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豊穣都市ゾリオンヘリア、手を伸ばす闇に金の声編
持つべきものは神2
しおりを挟む完全に地上に降りてから改めてお城を見上げると、やっぱり裏側からでもお伽話のお城そのままだ。あんな事が無きゃ、お城も堪能してただろうになあ。
まあ、アドニスに体を見て貰う予定も有ったし、観光気分ってワケにはいかなかっただろうけど……。
「そういえばあの腐れ眼鏡は見送りに来なかったね」
不意にブラックが言うので、俺はそう言えばと出立前のことを振り返る。
……アドニスは用事が有るとかで昨日別れたっきりになっちゃったんだっけ。まあ、アイツには後で会う機会も有るだろうし、調合してもらった薬の効き具合も手紙で書く予定なんだから、遠からずまた会える日が来るよな。
だから、ローレンスさん達のようにお別れが言えなくても寂しくは無い。
名残惜しいが、今は一刻も早く獣人の国へ行かなきゃな。……とは言え、ブラックは相変わらずアドニスに厳しいな……。
「腐れ眼鏡ってお前な……まあアドニスも忙しかったんだろ。あいつ賓客講師だし、用事がなけりゃここに滞在してないだろ?」
さすがに言い過ぎでは、と口を挟むが、ブラックは不満げな顔を崩さず口をむうっと物言いたげに尖らせる。
「そういうお高くとまったトコロが腐れ眼鏡なんだよ。僕ならツカサ君のお見送りとか絶対に逃さないのに……」
「そ、それは嬉しいけど、人には事情ってモンがあるし……仕方ないって。な?」
なんとか優しくブラックを宥めるが、相手は何故か不満げな顔をしているばかりで収まる様子も無い。それどころか、リュックの肩紐でぎゅうぎゅうに押さえつけられている俺の肩を取ると、何故か畑の方へと歩き出した。
まあ、背の高い小麦のような物が植わった黄金色の畑は俺も気になってたが……何のために近付くのだろうか。さくさくと地面を歩いて畑の畝道に入ると、ブラックは肩に手を置くだけでは我慢出来なくなったのか、俺に横から抱き付いて来た。
「あー、でも、これでやっとツカサ君と二人っきりでいっぱいイチャイチャ出来るから、そこは良かったぁ~」
「ちょっ、お、お前なあっ」
「ブラック、オレも居るんだが」
反対側からクロウが口を出してブラックの勢いを止めようとしてくれるが、しかし当の本人は意にも介さず俺をずるずると畑の奥へ引き摺って行く。
「二番目のさもしい駄熊は黙ってろ。ねぇツカサく~ん、折角だからこの小麦畑の中で幻想的なセックスしようよぉ」
「せっ……!! ば、バカッ、いくらなんでもここじゃお城から見えるだろ!?」
「えー、見下ろし方のデバガメ~? いいよ、どうせなら見せつけてやろう。あの城の奴らったら、僕が黙ってるのを良い事にツカサ君に事有るごとにちょっかいを掛けて来て凄く不快だったし。見せつけてやろっ」
「人の畑でとんでもないことをしようとするなーっ!!」
いやそもそも野外で人に見せつけながらえっちとか勘弁して欲し過ぎる。
つーかお前この前似たようなコト言ってやめたんじゃなかったっけ?!
何で今更ヤル気になってんだよお前はーっ!!
「ムゥ。やはり宣言して見せつけるのは嫌だが、密かに見せつけるのは良いのか」
「はぁ? 何言ってんだ駄熊」
「いや、そうでもなければ、あの時ツカサに知らせず二度三度銀髪……」
「だ、黙ってろ駄熊!」
何を慌ててるんだこのオッサン。銀髪ってなんだ。どういうこと?
俺に知らせずって、もしかして……
「はいはいツカサ君たらもう駄熊の言う事なんて気にしないで~。ほらっ、恥ずかしいなら僕がマントで隠してあげるからさあ小麦畑の中で……」
「わーっ! やめっ、ばっぅぐっ」
バカ、と言おうとしたのに、思いっきり口をキスで塞がれる。
そんな事をしたって、さっきの謎の会話は忘れないんだからな。キスくらいで簡単に流される俺だと思うなよ、と相手の胸ぐらを掴んだが、反対に顎を強引に取られて口を強引に開かれてしまう。
「ん゛っ、ぅう゛……ッ」
これじゃ歯も立てられないじゃないかと顎を掴むてを外そうとしたが、俺の平均的な腕と、冒険者の筋肉逞しい腕では勝敗は明らかで。
強く押し付けられた唇の感触とは異なる、いつものチクチクして痛痒い中途半端な無精髭の感触が意識を散らして、入ってくる舌に対して抵抗できず貪られてしまう。こんなことじゃ駄目だと解っているのに、ブラックにキスをされているんだと実感する度に体から力が抜けて行く。
つるつるしてなくて、いつもの鬱陶しい髭だらけの肌。
熱い息に、無遠慮な唇と舌。顎を取る太くて皮の厚い指も、肩に触れる大きな手と指の強い力の感触も、いつもと同じで。
そう思うと、体がゾクゾクしてきて足が震えて来る。
たかがキスなのに、何度もしているはずなのに、口の中でぬるりとブラックの大きな舌が動くと、それだけで固定された顎が戦慄いてお腹の奥が熱くなってくる。
「っふ……んぅ、う……ふぐ……、ぅ……っ」
「ツカサはブラックのキスだけですぐに蕩けるな。もう顔が真っ赤で気持ち良さを我慢出来ていないではないか。それでは負けてしまうぞ」
無遠慮に耳をくすぐる熱い鼻息だけでもヤバいのに、横からクロウが言わなくても良いことをつっこんでくる。こんなに深いキスをしているのを横で見ている人がいるんだと思うと、余計に体がおかしくなってきて足が無意識に閉じてしまう。
こ、こんなの絶対にヤバい。俺もたかがキスくらいでどうしちゃったんだ。
お城でだって、その……色々とやったのに。こういうのは慣れっこなのに。
なのに、どうしてブラックにキスされただけでこうなっちまうんだ。
「っは……はぁあ……つ、ツカサ君とろとろでおいひぃ……っ。ね……も、もう、ツカサ君も気持ち良くなっちゃったでしょ……? だからさ、出発する前に一回だけ……」
「んぐぅっ!?」
キスの合間にねっとりした言葉でそう言われて、下腹部を撫でられる。
「ね……ツカサ君……セックスしたいよね?」
「ぅ、や……やだ、な、なんでそこぉ……っ」
いつの間に肩の手を外したんだ、これで逃げられるのでは。そうは思うのに……俺のヘソの下を服の上から擦って来る手を振り払えない。
辛うじて腕を掴んでいる手も、自分でもわかるくらい力が入っていなかった。
「ほらぁ、ツカサ君のおなかヒクヒクしてるよ……? 僕のペニスが欲しいっておなかの奥がおねだりしてる……僕だって三日もクソ眼鏡どもと顔を突き合わせていっぱい我慢してたんだから、ご褒美で一発……」
「おい、俺の目の前で濃い衆の宴はやめろ」
「わあー!?」
は、背後からいきなり声がっ!!
何々なんなのこの声、クロウじゃねえなにそれ怖いっ。
もう矢も楯も泊まらず思いっきりブラックに飛びついてしまったが、何故か背後の声は呆れたように「はぁー……」と長い息を吐いている。
敵じゃないんだろうか、と恐る恐る振り返って相手を見やると――――
「あっ、キュウマ!」
「おのれは声で分からんかい!! ったく、何で俺がお前らの見るに堪えない情事を見なきゃいかんのだ……」
そうブツブツと呟くキュウマだったが、体はしっかりとしていて地面に立っている。
以前「分身体」というものを数分だけこの世界に送れると話していたが、それがこの体なんだよな。でも、なんだか以前よりもちょっとしっかりしてる感じがする。
相変わらず顔の整った眼鏡ボーイで見れば見るほどイラッとしてしまうが、そんな俺と同じ気持ちを持っているのか、ブラックも俺を抱えたままムッとしているようだ。
「お前まさか……また迎えに来たのかツカサ君を! しかも折角雰囲気の良い場所で野外セックス出来る絶好の機会に!」
「おま……ほんといい加減にして……?」
「おい大人ってのはアブノーマルプレイをしていい免罪符じゃねーぞ」
怒ってた理由はそっちかよと眉間に鬼のような皺を作る俺に、さすがのキュウマも同意を禁じ得ないようだ。そうだろうとも俺は今すぐブラックを殴りたい。
こんなんに毎回毎回ドキドキしちゃって俺もバカ野郎だくそーっ。
「いひゃひゃつかひゃくふぅう」
「イタタじゃねーよスケベオヤジっ!!」
頬を引っ張られるくらいで何がイタタだ。
つーか一ミリも痛いとか思ってねーだろお前ニヤニヤしてこの野郎めがーっ。
「あーあーもう良いからさっさと帰るぞ。今回は長居し過ぎだ。いくら一日が一分だと言っても、さすがにあっちじゃ夜が明けるぞ」
「えっ。や、ヤバいっ、早く帰んなきゃ尾井川のかーちゃんが気付いちまうっ」
慌ててブラックから離れて、空中に浮いた穴を背後にするキュウマの方へと行こうとする。と、背後から腕を捕まえられて俺は勢いよく停止してしまった。
振り返ると、ブラックが再び不機嫌そうに眉を顰めている。視線からしてキュウマを睨んでいるようだったが、相手はそんな視線にやれやれと肩を竦めて息を吐いた。
「あのな、邪魔をしたのは悪かったがツカサにも都合があるんだぞ。俺はそれを考慮してわざわざ時間に遅れないように迎えにきてやってるんだ。文句があるんだったら俺じゃなくてツカサ自身に言えよ」
「ツカサ君が帰るのは仕方ないから良いんだよ。それより、お前がどうも僕とツカサ君の邪魔をするように出て来るから気に入らないんだよ」
邪魔と言うか常軌を逸した行動を留めに来てくれたようにも思えるのだが、ブラックからしてみれば邪魔か……まあそうだな……。
でも、俺の場合ブラックに対してはもう何もかも敵わないし、いくら怒ったってコイツは逆に喜んじゃうんだから、もうそれこそ神様くらいじゃないと止められない。これでまたブラックにヤられちゃったらアッチの世界に不都合が出そうだし……この場合は仕方ないだろう。というか止めさせて本当ごめんキュウマ……。
そうなると、ここは俺が謝るのがスジだな。
ブラックにもちゃんと理解して貰わないと……というか大人として自重するってことを覚えて貰わないと。そう思い口を挟もうとしたのだが。
「邪魔してるように思えたか? そりゃ申し訳ないな。俺としては完全アウトの中年が未成年に強引に手を出してる所なんて絵面的にキツくて絶対に見たくないから、別に邪魔でもなんでもないんだがな」
「じゃあ見るな寄るなせめて一発やってから出てこいよデバガメ神が殺すぞ」
「うるせえな! だいたいお前ら一回の区切りがねえんだよ毎回毎回タイミングを窺うこっちの身にもなれ! 俺は異性愛者だバッキャロー!」
あああすんませんすんません……ていうか分かっちゃいたけど見ないで頼むから。
いやキュウマはノーマルだから見てないと思うんだけど、でも時間を置いてみても「まだコイツらヤッてるよ」ってなるのはゲンナリするよな……。
う、ううう何かもう色々恥ずかしい、なんでこんな言い合いしてるの俺ら。
「おい、それより時間が無いのなら早くツカサを帰した方が良いのではないか」
「く、クロウ……っ」
「おっと……そうだな。ド変態と会話してるヒマは無かったんだった。ツカサ帰るぞ。あー、あとお前ら少しでも距離を稼いどけよ。ベーマスは遠いんだからな!」
「そんなこと言われなくても……っ」
解ってる、と、ブラックが怒鳴ろうとしたと同時に俺の体が浮く。
何が起こったのか分からなくて思わず息を飲んでしまったが、俺が一呼吸置く暇もなく体は歪んだ空間にシュートされ、そのまま白い空間に投げ出されてしまった。
「お、おお……いつもながら強引な回収……」
「お前が時間を計ってくれりゃあやらなくても済むんだがな、強引回収」
ブラックとクロウの声すら聞こえなくなった、一面真っ白の空間。
だけど、起き上がって声のする方を見やると――――四面のうち二面だけが壁に囲まれている妙な小部屋っぽい空間があって、そこにキュウマが座っていた。
壁の一面には半透明の不可思議なディスプレイが幾つも浮きあがっているが、前に見た時よりも随分と部屋らしくなっているな。卓袱台も座布団もあるし。
「なんか、その……ま、毎回ごめん……」
「……まあ、気にするな。あのオッサンの色情狂具合は今更だからな。お前だって、あっちの世界じゃ筋力とかつきようもないだろうし」
「ぐう……」
こっちにこい、と手招きをされて近付くと、キュウマは何度目かの溜息を吐く。
あからさまに呆れているような調子だが、しかし相手は面倒見が良いのだ。だから俺の事も毎回助けてくれるわけで、本当に頭が上がらない。
そんな俺の申し訳なさを表情から感じ取ったのか、キュウマは苦笑した。
「ま、俺に申し訳なく思うなら、今度からは罠の張り方でも勉強して、上手いことあのオッサンから逃げるこったな。そうすりゃ俺も気苦労が減る」
「おっしゃる通りで……」
……勉強。
…………あれ、なんか……何か忘れているような……。
勉強…………そう……勉強、って……――――
「あ゛――――ッ!!」
「うわっ、なんだお前急に叫ぶなよ! びっくりすんだろが!!」
「あああああ試験っ、試験勉強忘れてたすっかり忘れてたああああああ!!」
「し、試験勉強……? 期末か?」
さすが元高校生のキュウマ。
ああでも自分の失態で涙目になってしまう。頷くと涙がっ。
でも後悔してももう遅い。俺はアッチでも勉強をしようと思って道具を持って来てたのに、結局事件や劇の練習にかまけてすっかり忘れてしまっていたのだ。
だがこれは俺の落ち度だ。誰にも怒れないしジタバタも出来ない。
ああでもどうしよう、何も出来てなかったら尾井川に怒られる。地獄の柔道受け身体験が待っているぅううう。あいつ真面目だから俺がサボるとすぐそう言う事をするんだよ「お前は痛い体験をしないと学ばんだろうが!」ってえええええ!
「な、なんかよく解らんが大変そうだな……」
「前にも話しただろ……俺はお前と違って赤点常習犯だから、期末の勉強も時間がたっぷりある異世界でやるつもりだったんだよ……」
「なのに忘れて冒険してたって?」
「仰る通りで……俺がクソバカでした……」
「なんだ自覚はあるのか」
あるから焦ってるんでしょうがっ。
でも今更焦ったって仕方ない。そもそも、時間があるからって遊んでたのが悪いんであって、反省するんなら喚かずに自分の世界で粛々と勉強するしかない。
今回は完全に俺が忘れてたのが原因なので、俺が悪いのだ。
はあ……自分のアホさ加減が恨めしい……というかお恥ずかしい……。
思わずがっくりとうなだれてしまうが、そんな俺を見たキュウマは。
「……はーっ……。ったくお前はしょうがねえヤツだな……」
「……?」
「少しならまだ時間の余裕がある。特にわかんねえ所を出せ。俺が知ってる範囲だけで良ければ教えてやるから」
「かっ……神様キュウマ様……!!」
なにこの人本当に神様なんですけど!!
ああもう、これだからキュウマって奴は良い奴なんだよなあっ。
つい希望に表情を明るくしてしまうが、キュウマはそんな俺にも苦笑して「ばーか」と言うだけで、ちっとも嫌な顔はしない。くそう、中身もイケメンなんてずるいぞ。
「ほら、良いから持って来た教科書出せ。どうせダチに訊いても分かんなかった所が有るんだろ? 俺がバカでも解るように教えてやんよ」
「よろしくお願いしますぅっ」
犬のように素直に飛びつくと、キュウマは少し目を丸くしたが――――
何故だか、嬉しそうに笑ったような気がした。
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