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帝都ノーヴェポーチカ、神の見捨てし理想郷編
12.緑の番人は異質の賢者1
しおりを挟むまず驚いたのは、光が当たる度にエメラルドの光の環が出来るダークグリーンの長い髪。腰のあたりまで伸びたその髪は、結ばれる事も無く垂らされている。一瞬女性かとも思ったのだが、相手の体型は確かに俺よりもしっかりとしていて、大人の男性である事を確信させた。
顔だって、細い輪郭ではあるが、それでも男性として見分けられる。
涼やかな切れ長の目に穏やかに引かれた眉、いつも微笑を湛えているような口は控えめで、高い鼻筋はその顔を引き立てていた。
そんな顔に眼鏡とくれば、ああもう穏やか系なイケメン眼鏡男子と言わざるを得ない訳で。ほんとこの世界は俺に厳しいなと落ち込んでしまう。
だって、この世界は俺の世界より美形が多いんだぞ。その上に、俺が出会う奴らはその中でも結構なイケメンが多いって、どんないじめですか。
一気に悲しくなったが、こっちの事情は相手には解らない。
俺は感情を必死にこらえて、ぎこちない笑みで相手に笑いかけた。
「お忙しい所すみません。俺達ロサードっていう商人に紹介されて、この植物園に来たんですが……どなたか彼とお知り合いの方はいませんか?」
そう言うと、眼鏡の青年は何か思いついたように表情を変えたが、すぐに穏やかな笑みを取り戻すと俺に頷いた。
「それなら、私ですね」
「え……」
「貴方がロサードの言っていたツカサさんですか。なるほど……とても素敵な方ですね。お会いできて光栄です」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている俺に構わず、長髪イケメン眼鏡さんは俺の手を取ってしっかりと握手をする。
急な事に驚いてしまってなすがままになりつつも、俺は窺うように相手の顔を見上げた。
「あの……ロサード、どんな話をしたんですか」
そう言うと、相手は少し空を探るように視線を彷徨わせて。
「……まあ、ええと……。可愛らしくて、大人を籠絡するほどに蠱惑的な方だと」
「大変申し訳ないのですが、その情報全部忘れて貰っていいですか」
なに変なこと吹き込んでんだあの商人。
思いっきり顔を曇らせると、相手はくすくすと笑って握ったままの手に少し力を込めたようだった。
「ところで、ロサードの話ですと貴方は木の曜術師らしいですね。しかも、珍しい“日”の称号を持っているとか」
「あ、はい……」
「実に興味深い……もし良かったら、これから私の研きゅ」
「おいコラそこの優男、何僕のツカサ君に触れてるんだー!!」
目の前で俺と職員さんの握手が切断される。ああ、やっぱり。
げんなりしながら手が出てきた方向を見やると、そこにはいかにも怒っていますと言わんばかりのオッサン二人が負のオーラを撒き散らして立っていた。
「あのなあ、握手くらいで怒るなよ! 相手に失礼だろうがっ!!」
「いえいえ構いませんよ。お父様達にしてみれば、私は可愛い息子に付いた害虫に見えますでしょうし」
またそんな自分を卑下した発言を……これだからイケメンは嫌……って自分を害虫呼ばわりも凄いな。やめて下さいよ、アンタが害虫だったら俺なんか凶悪バクテリアになっちゃうじゃんか。美形が卑下すんのは嫌味でしかねーぞコラ。
「お、お父様じゃない……」
「落ちつけ変態、年相応だから仕方ない。いい加減慣れろ。受け入れろ」
「じゃかーしーなーお前もー!!」
「はいはいどーどーどー! すみません、うるさくてほんっとすみません!」
職員の緑髪眼鏡イケメンさんへの非礼を詫びるためにペコペコと頭を下げると、相手はまたもや穏やかな笑みで笑いながら、構わないと手を振った。
「いえ、お気になさらず。……ああそうそう、それよりもロサードの口利きの話でしたね。彼には確かに“ツカサさん達を案内してやってくれ”と言われましたので、これから私が園内をご案内しますよ」
「え、でも……お仕事があるのでは……」
「大丈夫ですよ。さっきのは植物の状態を確かめていただけですから」
そう言いながら俺にニッコリと笑う相手に、ブラックが仏頂面で突っ込む。
「って言うか頼まれてたならなんでこんな所にいたんだい」
言われてみれば確かに……なんで待っててくれなかったんだろう。
不思議に思って緑髪眼鏡イケメンさんを見ると、彼はいやぁ~と言わんばかりの苦笑顔で後頭部を掻いた。
「それが……すっかり約束を忘れてまして」
あらぁ……そんなテンプレな。
ブラックと一緒にずっこけてしまったが、まあ、このお兄さん見た目からしておっとりしてる性格っぽいし、有り得るっちゃあ有り得るか……。
忘れられたのはちょっと困るが、こっちは紹介された側なんだから仕方ない。
相手は忙しい人だし、ロサードの頼みが有ってこその案内だもんな。
再びツノが生えそうになるブラックを押さえながら、俺は改めてお兄さんに案内をして貰えるように頼むと、相手は心得ているとばかりに胸に手を添えた。
「忘れていたお詫びに、今日は特別区域の中でも更に職員しか入れない所にご案内しますので……どうかそれでご勘弁を」
「えっ、職員しか入れないって……良いんですか?」
「ええ。親友であるロサードの頼みですし……なにより、私も個人的に貴方に興味があるので」
「へっ?」
思わず間抜けな声で聞き返してしまったが、相手は笑顔で繰り返す。
「貴方に、興味があるので。……ああ、お父様ご安心を。恋愛としての意味ではありませんので」
「だから僕は保護者じゃないっつうに!!」
「さあ行きましょうか。一般区域はいつでも見られますので、人が多くならない内に特別区域に参りましょう」
ブラックを華麗にスルーして俺達の目の前をすたすた歩いて行くお兄さん。
お、おお……なんていうかこの人、他の人とは一味違うぞ。
って言うかこんなやりとり前にも見たような……。
「なんだか知らんがウァンティア候を思い出すな」
あ、そうそう。それだよクロウ。
あのお兄さんなんかブラックのあしらい方が凄くシアンさんに似てるんだ。
俺が感じていた妙な既知感はそれか。
「似てるかなあ。シアンはもうちょっと人間味があるよ」
一緒にするなと不機嫌な顔で目を細めるブラックに、俺は何度目かもう判らない「まあまあ」の肩ポンをして宥めた。
確かにシアンさんはもうちょっとブラックに優しいよな。
流しはするけど、スルーはしないっていうか。やっぱその辺りは愛情のなせる技なんだろうな。っていうか愛情が無いとああいうガンスルーになるのか……嫌だなボケてツッコミがないのって……。
「とにかくさ、道案内してくれる人が現れたのは幸運じゃん。俺の薬のことだけじゃなく、クロウの父親の事も分かるかも知れないし……なっ、な?」
「ぐぅう……」
一応今回の趣旨はブラックも解っているらしく、俺がとりなすと歯軋りをしながらもしぶしぶ怒りを収めてくれた。
偉いぞブラック。俺もスルーされたらやだけど、その分俺が構うからどうかこの貴重な植物園で爆発するのはやめてくれ。
そんな話で一々足が止まってしまう俺達を知ってか知らずか、お兄さんはどんどん順路を進んでいった。
植物を楽しむ暇もないほどの早足で進んでいく相手に必死で付いて行くと、彼は順路のある所で立ち止まる。そこには、順路とは別に小さく枝分かれした道があり、ずっと植物の奥へと続いているのが見えた。
「さあ、この先ですよ。ツカサさん、ロサードから貰ったカードを拝借します」
「あ、はい」
「このカードがないと、特別区域へのドアが開かないんですよ。私、今日は忘れちゃいましてね。ははは」
ハハハじゃないですお兄さん。どこまで忘れんぼなんですか。
鬱蒼とした森の中を歩いて行くと、なるほどそこには重苦しい鉄の扉があり、扉にはカードを差し込むための機械のような物体が取り付けられていた。
ううーん、やっぱり未来っぽい。
「じゃあ、これから特別区域に入りますね」
そう言うと、お兄さんはカードを刺して鍵を……っていつまでもお兄さん呼びじゃあ何かアレだな。ロサードの友達なんだし、ちゃんと名前を教えて貰って後でロサードにも礼を言っておかなきゃな。
ガチャンと扉が開く音がしたのをきっかけにして、俺は相手に名を問うた。
「あの……そう言えば、お兄さんの名前は……?」
俺が訊くと、相手はきょとんとしていたが、やっと自分が名乗っていなかった事に気付いたのか朗らかに笑って眼鏡を直した。
「そう言えば自己紹介がまだでしたね。私は……あー……この植物園で職員をしております…………ええと、ゲルトと申します」
「ゲルトさん」
「ええ。気軽にゲルちゃんとお呼びください」
「それはちょっと……」
急にフレンドリーになった相手に戸惑いつつも、とりあえずゲルトさんと呼ぶと相手は満足したかのように笑みを深くして頷いた。
うーん、多少変わった人ではあるけど、風体からして何か凄い賢者っぽい服をしてる人だし、賢者って変わった人が多いって言うからなあ。これくらいで驚いてちゃあ駄目か。
しかし初めてのタイプでちょっと会話に困るな。
ブラックが癇癪起こさないように気を付けつつ色々と聞いて見なければ……。
特別区域に入ったら更に人の出入りは少なくなるだろうし、そこで一気に畳み掛けてみよう。そう思いながら、俺は鉄の扉の向こうへと足を踏み入れた。
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