の懸念など余所にナルラトさんはブラック達を睨むように一瞥して、それから俺にホッとした顔を向けて来る。

「ツカサ……! ああよかった……っ、オラどけオッサンどもっ! 健康は食事からぞ、邪魔すると許さんけんな!!」
「こ、このクソネズミ……っ」
「グゥウウウウ……」

 ああまた仲が悪くなるような態度をっ。
 ナルラトさんも大概口が悪いので、ブラック達との相性は最悪だ。
 これはさすがに仲裁に入らないと……と思ったが、あれよあれよというまにオッサン達は押し退けられて、ナルラトさんは俺のベットの横にある椅子に座ってしまった。

 そうして、お盆に乗せられたお粥……に似たスープを差し出してくれる。

「さっ、早く冷めん内に食べ。ちゃんと喰わんと元気にならんけんな」
「ナルラトさん……」

 あの時、ナルラトさんも俺がリメインを追って海に飛び込んだのを見ていたはずだ。
 けれどこの人は、そんな事など何も言わずに俺の体調を心配してくれる。
 その俺達を慮った態度を察してくれたのか、ブラックとクロウも睨んではいるものの、ナルラトさんを追い出そうとはしなかった。

 なんにせよ……気遣って、料理を持って来てくれた事はありがたい。
 今は、なによりも嬉しい優しさだった。

「ありがとう、ナルラトさん」

 何も言わず、ただ俺の事を心配してくれて。
 そう思ってお礼を言うと、ナルラトさんは照れたように笑ってくれた。











※ちょと遅れました(;´Д`)
 あと少しで次の章です!

 
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