異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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神滅塔ホロロゲイオン、緑土成すは迷い子の慟哭編

20.解き放たれたものの望み

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 彩宮さいぐうの裏手……皇帝や彼の側近以外は入れない場所で、俺達は装備を整え、今か今かと待ちかねる準飛竜ザッハークのロクの前で身支度みじたくをしていた。
 一度目の時と違って、今回は見送る人は少ない。

 ヨアニスは事後処理に手が離せず昨日のうちに別れを告げたが、アレクはどうしても最後まで俺達を見送りたかったらしく、護衛の兵士をはるか後方に置いて、ボーレニカ……いや、ボリスラフさんと一緒に俺達のそばで見守っていた。

 アドニスも忙しいらしくて、見送りが出来なかったみたいだけど……でも、俺達の代わりにって職業を背負ってくれてるんだから仕方ないよな。

 そんな事を思いながら、荷物を纏めて伏せていてくれるロクの背に乗せる。ロクはまた俺と一日中居られる事が嬉しいのか、ゴロゴロと喉を鳴らしていた。
 りゅ、竜にったらこんな喜び方があるなんて……! 可愛すぎるっ……いや、それはひとまず置いといて!

 ……ええと、俺達が目指す目的地は、山を越えればそう遠くはない。
 だけど、ロクやクロウの食料があるので、結構な大荷物になるのだ。
 そのため、こうして苦労してロクに積み込んでる訳だけど……ロクはと言うと、この大荷物を軽々としょい込んで涼しい顔をしていた。本当、大型生物って凄いな。

「ツカサ君、全部乗せ終わったよ。いや、ロクショウ君のための特性の御輿鞍みこしぐらを作って貰えて良かったね~! これなら荷物が落ちないし、僕達も体を痛めないで済むよ。これからは快適に空の旅が出来そうだ」

 何故か上機嫌のブラックは、みずか率先そっせんして荷物を積み込んでいる。何がそんなに嬉しいのかは解らないけど……まあ、元々ブラックは冒険者やってたんだもんな。俺と同じでああいう豪華な所は水が合わなかったのかも。
 行儀はしっかりしてるけど、やっぱ中身は普通の冒険者なんだなあ。
 そう言う所はなんか和むかも。うんうん、いいよな冒険って。

 ちなみに、御輿鞍みこしぐらって言うのは、人を乗せる箱をつけた大型獣専用の鞍の事だ。
 魔族の国や獣人の国ではよく扱うらしいけど、人族の大陸では巨大なモンスターを使役できる人間はとても少ないらしいので、一般には出回っていないんだって。……まあ、そもそもモンスターを召喚獣に出来る奴って限られてるもんな……それこそ冒険者とか勇者じゃ無きゃだめっぽいし。

「グオ?」
「ん? 何でもないよ、ロク。それより……ロクにばっかり負担を掛けちゃうけど……ごめんな。疲れたらすぐに言うんだぞ?」
「グォ……グルルルル……」

 地鳴りのような声を出すロクだが、そのいかつい竜の顔は「だいじょぶ? ツカサなにか落ち込んでる?」と言わんばかりにしゅーんとしている。
 ああもうっ、やっぱり可愛い!! この世で一番かわいい!!

「ツカサくーん、そろそろ出発しよー。夕方までに雪原地帯を抜けないと、野宿が辛い事になっちゃうよ。準飛竜って言っても、寒さに強い訳じゃないからね」
「わ、わかったよ」

 チッ、ロクを撫で回そうと思ってたのに……後だな後。
 夕方って事は……もうそろそろ行かなきゃ行けないのか。
 地面に置いていた荷物を引き上げると、背後で見守っていたボリスラフさんが名残なごりしそうに声をかけて来た。

「もう行っちまうのか……長いようで短かったな」

 白銀の鎧を身にまとったボリスラフさんは、すっかり「粗野な酒場の親父」から「聖騎士団」にジョブチェンジしている。だけど、凛々しい顔は少し寂しそうで……彼の隣にいるアレクも、むずがる子供のような不機嫌な顔をしていた。
 だけども、こればっかりは仕方がない。

 ウィリー爺ちゃんからの書簡しょかんがシアンさんに届いて、行き先が決まった以上は俺達も旅立たねばならないのだ。
 ロクをこのままにしては置けないし、なによりずっと彩宮に御厄介になるなんてのは、居候いそうろうには豪華な家過ぎて耐えられない。ここらへんが潮時だろう。

 だけど、アレクは納得がいかないのか、さきほどから服をぎゅっと握りしめて目を潤ませていた。ああ、別れがつらいんだろうなあ。俺だって弟みたいに思ってるアレクとお別れするのは非常に悲しいが、そもそも俺達はこんな凄い場所にいられる身分でも無いからな……。

「ツカサ兄ちゃん……ほんとに行っちゃうの……?」

 そう言いながら潤んだ目で俺を見上げて来るアレクは、心底可愛い。
 出来れば一緒に居たいけど、俺達が未来の皇帝陛下とずっと一緒に居るというのも、教育に悪そうでちょっとアレだしな……特に背後でずっと「まだ?」みたいな態度で腰に手を当ててるブラックと、ロクの背中の上でぐーすか寝ているクロウはアレクに何を吹き込むか解ったもんじゃない。

 そもそもブラックはアレクに大人げないほどの敵愾心てきがいしんを持ってるし、教育上よろしくないよな。まあそんな事アイツらの前じゃ言えないけど。
 気を取り直して、俺はアレクの頭を優しく撫でた。

「落ち着いたら手紙とか送るから、そんな顔すんなって。なーに、今生の別れって訳じゃないんだ。アレクが困った時には、すぐに飛んでくるよ」
「うん…………」

 俺の言葉に安心したのか、それとも撫でられたのが嬉しかったのか、アレクは口をもごもごさせながらも、素直にこくりと頷いてくれた。
 ……背後にいる嫉妬深いオッサンがめちゃくちゃ睨んでいるような気がするが、俺の背中でアレクの視界をガードしておこう。うん。

 アレクをかばうように動きつつ笑顔をキープしていると、ボリスラフさんがあきれたように片眉を吊り上げて笑ってくる。

「おいおい坊主、あんまり皇子を甘やかさんでくれよ。皇子にはこれからおとっつぁん以上の皇帝になって貰う為に、鍛えなきゃいけねーんだからよ」
「今からやる気満々だなあ、ボリスラフさん……」
「当然だ。陛下と王子にはあの神の檻を破って、この国を緑の国にしてもらわにゃいかんのだからな」
「神の檻、か……」

 アレクと一緒に見上げた空は、また曇天どんてんに戻ってしまっている。
 だけど、ロクショウが一瞬だけ垣間かいま見せた青空と、今なお青々とした葉を茂らせている俺の世界樹は、この国の人にある希望を与えたらしい。

 ――――もしかしたら、我々の国も豊かな大地に代わるのではないか……と。

 数千年続いていた「神の意思」による束縛が、解き放たれた。
 それは、永い間白い雪に閉ざされていた国の人達にとっては、まさに青天の霹靂だったらしい。だから、首都の人達の間ではあのこっずかしい吟遊詩人の歌が流行はやっていて、世界樹の思し召しで「この国が色を取り戻すかも」と湧いているとの事で……。

 ついでに言うと、植物が根付かなかった首都の大地に、世界樹が枯れずにずっと残っているっていうのも、彼らの希望に拍車をかけてしまったみたいだな!
 いやー俺ってば大変なことやっちゃったテヘペロ! あっはっは……。

 …………今更ながらに物凄い事になって来た……どうしよ……。
 やだ……俺そんな凄いチート使いじゃないのに、世界樹に期待を寄せられたって困るぞ……アレもしかしたら数日後には枯れてるかもしれないのに……。

「あ、あの……不吉な事言うようだけど……世界樹、大丈夫なの……?」

 一応アドニスが生やしたって事になってるけど、アレが枯れたらアドニスも非難されて大変な事になるのでは……。
 その事はボリスラフさんも考えていたようで、少し困ったように頬を掻いたが、俺にそっと耳打ちをして来た。

「……正直な話、俺達もそこが心配でな……。いくら【緑の英雄】である薬師様の世界樹でも、この国を創った神の意思には……」
「皇子の御前でなにを堂々と内緒話してるんですかねえ、貴方達は」

 えとした、ナチュラルに人を見下すような声。
 その声には嫌と言う程聞き覚えが有って、俺とボリスラフさんは咄嗟とっさに声が聞こえた方向を見やった。
 すると、そこにはなんと、見送りに来れないはずのアドニスが……。

「あれ……あ、アドニス……用事があったんじゃ……?」
「少しの時間くらいは作れますよ。それよりボリスラフ、貴方の耳打ちは意味がありませんね。遠くまで丸聞えでしたよまったく……」
「そりゃアンタが地獄耳だからじゃねえのか……」
「なにか?」
「い、いえなんでもありませんです」

 ボリスラフさんの呟きにジロリと目を向けるアドニスに、アレクと俺は顔を見合わせて苦笑する。確かに結構声が大きかったけど、さすがに遠くでも聞こえるってのはアドニスだけだと思う。

「皇子、臣下の前で格下の冒険者相手に馴れ馴れしくするのも今日で卒業ですよ。これからは皇国を継ぐ者として、しっかりしていただかないと……」
「おいおい急に眼鏡な教育係になってどうすんだよアンタ」
「私は教育係になったつもりはありませんよ。当たり前の事を言っているだけです。まあそれはともかく……ついに出発するんですね」

 そう言いながら俺に近付いて来るアドニスの目は、いつもと同じ色をしている。
 緑樹のグリモアである証拠の、黒に近い暗緑色の髪に、綺麗な金色の瞳。ありのままの自分でいられるという自信に満ちた姿だ。

 少し嬉しくなって、俺は軽く口を笑ませながら頷いた。

「アンタには……色々迷惑かけられっぱなしだったな」
「……ふふ、そうですね。本当なら“世話を掛けた”と言って貰うべき場面なのでしょうが……本当に、世話をかけてしまいましたね」

 見送る側がそんな事を言うなんて、あべこべだ。
 なんだかおかしくなって、俺とアドニスは同時に苦笑した。

「……なあ、あの世界樹大丈夫かな」
「心配はいらないと思います。……不思議な事に、あの大樹は塔に絡み鉄の地面に根を張っていても、自立し生き続けている。それどころか、周囲に溢れるほどの木の曜気を散らす程に生命力に溢れています。……きっと、君の力だとは思いますが……君は本当に不思議な子ですね。……最後まで君の正体を掴めなかったのが、研究者としては心残りです」
「あ、あはは……まあ、謎は謎であるほうが楽しいって事もあるだろ?」

 アレクの肩に手を置きながらぎこちなく笑う俺に、アドニスは微笑む。
 その表情は、何故かとても嬉しそうだった。

「……そうですね。それに、次に会う時の理由にも使える」
「え……」

 思ってもみなかった言葉に一瞬たじろぐと、アドニスはアレクを少し下がらせて、もう一歩俺に近付いてきた。

「ツカサ君、妖精の国の中庭でのこと……覚えていますか」
「えっ? あ、う……うん……」

 そういえば、アドニスにはあの時額にキスをされたんだっけ……。
 う、うわ。今考えたら恥ずかしくなってきた。
 いっくら親愛の証だからって、男同士で額チューはねえよな、額チューは!

「ツカサくーん! 早く出発しないと夜になるよー!」

 何か不穏な気を感じ取ったのか、ブラックが少し怒ったような声でこちらに歩いて来る。その姿を見ながら、アドニスはふっと笑ってその場にひざまずいた。

「うええ!?」

 その場の全員がどよっと声を上げるが、アドニスは構わずにそのまま俺の右手を取って自分の顔の方へと寄せる。
 まるで騎士が目上の者に忠誠を誓うような格好に、思わず俺も赤面した。
 だ、だってこれ、お、お、俺のガラじゃないっていうか……!!

「ああああアドニス……!!」
「……心を閉じていた私をここまで連れて来てくれたのは、他でもない君です。君のお蔭で、私は居場所を……故郷を失わずにいられた。……私がどれほどであっても君は見捨てず、私の頬を叩いて永い悪夢から救いだしてくれた」
「……アドニス…………」
「私のこのひねくれた性格は、もう変わる事はないでしょう。……ですが、こんな私でも君が受け入れてくれるというのなら……私は、永い時間をかけて、君に永遠の友情と忠誠を誓います」
「え……?」

 驚く俺に、アドニスは綺麗な顔で微笑んで――俺の手の甲に、キスをした。

「我が名はアドニス=エムロド・ウィリディス・ヴァシリカ・ゲルトハルト。いかなる時も、我が全身全霊をこの愛しき神に捧げん事をここに誓う……――」

 …………か……かみ……?
 えっ、ちょ、ちょっとまって。

「いつでも頼りに来て下さい。何を置いても、私は君の為に尽くします。君を信頼し、君の為に命をかけると約束しましょう。……それが、今の私に出来る精一杯の好意です」
「ふえ……ぁ……あ……」

 動揺して何を言えばいいのか解らない俺に、アドニスは心地良さそうに目を細めて笑うと……また、俺の手の甲に軽くキスをした。

「ツカサ君、あの不潔な中年男が嫌になったら、いつでも訪ねて来て下さい」

 あ、あああ。あああああ周囲からとんでもねえざわめきが。
 アレクが、ボリスラフさんが固まって……。
 いや待って、これ、絶対、ブラックにも見えて…………

「ゴラァアアアア!! てめえ僕のツカサ君になにやってんだああああ!!」
「おやおや、余裕のない鬼が来ましたよ」
「わーもうバカッ!! バカー!! おおおおまえ覚えてろよ、人前でこんな事をしやがっ、もっ、お、覚えてろよ!?」
「ええ、ずっと覚えてますよ。私はもう君のとりこですから」
「人をおちょくっといて何が虜だあああああ!!」

 ああもうばか、あんぽんたん!
 ブラックをなだめるのに俺がどれほどの犠牲を払うのか解ってんのか!!
 俺のケツが壊れたらお前のせいだからな、絶対お前のせいだからなああああ!

「おいゴラてめぇ眼鏡ぇええええ!!」
「うわー!! ひかえおろう皇子の御前であるぞおおおお!! じゃっ、じゃあなアレク、ボーレニカさん!! みなさんもお世話になりましたあああ!!」
「ちょっ、こらっ、離してよツカサ君! そいつ殺せない!!」

 何言ってんだおめえ古いネットスラングみたいな事言ってんじゃないよ!

 慌ててブラックを引き摺って御輿鞍みこしぐらに乗り込み、俺はロクに叫んだ。

「ロク、頼むぞ!!」

 そう言うと、ロクが嬉しそうな声を上げて翼を展開させる。
 ブラックの「クソ眼鏡殺す」という言葉を羽ばたきの音で打ち消して、一気に地面から浮きあがった。よ、よかった。こうなるともう殺しにも行けまい。

「なんだツカサ、またブラックが阿呆な事をしていたのか」
「おいこらお前から殺すぞ駄熊」

 今まで寝てたくせして、とすぐに対象を変えて睨むブラックにホッとしながら、俺は一気に上空まで飛び上がったロクの背からノーヴェポーチカを眺めた。

「……はぁ…………」

 感嘆の溜息を吐いて見惚れるのは、今から別れを告げる街の風景。
 美しい彩宮のそばで枝を伸ばし続ける精気に満ち溢れた世界樹と、その大樹を取り囲むように今日も白い煙を上げる蒸気の街。
 俺達が飛び回っていた、大きな街だ。

「…………今度は、遊びに来れると良いな」

 呟いたその言葉に、ロクが楽しそうな声を上げる。
 何が言いたいのかがぼんやりと解って、俺も笑顔で頷いた。

「そうだな。今度来るときは……きっと、もっと良い街になってるよな」

 遠くなっていく街は、もう白に沈む事は無い。
 変わり始めた街の姿に、今はもういない誰かの嬉しそうに笑った声が聞こえたような気がした。












※次はしょっぱなから始まります! しばらくはテンプレなチートものとして
 一か所に留まって、村興しやらギルドで依頼やら色々やって行きます!
 もちろんエロも頑張りますので宜しくお願いします(`・ω・´)ノ

 あと、ほんとはロサードの所で妖精の国から持って来た古美術品を売りさばく
 シーンを書きたかったんですが、長くなるので割愛しました……
 出番なくてごめんロサード……でもまた出番有るので許してほしい(´・ω・`)
 
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