異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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湖畔村トランクル、湖の村で小休憩編

1.素敵な村の素敵な貸家(※ただし状態は問わない)

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 ライクネス王国北西部にある、湖のほとりの村――トランクル。
 その村が存在する地は、かつて王族が魔物モンスター狩りを楽しんだ【王専用の狩猟の森】であった。しかし、狩りを忌避した“とある王”によってその豊かな森は解放され、トランクルは二度とその地を狩猟の場にしないようにとの誓いを表すため、周辺の村から人を集めて造られたという。
 
 王族が解放した土地と言う事で、物珍しさから村を訪れる旅人も居たが……村を訪れて帰って来た者達は、何故か口をそろえてこう言ったという。

 ――トランクル? ああ、良い所だったよ。平穏で何事も無く休めたね。

 気兼ねなく休める村。それは即ち、地上の楽園と言う事である。
 そのため、トランクルは憧れの地として名が上がる時代も有ったが……不思議な事に、今はもう誰もその村の事を口にしなくなったという。
 何故、楽園の名が聞こえて来なくなったのか。
 その謎は未だに解き明かされていない……――――



 シアンさんに貰った資料にはそんな事が書かれていたが……今ならばその真相が解る。……と言うか、俺達はその「何故誰もトランクルの事を話題にしなくなったのか」という理由をリアルタイムでたりにしており、思わず頭を抱えたくなってしまっていた。

「こ……ここが……トランクル…………」
「見事になにもない村だな」

 ブラックのった声に、クロウの忌憚ない意見。
 ああ、その通りだ。その通りとしか言いようがなかった。

 だって、村の入り口から広がる風景は……とてもじゃないが、栄えている村とは言いがたい様相だったのだから……。

「まさか、こんな風な村だったとは……」

 村の中を歩きながら、俺は周囲を見回す。

 煉瓦造りの古びた家々に、舗装されていない土の道。それはまあ、古き良き時代の風景って事でまだ良いと思う。けれど、さび付いた宿屋や酒場の看板や、人気ひとけのない街の様子、それに加えて湖に面したエリアは草ぼうぼうで手入れもされてないって現状は怖くて頂けない。
 こんなのさびれた商店街以下じゃないか。そりゃ評判も聞かなくなるわ。

 博識なブラックの話では「トランクルは湖畔にある静かな村で、昔は旅行記とかに良く名前が出てて、避暑地だの休養地だのって言われてた所だったらしいよ」という事だったんだけど……どうやらその記述は今のトランクルには当て嵌まらなかったらしい。

 現在のこの村は、休養地どころか廃村に見えてもおかしくない有様だ。
 完全に、すたれた温泉地と同じ臭いがする場所になってしまっていた。

「これ……この寂れ具合だったら、ロクショウ君を近場に連れて来てもよかったんじゃないかな? 昼間だってのに全く人の気配がないし……」

 街を歩きながら、ブラックが面倒臭そうに言う。
 そんな事を言うんじゃないとは思ったけど、これからの事を考えたらツッコミを入れる気力も出て来ず、俺はただただ頷く事しか出来なかった。

「ツカサ、本当にココにしばらく滞在するのか? 退屈で死にそうな村なんだが」
「そ、そんな事言っちゃ駄目だぞクロウ……でも……うん、俺もちょっと色々不安になって来たわ……。ここに住んで大丈夫かな……」

 そう。そうなのだ。
 俺達は、ロクショウが変化の術を習得するまで、この村に滞在する事になっているのである。……しかも、わざわざ家を借りて。
 こんな独特な場所とは思わなかったので軽く考えていたが……この有様だと、色々と心配になってくるな……いやもう後には引けないけど。

「とりあえず、シアンさんが用意してくれたって言う家に行こう。そこに村長さんも待ってるって話だったから……。ロクも森の中で待たせてるし、荷物を持ったままウロウロしてても仕方ないしな」
「そうだね。早いとこ身軽になって、そのロクショウ君の師匠とやらに挨拶しに行こうか。よく頼んでおけば、早めに修行を切り上げてくれるかもしれないし」
「うむ、それにもうすぐ昼食の時間だ。挨拶を済ませてメシを食おう」

 欲望まみれじゃのー。もー。
 色々と思う所は有ったが、俺も荷物を降ろしたかったので文句は言うまい。

 村の広場を通って村の奥の方へと進んでいくと、お屋敷的な家が立ち並ぶ区域が見えてきた。この村も一応観光産業を主力にしていたのか、店をやってない住民は村の奥の方に家を建てているらしい。

 みんな煉瓦造りで少し手狭な感じの古き良き洋館って感じで、俺的にはレトロな感じがとっても好ましいけど……やはりここも活気が感じられない。庭先の花や木々も、心なしか色褪いろあせているように見えた。
 うーん……重症だなこれ……。

 周辺の環境が良くなければ、植物もくすんで見えちゃうんだよなぁ。
 しかし、住宅地ですらこの調子とは……今からここに長逗留ながとうりゅうするってのに、途轍もなく不安になって来た……うまくやっていけるだろうか。

 せめてシアンさんが紹介してくれた家でテンションが上がりますように……などと思いながら歩いていると、前方に二階建ての手ごろな屋敷と、その屋敷の門の前に立っている一人の中年の姿が見えてきた。
 頭のてっぺんは輝いていて、ビール樽のような体型をしている。典型的なおじさんだが、もしかしてあの人が村長なのだろうか。

 声を掛けようかと考えていると、向こうもこちらに気付いたのか近付いてきた。

「おお、もしやそこな旅の方々は、水麗候のご紹介の……?」
「あ、はい。俺はツカサ・クグルギで、こっちがブラック。そしてこっちの熊の獣人がクロウ……えっと、クロウクルワッハです」

 三人でそれぞれ軽く頭を下げると、村長は安堵したように笑った。

「はいはい、御名前確かに伺っております。それでは滞在いただく空き家を今からご案内いたしますね」

 こちらですと案内しつつ、村長さんはさっきまで立っていた屋敷の門をガチャリと開く。屋敷を囲う煉瓦の壁は古めかしいが、わりと強固な造りなのか崩れた様子はない。防犯はバッチリのようだ。

「この家は数十年空き家でしてな。そのせいで庭の木々は少々みすぼらしい事になっておりますが、ここは土壌が豊かですので、手入れさえすれば元の美しい庭に戻るかと思います」
「た、確かにちょっと野生に戻ってますね……」

 玄関に向かう途中でちらりとみた庭は、畑と一緒にナントカガーデン的な庭いじりも出来そうな広い庭になっている。……が、やはりここも手入れされてなかった為か野生の草がぼうぼう生えていて、俺の世界の空き地のようだった。
 ……この世界、でっかい虫はいるけど小さな虫って見た事がないから、蚊とかは来ないと思うけど……これはちょっと草むしりした方が良いかな……。

「庭に関しては、好きにしていただいて構いませんので……。では、中に入りましょうか」

 「これが鍵です」と一筆書きで書けてしまいそうな簡素な鍵を取り出し、村長は難なくドアを開ける。元々は鮮やかなコバルトグリーンだったのだろう扉も、今は褪せてくすんだ緑色になっているのがちと悲しい。
 ううむ……本当もうちょっとこう……綺麗にしたら、ウチの母さんが好きな英国風のお庭だとか素敵なお家とかって感じになるのにな……。

「中は一応掃除してはおりますが、食器などの細かい道具などはございません。その代わり、前の家主が残していった家具がありますので、売るなり使うなりして頂ければと……」
「へえ……! 凄く良い家ですね!!」

 何故か申し訳なさそうな顔をする村長さんが案内する家の中は、俺が思っていたよりも綺麗で洗練されていた。
 内部は西洋風の木造建築っぽくなってて、なんだか田舎風で落ち着く内装だ。でも玄関フロアは広いし、ここから見ただけでもドアが三つ四つ見える。俺の世界で言えば、お金持ちな人の西洋趣味な別荘って感じだ。
 すげー、ほんとにイギリスのドラマのカントリーハウスだわ。こんな所に俺達が住んじゃって本当に良いんだろうか。

「二階もあるのか……結構な貸家だねー」
「中は木造か。木の匂いはいいぞ」

 ブラックとクロウもわりと気に入ったのか、控えめな内装を見て明るい顔をしている。しかし、村長さんはそれとは反対に身を縮ませていた。

「お気に召して頂けたでしょうか……。正直な話、水麗候様のご友人様に自信を持ってお貸しできるほどの広さも設備も有りませんので、私どもとしては申し訳なく思っておるのですが……これ以上良い家もありませんで……」
「えっ!? そんな、申し訳ないとかとんでもないです! 俺達こそ、こんな広い家を貸して頂けるだけでありがたいのに……」

 そう。そうだよ。こんな凄い家を貸してくれただけでもありがたいんだ。
 シアンさんには「ロクショウ君の修行を待つ間の家を用意しておくわね。でも、あんまり期待しちゃだめよ?」と言われていたので、俺達は普通に一部屋しかないあばら家とかを想像してたんだぞ。
 それがこんな凄い庭付きカントリーハウスって、どう考えても大当たりだろ。
 なあブラック、クロウ。……なんてことを思いながら振り返ったのだが。

「確かに、言われてみればちょっと手狭かな」
「うむ、まあ掃除係を多く雇わなくていいのは利点なのかもしれんが……」
「だーもーデカい家に住んでた奴らはだまってろい!!」

 コンチクショウ、これだからこいつらは嫌なんだ。
 ちょくちょく特権階級っぽい発言してくんじゃないよほんとにもう。貴族的発言のお蔭で村長さんの頭の輝きが失われてしまったじゃないか。輝かないハゲなんて悲しすぎるぞ。

 俺は必死に村長さんに「これだけでもありがたい」と言って安心して貰うと、とりあえず詳しい話は後でという事にして、一階の応接室らしき部屋に荷物を置いて再び外に出た。家の中をゆっくりと見たい気もしたけど、ロクを待たせているのでそう悠長にもしていられない。

 村長さんと別れて、俺達は再びロクが待っている森の中へと向かった。
 来るときは道が解らなくて長く感じたけど、今は村の入り口が驚くほど近く思える。元々そんなに大きな村ではなかったらしいが、ほんと初めて来た場所ってのは時間の感覚が狂うよなあ。

 ブラック達と「やっぱり人気がないね」なんて軽口を叩きながら、俺達は村を出て森の中に入り、健気に待っているロクの所へと戻った。

「ロクー!」
「グォオオオン!」

 大人しく「伏せ」の体勢で待っているロクを見つけるなり駆け寄る俺に、ロクは嬉しそうに鳴いて首を上げる。
 その大樹のように太い首に思いっきり抱き着くと、ロクは俺の頭を黒光りする鼻先で突いてゴロゴロと喉を鳴らしてきた。まったく、ロクの可愛さはザッハークになってもうなぎのぼりだな!!

「ツカサ君、そのロクショウ君の師匠の“湖水の隠者”ってヤツは、村の反対側にいるんだっけ?」
「そうそう。正確に言えば、更に森の奥に行った所に棲んでいるらしいけど……チェチェノさんが湖の所までくれば迎えに来てくれるって言ってたから大丈夫だと思う」

 ここに出発する前――オーデル皇国で、俺達はチェチェノさんとシアンさんに、ロクの師匠の事を軽く聞いていた。

 師匠役を買って出てくれた人物はチェチェノさんの知人で、さらにその人は「人」ではないらしい。モンスターかどうかは言ってくれなかったけど、どうやらウィリー爺ちゃんの言う「ツテ」とやらは、チェチェノさん経由だったようだ。

 で、その“湖水の隠者”と言う謎のお方は、チェチェノさんと同じく森を好む人物らしく、穏やかに暮らすために元は禁足地だったこの森に移り住み、一人でひっそりと暮らしているのだという。人族にも友好的な相手らしいので、俺達の事情を話すなり師匠になる事を快諾かいだくしてくれたらしい。
 事情を聞いてすぐオッケーだなんて、ほんと良い人だよ……。

「じゃ、さっそく行ってみようか。ロク、この体勢のまま歩いて大丈夫か?」
「グオゥ」
「頑張ると言っているみたいだな」

 クロウは獣人族なので、モンスターの事は俺よりも察しが良いらしく、耳を動かしながら的確にロクが言いたいであろうことを解説してくれる。
 俺もロクの事は解ってるつもりだけど、やっぱ第三者からの見解ってのも大事だよな。もしかしたら俺の思い込みって事も有るかもしれんし。

 ロクの鼻先を撫でて頑張れよと励ましつつ、俺達はなるべく静かに動きながら、村の反対側の湖畔へとゆっくり移動した。
 ……この森は滅多に危ないモンスターは出ないらしいので、もし村の人と出会ったら、相手が驚いて失神しちまうもんね。ランク7のモンスターと遭遇って、死を覚悟するレベルだよ。

 この時ばかりは村に人の気配が無くて良かったな……。

「しかし、翼をもつモンスターが地を這っているってのも中々珍しい光景だね」

 呑気に言うブラックに、俺はちょっと想像して確かにと頷く。

「まあ、確かに飛竜なら空を飛んでるもんだよな……」
「聞く所によると、普通の準飛竜は“崖などの段差がある地面”以外は滅多に近付かないらしい。小さすぎる前足では地に棲むモンスターに不利だとかで」

 クロウの話に、俺は成程とロクを見る。
 確かに、ロクの前足は物凄く小さくて、歩くのには向いていない。普通の場所で歩くとなれば二足歩行になるし、そうなったら四足歩行で素早く動くモンスターには絶対に勝てないだろう。

 ましてや、ロクは生まれたての準飛竜だ。ランク7の準飛竜にだって技能を持つ物と持たざる者が居る訳で、そうなるとうかうか地上に降りても居られない。
 何も技能を持っていない状態だったら、他のモンスターが上がって来られない崖とか高所が在る場所に降りるのが定石だよな。

 ……今更だけど、進化したてのモンスターは特別な技能が使えないって所は、なんか普通のゲームとかチート小説っぽくてちょっとグッときちゃうな……。
 そんなロクが変化の術を今から修行して覚えるのか……ロマンだ……。

「あ、もうすぐ反対側だね」

 ブラックの言葉に我に返って、俺も慌てて前方を見やる。
 すると、そこには森を削り取るように唐突に存在する湖のほとりが見えた。
 俺が知っている湖って言うのは周囲をちゃんと整備されていたもんで、森に直結したようなタイプはあまり見た事が無かったけど……ここは本当に自然そのままの姿なんだな……。

 もっと近付いてみたくて歩を進めると、湖のほとりに誰かが立っているのが見えた。

 その姿は、明らかに人の形をしている。
 だけど、腰の付け根にはなにやらだらんと地に降ろされた影が有り、そして……頭には、牡牛の角のようなねじじれた角が生えていた。

 ……ってことは、あの人って……。

「おう、来たか。お前らがチェチェノが言っていた奴らだな?」

 そう言って俺達に近付いてきたのは――――

 爬虫類はちゅうるいのような緑色の目をした、絶世の美女だった。











※美女ですが実は美女ではありません
 
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