異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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慈雨泉山アーグネス、雨音に啼く石の唄編

5.山を歩けば色々積もる

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「ツカサ君、おかわりぃ」
「ム……オレもおかわりだぞツカサ」

 そう言って木のお椀を差し出してくるオッサン二人に、俺はげんなりした顔で二人を睨む。……本当ならここで目の下に隈でもあったら良かったんだろうが、今の状態の俺では体で「疲れました」を表現する事も出来ず、ただただ溜息を吐くしかなかった。

「……昨日散々俺にご無体を働いておいて、なに平然とおかわり頼んでんだ」
「だって~、久しぶりのツカサ君の手料理美味しいんだもんっ」
「うむ、オレもツカサの手料理いっぱい食べたいぞ」
「クロウは昨日たっぷり食べただろ!」

 ナニを、とは言いたくないが、昨日の爛れた行為は思い出したくない。
 いやそりゃ好き同士理解し合う者同士ですけども、それとこれとは別じゃん。恥ずかしいと思っちゃうモンはどうしようがそうなっちゃうんだよ。

 だ、だって……俺あんなに変な声出して、最終的にはもうイくのすら苦痛になって、二人に対して泣きながら「もう許して」とか言ってんのよ。思い出したくないでしょ。
 って思い出しちゃってるけど、あんな格好であんな風になった自分なんて、普通に考えても恥ずかしくて早く記憶から消し去ってしまいたい。なんでこう俺って奴は毎回毎回オッサン達に力負けしてあんな事になっちまうんだ、あ゛あ゛あ゛。

「ツカサくぅん、スープぅ」
「ツカサ……」
「だーもーうるさいうるさい! 黙って食えっ」

 お城の人に分けて貰っていた、ヒポカムの肉とお野菜を煮込んだ簡単なスープだと言うのに、何をそんなにおかわりする事があるのだろうか。
 乱暴に空の器を受け取ってそれぞれにたっぷりと具とスープを入れてやると、中年二人は嬉しそうにしてすぐに食べ始める。

 …………べ、別にキュンとかしてないからな。俺は怒ってるんだからな。
 子供みたいに顔を綻ばせたって、熊耳を嬉しそうに動かしたって、俺はそういうのには反応しないんだからな。……反応しないんだからな!!

「……ったく、このオッサンどもは……」

 人の気も知らないで、と思いつつ、俺は自分の器を啜る。
 ……相変わらず塩味が強く、辛うじて野菜や肉のダシで旨味が在る程度の質素なスープ。俺の世界のコッペパンと同様、中身が白くてキツネ色の柔らかい白パンは、そんな素朴なスープを小麦の甘味で辛うじて受け止めてくれるが、正直……山道を歩く冒険者でもなければ、わりと胃に優しくないスープだと思う。

 我ながら、なんとも片手落ちな料理だなぁ……。
 いや、でも、最初からこうしたかったワケじゃないぞ。俺だって百点満点の美味しいモノを作りたかったのだが、昨日のオッサンどもの暴挙のせいで未だに頭がボーッとしてて、小難しいことを上手くこなせなかったんだよ。

 それに、料理してるってのに背後から抱き着いてきたり、俺の首筋のニオイをこれみよがしに嗅いで来たりして、全然集中できなかったし……。

 ……その……俺、風呂に入ってないワケで、そうなるとニオイがどうなのかと気になっちまって、近付かれる度に過剰反応しちゃってるんだよ。だから、料理中だってのに、集中できなかったって言うか……まあ、言い訳だけども。

 でも、現代人としてはやっぱり気になるじゃん、あ、あのアトのニオイって……!
 俺が呆けている間に後始末をしてくれたらしかったけど、でも確実に汗臭いだろうし、湿気のせいなのか汗の後なのか肌もペタペタして不快だし……。
 普段は気にならないけど、やっぱりその……ぶ、ブラック達に、汗臭いって思われるのは、恥ずかしいっていうかイヤって言うか。

 と、ともかく、その……好きなヤツに、そういうの思われたくないし……。
 …………だ、だから! 近付いて欲しくないって話なんだよ!
 でまあそれは置いといて!

「な、なあブラック。この小屋の廃墟、お風呂とかないの……?」

 驚くほど綺麗に保たれている廃墟なんだから、もしかするとそういう水関連の設備も残っているかも知れない。だったら、出発前に汗を流しておきたいよな。
 そう思ってブラックに問いかけたのだが、答えは残念ながらノーだった。

「ここらへんは水が豊富だけど、沸かしたお湯が外の冷たい雨に負けちゃって、すぐに冷えちゃうからねえ。大体が暖炉でお湯を沸かして拭く感じだったよ」
「え……負けちゃうって、そんなことあるの?」
「ここは水の曜気が支配してるから。お湯は炎の曜気が水の曜気に融和してるけど、この状況じゃ絶対量が少ないからすぐ水の曜気に負けて消えちゃうんだよ。薪を沢山くべれば大丈夫だけど、それも大変だからね」

 ふむ……ふむ……?
 外気温で冷えるとかそういう話じゃないのかこの世界。俺にはよく解らないが、要は「水分が多過ぎて、お湯だのなんだのが沸かしにくい」と言うことなんだろうな。
 ブラックみたいな規格外の炎の曜術師がいれば別なんだろうけど、それも望めないなら風呂は金がかかるから設置しないというのも仕方ない。

 でもお風呂入りたかったな……はぁ……。
 いや、この際もう雨でシャワーとかしても良いんじゃないか。それか、自力で風呂を沸かしながらなんとか体を洗うとか。チート能力の使い方がみみっちい気がするが、不快感を拭えるならこの際みみっちくても何でもいい。

 この廃墟にデカい桶か何かがあればいいんだけど……。

「ツカサ君、ツカサ君」
「えっ? な、なんだ?」

 風呂について真剣に考えてたので、声を掛けられてびっくりしてしまった。
 思わずどもりながらブラックの方を向くと、相手はムシャムシャと遠慮なく白パンを頬張りながら、再び空の器を見せて来る。

「おふぁふぁひあふ?」
「オレも」
「おかわり? ったくもー何杯食べるんだ……これで終わりだぞ」

 鍋の底まで掬って具もしっかり平等に分けて渡してやると、二人はお互いの木の器を見ていたが、ややあって俺の方を覗き込んできた。

「ツカサ君のスープ、具が少ないけどいいの?」
「ヌ、本当だな。ツカサ、二杯目を食べるつもりではなかったのか」
「ええ? いや、俺は食欲ないから別にいいよ。二人とも食べなって」

 体は“あの異常”のせいで元気だけど、理性が中途半端に残っている状態で長々とえっちしたので、精神が疲れ果てていて食欲がないのだ。
 だから、俺の分は量を少なめにしたのである。

 それに、今日のスープはブラック達の好みを考えて具がゴロゴロしたスープにしたからな……今日の体調ではこれがベストなんだよな。
 まあ、元気になったらガッツリ食べればいいさ。

 そんな事を考えていたのだが、俺の意図が分かったのであろうブラックとクロウは、何故だか不満げで。どうしてそんな顔をするのかと思っていたら、唐突に肉と野菜をスープに放り込まれた。

 どういうことだと顔を上げると――――ブラックが、いきなり頬にキスして来た。
 わっ、わっ、なにしてんだお前朝っぱらから!

「僕のことを考えて、具をいっぱい入れてくれるのは嬉しいけど……ツカサ君は、この駄熊のせいでヘロヘロなんだから、ちゃんと食べなきゃだめだよ。だから食べて? でないとコレからのセッ……旅がつらくなっちゃうよぉ」
「そうだぞツカサ。美味い汁は栄養のあるものを食べてこそだ」
「お、お前ら、チラチラと本音が見え隠れしてるんだが……」

 これ暗に「元気になってくれないとセクハラ出来ない」って言ってるよね?
 俺の直感間違ってないよね?

 思わずはっ倒しそうになってしまったが――――まあ、二人が心配してくれているのだけは、間違いない。裏に企みが有ろうが、この具に罪は無いのだ。
 それに今日は歩くわけだから、体力は回復しておかないとな!
 ……まあ回復しなきゃ行けないのは精神なんだけどね。体力はマンタンだし。

 …………ブラックの曜気を貰い過ぎて異常な状態になってるのは分かってるんだけども、山歩きだと思うとヘタに体力減らすのもなって思ってしまうので、アドニスに貰った薬を飲むタイミングが難しいんだよな。
 本当は一刻も早く対処法を見つけたいんだが、この過酷そうな雨の山道を俺だけの体力で進もうってのも無謀と言えば無謀だし。

 アドニスには申し訳ないが、この【慈雨街道】を抜けてから薬を使わせて貰おう。
 そんな事を思いつつ、俺は二人に分けて貰ったスープの具を口に運んだのだった。






 ――――――朝食後。

 休憩した後、俺達は予定通りに小屋を出発した。

 ……風呂に入れなかったのは残念だが、こんな状況では仕方ない。
 今日はとにかく距離を稼ぎ、ブラックが言う「次の小屋町」に到着するために、一心不乱に歩かねばならないのだ。気合を入れていかなきゃな・

 しかし、それにしても……雨の出立と言うのは心が重い。
 空に掛かる雲は白くて驚くほど外は明るかったが、しかし【慈雨街道】はその名の通り晴れる事のない雨雲に覆われていて、静かな音を立てながら小雨が延々と降り注いでいる。覚悟していたとはいえ、雨の道を歩くのは少し憂鬱だった。

 だけど、進まなければ街道は抜けられない。
 というわけで、俺達は時折ぬかるむ道を黙々と進んだ。

 ――――雨の山道、とはいうが、この【慈雨街道】はとても平坦だ。

 多少の起伏は有るけど、地上の森の中を歩いているのとさほど変わらない。
 山道だと感じる時があるとすれば、たまに右側の森の向こうに切り立った崖の対面が少しだけ見えるくらいだ。 雨という歩きづらい天候を抜かせば、楽な道だった。

 まあ、濡れた草が絡みついたりするし、土がむき出しの部分で滑りそうになったり、木の根っこが出てて普通の時以上にツルツルしてて危なかったり、おまけに街道が廃れたせいで整備が出来ず石や隆起した土がトラップになってたりするけどな。
 見事に全部引っかかって、あやうく転びそうになったがそれはともかく。

 この雨の中では途中で休憩を取る訳にも行かないので、俺達は早く次の小屋町に到着しようと懸命に歩き続けた。

 水をはじく性質を持つナクラビボアの革ローブ(皮なのに布のように柔らかい)は、思った以上に雨から体を守ってくれたのだが、なんだか自分の熱やニオイがこもってしまうようで、今の状態だと居た堪れない。
 早くブラックの言う「小屋町」に辿り着きたいものだと思っていたが――――普段、あまり長距離を歩いていなかったせいなのか、段々足に疲労が溜まって来た。

 こんなことなら毎日ウォーキングでもしておくんだったと思ったが、自分よりも歩幅が大きい大人に必死で付いて行っているせいもあるのかもしれない。

 ブラック達が何も言わないのを良い事に、なんとか長い足の二人に負けないように歩いて来てはみたが、やはり身長差と言うのは実に厄介な物のようで。
 今のところブラック達には気付かれていないけど、俺の足の裏は雨の道に対して力を入れ過ぎていたのか痛みを訴えだし、ふくらはぎはパンパンになっていた。

 湿布でも貼りたいところだけど……そうして二人にバレて気遣われるのはな。
 でも、さっきからコケてばっかだったし、無茶してもっと迷惑かけるのも……。
 ……うーむ……男のプライドとしては非常に悔しいが、ここで熱血主人公のように押し通しても、一般人の俺は根性が無いので悪い結果にしかならん気がする。

 やっぱりここは恥を忍んで、ペースを落として貰うか。
 そう思い、俺は目の前を歩いているブラックに声を掛けた。

「ブラック、ごめん……もうちょいゆっくり歩いて貰ってもいいかな」

 そう言うと、ブラックはすぐに俺を振り向いて、今何かに気付いたような顔をする。
 どうしたんだろうとこちらも目を見開くと、相手は手を広げて俺に近付いて来て。

「ああっ、ゴメンねツカサ君気付かなくて……! そうだよね、ちっちゃいツカサ君だと僕の歩幅じゃキツいんだよね……!」
「い、いやちっちゃいとかじゃなくて」
「わーんごめんよぉっ! あっ、でも大丈夫だよ。ツカサ君が頑張ってくれたおかげで、もうすぐ小屋町に着くから……ここからは僕がツカサ君を連れて行ってあげるよ!」
「え?」

 どういうことだ、と問いかけようとしたら――――声を返す暇もなく、俺はブラックの腕に抱え上げられてしまった。そりゃあもう、驚くほど軽々と……って、オイ!

「さあ行こうねぇツカサ君」
「おいっ、お、俺は歩けるってば!」
「ん~、でもでもツカサ君は今までずっと早足で無理してたんでしょ? だったら、もう足を休めて明日に備えた方がマシだよ。ね?」

 でないと、明日の山歩きが更にツラくなっちゃうよ。
 そう言われて、俺は言葉に詰まる。確かに無理をして歩くと、明日がつらいかも。
 だったらブラックに抱えて貰って、休んだ方が……。

 …………いやでもこれブラックの方が疲れるのでは。
 やっぱり、ゆっくりでも歩いた方が良いんじゃないかな……。

「ブラック、俺やっぱり……」
「ん……? ああ、ツカサ君、もしかしてお姫様抱っこが恥ずかしいの? ふふ……安心してよ。ここには僕達しかいないんだからさ……だから……」
「えっ、う……ん゛むっ?!」

 いきなり口を塞がれて、体がビクンと跳ねる。
 だけど疲労した足まで動かすと体が痛みを覚えて、思わず硬直してしまう。
 そんな俺の隙を狙って、ブラックは合わせた口をぐっと押し付けて来て、舌で俺の口をこじ開けようとしてきた。

「ん゛っ、んんんっ……!」

 やめろ、こんな所でナニやってんだ。
 慌ててブラックの胸ぐらを掴み、相手の顔を引き剥がそうとする。けれど、足の痛みのせいで動きが鈍くなった俺にはそれ以上どうすることも出来ない。

 そんな俺の事をあざ笑うかのように、ブラックは不安定な体勢の俺に上半身を曲げ圧し掛からせるように体を近付けると、一層深く舌を差し込んできた。

「っふ……んっぅ…んぐっ、む……ん……っ!」

 また、口の中を舐め回される。
 上顎をなぞられて、舌の奥の方を擽られて、その合間に唇を吸うようにヘンな音を立てて何度も何度も吸い付かれて、体が痛みとは別の衝撃に動く。

 いくら人がいないからって、外でこんな風にキスをされるなんて。
 そんなの、どう考えても普通じゃない。恥ずかしい。
 恥ずかしいのに……ブラックにキスをされていると、体が、熱くなってきて。

 駄目だと思えば思うほど、俺の感情を置き去りにして起き上がっちゃいけないとこが、どんどん熱を蓄えてくるような気がして。
 その感覚だけでもう、俺は泣きたくなってしまった。

「っはぁ……はっ……ははっ……つ、ツカサ君……顔が真っ赤で可愛い……っ」
「う゛……ぐ……ばかっ……ちくしょぉ……」

 やっと解放されたけど、もう俺も息が上がってしまって罵倒すら格好つかない。
 そんな俺を見つめて、ブラックはニヤニヤしながらペロリと自分の唇を舐めた。

「ふ、ふふふ……次の小屋町は、少し大きいからね……安心してね、ツカサ君」
「ぐうう……」

 何を安心すれば良いんだ。
 そうツッコミを入れたかったが、これを言うとヤブヘビになりそうな気がする。

 結局、俺は何も言い返せなかった。









※ナクラビボアは第一部でも出て来た養殖モンスターです
 カバのように水辺に棲む性質があり、そのとおりの水属性です。
 肉としても需要が在り、ヒポカムの肉より価値が高く脂が乗っていて
 焼いた肉は豚肉と同等の味です。要するにこの世界で言う豚さん。
 豚、という言葉はこの世界でもありますが、オークはこの類ではなく
 ボアの他に豚人間っぽい「キラーウア」というモンスターがおり
 罵り言葉の時は、その醜悪な生態を指して「豚」と形容します
 通常の意味では「豚」はボア系モンスターを指します。
 (※キラーウアは拙作漫画「いんとるーど!」で外見が見れます
   モンスターのタイトルを参照)

 
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