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帝都ノーヴェポーチカ、神の見捨てし理想郷編
17.隠さなければならない事
しおりを挟む呼びかけられた時に感じた、口調の微妙な違和感。
「さん」と言ったのにイントネーションのせいで「はん」と聞こえる方言っぽいその言葉遣い。そんな独特な喋り方をする知り合いなんて、一人しかいない。
しかし何故彼女がここに居るのか解らず、俺はぽかんと口を開けて、相手を凝視する事しか出来なかった。
だって……まさか、こんな所で獣人のベルカさんに出会うなんて思っていなかったんだから。
「あっ……やっぱりツカサは……いやいや、つ、ツカサさん」
「標準語に直そうとしてるんですねベルカさん」
そう言うと、ベルカさんは顔を赤くして帽子を目深に被ってしまう。原始猿みたいなふさふさの耳は帽子で隠れていて、可愛いコートで尻尾も見えなくなっているせいか、そうしていると本当に普通の美少女にしか見えない。
獣耳が見えないのは凄く残念だが、これはこれで萌える……。
方言女子も好きだけど、一生懸命標準語に直そうとして失敗しちゃう女子も良いよなぁ。ああどうしてこうキュンキュン来ちゃうのか。
「そ、それよりツカサはん、あの、どうしてここに……。もしかしてアレですか? 息抜きというかその、ヌキというか」
「えーっと……なんかすみません」
女子にそう言う事言われたくなかったな……とは思いつつも、こんな場所で隠すのも変にしゃちほこばってるみたいだったので、恥を忍んで頷く。
するとベルカさんは明るく笑ってポンポンと俺の肩を叩いた。
あーっ、女の人の手柔らかい軽い優しい!! オッサンの叩き方と全然違う!
「あははっ、解ってますって。こんな所やし、男の子はそんくらい元気な方が健康的で頼もしいですわ」
「そう言って頂けると……でも、ベルカさんはどうしてここに? ティルタさん達と一緒じゃないんですか?」
「あっ、えーと……それは……ちょっと企業秘密っていいますかぁ~……えと、ティルタ達は今も店で働いてますよ!」
ベルカさんの焦りようはちょっと気になったが、まあ乙女には秘密が多いと言うらしいし、聞かぬが花だろう。と言うか突っ込んで話を聞いて嫌われたくない。
でも……せっかく会えたんだし、クロウにも紹介したいなあ。
同じ種族と話でも出来れば、最近情緒不安定なクロウも少しは元気になってくれるかもしれないし。
「ベルカさん、あの……今お忙しいですか?」
「えっ? えーと、まあそこまでは~……」
「じゃあ、もし良かったら俺達のパーティーに居る獣人に会って貰えませんか? 彼、今ちょっと情緒不安定になってて……」
「へぇ~、そんな人がいてはるんですか。そんなら、勇気づけてやらんとな! で、その人はどんな獣人なんです?」
「熊の獣人で、クロウクルワッハって言うんですけど……」
と、俺がクロウの事を話した瞬間。
ベルカさんは、帽子で隠している耳と髪の毛をぶわっと逆立てた。
え……あれ? お、驚いてる?
どうして驚いているのかを訊こうとすると、俺が言いたいことが分かったのか、ベルカさんは青ざめて必死に否定の形で手を振りまくる。
「ああああももも申し訳ないんやけど、あのっ、そ、それだけは勘忍してっ」
「クロウの事知ってるんですか?」
「その、それもちょっと人族の人には言われへんのやけど、でもその、本当アタシにはクロウクルワッハ様に謁見するんは荷が重すぎるっ!」
「……?」
そういやクロウのお仲間だったスクリープさん達も、クロウの事を様付けで呼んでいたな。でも、それってどういう事なんだろう……二本角の熊って、もしかして凄く位が高い一族なんだろうか。
確かにクロウは鬼神かと思う程に強いし、力こそが全ての獣人思考で考えれば、クロウを神様レベルの扱いで接していてもおかしくは無い。
だとしたらベルカさんの慌てようも納得できるけど。
「ベルカさん達にとって、クロウって会っちゃいけない相手なんですか?」
「う……そう言う話ではないんやけど……でも、その……今クロウクルワッハ様にアタシらの事がバレるんはマズいんよ……。だから、その……」
うーむ、そこも已むに已まれぬ事情ってのが有るのかな。
突っ込んで聞いてみたいけど、でも女性を困らせたくはないなあ。特に、ベルカさんはせっかく仲良くなった獣人さんの一人だし……でも正直に言えば、どうしてクロウに会えないのかは気になる。核心に触れなければ話してくれるかな。
とりあえず、当たり障りのない部分から訊いてみるか。
「えーっと……クロウの事が嫌いとかではないんですよね?」
「そ、そんな! それだけは絶対にありえませんて!」
なんだ良かった。クロウの事が嫌いじゃないのなら、会ってくれる可能性も有るよな。もし今後会えるのなら約束を取り付けておきたいと思い、俺はベルカさんに少し食い下がってみた。
「じゃあ……いつか会える日とかってありますか?」
「う、うーん……言うてもアタシ、今は色んな所飛び回ってるんで難しいかも……それに、会ったら会ったで怒られそうだし……」
「怒られそう?」
「あっ、い、いやその…………とにかく、約束は出来んと思う……ごめんなさい」
「そうですか……いやでも、会えてよかったです。元気そうで良かった」
よく解らないけど、ベルカさんがラッタディアから出て各地を飛び回ってるって事は、世界協定とかの取り決めがちょっと緩くなったって事だよな。
だったらティルタさん達も今頃は人族の国を旅行して楽しんでるかもしれない。
それは彼女達が「信用に足る人」だって認められたって事なんだから、喜んでも良いだろう。まあ、優しいベルカさん達が悪事なんて働くはずが無いから、当然と言えば当然だけどな!
そんな喜びを素直にベルカさんに言うと、彼女は嬉しそうな顔をしたが……すぐに申し訳なさそうに顔を歪ませて俯いてしまった。
「ベルカさん?」
なんだろう。俺なんか変な事言っちゃったのか?
心配になってベルカさんの顔を覗こうとすると、彼女は顔を上げて俺を見た。
「あの、ツカサはん……今から言う事、誰にも話さんといて貰えますか」
その顔にはどこか決心したかのような表情が浮かんでいる。
何か、伝えたい事が在るのだろう。
俺はベルカさんの意思を尊重してただ頷いた。
「……アタシ、本当は今世界協定の人に協力して、調べものしてるんです。まあ、持ちつ持たれつって奴で、使われてるって事じゃないんやけど……だから、今日もここに潜入して色々話聞いてたんです」
「なるほど、そう言う事だったんですね。……ベルカさんがこんな所に居るなんて変だとは思ったけど……」
「あははは……まあ、アタシもこういうの結構スキやし、来んこともないけどね。でも、今回はちょっとアタシらの本来の目的も絡んでたから、クロウクルワッハ様……いや、同族にバレる訳にはいかんかったんよ。知られたら、多分……凄く怒られるだろうし、殺されても文句は言えへんから」
「そ、そんなに……」
どこが駄目なんだろう。人族に協力してるって所か? それとも隠密行動?
何にしろ、クロウなら普通に鉄拳制裁しそうではあるよな……獣人って男も女も関係なく戦う種族だもん。俺達は「女を殴るなんて!」って思っちゃうけど、俺達の普通は彼らの普通とは違うから仕方ない。
しかし俺としては女性が殴られるのはあまり見たくないので、クロウには絶対に喋らないでおこうと決心した。プレイとかで軽く平手打ちするだけならいいけど、やっぱ女性の顔や体に暴行の傷があるなんてヤだし。
戦いの勲章である傷とかなら逆に萌えるけどね!
「今は言えないけど、でも、きっとアタシらもいつかちゃんとした形でツカサはん達に会う日が来ると思うから……その時まで、アタシに会ったことは内緒にしておいてくれると助かります」
「分かりました。絶対言わないから安心して下さい!」
世界協定が絡んでるんなら、シアンさんも彼女達が隠密行動をしているのは知ってるんだよな。でも、それを教えてくれないって事は……俺達にはまだ知る権利がないって事なのだろう。シアンさんは色々と納得のいかない所もある人だけど、俺達の事をちゃんと考えてくれている。ベルカさん達の事を話さないのは、何か深い理由があるからに違いない。
だから、今は何も聞かない事にしよう。
俺が深く頷くと、ベルカさんは安心したように顔を綻ばせた。
ううう、その微笑み百万ドルです……。
「あぁよかったぁ……ほんまツカサはんは天使みたいなお人やわ……! じゃあ、アタシまだやる事があるし、もう演目も終わるころだと思うからこの辺で……」
「あ、はい。会えてよかったです。ベルカさんも頑張ってくださいね」
「ありがとう~!」
すっかり元気を取り戻して笑顔で俺と握手をすると、ベルカさんはロビーの奥へと駆けて行――――こうとして、何かを思い出したのか、慌てて俺の方へと戻ってきた。な、なんだろう。
目を丸くしてベルカさんをみると、相手はハァハァと息を切らせながら、俺を見上げてぴっと人差し指を立てた。
「そーや忘れとった!! つ、ツカサはん、あんた確か黒髪やな?」
こそこそと話す相手に肯定すると、ベルカさんは先程の笑顔とは打って変わって真剣な表情になり、俺の服を掴んで顔を引き寄せた。
そうして、耳打ちをしてくる。
「ツカサはん、あんた絶対黒髪みせたらいかんよ。この国、今彩宮が大変な事になってんねん……特に、リュビー財団には気を付けなアカン」
リュビー財団って……あの、悪い奴に利用されていた団体か。
シムラーが入りたがっていただけあって、巨大な力を持つ存在なんだろうなとは思っていたけど……そうか、リュビー財団の本拠地ってオーデルだったよな。
けど、どうして気を付けなければいけないんだろう。
「リュビー財団って……この国に本拠地がある巨大組織ですか」
「せや。彩宮……皇帝陛下が懇意にしてる集団やねん。ツカサはん達も知ってると思うけど、あすこはまだキナ臭いから関わらんほうがええ。今の財団は警吏の真似して皇帝陛下直属の隠密みたいな真似してんねん。だから、ツカサはんが黒髪ってばれたら一発でオナワや。彩宮に連れて行かれたら何されるか解らん……殺されるか、山に連れて行かれるか……とにかく危ないんや。だから、本当に気を付けて」
「あ、ありがとうございます……」
耳から顔を離して俺を見るベルカさんは、本当に心配そうだ。
俺が頼りないからなのかな。いや、きっと、顔を歪めてしまうほどに相手の力が強すぎるのだろう。だから、ここまで俺を心配してくれるのだ。
その気持ちを無駄にしてはいけないと思い、俺は再度しっかりと頷いた。
「大丈夫です。俺にはブラックもいるし、クロウもいるんで」
「あ……せやね……あの二人が居たら、皇帝陛下もかなわんわな」
「はは、ほんとにそうだったら凄いんですけど」
「本当に凄いよ? アタシね、正直に言うと、ツカサはんがあの二人と今も一緒に居るのが信じられへんくらいやもん! ……でも、せやね。ツカサはんが一番凄いんやから、心配いらんかったわ」
そ、そんなに凄い事なのか?
まあ、あの二人を一度に相手するのは確かに死にそうになるけど……今日も闘技場で社会的に死にかけたし……。
「……ツカサはん、くれぐれも気を付けてな」
気持ちを切り替えるように、ベルカさんが笑顔でもう一度別れの言葉を言う。
俺も、その言葉に応えて笑顔で頷いた。
「はい。ベルカさん達とまた会えるのを楽しみに待ってます」
さよなら、とは言わない。
こういう別れの仕方はこの世界では珍しくない。また会えると解っているから、あえてさよならと伝えないのだ。
俺は、そういう挨拶が内心気に入っていた。
だって、好きな人とまた会えるって解ってるのって、凄く嬉しいもんな。
笑顔で手を振って駆けて行くベルカさんを今度こそ見送りながら、俺は一度ぐっと伸びをして気持ちを切り替えた。
「……よしっ。とにかく……リュビー財団には近づかないようにしろって事だな。別に用事もないから心配ないとは思うけど……後で案内板とかで位置を確認して……ついでに、ボーレニカさんからも話を聞いておくか」
この街の人なんだし、リュビー財団の事を何か知っているかも知れない。
そう考えていると、開演の時と同じブザーが鳴り響いた。ややあって俺達が入場した三番劇場のドアが開かれ、ぞろぞろと満足げな表情をした観客達が出てくる。どうやらストリップショーが終わったらしい。
「ツカサくーん! もー、どこいってたのさ!」
「長い便所で心配したぞ」
人ごみをかき分けて俺に駆け寄ってくるブラックとクロウに、俺は何だかおかしくなって笑いながら二人を見上げる。
「ごめんごめん、なんか開演中だし入り辛くってさ」
「誰かにナンパされなかった? 大丈夫?」
「バカ、ここに来てる奴は女目当てなんだから、ナンパされる訳ないだろ」
「あ……そうか」
こんにゃろ、酔って頭があんまり回ってないな。
クロウも眠そうな顔がいつにも増して眠そうだし、どうも今回は酔いが酷いらしい。ベルカさんの残り香を嗅ぎつけられないかと少し心配だったが、その心配は無用だったようだ。それは良かったんだけど……。
「それにしてもアンタら、全然興奮してないな」
女の人の裸だぞ。アンタらも興奮して鼻の下伸ばしてもいいんじゃないの。
そう言うと、ブラックとクロウはキョトンとして顔を見合わせる。
何事かと思ったら、二人は同時に俺に顔を向けて眉を顰めた。
「なんで好きでもない女の裸踊りを見て興奮しなくちゃいけないんだい?」
「オレが孕ませたいのはツカサだけだ。他の奴の求愛行動には興奮しない」
「…………」
あれ、男って普通女の人の裸見ると興奮しません?
俺がおかしいの?
二人とも「当たり前だろ」みたいな顔で言うから、なんか不安になって来た。
俺普通だよね、普通の反応だよねえ?!
今更ながら二人の価値観に混乱する俺を救うかのように、ボーレニカさんが人をかき分けてやっと俺達の元へと来てくれた。
「おう、三人ともここに居たのか。しかし坊主、残念だったなあ……あの後はもっとすげえ芸を披露してたのに」
「えぇえ……う、うう……いいです、また来れたら来るんで……」
ぐううううベルカさんに会えたことは嬉しいけど、サービスタイムを逃したのは滅茶苦茶悔しい……ッ!!
こうなったら、一人で抜け出して来るべきか……。
真剣に考えていると、両脇が何者かに拘束されたような気がした。
んん。なんかガシッてなりましたね。ガシッて。
どうしたのかなあと、左右を確認してみると。
「つかさくーん……? 僕という恋人がありながら、またこんな場所に来て自慰でもしようって言うのかい……?」
「ツカサ、群れの雄を無視して他の人間になびくのは、許されない行為だぞ」
あ、あれー……お二人さん顔がなんか怖いんですけど……。
さっきの浮かれたような酔いどれ顔はどうしたのかなあー……。
周囲の温度が一気に下がったような気がしたが、しかし、またもや捕えられた宇宙人のように拘束されている俺には抗う術もない。
ただ、そんな俺を見てボーレニカさんは一言、哀れな生贄でも見るかのように顔を歪めて呟いた。
「……坊主、腰の痛みには薬酒が効くぜ…………無理すんなよ」
「それアドバイスになってませんんんんん!!」
それより助けて下さいよと叫びたかったが、こうなるとどうしようもない。
ブラックとクロウに捕まれたまま、俺はボーレニカさんにサヨナラすら言えずに外に連れ出されてしまい、軽い羞恥プレイのような気分を味わいながら夜の街を引きずり回されて宿に強制的に帰還させられたのであった。
ああ、何か知らんけどドラ○エで見た引き摺り回される棺桶のような気分になって来た。あの中に入っている人の気持ちって、こんな感じなのかな……。
→
※次はエロですご注意を
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