異世界日帰り漫遊記!

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豪華商船サービニア、暁光を望んだ落魄者編

22.船で働くものとして

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   ◆



 夜明けの時刻、俺達は従業員用の粗末な寝床からたたき起こされ、朝の身支度もほどほどに食堂へ集合させられた。

 「眠いんですけどぉ~……」などと言いながら目を擦っているリーブ君の背中を押しつつ、当然俺も一従業員の一人として食堂の列に並ぶ。
 ……まさかまさかとは思っていたが、やっぱり緊急招集の話は、昨晩俺達がこそっと行った“可愛い竜の鳥籠”に関する話だった。

「えー……寝ていた者が多いかと思うので、今回は就業前に特別に朝会を開く事にした。夜の番のために寝ていた者もいるだろうが、少し時間をくれ」

 そう言いながらやって来たのは、あまり見かけないこの船の持ち主の一人だ。
 確か、厨房支配人とかの雇われな偉い人じゃなくて、格好いい美熟女であるクレスタリアさんと同等の船のオーナーと言うべき人だったような……。
 なんかややこしいが、共同支配人っていうんだよな。この船のオーナーの達って。

 でも、今回はこの船にクレスさんは乗って無くて……俺達とは少し離れた所にいる校長先生みたいな立ち位置のあのオジサンが、今回は乗船しているんだ。
 船長さん達を背後に従えているが、なんとも気の弱そうなおじさんなんだよな。

 しかも今日は船の一大事って事も有って、青ざめてフラフラっぽそうだ。
 なんか心配になるな……。
 人知れずハラハラしてしまう俺だったが、そんなことなど知らず共同支配人は額の汗を何度もぬぐいながら話し始めた。

「もう知っている者も居るかと思うが……昨晩、この船の動力……えー、つまり、船を動かす仕組みが突然停止した。現在調査中だが、原因はいまだに不明だ」

 その支配人の言葉に、みんながザワつきだす。
 すでに知っているという顔の人もいたが、知らない人たちは「そんな事になっていたなんて」と言わんばかりに青ざめて混乱しているようだった。

 さもありなん、この船は【不沈船】と呼ばれる船なのだ。得体のしれないモンスターが跋扈する大海原を何度も無傷で行き来していたから、絶対的な信頼を得て、今のリゾートを楽しむ船みたいな感じになっていたワケで……それが急に「エンジン停止しちゃいました。復旧のめど立ちません」て言われりゃ誰だって寝耳に水だよな。

 俺だって、昨晩のうちにコレを知らなかったらどうしようもなかっただろう。
 夜のうちに部屋を抜け出して、ブラックと一緒にギーノスコーの部屋に行ったから、停電……いや動力が停止した事もいち早く気付く事が出来て、ブラックとロクショウに船を動かしてもらえたんだ。

 今思うと奇跡的なタイミングだったな。
 まあ俺がやったことじゃないので鼻高々とは言わないが、船を港近くまで牽引することができて本当に良かったよ。あのままだと立ち往生だっただろうしな……。
 ああ、本当に俺の可愛いロクには感謝だ。
 ブラックはあの後「感謝してくれるなら丸一日セックスしよ」とかとんでもない事を俺に言ったので、頬をつねって帳消しにした。

「……で、まあともかく……うまく海流に乗れたのか、このサービニア号は運よく次の島である“クラセオ島”に到着する事が出来たので……数日、ここで待機することになる。幸い、機関部には金の曜術師がいるので、原因判明にはそう時間もかからんだろう。それまで、我々は人員を割いて特別勤務を行う事にする」

 特別勤務。
 なんだろうかと首を傾げる俺達従業員に、共同支配人のオジサンは額の汗を何度も拭いつつ丁寧に説明した。

 要するに「船には余分な食糧があまりないので、クラセオ島の人達に分けて貰う事になる。だから、その対価として労働力になってくれる人を募集する。もちろん給料は余分に出す」という話だった。

 商人の人の荷物を分けて貰うという話もあったようだが、ベーマス行きの船に乗る人達の荷物はほぼ取引先が決まっていて、余分に持ってきた分をかき集めたとしても、やっぱり一般乗客を含めた食料には足りないらしい。
 だから、結局俺達が労働しなければならないのだそうで……うーむどうしよう。

 俺にも出来ることなら手伝いたいけど、どうなんだろう。

「あのー、その労働ってどういうものなんですか?」

 手を挙げて共同支配人に問いかけると、相手は何だかホッとしたような顔をして話を続けた。

「ああ、ええと……それほど難しい仕事ではないよ。さっき戻ってきた船員が言うには、荷運びや畑の仕事などを手伝って欲しいようだ」
「でも、客室係や食堂の給仕はそのまま仕事に戻って欲しい」

 船長さんが横から口を挟む。
 何でだろうとリーブ君と一緒にキョトンとすると、船長さんは俺達に微笑んだ。

「接客するものは、日常的にお客様と顔を合わせているだろう。君達には、不安になっているお客さんを宥める仕事を頼みたいんだ。……とはいえ、そちらも精神的に大変な仕事になるかも知れないが……頼まれてくれるかな」

 そう言って、笑みを何だか辛そうに歪める船長さん。
 ……確かに、今の状況だと俺達につらく当たって来る人もいそうだよな。
 しかもこの船の内情なんて知る事も出来ないだろうから、俺達よりも不安で何かと気が立っている人も多いはずだ。そんな人達を相手にしろといわれたら……大変だと思うのも当然だろう。ある意味では最も危険で重要な仕事かもしれない。

 俺にそう言った人たちを宥められるかどうかは分からないけど、だからって「やりたくない」なんてワケにもいかないよな。
 不安なのは誰だって一緒なんだから、せめて俺達だけでもちゃんとしてないと。
 ……いやまあ、俺の場合は……何が有ってもブラックとクロウとロクがいてくれると思ってるから、冷静で居られるのかも知れないけど……。

「…………い、いやいや」

 なに考えてんだこんな時にっ。
 ああリーブ君、なんかジトっとした目でこっちを見ないで下さい。
 ともかく、俺は俺の仕事を頑張るしかない。

 ――――というワケで、特別朝会が済んで朝の支度を終えた俺達は、それぞれの仕事をすべく今日もきっちりメイド服を着込んで仕事場へ向かった。
 さて、今日は厨房支配人に朝から目を付けられないといいな……。
 そんな事を思いつつ従業員用の裏通路を他のメイドさん達と一緒に歩いていると、背後から声が近寄って来た。

「ツカサ」
「あ、ナルラトさん」
「……お前、ちょっと潮のニオイがするな。昨日甲板に出ただろ」
「えっ、な、なんのことですか」

 コソコソと話してくるナルラトさんに思わずビクッと反応してしまうが、相手はこちらの事情を何となく察しているのかニヤリと笑ってポンポンと頭を叩いて来た。

「まったく、お前もよくよく欲の無かこったい。……ま、感謝する奴が一人くらいはいても良かやろ」
「あ、頭叩くのやめてくださいってば! な、なんのことだかわかんないなぁ」

 どうも、ナルラトさんは昨日俺が何をしたか大体の察しはついているらしい。
 ……まあ、昨日から噂になってるもんな。
 「動力が停止した船が、何故か導かれるように島に到着した。これは神の実技か、はたまた気の良いモンスターの祝福か」なんて感じで、とにかく超常現象だと噂話がそこかしこで聞こえてくるわけで……。

 だから、ナルラトさんは俺達の仕業だと見当がついたのだろう。
 彼は以前、ベランデルンで【曜力艦アフェランドラ】のコックとして働いていた。その時に、俺達がやったデタラメな術を体感しているのだ。それゆえ、今度も俺達が何かして島まで船を運んだのだろうと見当がついたのだろう。

 そういう事なら仕方ないけど、でも今は頷くわけにはいかない。
 別に俺達がやったと言っても信じる人はいないだろうけど、今は不可解な人物が船に乗船しているからな。噂の元は少しでも作らないようにしないと。
 ……っていうか頭をポンポンして子供扱いするのはやめてくださいよ。俺はもうこの世界では成人なんだからな。そういう事をされると流石の俺もご立腹なんだからな!

 しかし、俺が怒るのをナルラトさんは面白そうに笑うだけだ。

「ま、感謝くらいは素直に受け取っとけ。今日は忙しそうだしな。お前が昨日言ってたあの……なんだっけか。見るクレープ? とかいうの作ってやっから」
「えっホントに!? やったー! ナルラトさん大好きー!」

 やったぜ、ナルラトさんがデザートとして作ってくれたら俺もご相伴に与れるぞ。
 クレープっぽいものを作ってたから、出来るかもって思ったんだよ。ふふふ、この船にバロメッツのお乳や卵なんかが沢山積んであってよかったぜ。一回、食べて見たかったんだよなぁミルクレープ。

 それにアレならリメインだってそこまで頑張って食べずに済みそうだ。
 ふふふ、そうなると今日はがぜん楽しみになって来た。

 「まったくしまらん奴だなぁ」とナルラトさんに苦笑されながらも、俺は大喜びで食堂のフロアに入り、テンション高めに厨房の朝礼の列に並んだ。
 楽しみがあるから今日はネチネチお小言を言われても平気だぞ。さあ厨房支配人よ早く来い。歓びに鼻息が荒くなりながら、しばらく待っていると……ヤケに不機嫌な顔をした厨房支配人がやってきた。今日は何だかいつもより元気が無いな。

 どうしたんだろうかと不思議に思っていると、支配人は何故か俺をギロリと睨んだ後に、数少ないメイドやウェイター服の接客係と、そこそこ残っている厨房の料理人達をぐるりと見回した。

「…………お前達も知ってのとおり、船の動力が停止した。そのため、煮炊きには、緊急用の宝珠を使う。だが、これらも数がある訳ではない。よって、今回の料理は“出来るだけ火を使わない料理”にする」

 その言葉に料理人たちがざわつき、その中のベテランっぽいオジサンが慌てたように支配人に問いかけた。

「ちょっ、ちょっと待って下さい! それじゃスープや煮込み料理が提供できないじゃないですか! それに、煮込みはまだしも、スープは必ず飲まれるという方もいらっしゃいますし、そもそも医務室の方々にはそのような柔らかいものが必要では!? 療養されている方々に普通の食事を出せと仰るのですか!」
「ええい煩いな! 私が決めたことじゃないんだ、私に言うな!! ったく……こっちはタダでさえ 人出が減って仕事の割り振りに苦労しているというのに……」
「全員部屋食だから楽になるって言ってませんでしたっけ?」

 料理人の一人が訝しげな声を出したのに、厨房支配人が声を荒げた。

「黙れこの三下料理人が!! ……ともかく、これは絶対命令だ! 火を使わずに、お客様を満足させる料理を作れ。お前達は高い金で雇ってるんだ、

 お前が雇ったんじゃないだろうが……などとヒソヒソ声が聞こえるが、厨房支配人は次に接客係の俺達を睨みつけて来る。
 また何か凄まじい事を言われるんじゃないかと身構えていた俺達に、相手は眉間に何重もの皺を作って歯軋りせんばかりの顔で俺達に口を開いた。

「今朝、共同支配人様の仰った言葉の通り……お前達にはお客様の安全の全責任が掛かっていると言っても良いんだからな……! 何か一つでも失敗して、お客様を不安にさせて見ろ……その時は鞭で百回叩いて塩水を掛けてやるからな!! 特にそこのグズでドジでブサイクの黒髪!! わかったな!?」

 ……今日の支配人は極まってるなぁ……。
 悪口を名指しで言われてイラッとするし傷付くが、まあそれは毎日の事なので置いとくとして……それよりも、今日は全員に悪態をついたのが凄まじい。

 相当イライラしてるんだろうなとゲンナリしたが、そんな支配人に向かって、リーブ君が手を上げて「質問でぇす」とか言い出した。
 ちょっ、り、リーブ君、今はやばいって!

「支配にーん、あのぉ……お客様って、気が立ってて危ない人もいるんですよねえ。それってぇ、体格のいい人に任せた方が良いと思うんですけど~。僕みたいな子供が接客するのって、相手の神経を逆なでしちゃうかもしれないですしぃ」

 リーブ君が、ちょっと媚びた感じで支配人に言う。
 ……た、確かに……相手がデカくてイライラしがちな人だったとしたら、普通の子に任せるのは危ないよな。言い方はアレだけど、リーブ君の言う事も確かにそうだ。

 そもそもこの子は十歳くらいなんだから、体格は別にしてもイライラした大人の前に立たせるのは危ないよな……などと真剣に考えていたら、厨房支配人は――

「ああ~っ、そうだよぉリーブ君! そうだね、君は本当に頭が良くて可愛いなぁっ! そうそう、一般客にはガラの悪いのも多いから変わって貰おうねえ! そうだ、今日はリーブ君は医務室で白衣の天使をしてもらおうかなっ。……ってなワケで、大人のお前らが客を宥めろよ!! 失敗したら承知しないからな!」

 そう言って、厨房支配人はリーブ君を連れてさっさと厨房を出て行ってしまった。
 ……後に残るのは、ポカーンとして立ち竦む俺達だけだ。

「…………なあツカサよ、あの支配人……ちょっとあの赤髪の旦那みてえだな」

 それは俺もちょっと思ったけど、言わない方が身のためだと思います……。
 いや、ブラックも結構他人を人とも思ってない事を言うけど、もうちょい理性とかは持っている……はず……そのはず……。

「と、ともかく、準備しよう。俺、曜術が使えるから水とかなら協力できるからさ」
「おう、そうだったな……じゃあ早速水をくれ。動力がねえから、汲み上げも出来ねえんだよ。船に持って来て貰った水は、少なすぎておいそれと使えねえしな」
「よっしゃ任された!」

 ナルラトさんに言われて、俺は無い袖を腕まくりする。
 今は、自分に出来る事をやろう。リメインの所に早く行って様子を確かめたいけど、その前に料理の用意をしなくっちゃな。

 俺の【黒曜の使者】の本気パワーを使う事は出来ないけど、その力の片鱗として水を無限に出すくらいならきっと他の人も気にはしないだろう。
 せっかく持ってる力なんだから、やれる時に出して行かないとな。

 そう思いつつ、俺はナルラトさんと厨房へ入ったのだった。









※ツイッターでの宣言通り遅れました(;´Д`)
 曜力艦アフェランドラは第一部後半の章のアレですね
 いまさらですがサービニアは豪華客船に帆がついてる感じの船です。
 動力が有るので微風でも進める(風の力で省エネ)ってとこもあります。
 なので、普通の木造船というよりホントにタイ○ニックとかみたいな
 豪華客船まんまな感じで想像して頂ければと……
 

 
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