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波乱の大祭、千差万別の恋模様編
12.その人だからこそ
しおりを挟む美人局。
簡単に言えば、道端で可愛い女子高生にちょいと誘われてホテルに行ったらば、怖いヤクザなお兄さんに「ワレ俺の彼女(もしくは妹)に何さらしとんじゃ!」とボコボコにされて金を奪われるか脅迫されると言う、恐ろしい手口の犯罪だ。
こんな簡単で古典的な手口に引っかかるなんてバカかと思われるかもしれないが、誰だって美人に声を掛けられて好意を寄せられたら、ワンナイトラブもアリだと考えてしまうじゃないですか。仕方ないんですよ。
男はその一晩の夢に夢を見てしまうロマンチストなんですよ許して下さい。
スケベ心が在るからだろなんて事はいやまさか。
いや、スケベ心がなけりゃホテルなんて行かないけどな!
……ゴホン。まあ、それは置いといて。
俺は今からそれを行おうとしている。
とは言っても、女の子にされたいなと思うような事をやる訳ではない。
現時点での周囲からの俺の評価を考慮したうえでの、無理のないガーランドへの近付き方を以って、俺なりの美人局をやろうとしているのだ。
ええと小難しく言ったけど、要するに親切心を装ってガーランドに近付き、相手の隙をついてしまおうって事ね。
俺達に必要なのは、あくまでも相手の「体臭」であって所持品ではない。
と言う事は、体臭が採取出来ればそれでいいのだ。ならば、方法はある。
その方法とは……。
「……うっし、これでガーランド陣営全員分の毛布だな」
「島に横付けしてたリリーネちゃんの船の備品アル! 流石はリリーネちゃん……きっちり綺麗に洗われて干されていて、嫌な臭いなんて全然しないアル……むしろリリーネちゃんの船の匂いっ、いやリリーネちゃんの匂いが……!!」
「師匠……ちょっとその言い方は気持ち悪いです……」
言いたい事は解るけど、ストーカーのような発言はダメだと思います……。
俺のツッコミにショックを受けてる師匠はさておいて、俺は毛布の匂いをクロウに確認してもらった。匂いがしなけりゃそれでいいし、もし匂いが有っても覚えて貰っておけば、あとでガーランドの物と嗅ぎ分けられるだろう。
そう、俺達はこの毛布にガーランドのにおいを付着させて、姉御とやらを探そうと思っているのである。人間じゃあ無理な作戦だったけど、クロウはなんせ半分熊だからな、俺達がうんうん唸って推理するより楽に姉御を見つけられるだろう。
なにも推理だけが道じゃないよな。鍵のかかった扉だって、場合によっては腕力でぶち壊して脱出できるんだから、時には知恵より浅知恵が早いって事も有る。
まあこれがゲームの世界だと絶対文句言われてただろうが、現実だから大丈夫。
そんな風などうでも良いことを考えつつ、クロウが毛布をくんくん嗅いでいるのを見ていると、クロウはどことなく楽しそうな雰囲気で熊耳を動かした。
「……ふむ、花のような匂いだな。これなら大丈夫だと思う」
「よし、じゃあ持って行くな。師匠とクロウはここにいてくれ。リリーネさん達が島の探索から戻ってきたら、改めて説明よろしくな」
「分かった」
「き、気を付けるアルヨ……」
二人に見送られて、俺とブラックは毛布を抱えて出発した。
他の参加者達にはもう既に毛布が配られているんだけど、ガーランド達は砂浜にいなかったので、まだ毛布が配られていないのだ。
まさに、俺達の作戦には打ってつけの状況って訳だな。
しかし……リリーネさんって本当に用意が良いよな。こんな事も有ろうかと毛布や多めの食料も用意してたし、なによりこんな時だってのに綺麗な自分を保ってて、余裕のない所なんかほとんど見せないし……。
ああいうのがマジモンのリーダーって事なんだろうな。
……でも、リリーネさんも女子なんだからやっぱキツいんじゃないのかなあ。
そう言う所で、師匠があのお人好しな所をだして支えて上げられれば、より親密になれるような気がするんだけど……まあ、今は人の恋路を心配してる場合じゃないか。とにかく気合入れて挑まないとな。
「しかしツカサ君……本当に大丈夫? あのクズがキスでもしたら、僕完全にキレちゃうよ。自分で言うのもなんだけど、刃物を止められないと思うよ?」
「心配顔でヤバい自己評価をすな。……まあその……もし俺がそんな事になっても、昼間みたいにお前が殴って止めてくれればいいだろ」
「人に半殺しするなって言っといてそれ?」
「うっ……お、俺だって聖人じゃないんだから、酷い部分はあるわい。ガーランドの場合は悪人だし生理的に嫌だから頼んでるんだよ。あくまでも、拳で」
聖女キャラや非暴力な人なら、襲われたって「人を殴っちゃだめ!」なんて言うだろうけど、俺は普通の人間なので残念ながら命と貞操は惜しい。
というか男にケツ触られるだけでもカンベンして欲しいのに、それ以上とかサブイボが出るわ。俺はブラックだからああいう事を許容してるわけで、恋人でも仲間でもないのにやらしい目的でベタベタ触られるのなんて冗談じゃないわい。
男は黙って右ストレートでぶっ飛ばす、だ。
とはいえ俺には出来そうにもないので、恥を忍んで頼んでいる訳で。
「ツカサ君って時々ゲスいよね。殴ったら僕が悪者になるじゃないか」
「今更な事言うなお前……何も俺は善人や一般人にまでそうしろと言ってる訳じゃないんだぞ。悪人になら、パンチの一つくらい食らわせたって構わんだろ。ただ、それ以上になるとお前が本気で恨まれるから嫌だって言ってんだよ」
繊細な女子の世界じゃあるまいし、拳一発で恨み言なんて有る訳ない。
ましてやここは冒険者の世界だ。殴り合いの喧嘩でみみっちい事を言う方が負け犬扱いされるだろうさ。だから、悪い奴を殴る程度なら俺は何も言わないんだよ。
つーかアンタ今まで「コロス」って言ってたから、俺は止めてただけでね。
俺もちゃんと抵抗するけど、出来なかった場合においてパンチを許可してるだけなんですよ。俺だってアンタ以外に触られるのはごめんだし。
いや、女の子ならもうケツ以外は触れて貰っちゃって全然構いませんけどもね!
腕からずり落ちそうになる毛布を抱え直しながらそんな感じな事を言うと、相手はなんだか納得したように頷いて、だらしない顔で笑った。
「ツカサ君が思ったより乱暴で僕は嬉しいよ」
「アンタには何度も拳を見舞ってたと思ったんだが、記憶違いかな」
「いや、あれは僕に厳しいだけかと思ってたから。娼姫だし、迫ればなんとか僕の事も受け入れてくれるんじゃないかなーとか考えてたよ。だって娼姫って気に入らない客は殴ってでも追い出すだろ? だから、てっきりそんな感じだと」
「そんな所からもう認識ずれてたの!?」
どうりで「襲うな」と言っても無理矢理約束をとりつけて襲ってくるはずだ。
やっぱコイツ一回道徳とか学ばせた方が良いんじゃないかと思いつつ、俺達はガーランド一味が陣取っている場所へと歩いて行った。
悪い奴らってのは、計画中は無意識に人目を避けると言うが、ガーランド一味もご多聞に漏れず、参加者達が寝起きしている場所から少し離れた所に自分達の寝床を作っていた。
俺達や運営の力を借りずに自分達のテリトリーを作ったのはあっぱれだが、そこまで他人と関わらないようにしていると逆に怪しい感じがするから不思議だ。
まあ悪い事企んでるんですけどね!
そんな奴ら……しかも俺を拐かそうと考えている人間の巣に飛び込もうって言うんだから、俺もなかなか大胆になったもんだと思う。
もちろん、ブラックが後ろに付いていてくれてるからやろうと思ったんだけど、そんな事を言ったら調子に乗るのでお口チャックしておく。
とにかく気合を入れて挑まなくっちゃな。
「……いた。ガーランド一味は揃ってるみたいだね」
ブラックが、前方を見て小さく呟く。
もう見えて来たのかとちょっと驚きながらも、俺も同じように前を見やった。
少し見えにくいが、木々に紛れるようにして寝床が作られている場所が見える。そこには数人の海賊の下っ端風な男達と、そいつらに囲まれるようにして偉そうに座っているガーランドがいた。
みな何か話している風ではなく、今はただ休憩しているだけのようだ。
ヒマそうなら好都合である。てな訳で、俺達はガーランドのねぐらへ近付いた。
なるべく、いつも通り。
変に取り繕ってフレンドリーにならないようにしないとな。
「おい、アンタら」
ぶっきらぼうに呼びかけると、ガーランド一味の目が一斉にこちらを向いた。
ひ、ヒィ、怖い。でも負けないぞ。
「なーんだ、子猫ちゃんじゃねーの。なんだ? 俺達に抱かれに来たのか?」
そんな軽口を叩きながらゲハゲハ笑う馬鹿者どもに、俺がイラッとするよりも先にブラックが拳を握っていたが、ぺしっと叩いてやめさせる。
ここで乱闘まがいの事をされたらたまらん。
妙な緊張感に苛まれながらも、俺はガーランド達に近付いて毛布を投げた。
「おっ、おいなんだよ」
「毛布。リリーネさんが貸してくれたんだ」
「それをなんで俺らに渡すんだよ。ははーんさては俺に惚」
「れてない!! アンタらだって夜は寒いだろうし、それに、後から文句を言われて巻き上げられたら堪ったもんじゃないからな。それだけだ」
勘違いすんなよと本心からの声を出して相手を睨むが、ガーランドはニヤニヤと笑って少しもダメージを受けていない。それどころか、少し腰を浮かせて俺に手を伸ばしてきた。
「あっ!?」
ブラックの声が後ろから聞こえるが、あんまりいきなりの事だったんで、俺は何も出来ずに引っ張られてしまった。ひ、ひええ、我ながら迂闊すぎだ!
思わず逃げようとするが、腕を取られたままではどうしようもなかった。
「なあ、お前本当に俺の船に来ないか? 良い待遇でもてなしてやるぜ」
「じょ……冗談じゃない……」
「俺は本気だって。なんなら、俺の嫁にしてやってもいいぞ? あの夕メシは驚くほど美味かったし、お前がいれば船の上でも色々と楽しめそうだ」
あぁああ背後から怒りのオーラが、怒りのオーラが感じられるぅうう……。
頼むからいざって時まで我慢してくれよと思いながら、俺も自分の感情が爆発しないように耐えつつ相手の腕を無理矢理剥がした。
「はっなっせっ!! 俺はそういう曖昧な誘い文句に乗るような男じゃねえっ!」
「じゃあ白金貨十枚を支度金としてやろう。それならいいだろ?」
「え? 白金貨……?」
十枚って事は五十万ケルブってことかな?
やったあ小さな家なら買えちゃうぞ。いやそんな事を考えてはいけない。一般人にはおいそれと出せない金額過ぎて眩暈がしてくる。し、しかしいかん。金額に目が眩んでいる場合ではないんだ。
慌てて頭を振ってそんな物には靡かないとガーランドを睨み付けたが、相手は俺の庶民的な態度を妙に勘違いしたらしく。
「いつでも待ってるぜ?」
そう言いながら、ガーランドは俺の手を取ってキスをした。
「あぁあああ!!」
よっしゃブラックの怨霊みたいな叫び声ゲットー! ってバカ!!
おいおいおいコンチクショウブラックの目の前で大変な事しやがってえ!!
何てことをしてくれたんだ、後でブラックを宥めすかすの大変なんだぞ!
ふざけんなと俺の手を握る手を叩き落とすと、ガーランドはニヤリと笑う。顔だけはこの世界の男の8割に漏れず美形であるが、やはりブラック以上にゲスな顔にしか見えない。
誰がこんな事されて惚れるんだよ、と俺が踵を返そうとした時。
「仲間にひでえことされたら、すぐに俺達の所に来いよ。助けてやるぜ」
ガーランドは、意味不明な言葉を俺だけに聞こえるように呟いてきた。
どういう意味だと振り返ったが、相手はもう俺達に興味を失くしてしまったのか、黙ってやりとりを見ていた下っ端達と妙に騒ぎ始めた。
なんだか誤魔化されているような気がしないでもなかったが……このままここに居ても仕方がないと思い、俺は蚊帳の外でずっと耐えていた偉いブラックの腕を引っ掴んで、そそくさとその場を後にした。
に、逃げられるんなら何かされる前に逃げておかないとな。
あっさり離してくれたから昨晩の言葉は冗談だったんじゃないかと思いかけたが、これもガーランドの作戦のうちの一つかも知れないし油断はできない。
ブラックの腕を引っ張りつつも、ちゃんと大人しくしていたブラックを誉めてやろうかと立ち止まろうと思ったが。
「ううううううぅうう、うぅううううぅう……」
背後から怨霊のうめき声が聞こえて来るのでやめた。
「さ、さーって、早くみんなの所に戻らなきゃなぁ~っと」
「ヅガザぐん゛!!」
「ファーッ! はっ、はいごめんなしゃいー!!」
ひっくい涙声で怒鳴られるとものすっごい怖いんですけど!!
反射的に停止してしまった俺にしがみ付くように、背後の怨霊……いやブラックが抱き着いて来る。誰もいないから良い物の、その様と言ったら見ないでも分かるほどに情けなくてしょうもなくて。
お化け怖い状態だった俺も、流石に怖さが掻き消えてしまった。
「やっぱ僕我慢やだよ! なんで自分の恋人が人にベタベタ触られてるのに怒っちゃ駄目なの!? そんなのが普通なんておかしいよ!」
「う、うーん……まあ、そう言われればそうだけど……」
確かに、好きな人が他の奴とベタベタしてたらいい気持ちはしないよな。
俺だって……その……ブラックが他の人と色々やってたんだなと考えると、何かモヤモヤしてイラッとするし……。
でも、そんなの一々言ってたらウザいって思われるじゃん。だから、みんな言わないのが普通になっていって、相手に嫌われたくないから嫉妬してるのも隠すようになっちゃったんだよ。アンタみたいに小さい事でも一々嫉妬してたら、俺の世界じゃ相手に愛想尽かされるのも仕方ないんだって。
だから、俺だってそういうもんだと思ってたけど……。
「まだ、我慢しなきゃダメ……?」
情けない声が、背中から手と共にずりずりと滑り落ちる。
それがなんだかおかしくて、俺は振り返るとしょぼくれているブラックの頬を手でぎゅむっと掴んだ。
「つ、つかひゃく」
ああもう本当情けない。
せっかく格好いい顔してんのに、叱られた犬みたいな表情しやがって。
だらしないったらありゃしない。ありゃしない、けど。
「…………暴れずに頑張ったから、アンタだけ特別」
本当はここでほっぺじゃないキスでもしてやるのが恋人なんだろうけど、でも、俺も情けない事にそこまでやれる男気は無いから。
だから、頭を抱きしめてやって、少し潮風に痛んだ髪にキスをした。
……口だってそうだけど、好きでも無い奴の髪になんてキスしたくない。
手触りが悪い髪なら尚更だ。……だけど、アンタはそうじゃないから。
人が居ないからと思い切ってやった行動に、ブラックは暫し驚いて固まっていたようだが……やがて、俺の腕の中で変な笑い声を漏らすと、そのままの体勢で俺を強く抱きしめて来た。
「えへへ……ゲンキンだねえ、僕」
「自分で言うか? それ……」
「ふふ、自分で言う事だよ。でも……ツカサ君が僕をこうして受け入れてくれるのが何よりも一番嬉しいから……ゲンキンでいいや」
「…………それでいいのかお前は」
嫉妬し過ぎる恋人なんて、ハタから見たら面倒臭い以外の何物でもない。
俺だってそう言うのは嫌だから、そうならないようにしてたけど。
でも、ブラックを知れば知るほど、こいつが何をしても怒れなくなってきて。
今だって「人が居ないからいいか」って感じでこの状況を許容してるんだから、もうどうしようもない。いつもの俺なら、人がいようがいまいがブラックが抱き着いて来るのを拒否ってたってのに。
「はぁ……俺、最近アンタに甘すぎじゃない……?」
さっきまで作戦作戦って張り切ってたのに、こんな事やってんだから俺も救えない。本当はそんな場合じゃないのになと思いながらも、嬉しがって胸にぐりぐりと頭を押しつけて来る情けないオッサンを離す事も出来ず、俺は自分の妙な変化に深い深い溜息を吐いたのだった。
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