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波乱の大祭、千差万別の恋模様編
11.人はご褒美の為なら頑張れる
しおりを挟む二日目にしてこの大惨事とは、まったくどうしたらいいのやら……。
憂鬱を患いつつ、俺は看護兵の如く負傷者の手当ての途中で溜息を吐いた。
すると、今手当していた壮年のおじさんが申し訳なさそうに顔を歪める。
「坊主、すまんな。左手じゃ包帯が上手く巻けなくてよ」
「あ、いや違うんです。これからどうなるんだろうなって思って……」
正直疲れているし、さっきの絶望的な光景に少し心が萎びてしまったが、手当てするのが嫌とか言う訳じゃない。俺が今唯一やれる事だし、それは良いんだ。
例えおじさん達が他の参加者に白い目で見られていようが、俺には関係ないし。
それに……自分の力が強いと思えていたら、俺だってクラーケンに立ち向かっていたかも知れない。それを勇気と呼ぶか無謀と呼ぶかは人によりけりだろうけど、どっちにしろこの状態じゃ責められないよな。
人死にが出てたらまた状況は変わっていたと思うけど、みんな無事だったんだし今はその事はもう置いておこう。
そんな俺の感情が伝わったのか、おじさんは困ったように笑って頭を掻いた。
「俺達のせいで、かえって絶望的になっちまったな……こういう時は戦う奴の勢いが一番大事だってぇのによ……」
「いや……遅かれ早かれこういう事は起きてたと思いますし……だから、必要以上に自分達を責めないで下さい。制止を振り切ったのはまあ、そのアレですけど……でも、今って極限状態ですし……」
「……アンタ良い奴だな。ギルド長達がアンタらを信用してんのが解るよ」
う、うーん、そこは良い奴っていうよりデバガメって言いますか……。
つーか今の状況で作戦会議とかに呼ばれてるのは、完全にブラックやクロウの力が凄いからで俺は手綱役なだけなんでー……。
色々と思う所は会ったが、説明して変にこじらせたら面倒なので、そう言うことにしておいて俺はブラック達の所へと戻った。
半数以上が怪我人となった今は、ブラックも俺が一人で行動する事を許してくれている。まあ、こんな状況じゃ俺の尻を追っかける性欲すらなくなったろうしな。
「あ、ツカサ君! 何もされなかった? 無事だった?!」
最早会議場所になってしまっている美食競争の会場に戻って来るなり、ブラックが駆け寄ってくる。心配ないってのに心配するのはもう性分なのか。
「みんな大人しかったよ。っつーかお通夜状態」
「オツヤ? 良く解らないけど、何もされてないならいいよ」
「ああそう……いやそうじゃなく、話し合いの結果は? なんか進んだ?」
俺やイメルダさん達上位三組のリーダー、そして運営さん達は怪我人の手当てに駆り出されていたのだが、その間に師匠とブラック達、そしてリリーネさんと彼女が信用している腹心の部下達は今までの事で話し合っていたのだ。
それもこれも、みんな正体不明の「姉御」という存在がいるため。
リリーネさんは上位三組のリーダー達も呼びたがっていたけど、どこから情報が洩れて相手に逃げられるか解らないので、俺達と師匠で止めた。
今の状態じゃ誰を疑っていいかすらわからないんだもんな。
なので、俺も彼らに怪しまれないために出動したのだけど……。
ブラックの顔からすると、あんまり成果は得られなかったみたいだ。
「残念だけど、昼の話し合いと大して変わらないね。クラーケンに確実なダメージが与えられない以上、島を脱出する事も出来ないし……姉御って奴がどう動くかが解らないから、相手を特定できない内に騒ぐのは得策じゃないってさ。……まあ、僕達が昨晩考えた事とだいたい変わらないね」
「うーむ……せめて相手が見つかれば相手の召喚珠を奪ったりとかも出来そうなんだけど……やっぱ犯人探しが急務かな」
「だとしても、どう探せばいいやら……」
と、俺達が悩んでいると。
「なんだ。まだそんな事で悩んでいるのか」
クロウが俺とブラックの間に入って来て、眠そうな目で俺達をみやった。
「悩んでいるのかって……じゃあ何かい、お前には策があるとでも?」
イライラしながら問い返すブラックに、クロウは物怖じせずに頷く。
「臭いさえ分かれば、その姉御とやらを探し出すのは簡単だ」
そう言いながら、クロウは自分の鼻の先を指で押した。
鼻……。鼻……? あ、そっか!
「そうか、お前獣人だもんな! 鼻が良いからすぐに……って、駄目だ……俺達は姉御って女の人のにおいがついたものなんて知らないや……」
これじゃ、いくらクロウが頑張ってくれてもどうしようもない。
島には何十人もの人間が居るんだし、一人一人の臭いなんて覚えてたら、いくらクロウでも頭がパンクしちゃうよ。それはちょっと困る。
どうすべきかと腕を組んで唸る俺とクロウだったが、そんな俺達を面白くないとでも言うように鼻を鳴らし、ブラックはぶっきらぼうな声で腰に手を当てた。
「そんな事しなくたって、もっと簡単な方法があるじゃないか」
「簡単な方法?」
「ガーランドの臭いがする人間を探せばいいんだよ」
ブラックの言葉に一瞬考えてしまったが、すぐに意味が解って俺は声を上げた。
そう、そうだよ。姉御って奴はガーランドとこそこそ会ってるんだ、なら姉御にもガーランドの臭いが付いてる可能性がある。
姉御のにおいを探すのではなく、そいつに接触してる奴のにおいから探せばいいのか。まさにこれは逆転の発想だな!
「うわっ、そっか、その手があった! ブラックお前頭回るなー!」
「そうだな、さすがは変態だ。オレ達とは目の付け所が違う」
「おい駄熊お前褒めてないだろそれは」
もー、ちょいちょい火種作るのやめて下さいよ二人ともー。
段々面倒臭くなってきたが、そう思って放って置くと酷い喧嘩になるので、二人を落ち着かせてから俺は改めてブラックの案が可能かクロウに聞いた。
疑ってはいないけど、動物も嗅覚が鋭い種族とそうでない種族がいるからな。
念押しのつもりだったが、それが少しクロウのプライドに障ったのか、少し眉を顰めながら「やってみない事には解らないが、出来るとは思う」と答えてくれた。
やっぱり獣人の熊族でも嗅覚は熊と同じなんだろうか?
何にせよ、クロウの嗅覚を低く見積もってしまったと思われたのは確かだ。自分の力を侮られるのは、腕力至上主義の獣人族的にはかなり失礼な事だろう。
クロウに気持ちよく手伝って貰う為にと思って、ブラックにも無理矢理頭を下げさせて謝ると、相手はちらっと俺を見てから、への字に曲げた口で問うた。
「……オレが犯人を見つけられたら、ご褒美くれるか?」
「え?」
な、なんだって?
思わず聞き返すと、クロウはまるで子供が拗ねたような顔で口を尖らせた。
だからオッサンがやっても可愛くないんだって! 熊耳のクロウでもアウト!!
「この男はツカサに沢山ご褒美を貰っているのに、オレだけタダ働きは不公平だ。だから、ツカサがオレにもご褒美をくれるならオレも頑張る」
「こ、この駄熊調子に乗って」
「落ちつけ馬鹿! えっと、ご、ご褒美って例えば?」
まさかこの残念なオッサンのような事は言うまいが、と恐る恐る訊いてみると。
「頬でも良いから、口付けしてほしい。あと、抱き締めさせてくれ」
「あ……意外と良心的……」
「だっ、騙されないでねツカサ君!? 良く考えてよ、僕との事で麻痺してるかもしれないけど、それって結構アレなお願いだからね!?」
ハッ、いかん、マジでブラック基準に考えてたわ……危ない危ない。
いやでも、ほっぺにチューとハグだけなら他の奴にもやられてるし、別にクロウだけダメって訳でもないからなあ。ブラックが嫌がるから拒否するだけで。
つーかよく考えたら今も協力してくれてるんだし、それくらいはやっても良いんじゃないのだろうか。ブラックは俺のやる事に巻き込まれて当然だけど、クロウは完全に協力しなくていい事に協力してくれてるんだし。
何より、クロウならまあ不快感もないからな。
「…………ダメか?」
また熊の耳がしゅーんと垂れ下がる。
顔は無表情なのに耳だけが分かりやすいって言うギャップがもう、俺のハートを狙い撃ちにしてくる。これがわざとだったのならまだ我慢出来たけど、残念ながらクロウはそんな器用な事が出来る性格じゃない。
それが分かってるから、また絆されちゃってどうしようもなかった。
「ちょっ……ツカサ君?」
「クロウは手伝ってくれてるんだから……まあ、別にいいだろそんくらい!」
そう言うと、ブラックは信じられないとばかりに青ざめて、反対にクロウは背景にキラキラを散らしたかのような嬉しそうな雰囲気を漂わせながら、熊の耳をぴこぴこと動かして少し興奮したように目を見開いていた。
うう……やっぱ獣人はずるい……。
「ツカサ……!」
「ツカサ君、なんでそんな約束しちゃうのさっ! うぅっ、浮気者ー!」
スネて蹲るオッサンに、嬉しそうに体を揺らすオッサン。
どっちもオッサンだがウザさのベクトルはまあ違う。
てか前者が圧倒的にうざい。
対照的な二人の様子に俺は頭を掻くと、クロウに「静かにして」と指を立ててジェスチャーをしながら、丸まっているブラックの耳に顔を近付けた。
……言いたくないが。
言いたくないが、まあ、その……言ってやらなきゃいけないし。
心中複雑だったが、俺は覚悟を決めてブラックに小さな声で囁いてやった。
「あ、あのなあ、お前とはもっと凄い事してるんだから、これくらいどうって事ねーだろ。それに、その……俺の恋人は……その、アンタだし……約束以上のコトなんてする気はない。恋人なら、俺の性格ぐらい理解できんだろ」
だから、変な心配や嫉妬なんてすんな。
ぶっきらぼうにそう言って、離れる。
クロウも俺についての諸々を我慢してるんだから、あんたも余裕をもってくれよ。俺には俺を取り合うアンタらの気持ちは解んないけどさ。
そんな気持ちでどもりながらも伝えた俺に、ブラックは丸くした目を潤ませながら俺を仰ぎ見た。そりゃもう、情けない顔で。
「ツカサくん……」
「心配なら、目の前で見てりゃいいだろ。アンタに隠すようなことなんてないよ」
「……あとで僕にもおんなじことしてくれる?」
「ぐ……ま、まあ……それで機嫌が直るんなら……」
そう言うと、ブラックは嬉しそうに笑って頷いた。
……はあ。なんでほっぺにチュー程度の簡単なお礼で、ここまで嫉妬してダダをこねるのか。本当に人一倍執着心の強い奴だよこの中年は。
って言うか大人げない。昨日甘えろと言った奴がコレとか、甘えたくても甘えられないんですけどマジで。
でも、そんな相手をちゃんと宥められる程度には理解出来ているんだと思うと、嬉しいやら悲しいやら。
「話はまとまったか」
「お、おう。約束は守るから心配すんな。……で、どうやって探すんだ?」
「まずは、ガーランドの私物か……もしくは何かにおいが付いてそうな物を持って来てくれ。本当は直接嗅ぐのがいいんだが、そう言う訳にも行かんしな」
確かにガーランドに直接鼻を近付けてクンクンするクロウは見たくない。
っていうか、どう考えても精神的にダメージが。
しかしガーランドに近付くとなると……結構難易度高くないか?
「ど、どうしよう。普通にやっても多分無理……だよな……?」
ガーランドの私物を勝手に漁る訳にも行かないし、そもそもあいつらは寝る場所ですら自分達で縄張りをつくっていておいそれとは近付けない。
今も何をしているのか、砂浜にも姿が見えなかった。子分すら見かけない。
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そんな状況の相手の私物を持ってくるってのは、どうも難易度が高いような。
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「…………もしかして、また美人局するのぉ……?」
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