異世界日帰り漫遊記!

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大叫釜ギオンバッハ、遥か奈落の烈水編

7.どれほど離されたとしても1

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   ◆
 
 
「これを見ても、お前は犯人ではないと言い切れるのか?」

 鈍色にびいろの石を積んで作られた、窓も無く薄暗い部屋。
 ぼんやりと蝋燭ろうそくの明かりだけが照らす中に古びた木製の机と椅子が有って、俺は今、その椅子の一つに座らされてある一点を見させられていた。

 それは、ガタついたテーブルの上。
 天板てんばんいっぱいに広げられているのは、俺のウエストバッグの中身だ。
 見慣れたものばかりのそのバッグの中身は、昨日と何も代わりが無い。
 そのはず、だった。

 なのに…………どうして、見慣れないものがあるんだろう。

「これを見ても、って……あの、本当に俺こんなの知らないんですけど」

 そう言って指をすのは、明らかに俺のかばんの中に入っていたとは思えない……何か薄汚れた下着だ。しかもデカい。なんで下着だけ。

 意味が解らない、と顔を歪める俺に、兵士は机をバンと叩いて威嚇いかくする。
 思わずビクッと反応してしまったが、しかしこれは昭和の悪い刑事みたいに暴力でおびえさせて無理矢理頷かせる手法だと知っているので、俺はなんとか恐れる気持ちを抑え込んで体を緊張させた。

 ……実際やられると凄く怖いが、相手の手法を知っているとなんとか耐えられる。
 ドラマや漫画で見てて良かったと心底思いつつ、俺は何度も首を横に振った。

「ホントに知らないんですって!」
「ウソをつけ! これは、あの男の下着だ。ここにちゃんと名前があるだろう!」
「そんなモンなんで俺が後生ごしょう大事に持ってるんですか!」
「名前がついていて売り損ねたからだろう!」
「だからそれだったら捨ててませんかって話なんですけども!?」

 そもそも、オッサンの薄汚い下着を大事に持っている意味が解らない。
 俺が仮に泥棒だとしても、この世界なら指紋や何かなんて調べられないだろうし、たき火で焼いちまったら持ってた証拠もなくなるんだから、下着だけ隠し持つ意味も無いだろう。明らかにおかしいじゃないか。

 つーかそんなモン朝は絶対入って無かった。どう考えてもおかしいって。

 ……だけど、警備兵の人は信じてくれない。
 俺の反論にも一理いちりあると思っているのか知らないが、時々グッと言葉に詰まる事も有ったけど、証拠が第一だと思っているのか取り合ってくれない。
 それどころか。

「ええいっ、下着だけ残していたのは、お前が中年趣味だからだろう! さっきだってオッサンを二人もはべらせていただろうが趣味の悪いっ」
「別に好きではべらせてるワケじゃないんですけど!?」
「だがオッサンを抱くのが趣味なら、中年の薄汚い下着も興奮剤の一つとしてバッグに忍ばせて置くのも仕方がないと言えるだろうが!」
「話聞いてます!? 俺そんな趣味ないんですけど、女子が好きなんですけど!!」

 ち、ちくしょうこの警備兵、俺とブラックやクロウの顔面偏差値を見て、俺の方がオスだと思っていやがる。いやまあそりゃそうでしょうけども、抱かれてるのこっちなんですけどね。大変な思いしてんの俺なんですけどね!?
 つーかこういう場面でだけオス呼ばわりされるのいやだあああ!
 俺は男が好きなんじゃねえんだよ女性が好きなんだよ抱きたくねえよ男!!

「なに……じゃあお前がメスだというのか?」
「いや、あの……」

 ああもう、そう言われても反応に困る。
 でも、オッサンの下着をすーはーしながらシコッてる猿だとは思われたくないし……この場合はうなづいておく方が良いんだろうか。

 迷っている間に、俺を訊問している警備兵がブツブツと呟き出した。

「いや、しかし門で確認した経歴は曜術師だし……まあ体格を考えると……」

 門で確認した?
 あっ、思い出したぞ。この声、門番をやってた警備兵じゃねーか。
 チクショウ、それで迷いなく俺の事を捕まえやがったんだな。どうりでバッグの中身も「コレはなんだ?」とか一々聞かなかったわけだよ。俺達はこの街に入る前に、審査として門番に所持品を見せている。だから、コイツも俺のバッグをスムーズに奪って中身を簡単に確認できたんだ。

 だったら尚更なおさら、俺達が品行方正な冒険者……と言ったらアレだが、ともかく悪人でない事は解るだろうに。どうしてこんな風におどすような尋問をするんだ。
 何かおかしい。そもそも、その汚い下着はいつ俺のバッグの中に入ったんだよ。
 まさか、この兵士が俺のバッグの中に……いや、いくらなんでもそれは無いか。
 じゃあ……さっきのオッサンが逆スリ師みたいに中に下着を入れたとか? 薄目の布地の服なら丸めてサッと入れられそうだし、ありえないことじゃない。

 じゃあやっぱり、俺はハメられたってのか。
 まさかとは思うけど、でもそれ以外に考えようがないよな……。
 しかし今は、それを訴えても仕方がない。何を言っても信じて貰えないんだから、証言以外の方法でどうにかして俺の身の潔白を証明しなくては。でも、どうすべきか…………あっ、そうだ。だったら何か別の物で証明できないかな。

 こういう異世界なら、嘘発見器みたいな物もあるんじゃなかろうか。
 そう思い、俺は兵士にうったえた。

「なあ兵士さん、頼むから釈放しゃくほうしてくれよ。嘘を見分ける道具があるんなら喜んで俺も協力するからさ。そしたら潔白が証明されるだろ」
「えっ!? あ……まあ、あるにはあるが……」

 急に困ったように視線を泳がせる相手だったが、俺達の背後で扉を守っていた別の警備兵が何やらゴホンとせきをしたのを見て、兵士は落ち着いたように頷いた。
 それから、何から後ろで会話が聞こえたと思ったら、少しして外から水晶玉っぽい物が上に乗った箱が持ち込まれ、テーブルに置かれた。

 これがウソ発見器なのだろうか。結構チート物でもよくみるよな。
 アレは犯罪歴が有ったら反応するみたいな道具として使われたりするけど、基本的には嘘を見破る水晶玉みたいなあつかいだったはず。

 この世界にも当然ながらそう言うのは有るんだなぁ……と思っていたら、手を置くように言われた。素直に手を置いて、質問に答えさせられる。
 何度か質問に答えて、その都度つど水晶玉が青く光るのを見たが、兵士の反応は薄い。ニヤつかれて少々不快だったが、青と言う事は「正直に発言している」という事なのだろう。考えつつ、曜術師の属性のこととか、この街の名前の由来ゆらいなどを答え、順調に正答を続けて行ったところで――――急に、確信をつく質問をされた。

「お前は、湖で初対面の男に出会ったな」
「え……は、はい」

 水晶玉が青く光る。
 兵士はニヤリと笑って続けた。

「その男と話をし、少し口論になった」

 確かに話しもしたし、相手が色々言って来るから怒ったりもしたな。
 「はい」と答えると、またもや水晶玉が青く光った。

「その男が去って行くのを見て――――お前は男が所持品を置いた場所に先回りし、はらいせにそれを奪って店に売ったんだな」
「は……っ……。え……?」

 なにそれ。いや、ちょっと待って。
 あの男って、さっきの焦げ茶色の痩せこけた男のことか?
 それと、栗色の髪のオッサンと何の関係がある。あれは別人だっただろう。
 意味が解らない、と、俺は息を呑んで水晶に少し力を加えた。と――――

「やはり青く光った。お前が盗んだんだな!」
「なっ……!?」

 俺が何の返答もしない内に、水晶が勝手に青く光った。

 青色の光って、もしかして「真実だ」ということか?
 まさかそんな。違う、そうじゃない。俺はあんなオッサン知らない。この下着も、泥棒したって事実も何も知らないんだ。なのに、どうして青く光るんだよ。

 理解出来なくて硬直した俺を、背後から兵士が羽交はがいめにする。
 バッグの中身が広げられたテーブルから引き剥がされて、俺はようやく自分が拘束されて、どこかに連れて行かれるのだと理解した。でも、もう遅い。

「ちょっ、ち、違うっ、そんなのウソだっ俺はなにも知らないんだって!」
「ツカサ・クグルギ。お前を警備兵権限で裁き、窃盗の罪で一月の労働刑にしょす! よって、今よりお前の所持品すべ没収ぼっしゅうのうえ冒険者の称号を剥奪はくだつする!」
「えええええええ!!」

 ギャグみたいな叫び声しか出てこないが、急激な展開過ぎて付いて行けない。
 拘束されて何も出来ない俺はそのまま縄でぐるぐる巻きにされてしまい、バッグを取り返せもせずに抱えられて、部屋から連れ出されてしまった。

「あのっ、あ、あのぉっ!」
「静かにしろ! それとも全裸で首に縄を掛けて歩きたいか!?」
「っ……」

 そ……それは、御免ごめんこうむりたい……。
 でも、あのバッグには俺の仲間が。大事な仲間達を呼ぶ召喚珠しょうかんじゅや銀のリコーダー、旅の途中で色んな人から貰った大事な物がいっぱい入っているんだ。
 師匠に渡された大事な本もあるんだよ。

 どうなるんだ。俺の大事なものが入ったあのバッグは、処分されるのか?

「へ、兵士さん、バッグっ……俺のバッグは……!」
「安心しろ、刑期が明けたらちゃんと返してやる」
「ぁ……は……はい……」

 自分を抱えた兵士がつっけんどんに言うのに、安心して息を吐いてしまう。
 いや、そうじゃない。そもそも俺は無実なのに、どうしてこんな扱いを受けなきゃいけないんだ。つーかあの変なオッサンどこいった。アイツが絶対嘘ついてるだろ。

 ぐうぅ……あのオッサンを出せと叫びたいが、この状況だと「なにぃ!? 調子に乗りやがって、罰を倍でドンしてやる!」とか言われかねないもんな……。
 落ち着け、冷静になれ。冷静になるんだ俺。

 深呼吸を繰り返して怒りを押し殺しながら、蝋燭ろうそくの明かりだけが頼りの薄暗い石の廊下の先をジッと見やる。
 窓も通気口みたいなレベルの小さいものしかないため、外の光なんて満足に入って来ない有様ありさまだが、そんな重苦しい雰囲気に負けてたまるか。なんとかして、俺が無実である事を証明しなければ。

 そう強く思い、俺はこの時間で必死に冷静になろうとつとめた。
 ともかく……この一件は、何かおかしい。どうにも変だ。

 ……だって、俺が湖で出会ったのは憎らしいほどのイケオジのオッサンだし、あのせこけたオッサンには一度も会った事など無い。今日が初対面だ。
 それにバッグの中身は朝に確認したけど、変な物なんて入って無かった。そもそもの話、何故あの人が昨日の俺達の動向を知っているのか解らない。

 まあ、ギルドで依頼を受けたんだし立ち聞きしていたのかも知れないけど……それでも、何故俺を標的にしたのかがせないんだよな。
 ダマしやすそうだからって理由にしても、国境近くの森の調査をするような冒険者一行の一人を標的にするってのはハイリスクだろうし、ロクに調査も出来ない数日のあいだにカモにするなんて普通に有る事なんだろうか。

 旅行者をカモにってならまだしも、俺だって一応冒険者なのに。
 それに……あの薄汚い下着がいつ入ったのかも謎だ。っていうかわざとらしい。
 俺を犯人に仕立て上げようとするニオイしかしないんだけど。

 …………でも、なんで俺を犯人に……?

「おらっ、ここで囚人服に着替えろ」
「ぐえっ」

 肝心かんじんな部分が分からなくて堂々どうどうめぐりで考えていた途中で、雑に石畳の地面に放り投げられる。冷たい石の床にしたたかに体を打ちつけてしまったが、兵士は俺の体の事などおかまいなしに縄を解いて、俺の足に何かをめた。

 ガシャンってなに。何がはまったの。
 痛む体を起こすと、俺の左足には、地面から生えたぶっとい鎖付きのかせがはまっていた。どうやらこの部屋は、囚人専用の着替え部屋らしい。

 周囲を見渡すと、三畳ほどのせまい空間には常に水が流れる洗面台と、いくつかの木製の棚が置かれているのが見える。扉の無い棚にはかごが並べられていて、その中には簡素な囚人服が入っているようだ。
 それ以外は、蝋燭ろうそく用の燭台しょくだいが色をえるだけ。本当に殺風景な部屋だった。
 ……まあ、ここは警備兵達の詰所つめしょみたいなモンだし石造りの強固なとりでっぽい建物だったから、外観も中も殺風景なのは仕方がないのかも知れないが。

「おら、早く立って服を脱げ。あとズボンは切らせて貰うぞ」
「は……はい……」

 …………くやしいけど、今の俺に出来る事は何も無い。
 逃げ出そうものなら確実にブラック達にも迷惑が掛かるし、なによりシアンさんとの関係を考えたらヘタな事なんて出来っこない。大事な“異世界のおばあちゃん”にも迷惑がかかるなんて、そんなの絶対に我慢出来なかった。

 とはいえ、俺にこの背後の兵士を突っぱねられる体力は無いし……その後どうするかと言う知恵も無いので、大人しくするしかないってのもあるんだけどな。
 けど希望は捨てないぞ。例え労働刑にされたって俺が無実な事には変わりないし、これだけ違和感のあるぎぬの着せ方なら、連れて行かれた先に手がかりがるかも知れない。あきらめたらそこで試合終了だ。

 それに…………俺には、信頼できる仲間がいるんだ。
 ブラックもクロウも、俺の事を信じてくれている。さっき兵士達に突っかかろうとしたように、無実だって絶対に訴え続けてくれる。
 迷惑をかけるのはもうわけないけど……頭が良くて腕っ節も強いあいつらなら、俺を助ける手段を外から探ってくれるだろう。俺は、そう信じている。

 普段はおちゃらけてるけど、誰よりも頼りになる二人なんだ。
 きっと、助けに来てくれる。
 ……まあ「またこんな事になって」とかあきれられそうだけども。

「早く脱げ」
「は、はい……」

 兵士に背を向け、重い鎖を引き摺りながらも俺は棚のかごに服を入れる。
 ベストを脱いで、シャツを脱いだところで、指輪が胸の上で大きく跳ねた。
 うわっ、そ、そうだ、あんまりに自然に身に着けすぎて忘れてた。指輪があったんじゃんか。見せたらこれも取られてしまう。

 思わず体を緊張させたが、兵士は俺のズボンを下から切る事に苦心しているようで、俺の首筋から下がる細い小さな金の鎖には気が付いていないようだった。
 隠すなら今しかない。俺は慌てて首から鎖を外すと、そのまま一纏ひとまとめにして舌の裏に指輪ごと隠した。な、なんか凄く違和感があるが、なんとかいけるぞ。

 この指輪さえあればブラックとの繋がりは切れないし、あっちだって俺を探す道標みちしるべにしてくれる。これだけでも守れば、すぐに二人と連絡を取れるかもしれない。
 そんな事を思いつつ、何事も無いように俺は籠の中からゴワついた粗悪なシャツを取り出して、なんとか着込んだ。と、ズボンと足の間に何か冷たい物が入って来て、音を立てながら上がって来るのを感じた。

 ぷつん、と聞こえて、足が急に解放される。
 もう片方も切り取られて、下着一枚になってしまった。だが、それもほどなく両側から切り取られ、無様ぶざまに床へと落ちて行く。

 ああ、シャツがひざくらいまで伸びてて助かった……。あと少し遅れていたら、俺はフルチンの姿を兵士にさらすハメになっていたぞ。

 あ、でも……鎖がつながってるってことは、ズボン穿けないよな……。

 どうするんだろうかと振り返えろうとしたところで、兵士に肩をつかまれ、俺はそのまま棚に体を押し付けられてしまった。
 ぐええっ、な、なにっ。苦しいんですけど!!

「ちょっ、な……なにして……っ」
「身体検査だ、そう言えばやってなかったからな」
「えぇ!? な、なんで今更いまさらっ……ぅああっ!?」

 身体検査だ、と言われたのに、急に尻を鷲掴わしづかまれて思わず声を上げてしまう。
 だが兵士はそんな俺に笑いながら、手をむにむにと動かしてきた。
 あまりにも乱暴で遠慮のない動きに痛みを感じて振り返るが、かぶとで顔を隠した兵士は口だけで笑うのみで、俺の反応を見ると余計に尻を揉みしだいてきて。

「お前……メスだよな……? メスならここも検査しないとならん……」
「ひっ」

 荒い息でそう言われ、急に尻の谷間に指が入って来た。
 その感触に体が緊張するが、兵士はかまわず俺に体を寄せて体重をけ逃げられないようにすると、さらに指を進めて来る。

「あっ、や……そ、そこ……っ」
「黙れ……け、検査だぞ、これは……。盗人ぬすっとの体を検査するんだ。暴れたらさらに罪を重くしてやるから覚悟しろ」
「う……ぃ……っ」

 そう言われると、もう動けなかった。

「っ……ぅう……」

 ごつごつして汗ばんだ指が、谷間の敏感な肉を触りながら進んでくる。知らない形をした指が、普段ふだん直接触れない場所に近付いて来て、俺は思わず体を強張らせた。
 ……これは、検査だ。そう思って我慢しようとしても、背後からあらい息を吹きかけられると、体がふるえるのをおさえきれなくて。

「メスのくせに曜術師とは珍しいな……」

 指が、谷間の奥の何も無い部分からゆっくりと上へあがってくる。
 ブラックでもクロウでもない、知らない指が、すぼまった場所に……――――

「っ……――――!!」
「うあ゛ぁ゛ッ!?」

 瞬間、バチンと何か変な音が聞こえて荒い息が離れた。
 何が起こったのか。思わず振り返ると、そこには。

「え……」

 俺を検査しようとする兵士では無く――――
 仰向あおむけに倒れ、ビクビク震えている兵士がいた。

 …………あれ。
 これってどういう…………。

「…………あっ」

 少し考えて、俺はようやく舌の裏に隠した指輪の事を思い出し目を丸くした。
 そうだ。ブラックに貰ったこの指輪は、こうして誰かに襲われた時に、俺を守ってくれる凄い【曜具】でもあるのだ。他にも互いの居場所を教えてくれたりして、本当に助かっているんだけど……そういう機能があることをすっかり忘れていた。

 確か、充電みたいなことが必要で、そう何度も使えるワケじゃないらしいけど……でも、今は本当に助かったよ。ブラックは、どこにいたって俺を助けてくれるんだ。

「……ブラック……」

 口の中に指輪が有るのでもごもごとした喋り方になってしまったが、その顔を思い浮かべて名前を呼ぶだけで、なんだか心が温かくなって頑張れる気がする。
 なにより、俺には大事な指輪がある。ブラックとのがあるんだ。

 だから、怖がる事なんてない。
 何があったって、絶対にこの理不尽な事件から抜け出してやるんだ。
 そう思うと今までの何倍も力が出るような気がして、俺は依然いぜんとしてピクピクしている兵士のよろいを揺さぶった。

「あの、大丈夫ですか。あの……」
「っあ!? ……あれ、俺……なにを……」

 そこまで酷い衝撃じゃ無かったのか、兵士はゆっくりと起き上がる。
 頭が混乱しているらしく、さっきまで何をしていたのか忘れているようだ。
 これさいわいと俺は相手を介助しながら今までの事を教えた。

「あの、検査が終わった途端に倒れられて……」

 そう言って顔をうつむけると、兵士は何か察したのか「ああ……」とつぶやく。
 本当に記憶が飛んでしまったようで、兵士は何の疑問も無く俺の足枷あしかせくと再び縄で俺を縛った。……とりあえず何とかなった……のかな。

「おらっ、行くぞ」
「は、はい」

 縄を引かれて、質素な格好のまま歩いて行く。
 よく考えたらとんでもない格好だけど……まあ、太腿ふとももまではシャツで隠れてるし、なんとかなるだろう。とりあえず今は大人しく兵士に連行されよう。

 俺とブラックとの繋がりは切れていない。必ずどうにかなる。
 きっと無実を証明する道だってあるはずだ。この指輪がある限り。

 そう思うだけで、俺は驚くほど冷静になれた。












 
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