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波乱の大祭、千差万別の恋模様編
13.心は強くて脆いもの1
しおりを挟む「さて……これからどうしましょうか」
少し早めの夕飯を済ませて、陽が落ちる前に再び会議メンバーが集まる。
話し合う気力も段々とこそげ落ちて来たのか、それともクラーケンの事がまだ心に傷を残しているのか、集まった人たちの中には憔悴している顔も見られた。
まあ、そりゃそうだよね。今日は色々あり過ぎた。
俺達はこんな風な事にばっかり巻き込まれてて慣れてるせいかそこそこ耐えられたけど、運営の人達とかは基本デスクワーク中心だから疲れるよね。
解決策が出ないまま追い詰められてる雰囲気だし、「姉御」の事なんて知らない人達からすれば暗礁に乗り上げたようなもんだしなあ……。
本当は他の人にも話してあげた方がいいんだけど、今はどうしようもない。
なんだか申し訳ない気持ちになりつつも、俺はリリーネさんが座っている方へと体を向けた。
「島の探索の方はどうでした?」
「手分けして探してみましたが……危険なものは有りませんでしたわ。ですので、当分はこの島に居ても問題は無いと思います」
……危険なもの、とは、もちろん隠語だ。
リリーネさんと側近の人だけには「姉御」の事を伝えている。彼女達がさっき島を調べに行ったのも姉御が隠れている痕跡を探す為だった。
だが、それが無いと言う事はやはり彼女は参加者の中に居ると言う事になる。
リリーネさんの言葉に俺達と師匠は深く頷いた。
やはり、敵は参加者の中に居たのだと。
だが他のみんなは当然その事を解っていないので、首を傾げていた。
イメルダさんは特に疑問だったようで、リリーネさんを窺うように体を曲げる。
「リリーネさん、それどういう事? この島にはモンスターはいないはずだけど……なんで調べてたの?」
「ああ、貴方がたには説明してませんでしたわね。それも安全のためですわ。この穏やかな海にクラーケンが突如として出現したのですから、島にも異変が起こっていると言う可能性は捨てきれないでしょう? 怪我人も出ましたし、もしモンスターが潜んでいたら彼らが危険です。……ですから、一応調べていましたの」
「なるほど……流石はリリーネ様。感服いたしました」
ファスタイン船長は、リリーネさんの言葉に心底感じ入ったようで胸を押さえている。美形がやるとサマになるなあ。
「しかし、モンスターはおらんかったのだろう? となるとやはり、クラーケンは何かの理由が有って、この島に留まっているのではないかの」
流石は生き字引キャラ、ベリファント船長も鋭い所を突く。
恐らく彼らがいれば遅かれ早かれ暗躍している人間に気付いただろうが、相手だってバカじゃない。その時にはきっともう計画は遂行されているだろう。
それを考えると、本当に先手で動けてよかったな……。
今更ながらにガーランド達の計画通りに進んでいたらと思うとぞっとする。
俺も攫われるの何回目だっつーの。ゲームの桃色なお姫様のお家芸も最近は自重されてるってのに、いい加減ワンパターンじゃ駄目だろマジで。
「ツカサ君どうかした?」
「い、いや何でもない。あの……リリーネさん、ちょっと皆さんで考えて頂きたい事がありまして……」
「あら、なんですの?」
「実はもう食料の備蓄が少なくなって来てるんですよ。もちろん備蓄を食い尽くしても俺がこの島の食材で何とか持たせますが、それも多分五日くらいしか用意出来ないと思うんで……その辺りの対策を皆さんにも考えて欲しいんですが……」
今日夕飯を作っている時に分かった事なのだが、リリーネさんが持って来てくれていた予備の食料があと二日分くらいしかなかったのだ。
まあさっきも言った通り、この島の食材を使えばあと数日は何とか出来るけど、でも現実問題としては深刻な食糧不足だ。
この島の食材を取り尽くしてしまうのは避けたいし、短期決着が出来ればそれが一番いいんだけど……。
俺の言葉を聞いて、全員がうーんと唸って腕を組む。
その中でイメルダさんが難しい顔をしながら首を捻った。
「しっかしなぁ……そもそも、何であのイカ二匹はあそこで動かずに大人しくしているんだろ? 普通、モンスターって人間を食べる目的ならあの手この手でこっちを襲ってきたりしない?」
それも尤もだと思ったのか、ベリファント船長は深く頷く。
「確かにそうだのう……。海の化け物と言うても、基本は陸の化け物と一緒じゃ。何らかの目的でもない限り、この場に留まっている意味は無い」
「ですが、理由なんてあるんでしょうか? 怪物の考えている事なんて、我々には完全には理解出来ません。もしかしたら、我々が弱るのを待って、海に出て来るのを待っているのかも知れませんよ」
今の発言はファスタイン船長だ。
凛とした声が放つ絶望的な予想に、またもや全員が黙ってしまった。
みんな、どうすれば良いのか悩んでいる。
……やっぱ、俺が出来る事をやるしかないんだろうか。
だけど俺は、あんな巨大なモンスター相手に黒曜の使者の力を使った事はない。もしかしたら、失敗する可能性も有る。どっちにしろ一か八かの能力だ、そんな物を頼りにする訳には行かないだろう。
かといって、ブラック達に「力」を渡しても厄介な事になりそうだし……。
そんな風に悩んでいると、いきなりリリーネさんの傍に座っていた運営委員会の眼鏡っ娘……いや女の人が立ち上がった。
「も、もういや……もう嫌です!! こんなの耐えられません……!!」
そう言いながら、頭を抱えて泣き始めてしまった。
もうすぐ三日目に突入してしまうと言う事実と、クラーケンを倒す事も出来ずに悶々としているこの状況が、彼女の感情を決壊させてしまったらしい。
だけど、その場の全員の誰もが彼女を責める事は無かった。
彼女の不安な気持ちは、全員が溜め込んでいるから。
「ああ、落ち着いて……。大丈夫ですわ、さあ、涙を拭いて」
「うっ、うぅ……ぎ、ギルド長……」
「私が今まで敵を蹴散らせなかった事がありまして? ……この状況が不安なのは仕方がないことですけど、泣いてしまったら折角の可愛いお顔が台無しですわ」
んんん、ゆ、百合の香りが致します……。
ゴージャス系美少女と地味系だけど可愛い眼鏡っ子のイチャコラ……目の保養、目の保養すぎる……!!
でも励ましてるリリーネさんもやっぱり疲れてるっぽくて、目の保養とか喜んでる場合じゃないのが嫌でも伝わって来た。
そっか、そうだよな……男でも焦燥感マックスなのに、繊細な女の子が風呂も家もないこんな場所で耐えられるわけないよな……。
ちらっと師匠の方を見ると、俺達よりも彼女を心配しているのか凄くオロオロしていた。見てるこっちにまで伝染してしまいそうだ。
本当刀背負っててもリリーネさんの前じゃ形無しだな……。
でも、リーダー気質なリリーネさんを心の底から心配してやれるのは、やっぱり同じギルド長としての苦労を解ってる師匠しかいないと思うんだよな。
きっかけさえあれば、彼女も師匠に弱音を吐いてスッキリ出来ると思うんだけど、しかしこの状況できっかけってのもなあ。
何かいい案は無かろうかと悩んでいる横から、唐突にぐうという間の抜けた音が聞こえた。何事かと思って右を向くと、クロウが腹をさすりながら俺をじーっと見つめている。ああ、このジェスチャーは腹が減ったと……おい熊さんアンタさっき夕飯食べたでしょうが。
……いや、待てよ?
腹が減ると人はイライラすると言うが、糖分が無くても人はイライラするよな。
と言う事は……二人の心も、ちょっとは落ちつける事が出来るかも。
「あの、師匠」
「な、なにアルか? ツカサ君」
「みなさんお疲れみたいですし……俺達でちょっと……」
そう言いつつ、俺は師匠に近付いてコソコソと耳打ちをした。
「……そうアルね。あの、みなさん良かったら少し待ってて欲しいアル。……さ、ツカサ君行くアルヨ」
「はいっ。ブラックとクロウはみんなの事頼むな」
面倒な事になる前に、俺は返事を待たずさっとその場を立った。
何をするのかと言われたら、そりゃもうもちろん決まってる。
イライラを鎮めるのは糖分、そして女子が笑顔になると言えば……もう甘い物に決まっているでしょう。そう、俺達は今からリリーネさん達の為に、スイーツ(笑)を作るのだ。
とは言っても難しい物じゃない。
作るのは、俺が前に作った芋団子だ。
和風のお菓子でスイーツとは若干アレな気もするが、この世界じゃ和風もナニもあったもんじゃないので気にしないでほしい。
アレなら短時間で出来るし、シダレイモもあるから沢山作れる。
師匠は手先が器用だし、俺を手伝ってくれるのには打ってつけだ。
ってな訳で、俺達は夕方のおやつ(小さめ)をさっと作ると、皆に振る舞った。
「これは……」
リリーネさんが不思議そうに丸い芋団子をつまむ。
それに対して、師匠が照れながら笑顔で答えた。
「そ、それ芋団子ネ……ツカサ君の故郷の料理アル! 甘くて美味しいアルヨ! え、えっと、私が提案した……アル。女の子は『疲れたら甘い物が一番』ってよく聴くアルから……二人が元気になればと思って……」
照れてつっかえながらも言い切る師匠に、俺は他の人に団子を配りながら小さくガッツポーズをかます。よしよし、オッケーですよ師匠!
リリーネさんも少し頬を染めつつはにかんでるし、これは実際イイ感じに好感度上がってるんじゃないんですか!?
美少女に惚れられるとか本当は恨めしいが、師匠は俺と同じモテナイ男なので、涙を呑んで祝福しましょう協力しましょう。アンタの幸せが俺の幸せだ。
ああ、でもいいなあ美少女の恋人……。
「ツカサ君、いいの? アレ本当はツカサ君のお婆様の料理なのに……」
内心羨ましくて号泣している俺に気付いているのかいないのか、ブラックが少し不機嫌そうに俺に耳打ちしてくる。
他の皆も師匠のアイディアだと思っているようで、幸せそうにモグモグしているが、俺は別に構わなかった。大体俺が創作した料理でもないしな。
良いんだよと頷きつつ、俺はブラックにも団子を渡した。
「別に構わないよ。みんな喜んでくれてるんだし、二人も良い雰囲気だしさ」
「でも……」
「今のこの状況には、アレが必要だったんだよ。だからいいの。ホラ見てみろよ。さっきはあんなにピリピリしてたのに、今は全員ホンワカしてんだろ?」
「むー……」
ブラックの台詞だけ見て美少女を想像したら凄く萌えるけど、目の前にいるのはやっぱりオッサン。いやでも、実際そうやって気にかけてくれるのは嬉しいよね。
でも本当に大丈夫だから心配すんなよ。そんな思いを込め、肩を叩いてニッと笑ってやると、ブラックはまだ少し納得が行っていないようだったが、仕方がないと緩く笑ってくれた。
そうそう、おやつを食べる時は笑顔が一番ですよ。今おやつどきじゃないけど。
「いやーしっかし美味いねコレ! ウチでもやってみよっかなぁ」
「イメルダ、その前にお主料理なんぞ出来んだろ」
「っさいなぁ! ベリ爺ん所だってわっかい嫁さんに料理まかせっきりじゃん!」
「シェスはお主より可愛げも料理の腕もあるし良いんじゃよ」
「くぁー! ムカツクぅー!!」
みんな気分が浮上してきたようで、先程までの雰囲気では有りえなかった軽いじゃれあいすらも始まっている。泣いていた眼鏡っ子運営さんも、甘い味にやっと平常心を取り戻したらしく、笑顔で団子を頬張っていた。
うんうん、みんな笑顔が一番だね。特に女の子は笑顔が一番だね!
リリーネさんも師匠とちょっと良い雰囲気だし、とにかく絶望に支配されなきゃ道は開けるもんだ。クラーケンが圧倒的な力を持っていても、まだ策はあるはず。悲観的になるのはもっと先で良い。
そんな和やかな雰囲気に触発されたのか、リリーネさんもすっかり元気になってみんなの視線を集めるように手を叩いた。
「やはり、諦めてはいけませんわ! ファランが、こんな素敵な料理を作って私達を元気付けてくれたんですもの。どんなに絶望的な時でも、これだけ人数が居ればきっと解決策が見つかるはずです。この美味しいお菓子で、みんなの心が癒されたように……だから、頑張りましょう!」
リーダーの一声に、全員が笑顔で頷く。
もう彼らの顔には絶望的な表情はひとかけらも見当たらなかった。
やっぱり最後は、頼れる人の言葉が無くては決心は出来ない。俺達の料理だけじゃあ全員が士気を取り戻せなかっただろう。
頼れる人が居るって事が、より安心を与えてくれるんだよな。
「よーし、じゃあもう一回クラーケンに対して何が出来るか考えてみようよ!」
「そうじゃな、落ちこんでいるだけでは何も始まらんわい」
「フッ……そうですね、我々に出来る事をまず考えましょう」
上位三組のリーダーも、リリーネさんに触発されてやる気が出てきた。
そうそう、まだこっちには精鋭が十人かそこら元気に会議してるんだ。諦めるのはまだ早い。俺達が姉御の正体を掴むまで、みんなに元気でいて貰わないとな。
「では、クラーケンの対策について再度……――――あら?」
リリーネさんが、何かに気付いたように話の途中で海の方を向く。
全員が一斉にそちらを向いたので、俺も慌てて同じ方向を見ようとした、刹那。
「――っ!?」
すぐ近く。
しかし、どこか分からない所から、一瞬曜気が放たれるような気配がした。
それを感じたと同時。
海の上で大人しくしていたあの化け物が、また海鳴りを伴って動き始めた。
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