異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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大叫釜ギオンバッハ、遥か奈落の烈水編

5.お前だけは特別なようで

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 ――――――そんなこんなで、数十分経った。

「……落ちねえ……」

 鍋を取り出してお湯をかし、ごしごしズボンを洗ったり左手をひたしたりして色々と試してみたが、残念ながら黄色い接着剤は全く剥離してくれない。
 それどころか、お湯の中でもガッチガチで最早もはや離れる事も無さそうだった。

 ……おかしいな。この世界に強力な瞬間接着剤なんてなかったような。
 もしかして、あの黄色い花は俺と同じ異世界人が作ったハタ迷惑な花なのか。仮にそうだとしたら、あんな危険なモンを野放しにしないで欲しい。何やってんだ。

 ちくしょう……お湯でも駄目なら、もう他に方法を探すしかない。
 ああでもペコリア達がこんな液体の餌食にならなくて良かったよ。あのモフモフで愛らしいワタアメボディにこんな液体が付着したら、どうなっていたか。
 それよりかは俺で良かったというべきだが……にしても、どうしようかなあ。

「いつまで経っても剥がれないから、もうパンツ穿いちゃったよ……。お湯でも駄目なら、水……なんてコトは無いだろうけど……」

 でも、正直最後の方は「ムキー!」とかなって岩とか木のみきに左手をこすりつけてたから、過度な運動で体温が上昇してしまって仕方がないのだ。
 ここはもう、水浴びでもしてサッパリした方が良い気がする。そうすれば、他の案も思いつくかもしれない。グズグズしてたらブラック達に見つかりかねんし、醜態を発見される前に、せめて体だけでも身綺麗にしておかねば。

「……よし、誰もいないな」

 再び服を脱ぎ全裸になると、俺は枝と葉に囲まれた安全地帯からそっと湖へと足を出す。ゆるやかに傾斜けいしゃが付いたふちはそこまで深度もなく、爪先つまさきで水面をつついてみると、波紋が向こう側まで広がって行った。
 本当に透明度が高いおだやかな湖だなぁ……生物も魚ぐらいしかいないみたいだし、これなら大丈夫だろう。

 改めて安全を確認し、一応ぱしゃぱしゃと体を流すと、俺はついに足をひたした。
 うおお、冷たい。でもキンと冷えるような冷たさではなくて、熱くなった体をやわらかく包むようなすずしさがある。なんだか独特な感覚だ。
 進むたびにゆっくりと体が水に沈んでいくが、透明で綺麗な水だからかあまりにも体が見えすぎているような気がして、少々気恥ずかしい。一人で良かった。

「はぁー……なんかこう……いいな! 浮き輪でも有れば泳げるんだけど……いや、そんな事をしに来たんじゃなかったな……修行、修行だ」

 水にひたしたままで接着剤ががれるとは思えないが、冷たくて気持ちが良いので、腰の下の所まで水にかった状態で自然を感じてみようではないか。
 ……いくら透明度が高くても、遠くから見れば下半身は見えまい。
 まあ、とにかく、アレだ。感じるんだ自然を。

「えーと……でも具体的にどうしろっても書いてなかったんだよな……」

 カーデ師匠は自力で覚えろってタイプだから、実地で出来るような訓練はあんまり詳しい事を教えてくれなかったんだよな……その代わり、座学はバカな俺でもすぐに理解出来るぐらい噛み砕いて教えてくれたんだけども。
 何にせよ、今は教えて貰った知識の範疇はんちゅうでやってみるしかない。

 以前、師匠に教えて貰った事を思い出しつつ、俺は目を閉じて水の中の両手からちからを抜いた。そうして、黒曜の使者の力で様々な【曜気】を見る時と同じように、周囲から流れる何かを肌で捕まえようと意識を静かに集中させた。

 冷静に、落ち着いて。
 今回は「見る」のではなく、感じるんだ。

「…………」

 音を立てない深呼吸を繰り返して、肌をかする「なにか」を意識的につかもうとする。
 ……と――――

「………………!」

 表面ではない、腕の内側の肉とも神経とも言い難い部分を優しく撫でる冷えた感覚が有って、俺はその流れを把握はあくしようと意識の中で視界を動かす。
 すると、目をつぶった暗がりの中で湯気のように自分を包む感覚を覚えた。
 これは水の曜気だ。いま自分が入っている湖は、思った以上に濃密な曜気で満ちていたらしい。だからこんなに透き通っていたのか。

 だが、そこで終わらせず俺は意識を広く持つ。
 そうすると徐々に木々の曜気や大地の気の感覚が流れ込んできた。
 師匠と修行していた時の感覚だ。あとは、これと一体になって自然を感じる……と、言うのだが……実際どうすればいいんだろうか。

 俺は木の曜気の使い方は知っているが、同化しているかなんて考えた事がない。
 曜気を取り入れたり感じたりするのとは、やっぱり別の感覚なんだよな?
 俺のイメージ的には自然に溶け込む感じだと思うんだが……俺はスライムみたいに体を融解ゆうかいさせる事は出来ないし……うーん、感覚がわからん。

 どうしたもんかと思っていると。

「…………あれ?」

 今、体で感じている「水の曜気」が……なんだか、大きく揺らいだ感じがした。
 モンスターか何かが入って来たのかなと思ったが、そんな感じではない。生き物が入って来た時は、波紋のように曜気が揺れるはずだ。現にいま、俺が動いただけで水自体じたいも曜気も動いてるんだもん。こんな事をしたのは初めてだけど、これなら初心者でも「誰かが入って来た」と解るだろう。
 なのに、水の曜気は揺れているものの、誰かが入って来た感じもしなかった。

 ……これは一体どういうことなんだろうか。
 そう思っていると、急に皮膚の表面に波紋の動きがぶつかってきた。
 なにこれ、凄く近くで波紋が出来てるっぽいぞ。どういうことだ。
 まさかモンスターではなかろうな、と、あわてて目を開けると。

「…………え……?」

 少し遠くの方。ちょうど木々が生い茂って湖の先が見えなくなっている場所に――何か、見慣れないものが水の上に浮かんでいるのが見えた。
 ……いや、あれは浮かんでいるんじゃなくて、水の中に入っているんだ。
 明らかに人の肌の色をしてるけど……どう見ても、ひと……だよな……。

 首の付け根の所まで有る栗色くりいろの髪が木漏こもにキラキラと輝いていて、その体付きはどうみても……男だ。またか。また俺は異世界テンプレを外したのか。
 普通こういう時はどう考えても美少女かお姉さんだろ、全裸のばいんばいんでボンキュッボンな女子だろここはぁあああ!!

 チクショウ、なんで俺が野郎の背中なんぞ見なきゃならんのだ。
 人がいないからって安心してたけど、もうすっかり気分が萎えてしまった。女子と湖で一緒に水浴びなら大歓迎だが、男と同じ湖に入っているなんて勘弁かんべんしてくれ。
 水浴びはこう、アレだよ。一人でおだやかにやらないとダメなんだ。

 ブラックやクロウと言った気心の知れた奴とワイワイ水浴びするんならまだしも、男でしかも赤の他人と一緒なんてごめんだ。さっさと退散しよう。

 そんな失礼な事を一瞬で判断し、俺は自分の装備品が置いてある隠れ場所に戻ろうときびすを返すと、湖の水がちゃぷんとひかえめに波立った。
 刹那。

「おい、そこのガキ」
「…………」

 なんか、オッサンの声でガキとか言われたな。
 無視しよう無視。俺は可愛いペコリアちゃん達のところに帰るんだすいすい。

「おい待てっつってんだろそこの黒髪のチビガキ!」

 こういうのは振り返ったら負けなんだ。俺は知っている。
 大人の俺はクールに去るぜ。ひたいに青筋が浮かんだような気もするけど、それすらも我慢出来るのが大人のオトコって奴なんだぜ。

 後ろでじゃばじゃばしてるオッサンらしき栗色の髪の何某なにがしかには振り返らず、俺は水の中を浮遊感に手間取りながら低速で進んで――――いたのだが、その途中で腕をつかまれてしまい、強引に方向転換させられてしまった。

「イデデデデ! なんだよオッサン!!」

 手っ、手ぇ痛いっ、なにギチギチにつかんでんだ!
 ヤメロと振り払って相手をにらむと、眉間にしわを寄せたオッサンの顔が視界の間近に入ってきやがった。
 ぎゃーっ、やめろ! 男と顔を突き合わせる趣味は俺にはねえええ!

「おい、クソガキがこんな所に何しにきやがった」

 俺のにらけもなんのそので、いかめしい不機嫌顔をしたオッサンは、目を細めて睨み付けるように俺を見やる。それこっちが先にやってた表情なんですけど。
 ああクソなんでこの世界は八割イケメン美女の世界なんだ、こんな全裸の不審者なオッサンですら、睨み顔も外国人風で格好よく見えるのがにくたらしい。

 中途半端に長いざんばら髪なんて、よっぽど格好いいヤツじゃないと似合わないと言うのに、このオッサンは前髪を無造作に真ん中分けしただけで俳優みたいにサマになってるし……なんなのこれ。なんでこんな顔面格差あんの。俺泣いていい?

 いや、泣くんじゃない俺。不審者をめてどうする。
 こんなヤツにかまっていられるか。俺は早く帰らなきゃならないんだ。それにこんな所をブラックに見られでもしたら、後で何をされるか分からん。
 なんとか穏便おんびんに済ませようと、俺は心を落ち着けつつ相手を見上げた。

「な、何って、水浴みずあびしてただけですけど!?」

 一歩後退こうたいするが、そのぶん栗色の髪の変なオッサンが再び距離をめて来る。
 なんか鬼気せまっているが、俺は別に警戒されるような事なんて何もしてないぞ。誰がオッサンみたいなヤツののぞきなんてすんだよ。隠せ。前を隠せ頼むから。

 しかしそんな俺の願いもむなしく、オッサンは空の色みたいな明るめの青い瞳で俺を凝視ぎょうしして、整えられたアゴヒゲごとあごをざりざりと指でこすった。

「…………本当にか?」
「なんで嘘つかなきゃなんないんスか」
「……まあ確かに……お前みたいなガキが何をするわけでもないか……」

 ガキガキうるせえなぶっとばすぞ。
 顔の青筋は何本浮かんでるんだろうかと思うくらいイライラしていると、おシャレアゴヒゲの中年は俺から顔を離して背を反らした。

「ったく、チビガキの分際ぶんざいで俺のプライベート空間を邪魔しやがって……。水の曜術の鍛錬なら、こんな危ない森じゃなくてギオンバッハの生簀いけすでやってろ」
「はぁ!? こ、こっちだってアンタみてぇのが居るなんて知らなかったし、こっちこそ急に突っかかられて迷惑なん……ん、です、けど!!」

 落ち着け俺、相手は年上だ。一応敬意を払うのだ。
 俺はこんな居丈高で俺様オラオラなオッサンとは違う。違うのだ。

 顔中に浮いている怒りの筋をペタペタと冷たい手で触ってしずめながら、俺は何とか怒りでヒクつくくちおさえて穏便な声を出そうとつとめた。
 しかしこの頭かんぴょう野郎はそんな俺の努力も知らずに、ハンとか言いながら、かたすくめて俺を小馬鹿にしたような顔で見下みくだしやがる。

「つるっつるのガキごときが俺に対して生意気な口をきくたぁ驚きだな。なんだぁ? さては、メスガキにでもモテて一丁前にいらねえ自信でもついたってか! ふはははっ、冗談はそのちいせえチンコだけにしとけ! なんだそのガキチンコ。ぱっと股間に何もついてねえかと思ったわ」
「だああああッ!! セクハラだクソオヤジー!!」

 もう我慢出来ずに罵倒ばとうしながら殴りかかろうとしたが、水の中では上手く動く事が出来ない。それを気取られて、俺は簡単にかわされてしまった。
 どぽんと水の中に沈んでしまうが、オッサンは俺の事など当然助けない。
 それどころか、にくたらしいほどに腕も胸も股間もモジャついた色々デカい体をここぞとばかりに水中で見せつけてきやがる。こ、こいつバカにしやがって。

 慌てながら音を立ててやっと顔を上げると、頭かんぴょう野郎のオッサンは表情を隠しもせずにニヤニヤと俺の醜態を見て笑い、ぽんと頭を叩いて来た。

「水中で動けもしねえヒヨッコ曜術師が俺様に勝てるわけねえだろ。さっさとおうちに帰ってママのおっぱいでも吸ってな」
「ぎぃいいいい」
「それと、もう二度とここには来るんじゃねえぞ」

 あれ。なんか急にオッサンの声のトーンが変わったような気がする。
 どういう事だと今度はこちらが眉根を寄せると、相手は少し真剣そうな顔をして、常に不機嫌そうなその顔で俺を見つめた。

「あの、どういう……」
「ここは国境の山脈のすぐそばだ。隣接してると言ってもいい。だから、いつ危険なモンスターどもが下りて来るかもわからねぇし、お前みたいなチビじゃオスだろうと頭から喰われちまうぞ。分かったらもう二度と来んな」
「…………」

 にらみつけつつ顔を近付けられ、高い鼻が俺の鼻にひっつきそうになる。
 こんな広い湖で何故距離をめないといけないのだと思ってしまうが、相手の真剣な表情を見ていると、茶化したような事なんて言えなかった。
 ……このオッサンはオッサンなりに、俺の事を心配してくれてるのかな。

 まあ、大人ってそういうモンだもんな。
 一応この人はまともな大人として見ていいのかも知れない。
 俺だって冒険者なんだと意地を張りたいが、残念ながらこの世界では俺の体格だと十七歳なのに未成年のように見られるみたいだし、まあ勘違かんちがいもされるだろう。
 それに、どうやらこのオッサンは俺を「オス」だと思い込んでいるようだ。

 まあ、普通男のメスってのは外に出たりしないし冒険者になる奴も少ないらしく、俺みたいなタイプは滅多に居ないようなので、勘違いするのも無理はない。
 それに俺は男らしい男の中の男だからな。まあそうだろう。ふふ。

 ブラックやクロウのように、謎の眼力で見分けられる人もタマにはいるけど、実際に人族のメス男くんに会った事がない人は、あんまり判らないみたいだもんな。
 まあでも……ちょっと気分はいいな。うむ、さっきまでの事は許そう。
 心配してくれてるし、ムカつく物言いだけど良い人には違い無さそうだしな。

「わかりました。俺も仲間とモンスターがいるかどうかの調査で来てたので……今後は、もう来ないと思います」
「あ゛? なんだお前、冒険者だったのか」
「ええまあ……」

 そう言うと、オッサンは困惑したような気まずそうな感じの何とも言えない表情をして、それから俺の左手をチラリと見た。

「…………アロンアの花をつぶすようなバカがよくなれたな。まあ、お前は水の曜術が使えるからそれか。……船頭せんどうか? まあ、なら気にする事も……」
「な、なにブツブツ言ってんすか」
「何だっていっつの。それより、やっぱガキはガキだな。せっかく純粋な水の曜気がこんなにるってのに、アロンアの花の汁ごときに手間取ってんのかよ」

 またもや俺の事をバカにしつつ、今度は俺の左手を強引につかんで水中から引き出すオッサン。何をするんだ、と、言おうと思ったのだが。

「あ、あれ? 動く……」

 無意識に指を動かそうとした左手を見やると、そこにはもう黄色い液体の痕跡など無く、普通の左手に戻っていた。……あれ、い、いつの間に戻ったんだ?

 目を白黒させながらいかつい手につかまれた左手を見ていると、オッサンは俺の様子をフフンと鼻で笑って、乱暴にそのまま手を離した。

「んじゃあな。もう二度とココに来んじゃねーぞマセガキ」
「えっ、あ、あのちょっと、これどうやって……!」

 待って、何か知っているなら教えてくれ、と慌てて相手を追いかけようとするが、距離が開くばかりで一向に進まない。普通、水の抵抗で速度は遅くなるはずなのに、オッサンは何故か水の抵抗もなく普通に歩くように進み、湖の奥の木がしげる場所へと行ってしまった。……もう、追いつけないだろう。

「…………あの人、一体何者だったんだ……?」

 よくわからんが、助けてくれた……んだろうか。
 口は悪いし乱暴でいけ好かないイケメンオヤジだったが、まあ、良い人かな。
 もしあの人が助けてくれたならお礼の一言でも言いたかったのだが、あの感じではお礼なんて別に欲しいとも思ってないのだろう。

「……そういう感じのキャラは、ちょっとあこがれるな……」

 なんかこう……昔の映画に出てくるヒーローみたいで少々ニクい。
 俺も大人になったらあんな風に颯爽さっそうと人を助けたいもんだ。いや、今から始めても遅くはない。そうだ、俺は今からニヒルでいこう。

「よし、ニヒルな男……格好いいぞ!」
「クゥー。クゥックゥ!」

 おっ、丁度ちょうど良いところにペコリア達の声が。
 あの声は、すぐ近くにブラックかクロウが居るって合図だな。もうすっかりうれいもなくなったし、さっさと湖から上がって服を着よう。

「し、しっかしホント水の中で歩くのって大変だな……」

 少し流れがあるせいで、余計に抵抗があるのかな。そんな事を考えつつ、俺は先程さきほど服を脱いだ木陰こかげにあがり、俺特製の複合曜術の【ウォーム・ブリーズ】で体を乾かすと、そそくさとズボンと服を着直した。
 結局ズボンの汚れは落ちなかったが、さっきの栗色の髪のオッサンが「アロンアの花」と言っていたので後から調べれば落とす方法も見つかるよな。

 それかギルド長さんに情報を教えて貰うって手も有るかも。
 周囲を見回すと、どうやらポツポツと黄色い花が咲いているみたいだし。

「おーいツカサくーん」
「お、来た来た」

 俺が丁度ウエストバッグを装備し終えた所で来るとは、ナイスタイミングだ。
 ガサガサと木陰から出て、既に集まっていたペコリア達と一緒に声がした方向へと向かうと、こちらに手を振って歩いて来るブラックの姿が見えた。

「…………やっぱ背ぇ高いな……」

 さっきのオッサンもそうだったけど、この世界の奴らって普通に身長高いな。
 でもまあ、その、ブラックは足も長いしタッパもあるし、それにオシャレアゴヒゲでも無い無精髭ぶしょうひげだらけの顔だけど、それでも格好いいってコトは、さっきのオッサンより凄く格好いいという事に……。

 …………って、俺なに考えてんだ。

「ツカサくぅーん! ……あれ? ちょっと髪がれて……はっ……! もしかして一人で水浴みずあびしてたの!? もぉーっ、なんで僕と一緒に入ってくれないのさー!」
「わーっ抱き着くなぁ! アンタが一緒にいるとスケベな事になるからだろ!!」

 近付いて来るなりロケットのように抱き着いて来たブラックをがすと、相手はニヤニヤしただらしない笑みで俺に顔を近付けて来る。

「ん? スケベなことぉ? スケベなコトってなーに? もしかしてツカサ君、僕と一緒に水浴びしてやらしい雰囲気になるのを無意識に期待しちゃってるとかぁ?」
「ち、ちがわいバカ!!」

 アホな事を言われてるのに、なんでか顔が熱くなる。
 大体、今の発言って、さっきのオッサンと同じレベルの暴言ぼうげん……というかセクハラ発言なのに、何で俺は体温を上げてるんだろう。

 今更いまさらながら不思議に思うけど……嬉しそうなブラックに恥ずかしい事を言われても、何故だか変に体がカッカして来てしまうだけで。

「あは……つ、ツカサ君可愛い…………あっ、そうだよね。ツカサ君だって欲求不満になっちゃうよねぇ! 昨日は僕だけスッキリしちゃったし」
「だから違うって……!」
「昨日はい~っぱいなぐさめて貰ったから、今度は僕が思う存分ツカサ君の可愛いこどもおちんちんをくちで慰めてあげる……。ハァッ、ハァ……つ、ツカサ君っ、あは、ほ、ほら、可愛いおちんちん見せて……っ」
「ぎゃああああバカバカやめろズボン下ろそうとすんなバカぁああ!!」

 普通に考えたら、これのどこがあのオッサンの暴言との違いがあるのかと言う感じではあるが。そうではあるのだが……何で俺、イライラしないんだろう。
 恋人だって、こ、婚約者だって、そりゃイラッとくる時は有るだろうに。
 なのに、ブラックに言われるのだけは……なんか、しょうがないなって言うか、ブラックは基本的にこういうヤツだよなって思えて、本気で怒れないというか……。

 ………………なんか、俺……なんか、その……。
 つまりこれって……それだけ、ブラックの事が好きなんだなって、ことで……。

 ………………。
 う、うぅう、うぅうううう…………!

「あれっ。ツカサ君、真っ赤になっちゃって……ホントどうしたの? 今日は何だか凄く恥ずかしがり屋さんが頑張ってるみたいだけど」
「な、何でもないってば……」

 ああもう、話すだけで自分の心が読まれてしまいそうで、顔を合せられない。
 抱き着かれたまんまだけど、それでも抵抗するように顔をらした俺に、見えない場所で「ふふっ」と嬉しそうな吐息の笑い声が聞こえて。

「ツカサ君……僕のことそんなに好きって思ってくれて、嬉しい……」
「ぅ……」

 チクチクした感触と、カサついてるけどやわらかい感触が、ほおに軽く触れる。
 さらりと首筋や顔を撫でたのは、きっとブラックのキラキラしてる赤い髪だ。そんだけ俺達は近くにいて、き、キスしてて……。

「えへへ……えっちなのも良いけど、僕も今日はいちゃいちゃしたい気分だなぁ。……どうせこの森には何にも居ないみたいだし……ね、良いよねツカサ君」

 そう言って、何度も何度もキスをして来るブラックに、俺はほおが痛いくらいに熱くなりながらも、ぎこちなくうなづいた。

 だって、昨日のことも有るし……なにより、いちゃいちゃするのは……俺だって、本当は嫌いじゃない。面と向かっては言えないけど、その……イヤじゃ、無かった。ブラックが上機嫌になるなら別に拒否する必要もないわけだし。
 そもそも、恋人って、い、いちゃいちゃするもんだし……。

 ……でも、そんなことを一生懸命考えてると、余計に恥ずかしくなってしまって。

「も、もう……今日はえっちなことしないからな。……絶対だからな!!」
「ふへ、へへへ……ツカサ君しゅきぃ……」
「ぐぅう……」

 いい大人が「しゅき」とか言うなよ、とツッコミを入れたかったのだが、デヘデヘと変な笑い声を漏らしながら何度もキスをしてくるブラックを見ていると、あんまりにも子供っぽい喜びように毒気を抜かれてしまって。

「ツカサくぅん、今日も一緒のベッドで寝ようねぇ」
「……昨日みたいに何もしなかったらな」

 流石さすがにしおらしかった昨日のブラックは、ベッドでも俺を抱き締めるだけだった。しかし、今日は元気いっぱいなので釘を刺しておかねば。
 そんな意味で言ったのだが、ブラックはとろけるような笑みを見せて来て。

「えへぇっ、じゃあ今日もぎゅっとして寝ていいのぉ!? ツカサ君大好きぃ~!」
「うごおおおっ! ぐ、苦しいっ、ロープロープ!!」

 先程さきほどよりも強い力で抱き締められて助けを求めるが、ペコリア達は何故かウサ耳をぴこぴこさせ顔を小さなお手手で隠したままで、俺の事を助けてくれない。
 あっ、もしかしてこれも「人族がするじゃれあいだ」と思って、見ないふりをしてくれているのか。

 気遣きづかいが可愛すぎて嬉しいけどこれは違うっ、違います今度こそ死ぬぅう!












 
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