異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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慈雨泉山アーグネス、雨音に啼く石の唄編

7.蒸し風呂は気持ちいいぞ!

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 蒸し風呂ってサウナみたいなモンだと勝手に解釈してたけど、厳密に言うと一般的なソレとはちょっと違うらしい。

 そういえばテレビで見るサウナは湯気でもうもうとしてなかったし、そもそもサウナは体を洗い流してから入るようなモンだったもんな。
 体の垢を浮かせるための蒸し風呂とは、根本的にちょっと違うのだろう。

 とはいえ、外国の本場では似たような物なのかも知れないが、俺には知識が無いのでそこのところはよく解らない。
 まあそこは置いといて、とにかく蒸し風呂ってのは風呂なんだな。

 ……で、この入り方っていうのが俺としてはちょっと予想外の物だった。

 ブラックの説明によると、この蒸し風呂を沸かす前にまず火を起こし、そのかまどの上に水をたっぷり含んだ箱をセットするのだという。
 その箱は金属製で、じょうろのように口が付いており、その口を外にある壁の穴にぴったりとくっつけると、風呂の中に煙が流れ込む仕組みなのだそうな。んで、その箱の中には水以外にも香草などを入れたりして、旅人の疲れを癒したらしい。

 この辺りは、常に雨が降っている事も有って、他の場所ではあまり見かけない植物が生えているらしく、昔はその野草を入れた風呂があったらしいのだが……俺達は何の野草なのか判らなかったので、今回はモギ(ヨモギみたいな薬草)を使うことにした。この世界では傷が治るという確かな薬効があるし、使わない手は無い。

 ということでブラックに遠隔で炎を操って貰いつつ、もうもうとして熱気がこもる蒸し風呂にいざ突撃……してみたのだが。

「く、暗い! いい香りがほんのりするけどもう真っ暗……っ!」
「そりゃ蒸し風呂だからねえ。蝋燭の明かりも使えないし、ここで水琅石を使ったら水の量が多過ぎて爆発しちゃうし」
「まあ確かに……夜目が効かないツカサには暗過ぎるか」
「俺の世界ではフツー夜目が効かないんですけどね!?」

 いや本当に暗くてよくわからん。
 蒸気で体を温める以上は密閉性が必要ってのはわかるし、この世界の明かり事情は水の有無で左右されるので灯りがないのは仕方が無いと納得できる。

 そしてモギの香りも同時に閉じ込められるので、薬効が充分に肌に染みこむだろうから、女性にもウケそうだなってのは俺でも理解出来た。
 しかし、だからって暗闇で風呂ってのに瞬時に慣れろというのは難しい。

 婆ちゃんの田舎では、五右衛門風呂とかドラム缶風呂とか近所の爺ちゃんやお兄さんのご厚意で入らせて貰った事が有るのだが、蒸し風呂は想定外だ。
 暗闇ってのは案外安心できるかもだけど……それと俺のドジは別なのだ。
 気を付けていないと、立つときにすっころびそう。

 というか、ブラックとクロウがどこに座ってるかの把握も出来ないので、自由に動くのも憚られるなぁ……。うーむ、暗い風呂がこんなに緊張するとは思わなかった。
 あとこの世界の冒険者夜目効きすぎ。これもやっぱ異世界人だからなのか。俺にもそう言う身体的優遇能力を授けて欲しかった。

「ツカサ、それほど気になるなら【ライト】で明かりを点けてはどうだ」
「あっ、そっかそういう術作ってたな……」

 クロウに言われて思い出したが、そう言えば俺は自分オリジナルの曜術……この世界では【口伝曜術】というらしいが、そういうのをいくつか作ってたっけな。
 【ライト】はそのうちの一つで、その通り自在に操れる光の球を出せるのだ。まあ、明かり代わりになるってだけなんだけどなコレ。

 にしても、結構曜術を使ってるってのに、俺ってあんまり使いこなせてないなぁ。
 ……まあ、薬作ったりする以外はほぼ無用の長物だし、俺が【黒曜の使者】の力を使わなきゃ行けない時って大体ブラック達が抑えきれない時だけだしな。

 でもそんな大ピンチなんてそうそう来ないし、そもそも俺自身、これまでの旅をしてきて、色んな経験をしてきたせいか、ぶっちゃけた話あんまり【黒曜の使者】の能力に頼りたくないと思うようになってしまったのだ。
 「俺最強!」が出来る力ではあるけど、ヘタしたら世界が崩壊するし、実際のところ俺はブラック達【グリモア】が望めば簡単に死んじゃうワケだし。

 ……こういう言い方もナンだけど、調子に乗って好き勝手暴れまくって嫌われるような事は避けたい。俺にとっては、もう今の【グリモア】のみんなが仲間だし。
 とはいえ、残る金の属性の【白鏐】と土の属性の【銹地】は、グリモアとして誰かの力になってないみたいだけども……。

「ツカサ君」
「ん、うん? どした?」

 真っ暗な中だと、つい思考が深く潜りがちになってしまう。
 ブラックに呼ばれて、どうしたんだろうかと振り返った。と、その瞬間、ゴチンと額に何かが当たる音がして、俺は反対方向に突っ伏した。

「い゛っ、てぇええ……! な、なに今のっ」
「うぐぐ……し、失敗した……」

 反対側でブラックも呻いているみたいだが、どっかに当たったのだろうか。
 変なケガをしてないかなと心配になった俺の耳に、呆れたようなクロウの声が少し遠くから聞こえてきた。

「ほら見ろ、夜目が効かないツカサに手を出そうとするからそうなる」
「う、うるさい駄熊……っ、僕は暗闇の中でイチャイチャしたかっただけだっ」
「暗闇でまさぐり合うのか。中年特有のねばついた性行為だな」
「うっせお前もそういうの好きなくせしてからに!!」

 なんか聞きたくない会話が暗闇で聞こえて来るんですけど。
 いや、これ、部屋の中が熱すぎて俺が幻聴を聞いているのかも知れないな。普段から二人はロクでもない言い合いばっかりしてるからな。そうに違いない。

 聞かなかったことにしておこう、と思いつつも、床の隙間から少し漏れてくる外の光に俺は近付く。あの本当に小さい隙間は、空気孔みたいなものなのかな。近付けば自分の輪郭がはっきり見えて来るので、不安になった時に助かる。
 というか近くに壁が有った方が立ち上がりやすいから安心だな。

 そう思って光が漏れている壁にズリズリ移動すると、何故かブラック達がいるだろう方向から「ん゛っ」という喉に唾液でも詰まらせたような声が聞こえてきた。

「なに?」
「あ、いや、な、なんでもないよ~」
「……そう? じゃあ俺、外に出るよ」
「えっ、あ、う、うん」

 なんか返答がおかしいけど、まさか熱で頭がぼーっとしてるとかなのか。
 ちょっと不安になったけど、あの二人が俺より熱に耐性が無いとかあるのだろうか。いや、もしかしたら、さっき何かを喉に詰まらせたせいで声が変だったのかも。
 ……まあ、心配ならもう一度見に来ればいいか。

 炎の調節はブラックが自分で好きに出来るんだし、仮に失神したら炎は消える。
 だから蒸し焼きにされる心配はないと思うけど……もしかしたら、頑張って火を管理してくれていたから、疲れているのかも知れない。

 いっくら限定解除級……俺が知ってる小説で言えば“S級”ともいえる凄腕の曜術師だからって、気を使い続けていたら疲れて当然だよな。
 普段から規格外だから忘れてたけど……ブラックだって、山道を歩いて疲れているだろうし、もしかすると炎の調節もわりと繊細案作業で集中力がいるのかも。

 うーむ、そう考えると申し訳なくなってきたな……。
 俺がお願いしたワケだから、やっぱどうにかしなきゃいけないよな。……夕食は、俺が作ってちょっとばかし豪勢にいこうかな。

 毎度毎度世話になってるのは変わりないんだし……。
 まあとにかく雨を浴びて体をさっぱりさせてからだな。

 そう思いつつ、隙間から漏れる光に自分の下半身が照らされている事を確認して、ゆっくりと確実に立ち上がった俺は、壁を伝って蒸し風呂の扉を開いた。
 と、外から一気に涼しい空気と明るさが飛び込んでくるが、慌てて外に出て閉じる。

 そ……そう言えば、暗闇だからって全員全裸だった。
 普通の風呂なら気にならなかったんだけど、何故か蒸し風呂だと恥ずかしいな。
 ……しかも、今の俺の状態ってお世辞にも清潔とは言えないし。

 そう思うと、汗をたっぷり掻いている全裸の自分が急に恥ずかしくなり、俺は風呂のすぐ横にある扉を開いた。幸いな事に外に出るためのサンダルのような靴が残っていたので、ソレをありがたく使わせて貰う。
 ともかく汗と垢を洗い流そう。つっかけて、外に出る。
 ちょっと恥ずかしいけど……誰も居ない事はわかってるし、水浴びと同じだと考えると自分の中で正当性が生まれて意外と耐えられる。

 なにより、俺にいつも余計なひと言を言って来るオッサン達は今いないしな!

「うおーっ、雨がけっこー気持ち良いなー!」

 板状の木材を敷き詰めて洗い場のようにしている玄関の先にでると、途端に自然のシャワーが降り注いで来て思わず顔を上げてしまう。
 空は曇天だけど、明るい曇りだしそんなに気にならない。それに、自分で思ってた以上に熱くなっている体には雨が凄く心地良くて、俺ははしゃぎながら体中をこすり雨で汗を洗い流して行った。うーん、クセになりそう。

 いや、だけどもコレ「こういう作法です」と暗に示されているここだから出来ることであって、他の場所だと恥ずかしくて出来ないだろうなぁ……。
 なんでそうなっちゃうのかは俺も分からないけど、自主的に外で全裸になるってのは凄く恥ずかしいと思っちゃうので、やっぱ「認められている、マナーである」っていう大義名分があるのが重要なのかも知れない。

 ガキの頃は別に素っ裸で河原や砂浜に飛び出ても全然恥ずかしくなかったのに、なんちゅーか不思議なモンだよなあ人間って。

「ふー……これくらいにしとくか。冷えたら台無しだしな」

 だけども、想像するより物凄くスッキリしたぞ。
 毎回こんな感じで入るってのはアレだが、自分の世界に帰ったら蒸し風呂ってのも一回体験してみたいなー。きっと正統派のモノはこれ以上にさっぱりするだろう。

 そう思うと気持ちが浮上して来て、夕食を何にしようかと鼻歌まで出てくる。
 今日は何だかんだでお姫様抱っこ……いや、運んで貰ったわけだし、やっぱり二人には喜んで貰える夕食を作ってやりたいよな。何が良いかな。やっぱ肉かな。
 でも、ここだと炎の曜気が少ないって話だから、そういうものが摂取できる材料とかが無いだろうか。一回【リオート・リング】の中を見て見なきゃな。

 そんな風に色々と考えつつ、踵を返す。
 すると、タイミングよくガチャッとドアが開いた。

「おっ……ブラック、クロウ。お前らもあがったのか」

 ……って、そうなるとちょっと今の格好は恥ずかしいな。
 思わず股間を隠して、こちらに出てくる二人の体の方をふと見やると――――

「な゛っ……! ちょ、ぁっ、あんたらっ、あ、あ、アンタらなんで……っ」
「ツカサくぅん……」
「…………」
「わーっ、なんでアンタらチンコおっ勃ててんだよー!!」

 思わず後ずさってしまったが、もう木の板ゾーンがない。
 土の地面には流石に下りられないと思っていると、ブラック達は俺に近付いて来た。
 やめてほしいマジでやめてほしい。だって、このオッサン達ヤバいんだもん。全裸で完全にビンビンにしたブツを見せつけながらこっちに来るんだもん!!

 なんでだよっ、モギにそんな効果あった!?
 まさかそんなハズはない。携帯百科事典にも他の図鑑にも媚薬効果とか興奮する効果は無いって書いてあったし。クリーンなヤクだって話だったしぃ!

「ツカサ君逃げないで」
「どこへ行こうというのだ」
「天空の悪役みたいな台詞を言うなっ。だ、だってアンタらが勃ってるから……!」

 にじにじと近付いて来る二人を避けて必死にドアの方へ戻ろうとするが、コイツらの巨体だと動いた瞬間に飛び掛かられて拘束されかねない。
 それはゴメンだ。もっかい風呂に入らなきゃいけなくなるじゃないか。
 つーか最悪の場合また昨日みたいなことになるっ。
 もう精神的に疲れ果てるのはいやだー!

「だってぇ、ツカサ君が僕達にやらしい体の見せかたをいっぱいするから……」
「はぁ!?」

 どういうことだよと声をつい大きく出してしまうが、ブラック達は不満げに口を尖らせ再び俺の方へ近付いて来る。

「ムゥ、これはツカサが悪いんだぞ。わずかな明かりに下半身を浮かび上がらせて、肉がむっちりした太腿や小さなおちんちんを見せつけて来るし、雨の中で無防備に喜んで水が伝ういやらしい様を見せつけて来るし」
「どうやって見た!?」
「あの隙間からに決まってるじゃないか! あ、あの覗き穴……ホントになんてスケベなんだっ! 動き回るツカサ君の顔が、絶妙な感じで見えたり見えなかったりして、あんなの勃起するに決まってるじゃないかもうっ! 本当に凶悪だよね!」
「凶悪なのはお前らの性欲だ!!」

 どういうえげつない覗き方しとるんだと怒鳴るが、ブラック達は逃げもしない。
 それどころか、二人とも長い髪を解いて雨に打たせながら、男むさい全裸姿で俺のほうへとゾンビみたいにゆらゆら近付いて来て。

「ツカサ君……ね、お願い……僕のこの火照った体を慰めて……」
「オレも、どうか……」

 慰めて……じゃねーよ。それあれだろ、女の子が言う台詞だろ。
 女の子になら言われたかったけど、オッサンが言っても体がゾワゾワするだけで、何のえっちさもないぞ。いや、ヤらしいけどそういう意味じゃなくて。

 セクハラっぽくて、でもその……そ、その、全裸で髪を降ろしたその姿で来られると、なんていうか別の意味でヤらしいというか……っ。

「だ、ダメ、ダメだって! 昨日ので俺もう精神が……」
「じゃあ手とか口で! ねっ、お願いツカサ君慰めてよぉ……これじゃご飯も美味しく食べられないよぉ~……」
「ぬぅ……」

 そう言いながら、わざとらしい涙目の困り顔になって訴えかけてくるオッサン。
 クロウは俺がソレに弱いと解っていて、熊耳をぺそ……と伏せて来る。
 ぐ、ぐぬ……ぐぬぬ……このオッサンども……!

「ね~、ツカサくぅ~ん……」

 ウルウルと菫色の目を潤ませながら、ブラックが訴えかけてくる。
 曇天だというのに、なんでそう……輝くみたいな綺麗な色になるんだろう。

 そのくせ、美形なのにまったく躊躇せずに顔を崩してきて。
 二人ともなりふりかまわず子供みたいにねだってきて。
 そんな風に、必死で頼まれたら…………。

「…………えっちはしないからな」

 毎回助けて貰ってるし、今日は運んで貰ったので……邪険に出来ないだけだ。
 そもそも俺は全然興奮してないんだから、処理しかしないからな。
 絶対えっちしないからな!!

 …………そんな風な事を言いたくて俺は二人を睨んだのだが、ブラックとクロウは俺が許可した事に喜んでいて、こちらの言い分が伝わっているのか疑問だ。
 けれども、言っちゃったモンはもう仕方ない。

 こ、こうなったら早く済ませて夕食の準備だ。
 俺だって何回もやってるんだから、凄いてくにっくで秒殺してやるんだからな。

「じゃあ……ここで、体を洗いながらやって貰おうかなっ」
「……え?」
「ツカサ……オレのは手で……」

 いや、待って待って。外で処理すんの。
 まあ確かに片付ける手間が少ないけど、流れるけど、あの、ちょっとまって。
 ここ野外ですけど。俺達三人とも全裸なんですけど!!

 せめて俺だけでも服を着させてくれ!











 
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