異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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海洞ダンジョン、真砂に揺らぐは沙羅の夢編

  少しずつ少しずつ2

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 俺が素直にうなづくと、ブラックは今朝の不機嫌さが嘘のように笑顔になると、キャッキャしながら横から俺に抱き着いて来た。
 だーっやめんか! 街中でなにやっとるんだお前は!

「おいっ、人前で抱き着くなっ、離れろってば!」
「やだやだ~、明日からまた面倒臭めんどくさい修行になるんでしょ? だったら、今のうちたっくさんツカサ君補給しとかないと僕ダメになっちゃうもーん」

 俺がどんなに「やめろ」と言っても、ブラックは聞こうともしない。それどころか、ぶりっこした声で甘えながら俺の頭にり寄ってきやがる。
 イデデデ、だから無精髭ぶしょうひげが頭皮にダイレクトアタックして来て痛いんだってば。

 必死に引き剥がそうとするが、周囲の「なんだこいつら」という目が増えるだけで、俺の腕は一向にブラックを引き剥がす力も湧かない。
 くっ、くそう、普通に歩けるくらいには回復してるのに……。
 こうなったらクロウに助けを求めるしかないのか。そう思ってもう一人のオッサンの方を見やったのだが。

「ム……ブラックずるいぞ。ツカサ、俺にも補給させてくれ」

 俺とブラックがじゃれて遊んでいるように思ったのか、クロウまで不満げに両腕を広げて俺に抱き着いて来ようとする。わーっもーっなんなんだお前らー!

「オッサンども調子に乗んなぁああ!!」
「シャーッ!」

 俺が怒ると、見かねたロクショウが小さい口をぐわーっと開けながら、オッサン達のほおに思いっきり噛みついた。

「イデデデデ、ごめん、ごめんってばロクショウ君っ」
「むぐぅ……意外と痛い……」

 さすがのオッサン二人もこの攻撃には参ったのか、ようやく離れてくれた。
 ホッ……よかった……。

「ありがとなぁ、ロク~」

 首の後ろからしゅるりと両肩に乗って来る小さな相棒の頭を撫でると、ロクは嬉しそうにキュッキュッと笑いながら、俺の頬に擦り寄ってくれた。んもー、史上最強に可愛いんだからぁ!

 いやあそれにしても、ブラック達の驚きようったら無かったぜ。
 そりゃ俺のロクちゃんは見た目は最弱モンスターのへびである「ダハ」っぽいけど、その正体はモンスターの最高位「竜」にも届く実力の準飛竜ザッハークちゃんですからね。
 考えてみればそりゃ痛いよな。あれっ大丈夫かな。いやでも優しいロクショウの事だから、手加減はしてるんだろうけども。

「んもー、ロクショウ君、ダハの時より噛みつくちからあがってない……?」
流石さすがはザッハークだな」

 双子のように頬をさすりながらロクショウに言うブラック達に、ロクは小さい前足を脇腹に当てながら、「ふふーん」と言わんばかりに胸を張った。
 かっ……かわっ……こんな可愛い生き物が本当にこの世に実在するんです……?
 思わず込み上げる熱いモノを感じて鼻を抑えてしまったが、必死に首を振って耐える。イカン、イカンぞ俺。ここは公道、鼻血を出したら俺が変態だと思われる。早く退散しよう。

 ――そんなこんなで話の腰も折れたので、俺達は気を取り直し商店街へ向かった。

 まあ、向かったと言っても枯れ噴水の広場から道なりに進むだけなので、迷う事もなにもないんだけど……しかし相変わらず人が多いな。
 ダンジョンに潜ってる冒険者も多いだろうに、それでも道にたむろしている奴がこんなに居るとは……。ホント金の力ってすごい。

 俺達も早く“ガラグール”という香骨を手に入れて、回復薬のダウングレード調合をしたいんだけど……あれだけ戦っても手に入ってないので、遠い話だろうなぁ。
 先が思いやられるなぁなんて鬱々うつうつとしていると、ふと横から思っても見ない声音が聞こえてきた。

「…………少ないな、人」
「え?」

 ロクと一緒にブラックの顔を見上げるが、今度は反対方向から肯定の声がする。

「確かに。初日と比べると、ニオイの密度が明らかに減少しているな。……それほどダンジョンに潜っているようにも思えないのだが」
「そ……そうなの、クロウ?」

 顔を向けると、相手は無表情ながらもしっかりと頷く。
 クロウは時々無表情でとんでもない冗談を言うけど、根が真面目だからかこういう時に嘘なんて言わない。俺だって、相手が真剣なのかどうかは雰囲気で分かる。
 と言う事は……マジでシムロの街から人が減ってるってこと……?

 いや、でも、俺には普通に人が多いようにしか見えないけどな……。

「なんかその……獣人のハナとか、索敵さくてきの術とかで分かるのか?」

 キョロキョロと左右の顔を見上げると、二人は小難しげに顔を引き締める。

「まあ……僕はそんなトコかな。冒険者のカンみたいな部分もあるけど」
「一輪だけでは判らない花の匂いも、花畑でなら強く感じられるようになるものだ。オレの場合はそれを感じているに過ぎない。細かい事は分からんが……」
「それでも二人とも凄いんだけど……いやでも、人が減ってるのが何か関係あるの? 普通にみんな首都に帰ったとかじゃ……」
「それなら良いんだけどねえ」

 ちょっ……な、なんちゅう事を言うんだお前は。不安になるじゃないか。
 いやでも、街に居る人が少なくなるのって、そう言う理由しかないよな。だって、ガラグールがある程度ていど集まれば、すぐさま取って返して金をより多く貰おうとする人だってたくさん居るだろうし……そもそもシムロの街は人が少ないんだから、ブームが過ぎ去って人が離れてるだけなんじゃないのか。

 …………でも、良く考えたらそれはブラック達だって解ってるんだよな。
 この世界の冒険者の事は、俺よりもよく知ってるはずだし……。

 うーん、何だかよく解んないけど、昨日のレイドの一件と言い、知らない所で何か起こってるんだろうか。でも、それを知ろうにも調べようが無いしな……。
 唯一知れた事が有ると言えば、この街で昔起こった怪談話くらいだし……。

「……ま、まさか、怨念復活でバケて出たりしないよな……」
「え? ツカサ君なに?」
「な、なんでもない! とにかくメシだろ。さっさと買って帰ろうぜ」

 この前は行けなかったけど、干した木の実のスープなんて不思議なものをはかり売りしてるお店も見かけたし、冒険者向けのテイクアウトの店もそこそこ見かけたんだ。
 このお店の群れが冒険者が消えた事で再び見られなくなってしまうなら、今の内に目一杯めいっぱい買って味を覚えておかないと。

 改めて気合を入れ、俺はお目当てのスープや保存食にされたドライフルーツ、それに必要になるかもと思って、新しい包帯なども購入しておいた。
 もしかしたら回復薬なんかもあるんじゃないかと思ったんだけど……やっぱり冒険者が使うのか、品薄で俺達には入手できなかった。

 でも、今日の買い物はそれだけじゃない。

「ふふふ……ついに買ってしまった……」

 食料やら何やらをたっぷり買い込んで旧治療院に戻った俺達は、スープと白パンをテーブルに並べて豪勢な二度目の朝食を繰り広げていた。

 スープの中にはプルーンを更に青くしたような干し木の実が刻んで入っているが、味はと言うと少し野菜っぽい青臭さがある鶏ガラのスープでとても美味しい。
 作ってるおばちゃんに聞いたところ、この木の実はハーモニック連合国の一部地域では定番の食材らしく、干したら鶏ガラみたいな味になるのだそうな。

 もちろん、本物の鶏ガラと比べたら薄味なんだけど、これはこれで美味い。
 青臭い香りも強くないので清涼感が有って、朝にはぴったりだ。二日酔いになった時に良さそう。いや、俺は酒を飲ませて貰えないんだけどね。
 まあ、とにかく美味いのでよし。

 横で俺に構わず朝から酒を飲んでいるクソオヤジどもに腹が立つが、ロクショウにスープをおすそ分けしつつ怒りをしずめると、俺は再び笑いを浮かべてバッグからある道具をバラッと取り出して万札まんさつのように広げた。

「あれ、ツカサ君それって確か……呪符だったかな。呪符?」

 ブラックが物珍しそうに言う。
 そう、これは何を隠そう、この前気になっていた呪符。しかも五種類全部を買ってしまったのである! はっはっは、結構高くてお金が今ヤバいです!

「ツカサ……曜術師のお前がそれを使うのか……?」

 この呪符の事を説明してくれたクロウも、なんだか難色顔だ。
 でも、現状すぐテンパッてしまう自分の事を考えたら、この呪符がどうしても必要だったんだよ。曜気さえ込めれば発動できる、この呪符が。

 これなら、人が発動する曜術よりも威力が小さかったって、相手をひるませるぐらいは出来るはずだ。それが可能になるだけで、俺の立場だって違ってくるだろう。
 何にせよ、役に立てる。肝心な時にお荷物に……なんて事にならないで済むんだ。

 すぐ曜術を使えなくなるぐらい自分の心が貧弱なら、道具を使って足りない部分をおぎなえば良い。俺なりに考えてそう思ったから、変な目で見られるのを承知しょうちで呪符を買ったんだ。いざって時に後悔するのは嫌だったから。

 曜術師が呪符を使うってのは邪道なのかもしれないけど、俺にとっては自分がどう見られようがブラック達に迷惑を掛けずにいられたらそれでいい。
 ……まあ、最終的には道具を使わずに正々堂々やりたいんだけどな。

 そんな事を思いつつ、俺はクロウに「大丈夫!」と親指を立てて見せた。

「俺は、いざって時に術が出せない事が多いからな。……だから、詠唱ナシですぐに術を発動出来る呪符がやっぱり必要なんじゃないかと思ってさ。呪符を使えば、動揺して口が動かない時でも曜気を送れば一応発動はするし……敵を少しでも威嚇出来るんじゃないかなって思ってさ」
「ムゥ……」

 クロウ的には曜術師としてもプライドがあるのか、やっぱり呪符を使う事については納得がいかないらしい。……まあ、クロウは自力がもうけた違いに強いから、こんな小道具を使うのはケシカランって感じなんだろうな。
 そもそも、自分の拳一本で戦う方が好きみたいだし、小細工はイヤなのかも。
 あんだけ凄い土の曜術を使えても、実際は攻撃に使った事なんて数えるくらいしか見た事無いし……うーむ、そういう所はしっかり頑固おやじだな。

 でも、反対票が一票あるのはヤバいぞ。
 これでブラックも「やめなよ~」って言ったら、呪符を没収されかねん。こいつらすぐ腕力で解決しようとして来るからな……強引に使わせないようにするかも。
 やめろコレ高かったんだぞ。絶対に渡さないからな。

「ぶ、ブラックはどう思うんだよ」

 早すぎる被害妄想で呪符を握り締めながらブラックをみやるが――――意外な事に、相手はわれ関せずと涼しい顔をしながら酒を飲んでいるだけだった。
 あ……あれ……リアクション薄いな。
 拍子抜けしてしまった俺に、ブラックは流し目を寄越しながら、意地悪な猫のようにニヤッと目を笑みに歪めた。

「僕は別に良いと思うよ? むしろ……ツカサ君は完全に後衛型だし、道具を使って自分の能力をおぎなたたかかたのほうが合ってるんじゃないかな」
「えっ……。い、良いのか……?」

 完全に予想外の返答で、思わず上擦った声で問いかけてしまうが、ブラックは酒が入ったコップをあおのどを曝して見せた。
 俺には無い、ゴツくてデカいの喉仏がゴクゴクと音を鳴らして動いている。
 返答を待つように見入ってしまったが、ブラックはからになったコップを勢いよくテーブルに降ろすと、ぷはぁと酒臭い息を吐いてだらしない笑みを見せた。

「良いも何も、別に『曜術師が無能専用の道具を使っちゃいけない』なんて掟はドコにも無いよ? 他の曜術師だって、そんな弱い呪符なんて使えないって思ってるから使わないだけさ。それに、貴族どもの御前試合じゃあるまいし、弱っちいツカサ君がモンスター相手に小細工使わないでどうするの?」
「う……うん……?」
「ザコならザコなりに勝つ方法を考えるってのが、アタマが良い人族の特権でしょ。僕には思いつかない方法だけど……まあ、ツカサ君らしくていーんじゃない?」
「…………それ、褒めてんのか……?」

 なんか、微妙にけなされてる気がするんですけど。
 てか完全に俺のことバカにしてない!?
 ザコとか弱いとか事実にしても言い過ぎなんですけども!!

 ロクと一緒にブラックを睨むと、だらしない笑みのオッサンは余計にほおゆるめて、俺にごろにゃんと言わんばかりになついてきやがった。

「やだなぁ。僕ツカサ君の恋人だよー、婚約者だよぉ~?  褒めてないワケないじゃないか! んもうツカサ君たら一々僕の言葉に反応して可愛いんだからぁ」
「なんか信用ならん……」

 俺に体を寄せて来て、ぎゅうっと抱き着き酒臭い息を吹きかけて来る。
 これが外なら「やめろ」と引き剥がしている所だけど……まあ……家の中だし、気心知れたヤツしかいないし、それに……まあ、ブラックなりに俺のやりたい事を尊重してくれたみたいだし……今は、別に良いか……。

 …………なんか、そういうコト考える自分が恥ずかしいけど……。

「ツカサ、引き剥がさなくていいのか」
「そっ、そう言うの考えてるそばから突っ込まないでくれます!?」

 ああもう、ブラックと言いクロウと言い、なんでこうこいつらは余計な一言ひとことを火の玉ストレートで投げつけて来るんだ。お前らにはデリカシーと言うものがないのか。
 思わずおもきそうになったが、藪蛇ヤブヘビになりそうなのでぐっとこらえて、俺はブラックを装備したままスープを再び口に含んだ。……うん、美味しい。

 まあその、なんだ。
 とにかく明日は呪符を試してみよう。
 もしかしたら、今のヘタレな俺を変えてくれる突破口になるかも知れないからな。














 
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