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神滅塔ホロロゲイオン、緑土成すは迷い子の慟哭編
19.新たな道具と終わりの空
しおりを挟む「それはお主の為に我が作った物だ。さあ、手に取って見てみるがいい」
「は、はい……」
金のリングは何故か冷たくて、まるで今しがた冷蔵庫から出したモノのようだ。
ひんやりしてる金の輪って……これ、一体何に使う物なんだろ…?
ブラックとクロウもこの中途半端に大きなリングの正体が掴めないようで、俺の肩越しにしげしげとリングを観察してくる。
「ツカサ君、手に持った感触はどう?」
「冷たいけど……それ以外は特になんにも感じないな」
「ふむ……おかしな物ではなさそうだ」
だけど、こんなに勿体ぶって渡すようなモノだし、ウィリー爺ちゃんは「道具」と言っていたんだから、この輪は何かに使用する物なんだよな?
……なんだろう……俺フラフープしか思いつかないんだけど……。
「ほっほっほ、困っておるようだな? 大地の気をリングに流しながら、輪の中を見てみると良い」
「輪の中を……?」
ははーん、さては望遠鏡とか遠見の水鏡みたいなアイテムだなこれ!?
確かにそれは俺的にも嬉しいアイテムだ。千里眼のような能力が有れば、後衛の俺としてはかなり助かる。なるほど、俺の心を読んだ時に、爺ちゃんは後衛としての悩みを読み取ってくれていたのか。
でも、そんないい物くれるなんて、本当に良いのかな……。
よく考えたら、俺ってば妖精の国の事に関しては、別段役に立って無いような気がするんだが。何かやったっけ俺。
悩むところだったが、いつまでも突っ立っている訳にもいかないので、大地の気を金のリングに循環させるように流してみる。すると。
「うわっ!?」
いきなり金のリングが光って反応したかと思うと、輪の内側を掴んだ指が急激に冷たくなって思わずリングを落としそうになった。
「なっ、なんだこれ!?」
「冷たいぞ……!」
ブラック達も冷気に気付いたのか、慄きながら俺の肩に手をやってリングを覗きこんできた。俺も、リングの輪の中を恐々確認してみる。
向こう側が見えるはずの、ただの輪っか。そのはずだったそこには……――
「……え? な、なんだこれ……輪の向こうが氷の部屋……?」
そう。
俺達が覗いた輪っかの中には、氷で造られた広い部屋が有った。
どうも、ここから凄まじい冷気が漏れているようだ。思わず手を入れてみたが、やはり輪の中は別の空間になっているらしく、俺の手は吸い込まれたままだった。
幻覚かと思ったが、そうでもないみたいだな……。
「あの、これって……」
どういう事なのかとウィリー爺ちゃんを見やると、相手は悪戯が成功したみたいな笑みを浮かべながら、パンと手を叩いた。
「いや、お主の心を読んだ時に『レイゾウコが欲しい!』という強い願いが入って来てな。レイゾウと言う事は、ものを冷やす蔵が欲しかったと言う事であろう? 考えてみればお主達は冒険者だ。物を冷やす氷室を運ぶわけにもいかん。ならば、利便性があり、今一番欲しい物を贈る事が、一番の礼になるかと思ってな」
「じゃあ、これって……」
ま、まさか、ほんとに冷蔵庫?
こんな良い物貰っちゃっていいの?
リングとウィリー爺ちゃんを交互に見る俺に、相手は頷いて髭を扱いた。
「名付けて氷精の腕輪……『リオート・リング』だ。その輪は術者の意思と力量によって、大きくも小さくもなる。それと同時に、内部の部屋も拡張される仕組みだ。常温で保存する物には向いておらぬが、その軽装では大荷物を持つ事も面倒であろう? ああ、それと、盗人に目を付けられぬように【異空間結合】の術を応用して、リングを扱えるのはお主のみに設定しておる。我々にはその程度の礼しか出来ぬが……この礼で良ければ、自由に使ってくれ」
「へ~……! そんな凄い…………って、凄すぎますよ!? こ、こんな凄い物、俺が貰ってもいいんですか……!?」
意思と力量で内部も拡張されるって事は、ようするに俺が強くなればほぼ無限にモノを収納できるアイテムボックスになるってことだよな……?
バグ技とかじゃなく、マジの仕様でそれが出来るってことは……これ、完全にチートアイテムじゃん。完全に神からもたらされしアイテムじゃん!
冷蔵か冷凍しか出来ないっぽいけど、それでも俺にとってはかなりのお宝道具だ。つーかアイテムボックスだよこれ。俺が前からめっちゃ欲しがってた、念願のアイテムボックス!!
本音を言うとめちゃくちゃ欲しいけど……でも、俺がやった事ってこんなに凄い道具を貰える事だったかなって、やっぱり考えてしまう。むしろアドニスを連れ込んで、妖精の国に凄く迷惑をかけてしまったような気がするんだけども……。
「あの、やっぱりこれ……俺なんかが持つのは……」
「そう言うな。謙虚さはお主の美徳ではあるが、謙遜しすぎるのは逆に無礼だぞ。私達は間違いなくお前に救われた。我が息子の事も、お主達がいなければ何も始まらなかっただろう。……だから、貰ってはくれまいか」
「ウィリー爺ちゃん……」
「閉じよと念じれば輪の中の部屋は消える。さあ、せっかく我が力を込めて作った道具だ。存分に役立ててくれ」
……俺は妖精の身内裁判の軽さに驚いていたけど、やっぱりウィリー爺ちゃんやアドニスの心の中では、色々と思う所があったんだろうな。
部外者の俺なんかには解らないほどの何かが。
だから、こんな凄い物をくれたのかも知れない。
俺には過ぎた代物かも知れないけど……でも、感謝してくれたのは事実だ。
使う事でウィリー爺ちゃんが喜んでくれるんなら、貰った方がいいよな。
「ありがとうございます。大事に使わせて頂きます」
「うむ。…………物で釣ったようでなんだが……我が息子とは、これからも仲良くしてやってくれ。我々はこの国から出られぬのでな」
呟くウィリー爺ちゃんの顔は、とても穏やかで少し寂しそうな顔だった。
その顔は、どこかで見た事があるような表情で……。
ふと考えて、俺はどこで見た事があるのかを思い出した。
そうだ。
あの表情は…………婆ちゃんの、別れ際の表情だ。
俺が家に帰る時に、見えなくなるまで手を振ってくれる時の表情に似てるんだ。
「…………」
それがどんな意味を持った表情かは、俺にはよく解らなかったけど。
でも、やっぱりウィリー爺ちゃんはアドニスの事を憎からず思ってたんだなって事が解って、俺は少しだけホッとした。
「お主達は、もう我々の友だ。何かあれば……いや、何かがなくとも、遊びに来ておくれ。その時までには、我々も……人族と仲良く出来るように、努力しておく」
ウィリー爺ちゃんのその言葉に、俺は笑顔で頷いた。
◆
【リオート・リング】に紐を通してバッグのベルトに括り付け、そのまま大事に仕舞う。貴重な品物なので無くさないように注意して、俺はロクに乗り込んだ。
短い滞在だったが、ヨアニスを連れている以上長く滞在は出来ない。妖精達の見送りを受けて、俺達は再び妖精の国を後にした。
「そう言えば……昨日はどこに居たんだ? ヨアニス」
チェチェノさんとウィリー爺ちゃんに開けて貰った「扉」から再び外の世界に出て、来た時のように人里を避けながら首都へと向かう。
相変わらずの寒い気候に実を縮ませながら背後のヨアニスに問いかけると、相手は苦笑しながら頭を掻いた。
「いや、実は昨日は疲れ果てて倒れていてな……本当なら、宴会の時に妖精王と色々話すべきだったのだが……まあ、後日会談する約束は何とか取り付けたから、今回は皇帝としての面目躍如と言った所だろうか」
「あ、そっか……ヨアニス、ロクに乗っただけでも結構辛そうだったもんな……。今は大丈夫か? 気分悪くない?」
ヨアニスの具合を見たくて後ろに行こうとしたのだが、隣に居たオッサン達にがっちりホールドされて移動出来なかった。
だーもーこのオッサンどもはっ!!
仕方なくその場で気分の状態を問いかけると、ヨアニスは苦笑をちょっと呆れたように変えながら頬を掻いた。
「ハハ……なんとか……」
「それなら良いけど……。あと、会談って? もしかして、これからは妖精の国と交流していくつもりなのか?」
「出来れば、の話だがな。……彼らも元々は外の世界で暮らしていた、この大陸の同胞だ。今回は迷惑をかけてしまったが故、その対応などの事で話を進めるつもりだが……いずれは、彼らが安心して人族と交流できるようにしたいと思っている。もちろん、今度は誰の力も奪わぬ【緑化計画】を進めながらな」
そう言うと、ヨアニスは隣に控えているアドニスに顔を向ける。
皇帝陛下の前ではちゃんと臣下ぶっているアドニスは、御意と言った感じで軽く頭を下げた。……そう言えば、ヨアニスには緑化計画の事はバレてんだったな。
チェチェノさんの話に加えて、首謀者本人からも大体の事情は聞いているらしく、ヨアニスは今回の事件の事をもう把握しているらしいけど……自分が知らない内に謎の塔が建設されていて、しかもその塔のせいでゴタゴタが起こってたってのを聞いても激怒しないってのは、わりと凄いよな……。
いや、ウィリー爺ちゃん達が「気にしてないよ」って態度だったから、アドニスも今こうして不問って感じで傅いていられるのかな。
ヨアニスが優しい皇帝だってのは知ってるけど……一度激怒すれば“炎雷帝”になっちゃうわけだし、本当アドニスが処罰されなくて良かったよ。
元々悪い奴って訳じゃないし……なにより、もう人が死ぬなんて嫌だしな。
そんな事を考えていると、ヨアニスは俺の思っている事を解ったかのように苦笑しながら肩を竦めた。
「いくら私でも、英雄となった薬師様を罰するなんて事は出来んよ。……それに、アドニスが居なければ、民にとっても大きな損失になるからな。死人が出なかったのであれば、秘密にしていた建物が崩れた程度で罰しはせん」
「ヨアニス……」
「結果的に、誰も死なずに済んだ。最悪の事態は防ぐことが出来た。……我々は、それでいいと思っている。……しかし、ツカサ達には本当にすまないことをした。このロクショウ君を混乱させて、こんな姿にしてしまうなんて……」
ああ、そうか。
ホロロゲイオンの件では誰も死なず、国が亡びる事も無かった。
だけど一つだけ……変わってしまった事がある。ロクショウが、小さなダハから急にザッハークになってしまったって事だ。
アドニスが俺達を巻き込まなければ、ロクはこうなることもなかった。
だけど……今となっては、それも済んだ話だ。
「その事はもう気にしてないよ。俺はロクの眠り込む原因が解って良かったし……ロクにも解決法が見つかったからな。それに……今回の事が無ければ、なにも解決なんてしなかったと思うから」
その言葉に、その場の全員が緩い微苦笑を漏らした。
……そう。何か一つでも欠けたら、今回のように丸く収まる事は無かった。
アドニスが俺と出会って拉致しようと思わなければ、緑化計画は最悪の形で成就していた。妖精の国は気が供給され亡くなった事で滅び、アドニスもウィリー爺ちゃん達を憎んだままで生き続けていたことだろう。パーヴェル卿も黒髪の生贄を用意し続け、あのまま狂気の闇に入り込んでしまっていただろう。
だけど、そうはならなかった。
アドニスも妖精の国もオーデル皇国も、少しだけど変わり始めているのだ。
――ホロロゲイオンは、世界樹に変わった事でもう緑化計画に使えなくなった。
ヨアニスの所にもソーニャさんの忘れ形見であるアレクが帰って来て、彼も何をすべきかをもう見出している。
神殿で働かされていた人達にも、きちんとした対応をしてくれるだろう。
もうここは暗雲立ち込める国ではなくなったのだ。
ただ……パーヴェル卿が亡くなってしまった事だけが悔やまれるが……。
「……ほんとに、全部終わったんだな」
感慨深く呟くと、俺以外の全員が息を漏らすように軽く笑う。
ロクまでもが小さく「ぐおっ」と嬉しそうな声を出していた。
「物語の終章って、こんな感じなのかな」
今、この場の誰もが思っただろう事を呟くブラックに、今度こそ俺も苦笑した。
→
※次で冬の国編終わりです( ・ω・)
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