異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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帝都ノーヴェポーチカ、神の見捨てし理想郷編

23.限界と分断

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 翌日、やけに機嫌がいいブラックとクロウを引き連れて再び植物園を訪れた俺は、アドニスさんと落ち合うとピクシーマシルムを連れて早速研究室に向かった。

 今回は俺の回復薬についての研究だ。良く考えたら、世界最高峰の薬師様が俺に協力してくれるなんて恐ろしい事態だったが、ここまで来たらありがたいお言葉に甘えるよりほかは無い。

 ゲルトことアドニスさん(彼いわく、名前はアドニスでゲルトは一族の名みたいな物らしい)は、俺の薬で「効果減退」の研究が出来るって喜んでくれたけど、今更ながら物凄い展開だよな……だってこれ、偉い学者さんにボランティアして貰ってるって事だし……俺も真面目に取り組まなきゃな。

 そんなこんなで二人での研究が始まったのだが……。

「あの……アドニスさん……この材料の山はなんスか」

 頬を引きらせながら俺が指さすのは、こんもりと積み上がった草の山だ。
 薬草がたばねてあったり瓶に入っていたりとその姿は様々だが、とにかく一緒くたに机の上にどーんと置かれているのである。
 何事だと思ってアドニスさんを振り返ると、彼は得意げな表情をしながら言う。

「ふふ、まずは試行錯誤あるのみと思い、様々な素材を集めてみたのです! さあツカサさん、まずは回復薬をどんどん作って下さい!」

 そのための材料もありますよ、とでっかいかごいっぱいの回復薬の材料を渡されて思わずよろけてしまう。必死で建て直して机に置いたが、アドニスさんは俺の姿に構わずどんどん喋りながらアレコレと机に器具を並べ始めた。

「いやぁ未知なる領域へ踏み出す瞬間は何度体験しても興奮しますよねえ! 加算では無く減算という進化とは真逆の行為を行うなんて、今までの研究では全く手を付けていなかった領域だ! あぁああ興奮しますねえ、さあツカサさん早く作って下さい薬を! さあさあさあ!」
「ひぃいいわ、分かりましたぁああ」

 怖いよこの人薄々気付いてはいたけどマッドサイエンティストだよ!!
 ピクシーマシルムも俺の後ろに隠れてカサを膨張させて震えてるし、何なんですかこの人の興奮具合は。もしかしてこの人も自分の得意な分野になると早口になるオタク気質な人なんですか。勘弁して下さいと思ったがおびえていても話が進まないので、ちゃっちゃと作る事にする。

 最早片手間で作れるレベルにまで手順を覚えてしまった回復薬だが、隣で俺の手腕しゅわんを観察するマッド……いや、世界最高峰の薬師がいるんだ、ここは気を緩めずちゃんと作らないとな。
 そう思っていつも通りに材料を選り分けて、次々に薬を作っていく。
 アドニスさんは、綺麗な青色の薬瓶が並んでいくのをじっとみて、先ほどまでの興奮はどこへやらと言った様子で冷静に俺の調合を見て呟いた。

「ほう……これは流石ですね……」
「そ、そうですか?」
「ええ。きちんと薬効の強い部分を使っているし、下拵したごしらえもかなりの腕です。混ぜ方もこれ以上ない程に丁寧で、これで失敗する方がおかしいってほどですね。君は本当に素晴らしい薬師だ」

 感心するように言うアドニスさんに、俺は不覚にも嬉しくなってしまった。
 だ、だって相手は凄い人なんだぜ。そんな人に感心されるなんて、滅多にない事だし……何より、自分で考えてやっていた事が正しいと証明されたのだ。
 別に、人に認められる事なんて考えも居なかったけど……それでも、こうして称賛しょうさんされると誰だって嬉しくなるもんだよな。
 はー、美味しくなーれ、萌え萌えきゅんの精神で作り続けてよかったー。

 よーし段々調子出て来たぞ、こうなったら材料が無くなるくらいに作ってやる。
 そう思って腕まくりをしていると……帽子とバッグを置いた椅子から、なにやらゴソゴソと音が聞こえた。

「ん?」

 なんだろうと思って振り返ると、ピクシーマシルムが椅子の上のバッグを見上げて不思議そうに飛び跳ねている。
 もしかして……ロクが起きたのかな?
 アドニスさんに断りを入れてバッグを開けてみると、その通りロクが目をしょぼしょぼさせながら、寝惚ねぼけてコケシみたいなお守りに噛みついていた。

「ロクー! 起きたんだなー!」
「ムムー!」
「ウキュ……キュー?」

 手を出してやると、ロクは寝惚けまなこでもしゅるしゅると巻き付いて肩まで登ってくる。やだーもー本当何してても可愛いんだからロクショウ君は!
 起き抜けなので殊更ことさら優しく頭を撫でて、覚醒をうながしてやる。すると、ロクは口をあんぐりと開けて「クァー」とあくびをすると俺の頬にすり寄って来た。
 ああっ、久しぶりだなあこのひんやりした感触!

「あの、ツカサさんそのへびは……」
「あ……そう言えば言ってなかったですよね……すみません連れて来て……。こいつはロクショウって言って、俺の相棒なんです」
「キュ!」

 その通り、とキリッという顔をしてアドニスさんに姿勢を正して見せるロクに、相手は目を瞬かせながらしげしげと見やる。

「この子……この子がもしかして、ロサードが言っていた……。あっ! じゃあ、珍しいヘビを手懐てなずけた少年と言うのも君だったんですね?!」
「って……もしかして、蛇の事を研究してるってアドニスさんだったんですか!」

 言われて思い出したけど、そういやロサードってばそんな事言ってたな!
 でもどうしてアドニスさんがモンスターである蛇を研究してたんだろう。

「あの、どうして蛇の事を……」
「いやあ実は、蔓屋つるやに新しい発想の玩具を作れないかと言われてましてね……で、ヘビだかウミヘビだかが穴に入りたがると言う話を聞いたので、詳しい生態が知りたいと思っていたのですが」
「あっ、良いですもう良いです本当すみませんでした」

 まともな研究のためかと思ったら全力でシモ関係の研究じゃねーか!
 聞くんじゃなかったと心底後悔したが、まあ相手も仕事だから仕方ない。聞かなかった事にしようと思ったのだが……アドニスさんがロクにずいっと顔を近付けて観察し始めたので、それもおじゃんになってしまった。

「しかし……これがダハ……なるほど、ヘビと言われるモンスターの最も簡素であり基礎である造形ですね。鱗は滑らかで他の種族のように逆立つ事も無く、となると……うーむ実に興味深い……」
「キュ……ゥギュゥ……」
「あの、あの、アドニスさんロクが怖がってるのでその辺で……」
「おっと申し訳ない……しかし……ダハとは不思議な蛇ですねえ」

 俺の首に巻き付いておびえるロクを見つめつつ、アドニスさんは首を傾げる。まあそりゃ、ヘビ系のモンスター……確か、サーペント種とか言う奴……の中でも臆病だって言われてたもんな、ダハってのは。
 でも、今怯えてるのは爛々らんらんとした目で見つめられているせいですがね。

「よしよしロク、怖くないよ。ご飯を食べたらピクシーマシルムと遊んでおいで」
「キュッ!? キュー!」

 ピクシーマシルムという名前を聞いた途端、ロクは嬉しそうに顔を上げて、俺の下に居るマシルムに尻尾を振りまくる。
 久しぶりにお友達に会えてとても嬉しかったらしい。うむうむ可愛いなあ。

 俺はアドニスさんに頼んで食事を用意して貰うと、ロクとピクシーマシルムに「部屋の中の物を動かしちゃ駄目だぞ」と言い聞かせてから、再び薬を作る作業に戻った。久しぶりに起きたロクを思う存分可愛がりたかったが、しかし俺には作業があるし、ロクもピクシーマシルムと遊びたかったみたいなので、泣く泣く諦める事にする。うう……子供が巣立つ時ってこんな感じなんだろうか……。

 しかし悲しんでばかりでもいられない。
 寂しさをバネにして、更に速度を上げ机上を埋め尽くすほどの回復薬を作り上げると、アドニスさんは凄いと言わんばかりに拍手をしてくれた。

「いやぁ素晴らしいです……! これほどの量を、この短時間で作り上げてしまうなんて……さすがに私もここまでの速さでは作れませんよ」
「え……そ、そうなんですか……?」
「ええ、まさに神業というヤツですね」

 う、うおぉ……調子に乗りすぎた……。
 ただでさえアドニスさんには「何者なんですか」とか言われてるってのに、これ以上勘繰られるような事をしたらいつか墓穴を掘ってしまう。
 つーかこれは仕方ないよね?
 俺他人のペースなんて知らないから、どうしようも無かったんだって!
 これは不可抗力ですよ……なんて言ってられないか……。
 し、仕方ない。これからだ。次回から頑張ろう。
 これからはもうちょっとつつましくやらないとな……。

「ツカサさん?」
「あ、いや、えっと張り切って作りすぎちゃいましたかね!?」
「いえいえ、沢山あればそれだけ多くのことを試せますからね。さあ、張り切って実験を始めましょう」

 そう言いながら俺に笑いかけてくれるアドニスさんに、安堵しつつ俺も頷く。
 変だとは思っているだろうけど、今のところ俺が黒曜の使者である事は見抜かれていないようだ。まあ、この曜気に満ち溢れた場所でなら俺がバカスカ曜気を使っても変だとは思われないし、アドニスさんも疑ったりはしないだろう。
 よし、気を取り直して実験だ。

「まずはこの草をり潰して混ぜてみましょうか」
「は、はい」

 アドニスさんは、どっさり持って来た素材の山から、何だか危険そうな色の草の束を取り出してすり鉢の中に入れる。そうして丁寧に磨り潰しながら、もう次の行程こうていを考えているかのようにすぐに他の薬草を選び始めた。

 俺はそんなアドニスさんを見ている事しか出来なかったが、それでもこの時間は俺にとってはかなり有意義なものになった。

 アドニスさんは、薬草の事を説明しながら調合の事を色々と語ってくれる。
 しかも、語ってくれるだけではない。
 薬草によって薬効が出やすい量や、特殊な使い方をしなければいけない物があると言う事を、現物を見せながら解り易く教えてくれるのだ。

 それはまるで学校での授業のようで、俺はノートがない事をこれほど悔やんだ事は無かった。ああ、勉強なんて面倒臭いと思っていたアホの俺が、こんな風に思う日が来るなんて……!

 本当、こんなの友達が見たらめちゃくちゃ笑うだろうなあ。
 でもこの世界で初めて興味を持った事だったし、ちゃんと出来る事なら勉強しておきたいとか思っちゃうんだよな。
 だって、調合の事は勉強すればそれだけブラックやクロウや、他の人達の役にも立つし……何より、俺もちゃんとした知識で薬を作れるから自信がつくもんな。
 やっぱ実践に使える技術ってのは大事だよな、うん。

 そんな事を思いながら、色々な薬草を試して薬効が薄まるかどうかを試してみたのだが……山のように積まれていた素材が半分減っても、残念ながら思ったような効果が出せていなかった。

「これは……困りましたねえ……わりと強い薬効の素材ばかりを使ったのですが、薄めても加えてもその薬効を消し去るとは……」

 そう、何故だか良く解らないが、俺の回復薬はどんな薬草を入れても全く効果が変わらなかったのだ。
 薄めても混ぜても捏ねても、まったく変化がない。
 さすがにこれはおかしいと思ったのか、アドニスさんも首を傾げている。

「あ、あの……普通の事なんですかね……?」
「いえ……いくら曜気を加えた薬といえども、他の強い効果を持つ素材を加えれば変化は起こるはず……なのにこの状態とは…………ツカサさん、貴方の作った薬は本当に規格外ですねえ」
「そ……そんな……」

 俺はただ普通に作ってるだけなんですが……。
 困ってしまってすがるようにアドニスさんを見上げると、相手は数秒の間小難しげな表情を浮かべたが……やがてにっこりと微笑み、ふうと息を吐いた。

「……ちょっと一息つきましょうか。緑茶を淹れましょうね」
「あ、す、すみません……」

 話題を変えるかのように、アドニスさんはフラスコのような器に茶葉を入れて、お茶を沸かし始める。まるで俺の困惑を鎮めようとしてくれているかのようで思わず礼を言うと、相手はこちらに背中を向けたままで肩を揺らす。多分、笑っているのだろう。だが、言葉は無かった。

「……」

 しばし無言になり、ロクとマシルムの楽しそうな声に耳を傾けていると、不意にアドニスさんが呟くように言葉を発した。

「しかし……ツカサさんは本当に凄い人ですね。私は今まで自分が世界最高の薬師だと自負してきましたが……そんな私の技量を易々と越える人間が出てくるなんて、思いもしませんでしたよ」

 そ、そんな事ないです……と言おうとしたが、声が出てこない。
 背中越しに湯気が立ち上るのが見えて、お茶が注がれる音がしたが、俺は何故か緊張してしまっていた。アドニスさんはいたって普通の口調なのに、どうしても体が強張ってしまうのだ。

「人の世と言うのは面白いものですね。人族は時に軽々と自分より上の物を越えて行く。自分が途方もない巨大な力を持っていたとしても、不意に小さな力に捻り潰されてしまう事だってある……そんな世界があるなんて、私は思いもしていませんでしたよ。だから、面白い」

 そう言いながら、アドニスさんはコップを二つ持ってくる。
 ビクつく俺にその一つを差し出して、彼は穏やかな笑顔で微笑んだ。
 まるで、心配はいらないとでも言うように。

「ツカサさん、貴方はその最たる存在かもしれない。私は……これほどまでに私を楽しませてくれる人を、初めて見つけた気がします。薬一つで、植物一つで、これほど新しい発見が出来るなんて思いもしなかった」
「そ、そう……ですか」

 なんだか寒気を覚えて、俺は受け取ったカップに口を付ける。
 そうして、暖かい緑茶を飲んで――――味がおかしい事に、気付いた。

「…………あれ……」

 なんだ、これ。普通の緑茶の味じゃない。
 気付いたけれど、もう遅かった。

「だから…………もっと、見せて下さい。貴方の面白い部分を……ね」

 視界が、揺らぐ。
 目の前のアドニスさんの輪郭がぐにゃりと歪んで曖昧になっていく。

 まるで気味の悪い悪夢を見ているような感じで物凄く気分が悪くなったが――
 吐き気を訴える間もなく、俺の意識は途切れた。











※次は短めの別視点&新しい章同時更新
 
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