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シーレアン街道、旅の恥はかき捨てて編
5.期待しすぎるのも考えもの
しおりを挟むブラックはこの頃イライラしっぱなしだったし、たまには気兼ねなく酒を飲ませて憂さを晴らさせるのも大事だろう。
ってなわけで、俺達は二つ返事でロサードの誘いに乗る事となった。
最初は「助けてすぐお礼って……」と警戒していた俺だったが、彼の料理を見てすぐにその考えを捨てた。
このロサードと言う男、一人で街道を歩く行商なだけあって料理も刃物の扱い方もかなりのモノで、材料は良く見る根菜や菜っ葉や干し肉だけだったのに実に美味そうなご馳走に仕立て上げていた。
彼が言うには、干し肉は自家製のモノで予め下拵えがしてあり、根菜や菜っ葉も保存方法にコツがあるとのこと。どうやらかなりこだわりがあるらしい。
まあ詳しい事は俺にはさっぱりなので割愛するが、とにかくロサードが振る舞ってくれた料理は美味しかった。
ブラックとクロウは、料理よりもロサードが個人的に所持していたヒノワの酒に感動してたみたいだけどな。高級酒とか言って凄く喜んで暴飲してたが、あんたらお願いだからワインとかに喜んでよ……中年でも一応美形なんだから……。
日本酒(みたいなもの)で感動って、ファンタジーじゃないっすよマジで。
ていうか父さん思い出すから本当やめて。
まあそれはともかく。そんなこんなですっかりロサードとも打ち解け、相手も俺達が本当に通りがかっただけの冒険者だと解ったのか、完全に警戒を解いてくれたようだった。どうやらロサードもこっちを訝しんでいたらしい。
商人ってやつは、商売道具一つで歩いている。だから、盗賊に襲われやすいし、荷物を狙って悪い冒険者が強盗しようとしたりするのだそうだ。
だから、どんな相手であろうが、商人は気を許さずに相手の出方を見ると言う事を最初に学ぶんだと。そのため、俺達の事も少し疑っていたようだ。
そりゃそうだよな。人通りの少ない場所で、こんなデカイオッサンと胡散臭い俺が駆けつけて来たら、誰だって慄くわ。だって、俺はともかくブラックとクロウは見た目で“タダモノじゃない”って解るし、強そうだもんな。
こんな奴に襲われたらひとたまりもない。それは誰でも共通の認識のようだ。
まあ実際ひとたまりもなかったんですけどね。
その被害者の一人が俺ですよ、と思いながら俺は食後の水を飲んだ。
ロクは夕方にはもう眠ってしまっていて、俺の膝の上でとぐろを巻いていた。
ツチノコのようにお腹を膨らませて気持ちよさそうに眠る姿を見ていると、それだけでなんだか笑みが浮かんでくる。
次はいつ起きるか解らないけど、沢山食べて元気に育ってほしい物だ。
ウェストバッグに戻すのはロクのお腹がへこんでからにしよう。
そんな事を思いながらボーっとしていると、先程まで火の向こうでブラック達とどんちゃん騒ぎをしていたロサードが俺に近付いてきた。
「ツカサ、お前は酒呑まんのか」
「いやー、俺あんまり得意じゃないし……ブラックが嫌がったんで」
ロサードに一杯だけ飲めって勧められたけど、ブラックが物凄い剣幕で「ここではダメ!!」とか騒いだんで、結局飲まなかったんだよな。
普段は俺が食べる物に関しては何も言わないけど、酒だけは猛烈に反対するって事は……やっぱパルティア島の飲み比べの時になんかやったんだろうな俺。
自分じゃ何やったか覚えてないけど、あんだけやめろって言われたんなら流石に飲めないよ。泣き上戸ならまだいいけど暴れ上戸だったらすげー申し訳ないし。
「あのアンちゃん、よっぽど嫌な思い出でもあるのかね。お前さん酒乱なのか? だったらいい薬あるぜ」
「え、遠慮しときます……てかこんな時でも商売っすか」
「いい商人は機会を逃さないものさ。売れると思ったら、グイグイ突っ込んでいく。それが儲かる商売の第一歩だ!」
俺はケツにグイグイ突っ込まれてるんで、もうグイグイはちょっと……。
……ってこれは下ネタ過ぎるな。俺も酒の臭いで酔って来たのか面目ない。
「それより……ブラック達の所に戻った方がいいっすよ。アイツ、怒るとすっごい面倒臭い奴になるんで……」
「大丈夫大丈夫、あのお二人今飲み比べ対決してっから。……それよりさあ、そのダハってどうやって捕まえたんだ? やっぱ曜具で? それとも罠?」
なんだなんだ藪から棒に。
よっぽどロクに興味があるのかな。そりゃあまあ、普通は集団で行動する臆病な蛇ちゃんのダハが一匹で俺の肩に乗っかってる姿は珍しかったでしょうが。
これも金儲けの臭いがしたから訊いてるのかな。そうだとすれば、あまり答えない方が良いんだろうけど……捕まえたって言われてちょっとムッとしたので、訂正だけはしておきたい。
ロサードの口車に乗ったようで少し癪だったが、俺は毅然とした態度で答えた。
「捕まえてません。ロクとは偶然出会って危ないトコを助けあったんで、仲良くなって俺に付いて来てくれるようになったってだけです。ロクが付いて来たいって言ってくれたから一緒にいるだけで、俺は束縛してませんから」
「モンスターの方から!? はぁ……ダハってのはそこまで知能が無いモンスターだと思ってたが……これは新しい発見だな。あいつに教えりゃ喜ぶかも」
「アイツ?」
怪訝な顔で聞くと、ロサードは自分が喋った事にやっと気付いたのか、いやあと笑って頭をボリボリと掻いた。
「ああいや、すまねぇな決めつけたような事言って……。人に懐いてるダハってのは凄く珍しいし、この話をしてやればダチの研究に役立つかと思ってよ、ついつい不躾に話ちまった。気を悪くしたならごめんよ」
「いえ、まあ……ってか、それでロクにそんなに興味があったんですか」
「おうよ。俺のダチはモンスターとか自然の物を研究してて、曜具やそれとは全く違う新しい道具を作ってるんだ。まあ、研究者みたいなもんだな。で、そいつが今研究してるのが丁度ヘビでよお。だからつい、な」
全く新しい技術。って事は……あのライターもそうなのかな。
俺はあのライターを“以前この世界に来た異世界人の残した遺物”だと思ってたんだけど、もしこれが新しい技術であるなら、この世界には俺の世界と同じぐらいの生活水準に達した国が在るのかも知れない。
そうなると、俺としては物凄く気になる訳で。
話の流れでそこの所が聞けそうだなと思って、俺はロサードに問いかけた。
「あの……新しい道具って、あのライターみたいな?」
そう言うと、ロサードは一瞬キョトンとしたがすぐに笑って手を振った。
「ハハハ! ライターは違げぇよ。古代の遺跡から出た設計図で作った“特注品”だからな。俺のダチが作ってるのはまあ……なんつーか……普通に生活するためには必要ないが、あれば充実するって奴だな」
「なんスかそれ。便利な小物的なアレっすか」
「まあそんな所だな」
それがどう蛇の生態やら自然のモノについての研究に繋がるのかが判らないが、まあ世の中思わぬものが新しい商品を生み出す切欠になるらしいから、俺が理解出来ないだけで実際はモノづくりとかなり密接な研究をしているのだろう。多分。
興味が無い分野にはとんと知識が無いので、推測どまりなのが悲しい。
やっぱ俺もう少し色々勉強しようかなーとか思ってたら、面倒臭いのが来た。
「ツカサ君、なんの話してるんだよおー構ってくれよー」
「うわあほろ酔い無精髭がやって来た」
「んじゃ俺あっち行ってますわ。お二人でしっぽりどうぞ~」
「こ、この商人……っ」
俺がめっちゃ嫌な顔したのに逃げると申すか。
駆け引き上手も度が過ぎるとムカッとくるだけだぞこんちくしょう。
クロウに助けを求めようかと思ったが、クロウはクロウでヒノワの酒には耐性が無かったのか、焚火の向こうでぐでんと横たわっていた。
こ、こういう時にタイミングよく死んでるってどういう事なんですかー!
「ツカサ君、何話してたのお」
「だーっ、顔近付けるな酒臭いなぁっ。さっきのライターとかの話だよ」
「んあぁ、気にしてたもんねぇ」
久しぶりの酒は余程ブラックの頭を幸せにしたのか、相手はそのでっかい図体をタコのように揺らしながら俺の隣にヘナヘナと腰を下ろした。
こいつ、わりと酔ってるな……。
「ライター、やっぱり異世界のモノだったのかぃ?」
「いや……なんか良く解らなかったっていうか……でも過去に設計図が在ったって言われたから、そう言う可能性は捨てきれないかも……っていうかお前酔っててもわりと話出来るんだな」
「ツカサ君とは違うんだよぉ~」
「ウザさは五割増しだな」
ええかげんにせえよこの中年。
ウチの父さんも酒を飲んだら絡み酒で、本当にウザいしクソだし毎回出迎えるのが嫌だったが、中年になるとみんなこんな風になってしまうんだろうか。
ああ嫌だ。俺は絡み酒やっちゃうオッサンにだけは成りたくない。
「ウザいって酷いよ~……僕普段からこんなに頑張ってるのに、お酒の席くらいは気持ちよくなっても良いじゃないかぁ」
「だーっ、お前は本当ウチのオヤジみたいなこと言いやがって!!」
「ツカサ君のお父さんこんな感じなのかぁ……ふふふ……また一つ知っちゃったなぁ……ツカサ君のお父さんは、楽しい酒を飲むんだなぁ」
「う……」
な、なにそれ。
別に喜ぶ事じゃないじゃん。うちの父親のこと知って何が嬉しいんだよ。
でも何だかよく解んないけど、勝手に顔が熱くなっていく。
それに比例するかのように、ブラックの距離もどんどん近付いて来て。
俺が真っ赤になる頃には抱き着いてしまっていた。
「ツカサくぅん」
「なに……」
「僕ね、酔ってないよお」
「…………ホントかよ」
パチパチと炎が鳴る。
今日この場所で延々黒く燻っていたあの炎とは違う、白くて綺麗な煙を上げる炎は、向こう側を覆い隠して俺達の視界を赤く染めていた。
「ねえ、ツカサくん」
「……な、なんだよ」
耳元に、息がかかる。アルコールが充満した酒臭い息と、ブラックのにおいが鼻に伝わって来て、体温がじわじわ肌に染み込んできて、胸が苦しくなってきた。
いつもやっている事なのに、どうしてか今はブラックの吐息一つにでも体が簡単に反応して堪らなくなってしまう。
おかしいな。
酒臭い大人って、こんなドキドキする存在だったかな……。
「僕ね……」
耳元で、熱い息が渦巻く。
アルコールが耳朶に染み込むようで、身を竦めた俺に、相手は囁いた。
「僕…………おしっこしたい……」
………………。
うん。
…………うん?
「おしっ」
「ぁあああぁあしてこんかい!! 馬鹿! お馬鹿! さっさとそこら辺でやってこんかこのバカ! おたんこなす!!」
「な、なんで怒ってるの」
「っな……ぁっ、お、怒ってねーよバカ! このモジャ男!」
「ツカサ君、僕フラフラだから服にかけそうなんだよぉ、付いて来てよぉ」
「だぁああもうこのクソオヤジはぁああああああ」
ば、ばっかみたい、ばっかみたい!!
ションベンしたいだけであんな風に囁くとかっ、つ、つーかそれに盛大に釣られた俺恥ずかしすぎる……っ、なんだよ、なんだよもうっ馬鹿、もうなんかバカ!!
一人でやってこいよもぉおおっ。
「ツカサ君顔真っ赤」
「怒ってるからだよ!!」
「涙目で可愛いなぁ~えへへ~」
「えへへ~じゃねぇえええよもうやだこのオッサン!!」
「あ、やばい。漏れそうだから早く」
「ああ~……殴りてえ~…………」
俺のピュアな心を弄んだ責任をこの拳に籠めて受け取って欲しいけど、そんな事をしたら衝撃でちょっと漏れるかもしれない。
旅をしていたら、宿に泊まるまで服を洗えないんだ。そんな事になったら困るのはブラックだけではない。シミつけたオッサンの隣で歩かなきゃならん俺も困る。
川もないし、どんなに洗濯してやりたくたってこの状況では無理なのだ。
じゃあ、もう、選択肢はない訳で。
「…………くそぉ……ほら、トイレまでいくぞ……」
「ありがと~」
へらへら笑いながら、俺の手を取って立ち上がるブラック。
自分の手を躊躇いも無くぎゅっと握る大きな手に、俺はやっぱりちょっとドキッとしてなんだか余計にイライラしてしまった。
なんか、変だ、俺。
こんなだらしない笑顔も、手を握られる事も、いつもの事なのに。
なのに……なんで、こんなドキドキしたり、いらついたりしてるんだろう……。
…………やっぱ俺も、酒の臭いに酔っちまったのか。
「ツカサ君?」
「……なんでもない。ほら、早く済ますぞ」
何の欲も抱いていないような今のブラックの表情が、無性にモヤモヤする。
だけどそれを言いだせるはずもないし、なんか格好悪い。一人で意識して、一人で期待して、馬鹿みたいだ。うう、恥ずかしい……。
せめてこんな気持ちだけは相手に伝わるなよと願いながら、俺はブラックの片腕を肩に回して、トイレへ連れて行ったのだった。
→
※一応ツカサもちゃんと男の子なんで好きな人にはムラムラするよねって話
次後半にちょっとやらしい表現あるので注意して下さい
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