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豊穣都市ゾリオンヘリア、手を伸ばす闇に金の声編
37.持つべきものは神1
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アドニスから、ブラック達の曜気が溜まらないようにする薬を貰って翌日。
みんなで荷物をまとめて、ようやく日が昇る前に出立する目途が立った。
……とは言え、俺達の荷物は来た時とほぼ一緒だし、増えたものと言ったら、一緒に劇をやっていた侍従さんや厨房の人達がおすそわけしてくれた食料や、アドニスが持たせてくれた地図や薬の材料くらいだろうか。
アドニスに色々と貰ったのもありがたいんだけど、まさかお城の人達からこんなに良くして貰えるなんて最初は思わなかったなあ。
実り豊かなアコール卿国……というだけではなく色々貰ったり手伝ったりして貰い、本当にゾリオン城の人達には頭が上がらない。もう二度と会う事も無いだろうと思うと寂しいなあ。お姉さんたちに貰ったお菓子の味が忘れられそうにないよ……。
…………そ、それはともかく。
よこしまな気持ちは一切ないが、おねえさ……侍従さん達とお別れは悲しい。
何だかんだ一緒に練習してきたし、本当に良くして貰ったしな。出来れば、彼らだけでも劇をやって欲しかったけど……ローレンスさんのことだから、きっと侍従さん達を労ってくれるだろう。なんだかんだ人望厚い王様だし、付き合いやすいし優しいしな。
だけど、付き合いやすいっていうのも案外考え物かもしれない。
何故かって、いざ城から出ると言う時になって……
「いやぁ、しかし寂しいなぁ……あと数日したら私の娘も帰って来るし、どうだい。少し日数を伸ばして皆で食事でも……」
「え、えーと……」
お城の裏口からこっそり出て良く、というので、昨日のうちにお世話になった人達にお礼を言って自分達だけで出立しようと思っていたのだが……何故か今ここに、この城の主である人間が立っている。
恐らく護衛であろう御付きのお兄さんが実に辛そうな顔をしているが、もしかして、ローレンスさんは仕事を放っておいてお見送りに来てくれたんだろうか。
色々思う所は有るが、それは嬉しい。というか申し訳ない。
しかし、いざさらばと言う時になって、何故ローレンスさんは引き留めるような事を言うのだろうか。っていうかコレ断わっていいの王様からのお誘いって、どうやって断ったらいいんだ。いやでも出立するって決まってるしな。
後で面倒臭そうなことになりそうだけど……でも、ここは男らしくビシッと断わるしかないよな。だって俺達には一刻も早くベーマスに行かなきゃならない理由があるし。
ブラック達に言わせるのもなんかイヤだったので、俺は意を決してローレンスさんに、出来るだけ丁寧にお断りを申し上げた。
「ほら、君達も一緒に汗を流した仲間達が忘れがたいだろう? だからほらほら」
「あ、え、えーと……あの……お誘いは本当にありがたいんですが、俺達は世界協定から重大な使命を仰せつかってますので……」
本当にすみません、と深々頭を下げると――――数秒して、いやあアハハなんて声が上から降って来た。ローレンスさん怒ってない……のかな?
顔を上げると、相手は眉を下げてバツが悪そうに頭を掻いて笑っていた。
「いやあ、そうだったね……。それを言われたら引き留められないな。……だけど、せっかくツカサ君とは分かり合えそうだったのに……とても残念だなぁ」
最後の台詞を呟いた途端、ローレンスさんの目から笑みが消える。
いや、俺があんまり相手を見ているから、錯覚が起きてそんな風に見えただけかもしれない。ブラックが横から口を出してきた時には、もうローレンスさんは普段のような人懐こい笑みを浮かべてモッサリしたモップのような口髭を笑みに揺らしていた。
「…………ツカサ君、なに話したの?」
「えっ。な、何って……昔のこの国の話……とか……だったような?」
二人きりで深く話した事なんて、それくらいしかなかったはず。
だけど、この国の建国神話の真実を喋っていいんだろうか。あれって一応国家機密みたいな物なのでは。そう思いローレンスさんを見るが、相手は笑うだけだ。
うむむ……大人の笑みは「どうぞ」か「だめだよ」か分からない。ブラックくらい分かり易かったら良いんだけど……いやそれも大人としてダメだな。
でも、別に何も言われないんなら……後で話してもいいのかな?
アマイアさんと黒髪の乙女の仲が良かったことはむしろ話しておきたいし、それにズーゼンが何故あの手記を残したのかも気になる。
好きだった人達の仲が悪かっただなんてデマが広がったら、当事者なら否定したくなるだろうにそれもせず、何故あの人は手記に記すだけにとどめたんだろう。
王様だったら堂々と訂正も出来たはずだよな。
……あと……俺が見た、あの夢……。
まさか正夢だとは思いたくないけど……なんだか気になる。
もしあの夢が何か関係があるとすれば、ブラックとクロウに話したら何か新しい事が判るかも知れない。とはいえ……それも、話して良い物かと言う感じなのだが。
そもそも、この世界で見た夢の全部が「何かのヒント」かどうかもあやしいし。
「ツカサ君?」
「あ、いや、なんでもないぞ。あと、変な会話ではないから安心しろって」
「ふーん?」
俺のフラットな様子に、ブラックもどうやら納得してくれたようだ。
やはり平常心だな……などと思っていると、クロウがローレンスさんに問う。
「今後の事は【勇者】とこの国の騎士にゆだねると言う事でしたが……もうこちらでは何もしなくても良いのでしょうか」
かなり礼儀がしっかりしているクロウは、目上の人に対してちゃんと言葉を整える。獣人族って人類みな兄弟的な感覚だとばかり思ってたけど、やっぱり武人だとか人を従えるタイプの獣人だと礼儀が重んじられる風潮なんだろうな。
でも、普段はポツポツ言葉を零すだけのクロウを見ているから、こんな風に丁寧な言葉遣いをしているクロウを見るとなんだかむず痒いぞ。
普段は粗野なダチの丁寧な仕草を見た時の気持ちだこれは。
ブラックは慣れてるんだけどな……クロウが丁寧だと、妙な感じになってしまう。
「ふむ……まあ、そうだね。捜索の行方によっては再びご協力願うかもしれないが、そのあたりは【世界協定】の指針次第だ。……今は、一刻も早く自分達の使命を全うするがいい」
そう言った後、一息呼吸を置いて、ローレンスさんは俺を見た。
「……君達を繋ぐ糸が、誰かに染まらぬうちに」
「え……」
静かで、真剣な声。
しかし今の言葉の意味が分からなくて、真意を問おうと口を開いたと同時、俺の声を先にかき消すようにローレンスさんは明るい調子に戻ってハッハと笑った。
「さあさあ、行きなさい。ここでツカサ君を引き留めている事が知れたら、部屋で作業をお願いしている薬師様の機嫌が悪くなる」
「引き留めたのはどっちだか……」
「そ、それでは失礼します! あの、本当に色々とありがとうございました」
また不満を言いそうになったブラックの背中を抑えて何とか押し出すと、俺は再度ローレンスさんにお礼を言った。まあ元はと言えば、ローレンスさんが侍従さん達に働きかけて俺達が仲良くなりやすい土壌を作ってくれてたんだしな。
だから、でっかいリュックいっぱいに食べ物とか詰めてくれるほど侍従さんや厨房の人達とも打ち解けたワケだし……。上の人が厳しいと、こうはいかなかったろうから、感謝するのは当然と言えば当然だ。決して話題を変えたいからじゃないぞ。
そう思って礼を言うと、ローレンスさんは相変わらずニコニコと人懐こそうな笑みを浮かべて手を振ってくれた。「またね」と言われたけど……王様に謁見する事なんて冒険者家業だと滅多にない事だろうし、二度目は考えられないだろうな。
それでも、また会う機会があるなら、アマイアさん達の事をもっと聞きたいな……と思いつつ、俺達は裏口から続く道を下りて城の裏側の穀倉地帯へ抜けた。
→
※二話連続更新…というか、三話連続更新です
37は二話、もう一つ一話ですのでご注意ください
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