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帝都ノーヴェポーチカ、神の見捨てし理想郷編
貴方がすきなものは2
しおりを挟む世界協定支部の厨房は、広い。どのくらい広いかというと、何十人ものコックが並んで別々の料理が一度に作れるくらいに広い。
厨房自体も俺の世界ではよく見かけた銀ピカの厨房で、本当に異世界なんだろうかと思う程に近代的だ。まあでも、コンロは相変わらずかまどなんですけどね。
「うーん……でも、何かがおかしい気がする……主に俺が……」
コダマウサギの心臓の乾物を弱火でじりじり炒めながら、俺は大いに唸る。
自分でも何でこんなに素直に料理を作っているんだか解らないが、とにかく一つ言える事は、恐らく俺は今盛大にとち狂っていると言う事だ。
じゃなけりゃ、昼食当番でも夕食当番でもないのにメシなんて作る訳がない。
「君の料理が好き」と言われたからって、普通わざわざ厨房を借りてまで料理を作るもんだろうか。パルティア島ではクレハ蜜を使ってみたかったからやっただけだし、アレは良いんだけど……普通、煽てられたからって、すぐに食料買い込んで作ろうとは思わないよな。
いやそりゃ可愛い女の子に作って貰ったのなら、俺は満漢全席だって喜んで食べますけど、実際男同士でこういうのってどうなんだ?
まあブラックも面白がってぽいぽい食料買ってくれたし、楽しみにしててくれてるんだろうけど……これは男として当たり前なのだろうか。
ブラックに恋人らしい行為をしてやりたいとは思うけど、これどっちかって言うとおかんとかそう言うレベルなのでは。いや俺だって恋人らしい行為って何だって言われると答えられないけどもさ。
つーか俺、なんか流されてない?
そもそもどうして俺はブラックに恋人らしい事をしてやりたいと思……
「あらあら、ずいぶん沢山食べ物があるのねえ」
「ひぇっ!? し、シアンさん!? どうして厨房に!」
まさかの相手に思わずフライ返し(のような木べら)を落っことしてしまうと、俺の背後から登場したシアンさんは優雅にフライ返しを拾い、それをいつの間にか出現させていた水の玉に入れて掻き回した。
「おお……」
水の玉の中で、炭酸の泡のような物がフライ返しを包んでいる。
もしかして泡洗浄みたいなもんだろうか? さすがは水のグリモア……俺が知らない術を詠唱もなしに使うなんて、凄いとしか言いようがない。
だってこんな術、水の術の中にはないもんな。
「ごめんなさいね。はい、綺麗になったからお返しするわ」
「あっ、すみません。ありがとうございます」
水をぱっと消滅させてフライ返しを渡してくるシアンさんに、俺はお礼を言うと素直に受け取った。わー、本当に洗われてる……すげえ……。
ああいやそんな場合じゃない。フライパンから目を放したら行けなかった。
慌ててフライパンに向き直ると、俺は乾物の具合を見る。良かった……どうやら焦げてはいないみたいだ。
再び温めるように炒め出す俺の横で、シアンさんは興味深げにスルメイカのような色をした食材を眺めていた。
「これ、どういう食べ物なのかしら」
「えーと、コダマウサギってモンスターの心臓らしいです……乾物なんですけど、水でもどしてちょっと炒めてみようかなと思って」
「何を作るの?」
「クラブハウスサンド……って言う料理の再現っす」
「ああ、ツカサ君の世界の食べ物ね! まあまあ……ブラックったら本当に贅沢者よねえ。自分ばっかりツカサ君に美味しい物を作って貰ってるんだから」
「アハハ……まあ、食べたいって言ってくれるなら嬉しい事ではありますけど」
少し味見をして、乾物が狙い通りにチーズの風味が増した事に嬉しくなった俺は、あらかじめ作って置いた甘めの自家製マヨネーズと新鮮な野菜、そして薄く切った乾物と肉厚なベーコンを加えて白パンで挟んで試食してみる。
シアンさんも食べたそうだったので、チーズ(乾物)とベーコンを抜いて卵焼きを挟んだものを渡した。エルフは卵なら食べても良いらしい。
「あら、これが噂のくらぶはうす……えっと、しゃんど?」
「サンドっす」
訂正すると、シアンさんは「あらあら」と恥ずかしそうに顔を赤らめた。
おや、何気にレアじゃないかこの表情は……?
シアンさんのような美老女だと照れ顔も「和むなあ」じゃなくて「可愛いなあ」になるから本当に危ない。俺はまだそちらまでの扉は開きたくないぞ。
だって俺の婆ちゃんの顔が過るんだもん、ちょっとそれは遠慮したいよな。
冷静になれ冷静になれと自分に言い聞かせつつ試食してみると、これがまた俺の世界のクラブハウスサンドに凄く近くなっていて、思わず感動してしまった。
やっぱ乳製品っぽいものが入ると違うなぁ~。これでバターがあれば完璧なんだが、やっぱ俺もどこかでバロメッツを見つけて、ペコリア達の時みたいに交渉して召喚珠を貰うべきなんだろうか。そうしたらお乳を分けて貰えるよな。
でもどこに居るんだろうなあ……バロメッツ……。
モグモグ食べながら考えていると、シアンさんが俄かに驚きの声を上げた。
「お、美味しい……! こんなに美味しい料理を食べたのなんて、何百年ぶりかしら……これが神が知る異世界の料理なのね……!」
「そっか、神族は神様が色々異世界の事を教えてくれてたんですよね」
「ええ、でも……私達が知っている料理と言えば、野菜中心の物ですからね。油や卵を使って、こんな調味料が作れるなんて思わなかったわ」
「マヨネーズとかは……」
「知らないわねえ。私達の調味料と言えば……塩胡椒くらいだから」
神族でもその程度なのか。神族を想像した神様は異世界の事を知っていて、黒曜の使者が俺の世界……異世界から来るって事も教えていたのに、それでも食事に関しては目が行かなかったのか……。
俺と同じカタカナ単語使って来るから、てっきり神族も味噌や醤油とか持ってて美味い料理を食べているのかと思ってたんだがな。
「ああ、美味しかった……。ありがとうツカサ君」
「いえいえ、シアンさんにはお世話になってますし、食べたくなったらまた言って下さい。喜んですぐ作りますんで」
そう言うと、シアンさんはクスクスと笑って肩を竦めた。
「本当にブラックが羨ましいわねえ……あの子が延々惚気るのも当然ね」
「いや、その……それは、今まで厭世的だった反動なのでは……」
初対面の時のブラックは、今のようにはっちゃけた変態には見えなかったから、多分恋人と言う存在が出来て舞い上がっているだけかと。
冷静にそう分析した俺に、シアンさんは苦笑して首を振った。
「それは違うと思うわよ。……だって、あの子がこんなに他人の事ばっかり喋る所なんて、そうそうないもの。それに……あんなに生き生きとして、甘えたりだだをこねたりする所なんて、私は見たことも無かったわ。……ツカサ君、あなた本当にブラックに愛されてるのね」
「っ……!」
そ、そんなっ……いやでも、シアンさんはブラックの母親的存在だ。
長い付き合いだからスレてた頃のブラックも見てきたんだろうし、だったら疑いようもない。だけど、そんな、愛されてるって言われると……。
「ふふふ……ほら、嫌がるんじゃなくて、そんな風に顔を赤らめる所がブラックにとっては嬉しい事なのよ。ツカサ君のそんな姿が……あの子は好きなのだから」
今の、俺が?
恋人らしい事もしてやれなくて、今だって何で料理してるんだろうとか思ったり、恥ずかしいとついブラックを突き離すような事を言っちゃうのに……
それでも、ブラックは本当に嬉しいんだろうか。
シアンさんには、本当にそう見えるのかな。
そう思うと何だか不安になって、俺はシアンさんに問いかけた。
「……俺……アイツの好きに応えてやれた事が無いのに……それでも……?」
一度だって、俺は「お前が好きだ」と返してやれた事がないのに。
気持ちが声に出たのか、不安定な口調になる。だけど、シアンさんは穏やかな顔で微笑んだまま、俺の手を優しく両手で包んでさすってくれた。
「貴方には貴方のペースがある。……それに、元々ツカサ君は女性が好きなのでしょう? だったら、男の子として納得できない事や受け入れ難い事も有って当然だわ。だけど、ツカサ君はその事に悩んで、ブラックを深く思い心配してくれている。……それが答えだと、私は思う。だから、焦らなくていいのよ」
「シアンさん……」
「……あの子は、その事実が嬉しくて仕方ないの。そのせいで、ツカサ君を過剰に束縛もしてしまうけど……許してあげてね。あの子もあの子なりに、貴方の思いを理解して、尊重しようと努力しているから……」
そう、なのかな。
本当に、急がなくていいのかな……。
アイツ、俺が他人と一緒に居るとイライラして、不満ばっかり言ってくるのに。いつもブラックばっかり俺に好きだ好きだって言ってて、俺はその言葉に返してやれた事なんてないのに。なのに、良いんだろうか。
申し訳ないからって、また嫌われたくないからって、自分に言い聞かせるように頑張らなくても良かったんだろうか。
「…………俺……ブラックに嫌われたりしませんかね」
弱気な声で呟くと、シアンさんは一瞬瞠目すると――大いに苦笑した。
「大丈夫よ。むしろ、ブラックの方が嫌われないかってビクビクしてるんだから」
「ほ、ほんとですか?」
「ええ。だから自信を持って。……きっとブラックも、自然に『好き』って言って貰えるのを待っていると思うから」
俺の心の迷いを見透かしたように、シアンさんは微笑む。
今まで、自分のやっている事にモヤモヤしてたけど……シアンさんのその言葉のお蔭で、俺はようやく自分の行動がすとんと腑に落ちて、気持ちがだいぶん楽になったような気がした。
そうか、俺は気を張り過ぎてたんだな。
だから必要以上に自分に「恋人だから」とか「約束だから」とか言い聞かせて、結果的に相手の思いに欺瞞で返しているんじゃないかと無意識に悩んでいたんだ。
馬鹿だよな、俺も。焦ったって、すぐに自分が変われるわけじゃないのに。
自分自身を建前で押し殺して良い顔をしようとしても、ブラックが本当に喜んでくれる訳じゃないのにさ。
だって、アイツが望んでるのは……媚び諂いなんかじゃないんだ。
いつもみたいに、俺がブラックと一緒に居る事……
それを、アイツは望んでいるんだから。
ブラックの機嫌が悪くなっても、好きだと言って貰える事に申し訳なく思っても、無理に前に進もうとしなくて良いんだ。焦って恋人らしくしたって、そんなの自分にもブラックにも嘘をついてしまう事になるだけだもんな。
俺は、今の俺のままで歩み寄ればいいんだ。
相手の機嫌が悪いからってご機嫌取りをしなくてもいいし、諫めたっていい。
俺がアイツの事を恋人だと思っているのは、嘘じゃない。
好きだってことも……事実だ。
だったら、後は簡単じゃないか。恋人らしい行為なんて、考えてみれば曖昧な物ばかりなんだし、一々悩まなくたって二人にとっての「恋人っぽい行為」なんて、じきに見えて来るだろう。
二人で一緒に居る事が、日常になったりデートになったりする。お互いが想っていれば、ただの握手すら特別な物になる事も有るだろう。だから、型にはまった事をする必要なんてないんだ、きっと。
「……シアンさん、ありがとうございます」
はっきりそう言うと、シアンさんはとても嬉しそうに微笑んでくれた。
その笑顔は、やっぱり俺の婆ちゃんを思い起こさせるような笑顔だ。
「さ、美味しく出来たのなら持って行ってあげなさい」
「はい!」
クラブハウスサンドをたっぷりと作って、俺はシアンさんを残し厨房を出る。
何だか妙にすっきりしたような感じだ。今なら長い廊下も駆け抜けられちゃうぞ。いや、料理を持ったままだとコケるのが怖いからやらないが。
慎重に階段を上がってブラックの居る部屋に辿り着くと、俺は息を整えてノックをした。ややあって、ブラックが嬉しそうに扉を開ける。
「わあっ、ツカサ君もう作って来てくれたのかい?! 嬉しいなぁ……!」
背景に花を咲かせて、ブラックは実に嬉しそうな顔で皿を取る。
昨日の不機嫌さなんて欠片も無いブラックにちょっと笑いながら、俺はきちんとドアを閉めてテーブルへと向かう。
そこではもうブラックがサンドを食べ始めていて、実にいい笑顔で次々に料理を頬張っていた。ああもう子供みたいに。
「んんんー! 美味しいねえこれ! あっ、コダマウサギのおつまみ使ったんだね、これ凄いよ! 濃い味になった感じで凄く美味しいよツカサ君!」
「ああもうパンくず付いてるってば! マヨネーズも!」
布で無精髭にべったりついた食べ残しを拭ってやると、ブラックはまたもや嬉しそうに顔を緩めてエヘヘと笑う。
アホみたいにだらしない顔だなあとは思うけど、そんな相手の顔に口の端が少し引き上がっている自分が居て。
さっきの事も有ってか、なんだか変に気持ちが温かくなっていた。
「ツカサ君?」
「ん、いや、何でもない。って全部食べちまったのかよ」
「だってこのクラブハウスサンドは僕のための料理だもの。残したらどうせ熊公の所に行くんだろう? そんなの絶対に阻止だよ阻止!」
「アンタほんと心狭いよなあ……」
「今更な事言ってどうするのさツカサ君」
まあそりゃそうだけども。アンタ思いやりバリア三センチ人間だもんな。
本当、どうしてこんな人好きになっちゃったんだかなあ俺も。
「それよりさツカサ君、一緒にお茶を飲もうよ。ホラこれ見て、僕も頑張って麦茶を淹れてみたんだよ!」
言いながら、銀のポットをテーブルに置くブラック。
保温性の高いポットからは湯気が出ているが、もしかして俺が来る前に作ってくれていたのだろうか。なんか……初めてのパターンだ。びっくりした。
目を丸くする俺に構わず、ブラックは二人分のカップにそれぞれ麦茶を注ぐと、二つとも自分の前に出してブラックはこちらに微笑む。
「な、なに?」
「さあツカサ君座って」
ぱんぱんと叩いて俺を呼ぶのは、自分の膝の上だ。
断られるなんて思ってもいないだろう満面の笑みを浮かべて、ブラックは「さあ早く」と言わんばかりにずっと膝を叩いている。
二人っきりの時はいちゃいちゃして良いと言う約束を、ここぞとばかりに使おうと思っているらしい。
本当このオッサン、俺を膝の上に座らせるの好きだよな……。
そう思って、俺はシアンさんが言っていた事を思い出した。
――ブラックはブラックなりに、頑張って待ってくれているのよ。
「…………」
そう言えば、外ではこんな事して来なかったよな。手を繋いだり肩を寄せるだけで、ブラックは我慢してくれていた。
俺が恥ずかしがると解っていたから、遠慮していたのだろう。
そう、俺の事を思って。
……やっぱり、無理に頑張ろうとしなくたって良かったんだな。
「ツカサ君?」
まだ面と向かって好きとか愛してるだなんて言えないけど。
でも、好きだから、いつかは。
いつかはちゃんと、アンタに言えるように焦らずに頑張るから。
……だから、今は。
「……ったく、しょうがないなあもう」
可愛くない、仕方ないなと言うような口調でブラックの膝の上に座ると、相手は心底嬉しそうな笑い声を漏らして――俺をぎゅっと抱きしめた。
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