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シーレアン街道、旅の恥はかき捨てて編
4.思わぬ出会い
しおりを挟む「だ、大丈夫ッスか!?」
もしかして動けないのかと思い大声で呼びかけた俺に、男は我に返ったかのように体を震わせると、俺の方を向いた。
「あっ、た、助けてくれ! 発火装置がいきなり故障して……! このままじゃ火が消えなくて周囲に燃え移っちまう!!」
「な、何だかよく解んないけど……ブラックとクロウは井戸から水汲んで来て!」
「分かった!」
俺の言葉にブラックとクロウは頷いて少し離れた場所に有る井戸に向かった。
その間に俺は用意していた水筒の水に手を翳し、煙に覆われてちらちらと見え隠れしている炎を見据える。普通の曜術師だと、水筒程度の水ではそこそこの量しか水を作り出せないが、俺には黒曜の使者の力がある。
人助けの力だってんなら、こんな時に使わないでいつ使う。お百姓さんの為にもここできっちり炎を消し止めなきゃな!
「おじさん下がってて!」
「おっ、おじっ、俺はまだ二十……いや、わ、わかった!」
尻と手を使ってずりずりと離れた男を確認して、俺は深く息を吸った。
水を、この黒い煙の中にある火の元にかけるイメージを想像する。だけど、それだけでは駄目だ。火の温度を一気に下げるような冷たい水を想像する。
そうして、俺は目に染みるような酷い臭いの煙を睨み付けた。
「水よ……遮る黒煙を斬り、炎を食らい尽くせ! アクア・カレント――!」
水を生み出し倍加する術と、水を操る術の合わせ技。
俺が持っていた水筒から勢いよく溢れ出した水は、空中を走り煙の中に隠れた炎へと一直線に突っ込む。
あまりにも冷たい水に曝された炎は凄まじい音を立てて一気に煙を増大させたが、やがてすぐにパチパチと言う音を立てて大人しくなった。
「よっしゃ! うまい具合に火に当たったみたいだな」
煙もゆっくりと薄くなっていき、ブラックとクロウが持って来てくれた水を投げ込むと完全に煙は消えてしまった。後には、水浸しになった焦げた地面と、小さな何かが転がっているだけだ。
何が火元だったのだろうと、まだ熱いそれをハンカチでくるんで拾ってみると。
「…………これって……」
錠剤を入れるピルケースのようなサイズの、長方形の金属の箱。
その箱の三分の一程度の部分には切れ目が入っていて、上部を開けられるようになっていた。その切れ目の部分が、やけに焦げている。
この形状って、まさか……。
「……あの、おじさん」
「おにいさん」
「お兄さん、これって……もしかして、ライター……?」
そう言うと、相手は驚きを隠しきれなかったのか大きく目を見開いた。
「ツカサ君知ってるの?」
横から覗きこんできたブラックとクロウに頷いて、俺はライターの蓋を開けた。
そこには確かにライターと同じような仕組みがあって、炎が出る部分はどろどろに溶けて最早使い物にならなくなっている。
間違いない。これは本当にライターだ。だって俺、これとほとんど同じ形の物を父さんが使ってるのを見た事が有るんだぜ。間違えようがないって。
「……こんなもので火が出るのかい?」
「しかし、確かに焦げた臭いが一番酷いのはコレだ」
「確かに火が出るよ。俺の世界にも、これに凄く似てるライターってもんが有るんだ。信じられないかもしれないけど、これが出火の原因だよ。……そうだよね、お……お兄さん」
慌てて言い直して振り向くと、ポカンと口を開けていた相手はコクコクと何度も頷いた。
「そ、その通りだ。しかしアンタ、ライターを知ってるなんて……オーデル皇国かプレイン共和国の出身かい? ああ、そういや冒険者らしい格好をしてるな」
やっと落ち着いて来たらしく、助けた相手――――商人風の服装をした青年は、俺達をじろじろと見ながらゆっくり立ち上がった。
頭より少し大きい茶の帽子に、ポケットが沢山ついたチョッキ、少し下が膨らんでいるズボンは一般的な商人そのものだ。ダークパープルの髪色に緑の目というのはこれまた奇抜だけど、この世界では美形で奇抜な色味なのが普通なので、これも一般的と言える。ああ畜生、美少女じゃなくてまた美青年か。
助けたくせに文句を言うのかと言われそうだが、ガッカリするくらいは許して欲しい。男なら誰だって「悲鳴の先には美少女が居るかもしれない」って言う幻想を抱くんだよ、許してくれよ。
「このライターって言うのは、その二ヶ国で使われているものなのかい」
興味深げにライターと青年を交互に見るブラックに、相手は頷く。
「ああ、王室や貴族御用達の逸品さ。とは言ってもこんなの使うのは煙草吸う奴か俺達みたいな旅人くらいだけどな。それは、曜術や気の付加術が使えない奴が簡単に火を起こせるようにって作られた曜具なんだ」
熱いから気を付けてと布にくるんでライターを渡すと、青年はお礼を言ったものの、すぐに参ったなあと呟いて頭を掻いた。
「壊れたら困るんスか」
「いや……コレは“あるお方”にお礼に貰ったもんでな……大切に使ってたつもりだったんだが、これじゃ次会った時になんと詫びたらいいか……」
「貰ったものなのに謝らなければいけないのか」
不可解だぞと眉を顰めるクロウに、青年は溜息を吐いて首を振った。
「はぁー……解ってねーなーアンちゃん達。商売ってのはな、顧客から物を貰えばその貰い物すらも商売道具になるんだよ。自分がくれたモンを相手が後生大事に使って、その道具を喜んでくれてたら嬉しくなるもんだろ? そうやって好意的にしておけば、相手も気を許して絆が深まるだろーが」
「そういう物なのかい」
「ああ、そういうモンなんだよ。……だがまあ、曜具も壊れる時は壊れるもんだ、しょうがねぇか……。火を消してくれてありがとうな、えーっと」
俺達を指さして名前を聞きたげな相手に、俺らはとりあえず自己紹介をした。
まあ袖擦り合うも多生の縁だし俺達もここでキャンプしようと思ってたからな。
考えたら他の冒険者と一緒にキャンプするのは初めてだし、仲良くしておこう。
「俺はツカサ。こっちはブラックで、こっちがクロウ。で、俺の肩に乗っかってるのがロクショウって言うんだ」
「おいおい珍しいな、こいつダハじゃねーか! 臆病なモンスターなのに、よく人に懐くまで手懐けたな……っと悪い。俺も自己紹介しないとな。俺はロサード……ロサード・サルファザール。行商をやってるケチな商人さ」
よろしくな、と俺達に順番に握手をしてくる相手に、俺は引っ掛かりを覚えて首を傾げた。ロサード……どっかで聞いた事有る名前なんだけどな。
どこで聞いたんだっけかな……。
「アンちゃん達もここで一泊するんだろ? さっき助けて貰ったお礼にご馳走するぜ。酒も有るし、今夜は大盤振る舞いだ! 好きなモン食って飲んでくれや!」
「さ、酒……? なら、まあ……」
「酒か。いいな。甘い酒はあるか」
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「……まあ、いいか……」
食材が一日分浮くし、何より助けたお礼にご馳走して貰えるのは素直に嬉しい。
それに、ライターの話も詳しく聞けるかも。
ロサードの名前の事が引っ掛かってて色々気になるけど、まあ……ブラック達の機嫌がよくなるなら良いか。
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