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帝都ノーヴェポーチカ、神の見捨てし理想郷編
11.愛しい人のことだから
しおりを挟む「うわぁ……!」
「これは……凄いね……」
真っ先に目に入ったのは、通路の左右から身を乗り出した植物の緑だ。
外界の冷たい空気とはまるで違う、亜熱帯特有のしっとりとした生暖かい空気。湿度の高い環境のせいか巨大な葉には露が落ちていて、園内を照らす照明にゆるく光っていた。
しかしその緑よりも更に目を引くのが、色とりどりの花と、見上げなければならないくらい高い背丈をした植物達だ。
ヤシの木に似た植物は、五階建てのビルほどにも高い天井を突くように伸びており、他の植物もさながらジャングルのように思い思いに枝葉を伸ばしていた。その枝葉の中に、いかにも南国と言った様子の目が覚めるような鮮やかさの花々が咲き誇っているのだ。
ラッタディアでは感じた事が無かったけど……これはまさしく、南国の気候だ。
この植物園は南国を再現しているのか。
まだ入り口のところだと言うのに、すっかり圧倒されてしまってキョロキョロと周囲の植物を見回す俺とブラックを余所に、クロウはじいっと植物達を見上げて、驚いたようにぱちぱちと瞬きを繰り返していた。
「これは…………ベーマス……」
「え? ベーマスって……クロウの故郷の……?」
思わぬ単語が出て来て聞き返すと、クロウは興奮気味に鼻息をふすふすと漏らしながら頷いた。
「王都近くの森にそっくりだ。花の甘くていい匂いも間違いないぞ」
耳が嬉しそうにぴるぴると動いて、クロウは心なしか嬉しそうな雰囲気を醸し出しながら、通路にはみ出したハイビスカスに似た花に近付いて行く。
その花の匂いを嗅いで、今度こそクロウは頬を緩めた。
「母上が好きな花……懐かしい匂いだ……」
「クロウのお母さんが好きな花なのか」
そう言うと、クロウは軽く何度か頷く。
「オレ達の国では、この花は【密月花】という。月が出た夜にだけ甘露を滴らせるという不思議な花で、母上はその中でも一番特別な“満月の夜の甘露”を掬って飲むのがとても好きだったのだ」
「へー……凄いな、この花そんな花なのか」
ハイビスカスに似てるとは言っても、やっぱ違うもんだな。
クロウの隣に移動して蜜月花の匂いを嗅いでみると、確かに甘い果物……そう、あれだ。桃の香りがするシロップのような、しかし微かに透明感を思わせる芳香が漂ってきた。
花の匂いって、わりと形容できない感じの独特な甘さがある物が多いけど、ここまで食べ物っぽいのも逆に珍しかもしれない。
でも甘露かあ、舐めてみたいなあ……。
「大陸ではみかけない植物だね……というか、ここの植物の多くはどうやら大陸の外から運び込まれた植物みたいだねえ」
ブラックの言葉に、クロウはまた頷く。
「恐らくそうだろう。ここは気温が高くて湿り気がある。人族の大陸ではありえん気候だからな。恐らく大陸外の南国の国の植物ばかりなのだろう」
「ふむ……なるほどね。しかし、こんな常冬の国で南国の植物を育てるなんて凄い技術だ。どういう構造でこの環境を維持してるんだろうね……不思議だなあ」
ブラックは植物よりもこの温室の仕組みに興味があるらしい。やっぱ金の曜術師だからかな。クロウは素直に植物に感動しているけど、ブラックの方は植物の奥に見え隠れするパイプなんかを気にしていた。
今までこういう所に一緒に来た事が無かったから知らなかったけど、二人ともそれぞれ興味を持つ物が違うんだな。なんか面白いかも。
妙に嬉しくなって、俺は二人を急かすように歩を進めた。
「なあ、先に進んでみようぜ。案内によると、先の方にはまた違う植物が植えられてるみたいだし!」
先行して通路の奥を指さすと、ブラックとクロウは同時に笑って、俺につられるかのように歩き出した。
もしかしたら俺だけ楽しいんじゃないかと少し心配したが、二人とも楽しんでるみたいで良かった。やっぱ自然っていいよな!
しばらく亜熱帯気候のエリアを歩いていると、前方にガラスの壁がちらちらと見え始めた。どうやらこの植物園は、エリアごとにガラスの壁で厳重に区切って有るみたいだ。こういう所も俺の世界と似てる。
でも、この世界の植物園は植物の説明が記されているプレートが無いんだよなあ。携帯百科事典も名前が判らなきゃ使いようがないし、せっかくの生植物図鑑な施設なのにちょっと勿体ない。
まあ、見てるだけでも楽しいからいいけどね。
「次は……あっ、ハーモニック連合国で見た事ある樹が生えてる」
ガラスの重苦しい扉を開けて次のエリアへと入ると、そこはカラッとした気候で尚且つ気温が高く設定されていた。
木々は先程の亜熱帯のような密度はないが、それでも南国の様相で、甘い匂いを漂わせている。これこれ、この匂いですよ。あの国の気候に触れた時も同じ匂いがしたんだよなあー。
「あ、トマトがあるね。へー、荒野地帯とかも作ってあるんだ」
「やはり土地によって生える植物が違うのだな」
おお、オッサン達もちょっと興味が出てきたみたいだな。
まあ大人って結構俺達が理解できない事にもへーへー言ってるし、凝り性な所があるもんな。俺はファンタジーな植物が沢山あるからこの世界の植物に興奮する訳だが、ブラック達にしてみれば「へぇーこんな珍しい植物があるんだあ」的な感じなんだろうか。
俺にはまだよく解らないが、年齢を重ねたら興味がない物にも感心出来るようになるのかね。
「そういや俺、あの二人が興味ある事って知らないな」
ブラックとクロウは酒には目がないが、それは興味があるって言わないしな。
ちょっと気になって、俺は順路を進みながら二人に聞いて見る事にした。
「なあなあ、二人に質問なんだけど、興味があるなーってモノ何かある?」
「え? ツカサ君だけど」
「うん」
「いやそういう興味じゃなくて。ほら、例えば俺は植物とかに興味あるじゃん? それに各地の食べ物とかすっごい知りたいと思ってるし……二人にはそういう感じの興味ある物ってないの?」
そう言うと、オッサン達は同時に腕を組んで唸ると言う見事なシンクロを俺に披露して、物凄く考えていますと言ったように空を見上げた。
ええ、そんなに悩む事か……?
「う~ん……? ツカサ君以外で興味があるコト……?」
「そう、趣味とかさ……クロウはある?」
「趣味……趣味……? ……じゃあ、ツカサを舐めることで」
「あっこのクソ熊何勝手に趣味に! じゃあ僕も趣味はツカサ君とセッ」
「アホか!! そういうのは趣味じゃねーんだよ!!」
なんなんだこいつらは。趣味とかないのか。
今更だけど無趣味な人ってこういう奴らの事なのか? いや違う、そう言う人は普通の人だと思いたい。こいつらが特別おかしいだけなんだ。
つーか俺の体を弄るのが趣味とか冗談じゃない、俺はお前らの玩具か。
いや落ち着こう。さっきは怒鳴ってしまったが、ここで憤死したら負けだ。
自分を必死に抑えて再度問いかけてみるが、やはり二人には趣味と言えるような物が思い当たらないようだった。……ブラックは、まあ解らんでもないが、クロウにも趣味がないと言うのはちょっと考えつかなかったな……。
「あえて言うなら……ツカサ君が見てる物を一緒に見るのが趣味かなあ」
「そうかもしれん。ツカサが説明してくれるから、興味が湧く。ただ見ていた事柄も、ふと思い出して『アレはそういう物だったのか』と、改めて感心したりする。それが、今は一番楽しいからな」
クロウのその言葉に、ブラックも穏やかな顔で頷いた。
「……悔しいけど、こいつの言う通りだ。今だってそうだよ。ツカサ君が笑顔で、楽しそうに話してくれるから、僕達も楽しいんだ。……うん、だから、僕達の趣味は……ツカサ君がはしゃいでるのを見る事なのかもしれないね」
そう言うと、ブラックとクロウは互いに顔を見合わせて苦笑する。
まるで言われて初めて気付いたと言わんばかりのその毒気のない掛け合いに、俺は何だか急に恥ずかしくなってしまって喉が詰まった。
……な、なんだよそれ。
趣味になってない、じゃん、そんなの……なのに、何笑ってるんだよ。
つーかなんで仲良くなってるんだよお前ら!
さっきまでいがみ合ってたくせに!
「うぅ……も、もう、バカなこと言ってないで行くぞ!!」
「はいはい」
「ああ、次に進もう」
だーもーこんちくしょう、俺を見て笑うなっ微笑ましい感じの笑みで見るな!!
なんなんだよアホかそんなの趣味じゃねーよまったくもう!
くそ、こうなったら絶対何が何でも二人の趣味を見つけてやる。
面倒臭いこのオッサン達の事だ、絶対に自分で気付いていないだけで、何らかの趣味嗜好があるはずなんだ。だったら俺がそれを見つけてやればいい。
俺だけ好きな物丸出しではしゃぎまくってるのってスゲー滑稽じゃん。
ちくしょう、俺だって絶対いつかはお前らが趣味に没頭してるのを見てクスクス笑ってやるんだからなこんちくしょう。
「ぐぅうう……なんかもう植物を見る余裕がない……」
折角の凄い施設なのに、心に余裕が無いせいかどこを見ても細かく観察できない。俺達三人以外に人がいないせいだろうか。だから、変な話をしちゃってこんな事に……いやいかん、いかんぞ。俺の目的は植物園でまったり散策する事じゃないだろう。ここには曜術師を探しに来たんだ。
早くここの園の職員の人に出会わなければ。そして用事を済ませて平常心に戻らねば……タナボタでロサードから特別会員のカードを貰ったんだし、こんな状態でバタバタ見て回ったんじゃ勿体ない。
俺は煩い二人から距離を取りつつまたもや順路を先行すると、必死で係員の姿を探した。まだ開園して少ししか経ってないんだから、どこかで水やりなんかの作業をしている人がいるはずだ。
そう思って不意に群れる植物の奥の方を見ると……人影が見えた。
おお、立ち入り禁止の場所にいるのはまさしく園の人!
やっと見つけたと思うと嬉しくて、俺は少々浮かれた声でその人に声を掛けた。
「あのー、すみませーん!」
「え? あ、はいはい。なんですかー?」
俺の呼びかけに答えるように声を上げ、緑の中に埋没していた人影がこちらにゆっくりと近付いてくる。
そういえば、俺の世界では職員さんと言えばツナギを着ている人だったけど……ここではどうなんだろう。白衣とかかな。いや、やっぱり普通の服?
考えながら相手を待っていると――大きな葉を手で優しく持ち上げて、呼びかけに答えてくれた相手が目の前に現れた。
「はい、なんでしょう?」
優しげで理知的な声。
その声の相手は、俺が思っても見ないような姿をしていた。
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