異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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大叫釜ギオンバッハ、遥か奈落の烈水編

6.好事、魔来たる

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 ――――静かな寝息が聞こえる。

 すでに窓の外はうっすらと明るくなっていて、暗かった部屋の中を照らし目の前の光景をより鮮明に見せつけていた。

「…………」

 俺の目の前にいるのは、オッサン。というか、ブラックだ。
 スヤスヤと寝息を立てているおだやかな顔を見て、俺は静かに息を吸った。

 ……ほんと、コイツの髪ってうねうねしてるけど綺麗な赤い色してるんだよなぁ。
 どうしてこうてん二物にぶつを与えまくるのかと溜息が出るが、しかし俺の今いる位置がその髪の色を間近に確認できる距離だと思うと、息をのみ込んでしまう。

 二人でベッドに横たわって、数センチの距離しかない場所でブラックの寝顔を見ているなんて、以外ではありえない。そう考えると、昨日から何だかむずがゆくてたまらなかった。

 でも、仕方がない……とも、思う。
 だって俺は、ブラックにほ、れて、恋人になったんだし……素肌に触れる指輪をシャツの中で後生ごしょう大事に首からかけているあたり、さもありなんってヤツだろう。
 俺もソコは否定するつもりはないけど……何と言うか、ちょっとくやしくなる。

「……幸せそうに寝やがって……」

 にくたらしい、と鼻の頭を指でつんつんつついてやるが、ブラックはくすぐったいだけのようで、ふにゃふにゃと顔をゆるめて変な声を漏らしやがる。
 こんなに気の抜けた顔をしているのに、寝る前からずっと俺を抱き締めて離さないんだから、気が抜けてるってなんだろうと考えたくなる。

 普通、寝てる時には腕もゆるむもんだろうに。
 何でお前はつねに腕に力が入ってんだよ。なんなんだお前は拘束器具の化身か。
 ……まあでも、何故そうも強固なのかと考えたらのがれる気も起きなくて。

「んん……」

 すぐ間近で、吐息といき混じりのブラックのうなり声が聞こえる。
 いつものわざとらしい甘えた声でも、真剣な時の低めたような声でも無い。
 本当に何も考えていない時の、素直な大人の声。

 普段はあまり聞けないけど、こういう声を聞くのは……悪くない。

 いつも適当な処理で無精髭ぶしょうひげのままなのに、それより伸びきってさらにみっともない顔になったヒゲ顔に、安らかな表情。気配にさといはずだが、自分の目の前でこうやって深く眠ってくれるのは、信頼してくれていると思えて少し嬉しかった。

「…………」

 宿に泊まってベッドで眠る時は、たいてい俺が早く起きる。
 だから、こういう静かな時間は役得と思わなくもない。だって、普通に黙ってりゃ「それなり」な相手の「それなり」な所を見れるしな。
 …………まあ、そんなことくちが裂けても言えないワケだけども。

「んみゃ……ふぁ……? うぅ……ん……つぁひゃふ……」
「起きた? ……ああほらもう、ヨダレが髪に……」

 緩くウェーブを繰り返すもじゃついた赤髪にヨダレがれそうになってて、俺はベッドの横の小さいチェストに乗っているハンカチを取っていてやる。
 そのまま腕の中から抜け出ることが出来そうだったのに、ブラックはぼけまなこでもしっかりと俺を捕まえ直して自分の目の前に俺の顔を戻した。こういう時ばっかり、まったくもって抜け目がない。お前本当に寝ぼけてんだろうなあ。

「んふぅん……つかしゃくぅん……」
「変な声だすなってもう……起きたんなら離せよ」

 目を眠そうに細めてむにゃむにゃ言っているが、これは起きてるだろう。
 だが、ブラックは起きる気が無いのか、明らかに覚醒したちからの入れ方で俺の体をガッシリと腕で拘束したまま、わざとらしくムニャついて見せた。

「もっと撫でてぇ……じゃないと目が覚めないよぉ」
「おま……本当に起きるんだろうな?」
「起きる起きるぅ」

 まったく仕方がないオッサンだ。
 しかしまあ、おとといの事も有るし……まだ甘え足りないのかも知れない。
 あの時は非常に恥ずかしい行為をしてしまったし、思い出すと今でも変な気持ちになってしまうので思い出したくないのだが、しかしアレはブラックをなぐさめるために必要な行為だと思ったので仕方がない。

 あの光る水の柱があった場所でブラックは何かひどいショックを受けてトラウマになってたみたいなので、その……なりゆきというか、ブラックがソレで少しでも元気になってくれるなら、俺だって恋人として、な、何かしてやりたかったっていうか。
 だから、行為は恥ずかしかったけど……いや、まあ、ゴホン。

 …………ともかく、今もってたら心配だなと思ったので、仕方なく俺は目の前で横たわるオッサンの頭を撫でてやった。
 だーもーチクショウ、嬉しそうな顔しやがって。
 そもそも、こういうのはおかしいんだからな。本来なら頭撫でなんて女の子にやる事であって、こんなオッサンに俺がやるのはどう考えても逆なんだからな。
 そう思っててもつい撫でちまう俺も俺なんだけども。

「えへぇ……ツカサ君の手、優しくてしゅき……」

 だらしない笑みで顔をでれでれにしながら、ブラックは俺の腰をぎゅっと抱く。
 …………べ、別にいいけど。こんくらい。元気になるんなら、それで……。

「ムゥ……ブラックばかりずるいぞ。ツカサ、オレも撫でてくれ」
「どわっ、く、クロウ」
「だーっクソ駄熊僕からツカサ君を奪うなー!」

 背後から声が聞こえたと思った瞬間、引っ張られて別の腕に抱き締められる。
 隣のベッドで寝ていたらしいクロウも、ブラックのように寝癖で髪がふくらんでボサボサになっていて、今起きました感がハンパない。

 撫でるよりも先に髪の毛を手でいてやると、クロウは気持ちよさそうに目を細め熊耳を……ってお前全裸じゃねーか!!

「服っ、服着ろクロウ!」
「寝る時ぐらいは薄着で居たいぞ」
「薄着どころか生まれたまんまじゃねーかおいっ!」
「ずるいぃいいいツカサ君に髪いて貰うのは僕が先なのにぃいいいい」

 赤いモジャ髪を振り乱して襲ってくるオッサンに、俺を抱えて逃げ回全裸の褐色熊オッサン……なんだここは、地獄か。
 っていうかドタバタすんな、下と左右の部屋の人に迷惑だろうがー!!

 やめい、やめんか、と必死に二人をなだめて、それぞれの髪を身支度みじたくを整えてやってから、俺達は少し早めの朝食をとってギルドに向かう事にした。
 ……にしても、毎回毎回俺に髪を手梳てすきさせるのは勘弁して欲しい。そりゃ、好きでやってる事ではあるけどさ……旅の間中ほぼ毎日やり続けさせられると「ちょっと待て」ぐらいは言いたくなるぞ。それに、酷い時には服を着るのを手伝ってとか地獄のような事をねだられるし。俺はおまえらのカーチャンじゃねえんだぞ。まあ着せるけど。ダダね続けられるとアレだし着せるけど!!

「はぁー……んっとにもう毎朝おまえらは……」

 ゲンナリしつつも、苦笑じりの受付さんに見送られながら出発した俺は、左右のオッサンをチラリと見て深々溜息を吐く。
 朝のさわやかな街は人通りも少なく、冒険者達も騒ぐことなく行き交っていて、とてもおだやかな光景なのだが……朝の攻防のせいでどっと疲れてしまい、俺は肩を落としながらフラフラと歩くしかない。

 そんな俺の事など気にせずブラックは暢気のんきに足を動かし、クロウはキョロキョロと周囲を見回していた。

 こんにゃろども、自分がスッキリしたらもう俺はおやく御免ごめんか。
 いつものことではあるが、今度と言う今度は子供に言い聞かせるがごとく「大人としての節度を持て」と怒らねばならんのでは。いくらこの街でトラウマを思い出したからと言っても、最近のブラックはちょっと俺にかまい過ぎな気がするし。

 会えない時間が不安なのは分かるけど……甘えさせ過ぎるってのも、健全な関係とは言えないよな……そもそも俺が離れるのが悪いんだけども。

 でもなあ、色々あっただろうヤツを無理に怒るのもなぁ……なんて悩みつつ歩いていたのだが、ちょうど通りの中ほどまで来た時にクロウがぽつりと呟いた。

「この街は、やはり静かだな」

 その言葉に、ブラックが「なにを今更」と言わんばかりに眉をひそめる。

「当たり前だろ、朝なんだから」
「ムゥ……? そういう意味ではないのだが……」

 なんだかよく解らないが、ブラックの言う通り朝は大体どこも静かなものだ。
 市場や店の多い通りなら別かも知れないけれど、観光客ではない冒険者や旅人達が集められているこの区域では、朝から開いている店なんて旅の道具などを扱う店や、食堂なんかのたぐいぐらいだろうし、ワイワイ騒げる場所はそんなにないよな。

 俺の世界だと今は通勤時間だったりするけど、この世界は牧歌的だし……。
 それはクロウも理解しているはずだと思うんだが、何故急にそんな事を言い出したのだろうか。おとといの夜に帰った時に何か思う所があったのかな?
 別に危険な事は無かったみたいだけど……うーむわからん。

 クロウはどういう意味で「静か」といったんだろうか。

「なにか引っかかる事でもあるのか?」
「うむ。でも、よくわからない」

 そっか、感覚的な事なんだろうな。でも、そこまで引っかかるって事は、何か明確な違和感があっての発言なんだろうし……うーむ、一体何なんだろう。……などと、クロウの言葉を三人揃って考えている内に、俺達はギルドに到着してしまった。

 こうなったら先に用事を済ませる方が良かろう。
 と言うワケで、俺達は早速一番はしの受付にいる美少女ギルド長さんの席に着いて、昨日の事を報告することにした。一応、あの変なオッサンのことも含めて。

 …………あ、色々されたとかは言ってないぞ。
 腕をつかまれたとか【アロンアの花】でくっついた手を助けて貰ったとか、そう言う事を言うとブラック達に色々勘繰かんぐられてしまうからな。
 必要のない事は隠しておくに限る。

 だけど、俺達三人の調査を合わせても、湖で出会ったオッサンの事以上に目ぼしい情報などなかったので、当然のことながら話題はオッサンの事に流れてしまい……。

 そのうえ、ギルド長さんのどこかけわしくするどくなったまなざしも手伝って……俺は、大まかに自分の失態と相手の様子を話してしまった。

「もおおおだからツカサ君一人で行かせるのやだったんだよぉ! また変なオトコを引き寄せてぇえええ!」
「だが、その【アロンア】とやらを一瞬で消し去ったその男はあなどれないな」

 発狂して俺をぎゅうぎゅう抱き締めて来るブラックに、冷静なクロウ。
 ギルド長さんは敢えてブラックの事をスルーしてくれて、クロウの言葉にうなづいた。

「そうですね。もし仮に何らかの術者だとしたら、相当な腕前でしょうし……なにより、あの森の中に居て悠長に水浴びをしていた所が気になります。……ツカサさんの事を“水の曜術師”と見抜いていたんですよね?」
「あ、はい」
「どうやってそのような事を知れたのかを考えると、その栗色の髪の男は見逃せない存在かもしれません。……もしかしたら、森から聞こえてくるモンスターの声の事で、何か知っているかも……」

 そう言いながら、ギルド長さんはやけに深刻そうな顔をして、小さくて可愛らしい鼻から口を可憐な白い手でおおい隠す。
 なにやら動揺するように目で周囲を探っているが、よっぽど驚いたのだろうか。
 心配になって声を掛けようとしたところで、ギルド長さんはあわてて笑顔を作り、俺達を不安にさせないようにとの配慮か殊更ことさら明るい声で手を叩いた。

「まあ……それもこれからの調査で判明するでしょう! 何にせよ、貴方達は有益な情報を持って来て下さいました。依頼は達成です!」
「本当にこの程度ていどでいいのか?」

 いぶかしげにギルド長さんの顔を見るブラックに、相手は笑顔のまま肯定する。

「ええ。だけど、この程度、なんてものではないですよ。貴方達のおかげで、今まではうわさどまりだったモンスターの声に対する調査が進んだんですもの。……そう、例え、ほんの少しでも進んだのならば……このことが切欠きっかけになって、何か進展する可能性も有ります。ですから、充分じゅうぶん報酬をお支払いできる結果ですよ」

 俺としては恐縮するばかりの言葉だったが、何にせよ貢献こうけんできたって事かな。
 だとしたら、この街の住人達にとっても良い事だろうし、パッとしない結果だったけど、これはこれで良かったんだよな。

「では、こちらに署名を……報酬の受け取り証明書です」

 金貨を置いたキャッシュトレイをこちらに渡しながら、ギルド長さんは何だか色々と書かれた紙と羽ペンを取り出す。ブラックはその書面をざっと見たが、おかしい所は無かったのか「ツカサ君よろしく」と興味を失くしてしまった。
 ブラックは署名とかあんまり好きじゃないみたいなんだよな。仕方ない。

「えーと、名前だけでいいですか?」
「家名がありましたら、ぜひそちらも」

 はいはい、苗字みょうじもね……っと。
 つたないながらもこの世界の文字で「つかさ・くぐるぎ」と署名して渡すと、インクがにじんだ紙を確かめてギルド長さんはニッコリと微笑んだ。

「確かツカサさんは……水と木の曜術師でしたね」
「あ、はい。一応どっちも二級くらいで……」
「素晴らしいことですよ! 特に、水の曜術師はこの【ギオンバッハ】では、引く手数多あまたの大人気な術師ですからね。何かありましたら、またよろしくお願いします」

 そう言いながら、ギルド長さんは俺の手を取って小首をかしげて見せる。
 はぁあっ、か、かわっ、可愛い……っ!!

 横と後ろから「チッ」とかいう音が聞こえたが、この物凄く可愛い笑顔にはとてもじゃないが太刀打ちできない。

 こんなの、俺の世界じゃ願っても叶わないコトなんだぞ。美少女に手をつかまれて、笑顔で「よろしくお願いします」なんて頼られるなんて、奇跡に等しいってのに!!
 ああ……やっぱり異世界最高……最高だわ……。

「ツカサ、鼻血」
「僕以外のヤツにデレデレして……ツカサ君……」

 あっ、うらめし気な声が横と後ろから聞こえる。ていうか俺鼻血出てたの。
 慌てて手のこうぬぐうと、なんとちょっぴり赤い液体が。こりゃいかん。
 こんな恥ずかしい所をギルド長さんに見せられない。

「わっわっ、あの、すんません!」
「ぬおっ」

 思わず立ち上がり、クロウの肉の壁を避けて俺は受付から離れる。
 さすがにこんな格好悪い所を堂々と見せてはいられなくて、俺は受付から背を向け自分のウエストバッグからハンカチを取り出そうと体をひねった。
 ――――と。

「あっ、アイツだ! あの黒髪の小僧だよ旦那がた!」

 バタン、と入り口の扉が大きく開け放たれたと思ったら、どやどやとオッサン達が入って来た。何事だろうかとそちらを見やると、焦げ茶色の髪をしたやつれ顔の男が、俺を指さしながら何やらギャーギャーわめき立てている。

 何事かと思って注目すると、男は人差し指を突き出して変な事を言い出した。

「アイツが俺を拘束して服も何もかも奪って行きやがったんだ!!」

 …………えっ。そんな凶悪な追いはぎがこの場所に居るのか。
 誰だ、そんな悪い事をした奴は……って、何故か指が俺の方を向いてるんだが。
 ちょっと待ってくれ、俺はそんな悪い事なんてした覚えがないぞ。

 何かの間違いじゃないか、と口を開こうとしたところで、よろいをがっちりと着込んだ警備兵が三人入って来て、俺をいとも簡単に拘束してしまった。
 突然の出来事すぎてブラックもクロウも対応が一瞬遅れたようだったが、すぐさま立て直したのか俺の方へと近付いて来ようとする。

「おいっ、ちょっと待てよ! ツカサ君はそんな事するような子じゃ……」
「ツカサは俺達とずっと一緒にいたぞ」

 そう言いながら近付いて来ようとする二人に、俺を拘束した兵士以外の二人が槍を突きつけて二人の事を牽制けんせいする。
 急な敵意にブラックとクロウは不機嫌そうに顔を歪めたが、俺を拘束した兵士は、「こっちが正義だ」と言わんばかりに声を大きくしてブラック達に言い放った。

「身内の証言はアテにならぬ! この【ギオンバッハ】は法治の街、仮にうたがいのみであろうとも、街の治安を揺るがす者は放っておけん! この男の処遇はこちらでしばあずかからせて貰う! ギルド長、よろしいな!?」

 急に声を掛けられて、ギルド長さんはビクッとか細い体を動かしたが、困ったように身を縮めてゆっくりと頷いた。
 ええっ、ギルド長さんまで……いや、でも、疑いがあるんなら一先ひとまず拘束するってのは俺の世界でも警察がやる事だし……仕方がないのかな……。

 でも俺身に覚えないんですけど。一ミリもその男の人知らないんですけどぉ!

「ツカサさん、大丈夫です。潔白が証明されれば数日の拘束で済みます!」
「はぁっ!? ふざけんなよ何でツカサ君が拘束されなきゃなんないんだよ!」
「ブラック抑えろ、どーどー」

 理不尽な展開に付いて行けない俺の代わりに、ブラックが怒っている。
 何故かその事実がちょっと嬉しかったけど、喜んでる場合じゃない。こういう時に兵士の妨害をすると、ブラックも投獄されかねないのだ。

 俺は無実の罪だから何とかなるかも知れないけど、ブラックの場合現行犯だ。
 ここで暴れさせたら、ブラックの方が罪人にまっちまう。
 そんな事は絶対にさせられないと思い、俺はなんとかブラックをなだめようと大きな声を出して、ブラックにハッキリ聞こえるように言った。

「ブラック、俺は大丈夫だから! これは何かの間違いだと思うし……だから、俺が無罪放免されるまで宿で待ってて……! あの、ギルド長さん、二人の特別身分証は剥奪はくだつとかされないんですよね!?」
「え、ええ……」
「だからさ、その……数日だけみたいだし、頼むから待っててよ……。ここでアンタ達が暴れて、一緒に牢屋に入るなんて……そんなの俺の方が耐えられないよ」

 頼むから、危ない事はしないで。
 俺は良いけど、二人が何か悪いように見られるのは我慢できない。なにより、俺のせいで二人が罪に問われるのなんて絶対に嫌だった。

 そんな俺の必死な思いを理解してくれたのか、ブラックはすでに剣のつかに回していた手を緩め、クロウは少し耳を伏せて留まってくれた。そう、それで良い。
 俺は何もしてないんだから、すぐに解放されるはずだ。
 この焦げ茶色の痩せこけたオッサンも、勘違かんちがいだって分かってくれるはず。

 だから、何も心配は要らない。
 そう思って、俺は、ブラック達の剣幕に緊張していた兵士を見上げた。

「すみません、俺の荷物をブラック達に預けたいんですが……」
「……いや、証拠品として提出して貰う。仲間に譲渡するのは認められない」
「…………そう、ですか……」

 考えれば当たり前だし、盗人の嫌疑が掛かっているなら当然だ。
 だけど、信頼する仲間に大事な物が詰まったバッグを渡せないと言われてしまうと、何だか泣きたくなってくる。……俺は、もう罪人あつかいされているのだ。

 そもそも、俺は何もしていないのに。
 このオッサンだって、初めて見た知らない人なのに。
 それでも、兵士達は俺が疑わしい存在だと確信しているかのように、その拘束の手を緩めてはくれなかった。

「ほら、行くぞ」
「あっ……ツカサ君……っ!」

 俺を拘束する兵士に移動を強制され、ブラック達から離れて行く。
 なかば引き摺られるような形で方向転換させられて、自分の名前を呼んだブラックの方を見やるが、すぐに兵士の体に隠れて見えなくなってしまった。

 …………自分で「大人しくしてろ」と言ったけど、でもやっぱり、一人でどこかに連れて行かれるのは不安で仕方がない。
 だからと言って、追いすがって来られても、変に気持ちが高ぶって泣いてしまいそうだったから……二人の名前を呼ぶ事すらも出来なかったけど。

「俺……どこに連れて行かれるんですか」

 ギルドを出て、拘束されたまま路地裏へと連れて行かれる。
 大通りを歩いて他人の目にさらさないようにとの配慮だろうけど、薄暗い道は不安を掻きたてて仕方がなかった。

 ……でも、兵士は答えてくれない。
 ただ俺を監視するような目で見ながら、どこかへって行くだけだった。

「………………」

 どうして、こんな事になってしまったんだろう。

 数分前までは、俺はギルド長さんに手をにぎって貰って幸せだったのに。
 街を歩いている時は、のんびりしていておだやかな日だなと思っていたのに。
 朝起きた時は……ブラックの顔が、最初に見えて…………なにか、言いようも無い幸せな気持ちになって、心が温かくなってたのに。

「なんで、こんな…………」

 思わずくちから言葉がこぼれるが、その声に応えてくれる人は誰も居ない。
 もう何が何だか分からないとわめきたかったが、わめいても何にもならないのだ。

 俺はただ、連れて行かれるしかない。
 そこで自分の潔白を証明するしかないのだ。

 ……けれど…………どうしてだか、それがそう上手くいくとは思えない。

 何故だか、そんな予感を強く感じていた。












 
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