異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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慈雨泉山アーグネス、雨音に啼く石の唄編

6.廃墟の小屋町

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 慈雨泉山――キュウマが言う所によると【アーグネス】と言われるこの山は、少し前までは立派な街道として機能していたらしい。

 なんでも、平原を通るより次の街に早く辿り着けるから山に道が開かれたのだそうで、あの鬱蒼とした山道も、昔は馬車が通れるほどの広くて平坦な道だったとか。
 今じゃ想像できないけど、ちゃんとした道だったんだろうなあ。

 だけど、結構前に新しい道が出来て、馬車を牽く馬もヒポカムのようにゆっくり進む家畜モンスターだけでなく、争馬種という俺の世界の馬に似た足が速いモンスターもぽつぽつと家畜化し始めたせいで、こっちは廃道同然になっちゃったんだ。

 そんなワケで、山道の途中で旅人達の寝床を提供する「小屋町」という場所もほぼ潰れちゃってるというワケで……。
 うーむ、俺のばあちゃんが住んでる田舎でも、道路がどうのこうのって難しい話があったような気がするし、こういうのってどこにでもある話なんだろうなぁ。

 にしても……ここみたいな、結構大きなはずの「小屋町」ですら廃墟になっちゃうんだから、道ってのはバカにできない。
 田舎は田舎で好きなんだけど、俺の婆ちゃんの集落もこうなっちゃうんだろうか。
 それを考えると寂しいな……。でも、小屋町の建物は今も普通に綺麗なままなので、廃墟の集落だと言う感じがしない。

「廃墟……廃墟かぁ……。建物が綺麗なせいで、そんな気がしないなぁ」
「山の上ならではの風景だねえ」

 ブラックが言うのに、俺も頷く。
 そうそう、山の上は【魔素】も薄いから、木が腐ったり古くなったりするのが遅くなるんだよな。未だに原理がよく解らんが、ブラックが言うならそうなんだろう。
 自分でもアホっぽいなと自重しつつ相手の言葉に頷くと、俺は今一度到着した場所の風景を見渡した。

「……昔なら、けっこー楽しそうな街っぽいよなぁ」

 まださほど古さを感じさせない木の柵の向こう側。
 『小屋町・アレトゥーサ』と書かれた看板が掛かる木製の質素な門を通って入ると、そこには遠目に見た通りログハウスの家々が並んでいた。
 屋根から壁から全部丸太だ。どこをみても、別の建材を使った建物が無い。

 レンガ造りの家がないのは、この場所では何か不都合があるんだろうか。
 そんなことを考えてしまうくらいに木造づくしだけど、家屋自体は多くて、数件お店も存在していたみたい。とはいえ、中を見てもほぼ物が残っていなかったので、どういうお店なのかはよく判らなかったけども……。

 とにかく、他の小屋町と比べて活気は有ったようだ。
 ブラックは以前ここに来たらしいけど、その頃のアレトゥーサは慈雨街道の中央に位置しているということもあってか旅人で溢れており、その客を狙って流れ者のワケあり娼姫やソレの男版(ショウゲンとかいうらしい)が集まっていたんだそうな。

 こんな山の中でえっちな商売の人達がたむろしてたのか。
 驚きの事実だが、ブラックが言うには、こういう街道沿いの集落の方がそういう事になるんだとか。旅をしていると性欲の行き場がなくなるからなんだろうか?
 ともかく、ブラックの口ぶりでは結構人気だったらしい。

 街だと広すぎてあまりそういう人に出会った事が無かったけど、ところ変わればなんとやらってヤツなんだなあ。

 しかし、話を詳しく訊いてみると、どうも街角でえっちな商売をしようとする人は警備兵に咎められるらしく、一人でも組織的でも最悪逮捕されちゃったりするらしい。それもあって、街ではそう言う人をあまり見かけなかったようだ。
 俺にはナンパとの違いがよくわからんが、商売だからダメなんだろうな。
 なんか「自由恋愛だからいい」と同じくらい微妙な線引きな気もするが。特にえっちに明け透けなこの世界だと尚更。つーかブラックも色々よく知ってるなぁ……。

 ………閑話休題。
 ともかく、結構な賑わいだったアレトゥーサだけど、今はがらんとしていて人間は俺達三人しかいないようだ。どのログハウスも見て回ったが、夜逃げのように運び出すのに面倒な物が置き去りにされていて、人の気配はまるでなかった。

 一番でっかいログハウス……恐らくこの村でも指折りだったのだろう宿屋も、賑わいを感じさせる豪華な内装が残るばかりで、あとは退去時に捲れたのだろうくたびれた絨毯や紙くずなどが転がるだけだった。

 ロビーにカウンターやでっかいソファー一式などを置き去りにしているのが勿体ないが、雨の中運ぶのも大変だったから残されちゃったんだろうな。
 それか、今後もしここに人が来ても良いようにって配慮なのかも知れない。
 俺としてはおもてなし感のある後者の説を押したいが、それは置いといて。

「ここは……泊まれそうだね。しっかり作ってあるのか、雨水が染みこんでいる部屋も少なそうだし。受付がしっかり残ってるなら他の部屋も大丈夫だろう」
「他の部屋も大丈夫だ。ありがたいことにベッドも残っているぞ」

 キョロキョロと広いロビーを見ながら確認するブラックに、客室へ続く廊下の方から、クロウの少し大きめな声が続く。
 ベッドまで残ってるなんて凄いな。だったら今日はゆっくり眠れるかも。
 昨日は暖炉の前で三人川の字だったもんな……まあそうなったのはオッサン二人がハッスルしすぎて俺が昇天したからなんだけど。殴りてえ。

 ……ゴホン。
 ともかく、ゆっくり寝られるのはありがたい。これで体力……というか、俺の精神力も少しは回復するはずだ。これでお風呂があったら最高なんだけどなぁ。

「ブラック、ここに泊まった事ある? 風呂とかあった?」

 そう問いかけると、ブラックは少し考えるように空に視線を泳がせて、首を傾げた。

「どうだったかなー……僕もあんまり記憶が無いんだよね。この街道、あんまり好きじゃなかったし……。でもまあこれだけ大きい宿なら、どうにかして風呂を沸かす設備を作ってるかもしれないよ」
「マジ!?」

 そう言われると探したくなるのが現代人のサガってやつだ。
 ぶっちゃけ言うと、雨に当たり続けてちょっと寒かったし、それにいくら防水コートを着てて途中からお姫様抱っこで運ばれたと言っても、こうも雨が降り続いていたら、足からどんどん冷えてくるものだ。風呂が在るなら沸かしてあったまりたい。

 というわけで、俺は二人と一緒に宿を探索したのだが……結果的に、風呂場らしい所を見つける事は出来なかった。ただ、一つだけ妙な場所は発見したのだが。

「でも……これは風呂には見えないよなぁ……」

 そう言いながらドアを開けて覗き込むのは、窓のない部屋だ。
 一段二段と壁に段が取り付けられているが、それ以外に特別な所は無い。
 あ、でも……壁の下の方に隙間があって、覗きこんだ向こう側には外の景色と灰になった白い山が見えた。これは……薪を燃やしてたんだろうか。

 でも、これどういう部屋なんだ?
 首を傾げていると、ブラックがアッと声を上げた。

「あー、思い出した! これ蒸し風呂だよツカサ君」
「ムシぶろ? 蒸しって……あの、蒸気で蒸すアレ?」
「そうそう。ここは水の曜気が強くて風呂が沸かせないから、それを逆手に取って炎をガンガン炊いた白煙に水が混ざるようにして、部屋に送り込んだ蒸し風呂にしたんだよ。そうすれば温度も保てるからね」

 それって……サウナ的なものなんだろうか。サウナって風呂だっけ?
 あまり詳しくない方面の話なので首を捻ってしまったが、クロウは蒸し風呂に対して知識があるらしく、ブラックの言葉に補足するように説明してくれた。

「湯気が溜まる部屋で体を温め垢を浮かし、冷水やお湯を浴びて体を洗うんだ。この街道では……恐らく、外の雨を使って体を流すのだろう。この部屋の横に、外へ出る扉が在ったからな。肌寒いが、蒸し風呂に入った体なら平気だと思うぞ」
「なーるほど……」

 俺の世界だと雨に直接あたるのは遠慮したい気持ちもあるが、この世界は汚染がどうのとか考えなくて良いから、雨もどこへ行こうが綺麗なんだろうな。
 だったら、ついつい浴びたくなるのも分からなくもない。
 俺も蒸し風呂なんて初めてだし、ちょっと体験してみたいかも。

 サウナはガキの頃に体験して「俺にはまだ無理だ!」とすぐ飛び出してしまったから、今度は大人の俺で挑戦してみたい。今なら出来るはず。
 いや、あれくらい高温になるワケじゃないだろうけどさ。

「用意してみる? やりたいなら【フレイム】で燃やしてあげるよ」
「わーっ、さっすが炎が使える月の曜術師! ありがとう助かりますうっ」

 まあどんなお風呂だろうと、サッパリできるなら入浴しない手は無い!
 それに、ここには炎を自在に操れて肉もめっちゃ上手く焼けちゃう技術持ちな術師が控えていらっしゃるんだしな。これは頼まないワケにもいくまい。

 ついつい浮かれてしまって素直に感謝すると、ブラックは嬉しそうに笑ってエヘヘと声を漏らした。なんだかんだそうやって照れる相手も好ましい。
 襲って来る時はとんでもないけど、やっぱこういう時のブラックが……す、好きだな。うん。まあ本人に面と向かっては言えないけど……。

「ツカサ君?」
「な、なんでもないですっ。じゃあ俺、薪を集めて来るな!」

 せっかくやって貰うんだし、俺もちゃんと働かないとな。
 そう思って二人に休んでてよと言わんばかりに立候補したのだが。

「僕も行くよ。だってツカサ君だけじゃ薪をいっぱい持てないでしょ」
「それに、重たい薪を持ったらツカサは絶対に転ぶからな」
「…………」

 バカにしてんのかお前らは!
 さっきの俺の気遣いを返せチクショー!









※娼彦(しょうげん)は、男の娼姫です。男女問わずオスがそう呼ばれます。
 この世界ではどちらも高級娼婦と同じように扱われており
 当然ながら男女問わずメスの相手をします。
 特に高級と呼ばれる人々は知性・品格・(オスなら)絶倫が必要と条件が厳しく
 オスのなり手は少ないので、娼姫よりも大切にされています。
 こちらは娼姫とは逆にオスの女性の方が希少で人気。
 巷でナンパするオスと違うのは、メスをおもてなしする技量が必要だからで、
 この世界のオスの男女は基本自分に素直なのでそれが難しいのです。

 
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