241 / 778
巡礼路デリシア街道、神には至らぬ神の道編
2.旅の目的
しおりを挟む◆
ラクシズに入る道は王都側の北門とアコール卿国へ向かう南門、それに蛮人街の朽ちた門と三方向存在しているのだが、俺達が今歩いている道は北側の道だ。
王都へ続く馬車道なので旅人や冒険者の姿も多く、ひっきりなしに馬車が行ったり来たりしていて忙しないが、今まですれ違う人も少ない道を旅して来た俺からすればこの風景も活気が有って何だか楽しい。
なんたって、こういう舗装すらされていない大路を歩く人々の姿ってのも、異世界ファンタジーの醍醐味だからな!
ほら、ぱっと見るだけでも色んな人がいるぞ。
普通の旅人から、イカニモなごっつい鎧とマントを身に着けた冒険者の集団、徒歩で堅実に行商を行う商人やどこかの村から来たのだろう人達、それになんだかよく分からない集団まで、ともかく大きな道は馬車以外のものもかなり見どころがある。
素性も知らない人達だけど、ファンタジーが好きな俺にとっては居てくれるだけで大興奮だ。へへっ、今回のラクシズではあんまり自由に動けなかったから、こういうのを見ると改めて感動しちゃうぜ。
やっぱ剣と魔法の世界と言ったら、ゴツイ鎧とか着てる奴がいて欲しいよな。そう言うのって、人によっては「わざとらしいな」と思われそうだけど……でも、俺的には、ブラックのゴツい肩当て付きのマントみたいに、多少大げさでわざとらしい方が助かる……というか、好きだ。
ゴツい肩当て付きマントなんて、古い漫画やラノベくらいでしか見た事が無いし、ブラックの服を初めて見た時はエエッてなったけど、実用として装備してる世界じゃ意外と何もおかしく見えないからな。
俺の世界だとよくできたコスプレにしか見えないだろうに、そこのところは本当に不思議だ。これが魔法のパワーというヤツなんだろうか。
けれど、そんな他人のファッションチェックはもう少ししたら終わりだ。
残念ながら、俺達はこの大きな道から外れねばならない。
――――草原をすっぱりと分かつ踏み固められた土の道は、小さな丘などで上下に緩く蛇行しながらも、先が霞むほど遠くまで続いている。その途中……そこまで遠くない距離の進行方向に、大路を逸れて走る馬車の姿が見えていた。
きっとあの馬車は、俺達が向かう道を走っているのだろう。
手で目の上に日よけを作り、遠くを見ようとする古典的なポーズをしながらも、俺は王都へ向かう人達に倣い左側通行を心がけながら「ふーむ」と息を吐いた。
「こっちと違ってアッチは随分と人が少ないなー」
大通りからは逸れるけど、まだ朝の時間帯だし、今まで滞在していた【湖の馬亭】の女将さんの事前情報からすれば、あっちも「大きな道」だと言うし、通る人は多いもんだと思ってたんだけどな。
俺達が今いる【ライクネス王国】は、特定の地域に行かなければモンスターもそれほど凶暴ではないから、大陸の中では旅する人も多いはずなんだけど。
そんな事を思いながら首を傾げていると、俺の後ろを歩いていたブラックが興味も無さげに答えた。
「まあ今は時期じゃないからねえ。“あの道”は、秋の月にでもなれば、この王都への道以上に人でごったがえすけど、今は終春の月だしまだ先だろうなぁ」
「しゅーしゅん……」
えーと、この世界って俺の世界と暦がちょっと違うんだっけ。
俺の世界では一年十二ヶ月で一月ずつ区切られているけど、この世界ではどうやら四季を元にしてるらしくって、一年十二ヶ月を四つ分に分けているんだよな。
それぞれの季節には三ヶ月分が割り当てられていて、これを「初・中・終」と呼んでいる。例えば春なら「初春、春、終春」となり、月日を数えると基本的に「初春の十日」とか言う呼び方になるんだそうで……こんな風に月を数えるのは、やっぱこの世界の大陸の国は四季が変動しないからなんだろうな。
【ライクネス王国】は若葉が永久に生い茂る常春の王国だし、ここから東に行った所にある【ベランデルン公国】だって常に豊穣が約束された常秋の国だ。
四季が存在しないワケじゃないけど、季節の移ろいが分からないから特に意識するような暦になったのかも知れない。……まあ、それは俺の予想でしかないけども。
閑話休題。
ともかく秋には大盛況になるってことだよな。
まあそんな長い間同じ道を旅するワケでもないので、俺達には関係ない話か。
しかし、人が少ない道かぁ。ちょっと寂しいなあ……いや、でも、人が少ないって事は、ペコリア達を召喚して一緒に歩けるかもしれない。
ラクシズでは人目を気にして俺の可愛い仲間達を呼べなかったから、これからはちょくちょく読んでご飯とか一緒に食べられるかも。
とはいえ……それでも、呼べない子はいるんだけど。
それを思うと俺は悲しくて溜息を吐かずにはおれなかった。
――前回、旅の目的を説明してくれたエネさんに、俺は「守護獣の準飛竜ですが、目立つので出来るだけ出さないで下さい。その旨、彼の預かり先であるヴァリアンナ様にも伝わっておりますので、一週間に一度を限度でお願いします」と釘を刺されてしまった。なので、俺の可愛い相棒とのランデブーは当分お預けなのだ。
小さい可愛い姿なら良いじゃないかと思ったのだが、そう言う事でもないらしい。
なんか、黒いダハなんて珍しいから余計に目立つんだと……。
あ、因みに、ダハとはロクショウの進化前の姿だ。青大将みたいな緑青色の可愛いヘビだけど、図鑑では最弱のザコとか言われていた。俺は悲しい。
っていうか会えないのが悲じい゛。
せっかくの旅なのに、俺はまたもやロクショウと離れ離れになってしまった。
はぁあ……またロクと一緒に旅したかったのになぁ。
そう思うと、余計に寂しくなっちまうわ……。
暫くラクシズには戻れないだろうし、第二の故郷である【湖の馬亭】の女将さんや娼姫のお姉さま達ともこれで離れ離れだ。いましがた別れたばかりだが、もう俺はホームシックにかかってしまいそうだった。
だってさあ、みんな泣いたり寂しがったりしてくれて、娼姫のお姉さま達なんて俺をギュウギュウ抱き締めおっぱいが柔らかかっ……いや、その、なんだ。
つまり、そんな風に俺達との別れを惜しんでくれたんだぜ。再び旅立つのが寂しいというのだって当然ってモンだろう。
なのに、背後のオッサン二人は「さあさあ早く出立しようねえ」とか言って、感動の別れもそこそこに街から出やがってぇええ……。
急ぎたいのは解るけど、もうちょっと俺におっぱいを味わわせてくれよ!
もうこの先数ヶ月ノーおっぱいかも知れないんだぞ!?
俺はな、いい匂いのお姉さま達に囲まれて生活をしてたせいでな、もう既に女性がいない旅路を思うだけで死にそうになって来るんだよ。
旅立って数時間でもう狂おしいほどに女体不足なんだよ!
それなのにこのオッサンども、すぐ街を出たワリにはノリも悪いし、先頭の俺だけが張り切ってるみたいにして意気消沈させて来るし……まったく一体何なんだ。
どうせ旅に出たんなら、もうちょいワクワクしろよお前らも!
なんだ、人が少ない道に入るからお前らもちょっと寂しいのか!?
じゃあまあ分からんでもないけども!
人の多い場所から少ない場所に行くと、なんかしょんぼりしちゃうよね!
「ツカサ君なに一人で百面相してるのさ」
「いや違……まあいい。それより二人ともさぁ、久しぶりの旅なんだからもうちょい気分をアゲて行こうとか思わないのか?」
振り返って後ろ足で前進しながらブラックとクロウに言うと、二人は眠そうでやる気が無さそうな目をしょぼしょぼさせながら、それぞれに視線を空へ走らせる。
「えー……だって、しばらくはライクネスの街道が続くから、手ごたえのありそうなモンスターも寄って来ないし、人が少なくたって人目が無いとは言えないじゃん」
「そうだぞ。これでは暇つぶしも出来ないし、なによりツカサを食べる機会が伸びるだけではないか」
「え……お前ら一応そういう公衆の面前とかは気にするんだ……」
このスケベなオッサンどもの事だから、てっきり道中でもやらしい事をして来るんじゃ無かろうかと警戒していたんだけども……どうやら杞憂に終わったらしい。
いや、期待してたわけじゃないが。ぶっちぎりでやらずに済んで良かったと思っているが、普段のコイツらから考えると大人し過ぎるので驚いたんだよ。
ま、まあ身の安全が保障されたなら、俺としてはこんなに嬉しい事はない。
これで旅の愁いが一つ消えたぞヒャッホー!
「……嬉しそうだねツカサ君……」
「ツカサ、そんなにオレ達に舐め回されるのがイヤか……」
何か後ろで言ってるけど聞こえません。聞こえませんてば。
構うと絶対調子に乗るから、反応なんてしてやんないんだからな。
しかし、こういう所はわりと常識人なオッサン達で良かったよ。
変態とは言え、ブラックもクロウも結構マナー良いんだもんな。どうかしたら俺に「えぇ……」って嫌そうな顔を向けて来るぐらい、お行儀には厳しいし。
まあ、ライクネス国内では色々心配な事もあるから警戒してるんだろうけどな。
……なんせ、今回の旅は、ライクネスの国王には絶対気取られてはならない目的があるんだ。ブラック達も国を出るまではと少し緊張しているのかも知れない。
俺も浮かれてないで気を引き締めないとな……。
冷たい視線を感じる背中がゾワゾワしたので、その寒さから逃れるように駆け足で少しばかり距離を取ると、俺は右腕に装備している細長い黒の箱を撫でた。
「…………使う機会あるかなぁ……」
久しぶりに装備したのは、稀代の鍛冶師……を次に襲名する予定の、勝気で美人なグローゼルという名のお姉さまが作ってくれた、俺だけの武器だ。
普段は、右腕に固定されているだけの黒光りする長方形の箱……にしか見えないのだが、なんとこれ、展開すると特殊なボウガンになるデタラメ武器で、しかも矢ではなく曜術を射出するという前代未聞の武器なのである。
その名は【術式機械弓】と言い、まだ試作品ではあるがデタラメ仕様の名に恥じぬデタラメな威力を生み出してくれる俺専用の武器なのである。
今までは「危ないから」とキュウマに預かって貰ってたのだが、今回は満を持して装備する事にした。なんたって後衛の俺には必要だからな。
じゃあ、なんでソレを今まで使わなかったのかと言うと、これには事情がある。
……実はこの武器、威力がデタラメ過ぎて……未だに使いこなせないのだ。
グローゼルさんも「試作品なので、改善のために折りを見て性能を報告してくれ」とか言ってくれてたんだけど、正直な話その報告を出来るほど使った事がない。
だって、コイツ威力が恐ろし過ぎるんだよ。
一発射出する度に洞窟の壁を壊したり周囲一帯を火の海にしたりするので、迂闊に戦闘で使えないんだって。素材も一瞬で消滅するんだぞ。
そんなモンおいそれと使えるかっての。
だけど、それも俺が未熟で、弾に籠めた曜術を制御出来ないからだ。
そこんところも、そろそろ鍛錬したいと思っているんだが……どうなることやら。
「今回の旅で、もう少し俺も戦えるようになればいいんだけど……」
「え? なに?」
いつの間にかすぐ後ろまで追いついて来ていたブラックが、隣に並ぶ。
すぐにもう片方にクロウもやって来て、結局いつものように三人一列で横に並んでしまったが、こちらの方がしっくりきてしまうのは何故だろうか。
自分でもちょっとどうかと思う事を考えて首を振り、俺は右腕を振って見せた。
「コレだよコレ。どっかで練習したいなと思って……」
「ああ、そのデタラメ武器……えっホントに使うのぉ? 不安だなぁ……僕、森一つ焼けても責任持たないよ?」
「ムゥ……過ぎた力は己を滅ぼすとよく言うぞツカサ」
「わ、解ってるけど練習しなきゃ制御も出来ないだろ!? と、ともかくこの……えっと何て名前だっけ……」
ぐう、こっちに来る前に勉強漬けになっちまってたから、今から向かう街道の名前をド忘れしてしまった。なんて名前の道だったっけ。
思わず頭を悩ませる俺に、ブラックが横から正解を口にした。
「デリシア街道?」
「あっ、そうそう、その街道! そこは人が少ないって言うし、練習する機会も有るだろ!? 炎とか危ない術を使わなきゃいいんだし!」
「まあそりゃそうだけど……巡礼路でバチあたりな事するなあ」
「冒険者のお前が言えることか」
「うるさい殺すぞクソ熊」
まーたぎゃあぎゃあ喧嘩しだしたが、もう無視しておこう。
しかし、巡礼路か……。
今から向かうデリシア街道は、秋になると人が多くなると言うけど……その「巡礼路」という名前が付いている所からして、何か理由があるんだろうか。
名前からすると何か宗教的な感じがするけど、見た目には普通の道だよな。
まあ、歩いて行けばいずれは分かるだろうか。
ブラックに聞いたら教えてくれるかな?
ゴソゴソと地図を取り出して指を走らせると、俺は再び遠い目的の道を見た。
「うーん、村まで歩き通しだろうし、その間の話題にはちょうどいいか」
ご当地の話題ってのも旅の醍醐味だろう。緊張感のある話ばっかりしてても気力が続かないし、何よりどこで話を聞かれるかもわからないしな。
ともかく、しばらくは大人しくしていた方が良さそうだ。
ライクネスの警備兵に出くわす事もあるだろうし……それに、国境の砦に行けば、何か言いつけられたラスターが追いかけて来てたりするかも知れない。
今回は、ライクネス国王に【土の魔導書を取りに行く為に、獣人国・ベーマス行きの船に乗る】という目的を気取られないように、極力「おつかい旅」を心がけねば。
まずはデリシア街道を通ってベランデルン公国へ入り、そこからすぐに折り返して“おつかい”の目的地であるアコール卿国の首都を目指すんだ。
それまでは、のんびり旅をしよう。
地図を巻いて紐で閉じると、俺は改めて気合を入れて足を踏み出したのだった。
→
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
956
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる