異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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港町ランティナ、恋も料理も命がけ編

14.麗しの美少女と残念すぎる青年

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 ところで諸君しょくん、覚えておられるだろうか。
 世界協定からの返事が来るのが、連絡を取ってから三四日後くらいだろうという話と、この祭りがその連絡を取った日から数日後に開催されると言うことを。

 そう。つまり、日数を考えると、連絡への返答は祭りの準備期間中に来る訳で、本来なら俺達はもうシアンさんからの返事を受け取っているはずだったのだが……。
 実は、まだその返答が来ていないのだ。

 普通、そうなると返事が遅れるとかそういう連絡があってもいいものだがそれもなく、とうとう祭りの前日になってしまった。
 これは由々ゆゆしき事態だった。

 師匠は「最近お忙しいようだから、返事が遅れているのかも」と言っていたが、シアンさんなら何を置いても俺達に連絡をしてくれるはずだ。ここまで沈黙してるのはおかしい。
 だって、シアンさんはクロウが俺達に付いて来る事をあれだけ阻止しようとしてたんだ、今ここにクロウが居ると解れば、迅速に返答してくれるはずだろう。
 なのに返答がないとは……何かおかしい。おかしいのだ。

 ……っつーか、おかしいとか以前に困るんですけど!!

 この先もここで連絡を待たなきゃ行けないって事は、海賊達とまだ顔をつき合わさなけりゃいけないって事じゃないか。それは困るよ。

 仮に祭りでガーランド達に勝ったとしても、祭りの後にお礼参りとか来られそうで気が気じゃない。っつーかあの感じだと来るだろ。絶対報復しに来るって!
 なのに逃げる事も出来ないとか本当にヤバいってぇえ……。

「どーしよ……勝っても地獄負けても地獄なんですけど……」

 連絡が来ないと祭りの後にどう行動するかの計画も立てられないし、クロウ一人をこの街に置いて行く訳にもいかないしぃい……。
 うううう……祭りの事だけでも神経削られそうなのにどうしてこんな事に……。

「ツカサ、どうして壁に向かって喋ってるんだ?」

 俺の背後から的確なツッコミが聞こえて、俺は幽霊のように力なく振り返る。
 どうやら、壁の向こうの諸君……と言う名の俺の脳内オーディエンスに向かって喋っていたのがバレてしまったようだ。小声でも獣人には意味がないらしい。

 だが許してほしいと思う。だって、今さっきの不安な予想を抱えたまま、俺達は敵の本拠地とも言える港に来ちゃってるんだぜ。
 明日の祭りに参加する為に登録所の列に並んで、順番を待ってるんだぜ。

 周囲には見物人もいるし、列にはなんか俺達を見つめてる奴らもいるし、何よりニヤニヤしながら俺達を遠巻きに見つめているガーランドの連中が居るんだ。
 こんな「何かが起こりそう」な状況で冷静に行動しろなんて、俺には無理です。
 ああもうこれと言うのもブラック達が売り言葉に買い言葉するからぁああ。

「それにしても、わりと参加者が多いな」

 俺の心の中の叫びなど知りもせず、俺と一緒に列に並んでいるオッサン三人組はのほほんと列の前方を見ている。
 なんだか興味深そうに呟いたクロウの言葉に、ファラン師匠が答えた。

「多く見えるのは、それぞれのパーティー全員が並んでるからアルヨ。パーティーごとで数えたら、恐らく四十組かそこらへんネ。毎年似たような参加者が多いから、多少増えたとしても百組は行かないヨ」
「田舎街にしては人がいる方だな。金目当てで帰ってくる奴がいるのか?」
「アハハ……ま、まあ……そこはやっぱり五万だからネ……」

 ……クロウもそこそこズバッと言うよな。
 でも気持ちは分からんでもないなあ。俺も住んでた町にはなんの感情も無かったけど、賞金が出るイベントには小遣い欲しさにダチと参加してたし。
 まあ、うん、お金欲しいもんね、みんな!
 俺も正直欲しいです!

「それにしてもツカサ君、顔色悪いけど大丈夫?」
「敵の本拠地周辺で平然としていられないだけです。……それはどうでも良いけどさ、ブラック……祭りの後どうする? 連絡来ないとここで足止めだぞ」

 クロウと師匠が話している間にコソコソと耳打ちをすると、ブラックもその話題には困っていると言うような顔をして首を傾げた。

「うーん……それなんだけど、変なんだよねえ……。シアンは、連絡事に関しては物凄く几帳面きちょうめんだから、本当ならもう返答が来ても良い頃なんだけどね。……もしかしたら、世界協定で何か起こってるのかも知れない」
「何かって……なに?」

 まさか、シアンさんやエネさんの身に危険が及ぶ事じゃないよな。
 不安になってブラックを見上げると、ブラックは俺を安心させるように笑った。

「まあ何にせよ、シアンなら心配いらないよ。彼女は神族だし、それに僕と同じくグリモアでもある。……あ、ツカサ君にはまだ言ってなかったな……彼女は水の魔導書グリモア――『碧水へきすいの書』に認められた唯一の神族なんだ」
「……シアン、さんも……グリモア……?」

 まって。それ、初めて聞いたんだけど……。
 じゃあ今現在のこの世界には、ブラックとレッド、それにシアンさんという三人のグリモアがもう存在してるってのか……?
 思わず瞠目どうもくする俺に、ブラックは少し心配そうに眉根を寄せながら続ける。

「ご、ごめんね。今まで言う機会も無かったし、僕の事が無ければなんのこっちゃな話だったし……。あの……怒ってる?」
「い、いや……怒っては無い……大丈夫、驚いただけだ。……えっと、なら、暴動とかはとりあえず乗り切れるんだな?」

 グリモアが七人揃った時の事は、まだブラックには伝えていない。
 本当は言わなきゃ行けないんだけど……いや、今は考えまい。とにかく、シアンさんがグリモアであるなら、ブラックやレッドと同じように自然を超越するレベルの術が使えるって事だよな。
 だったら、とりあえずシアンさんの身は無事って事でいいんだよな……?

 うかがうように相手を見ると、俺の言いたい事がわかったのかブラックは頷いた。

「うん。シアンは絶対に大丈夫だよ。でも、ギルドに何も連絡が来ない訳だから、変な事は起きてないと思うんだけどな……。世界協定に何か危機が迫った時には、全世界のギルドに協力要請が行くようになってるからね。だからギルド長には特別な連絡手段が用意されているわけだし」
「あ、そっか……じゃあ、普通に忙しくて遅れてるって思ってていいのかな……」

 それなら安心だけど……。
 でも、本当になんで連絡が来ないんだろうな。

 何か釈然しゃくぜんとしない気持ちを抱えつつも、俺達四人は取り留めのない会話で時間を潰しながら徐々に列の先頭へと動いて行った。
 そうして、一時間ほどたっただろうか。やっと、俺達にも登録を宣誓する順番がやって来た。

「はい、コンニチハー。君達は……新しく登録するのかな?」

 俺達の目の前に現れたのは、礼服を着た黒に近い灰色の髪の青年だ。
 もちろんイケメンでムカツクわけなんですけど、そんな事はおくびにも出さず俺は笑って頷いた。運営委員会には愛想よく。コレ参加者の基本ね。

「どういう風に登録したらいいんでしょうか」
「それなら、あっちの机でこの用紙に必要事項を記入して、えーっと……ほら、机の奥の方に豪華な椅子に座っている女の人が居るだろう? あの人に用紙を渡すんだ。保護者の方も参加するんだったら記入お願いしますねー」
「ありがとうございますー」

 ってオノレ、俺のこと子供だと思ってたんかい!!
 てめこの野郎俺より身長が十センチ高いからってバカにしやがって。

「つ、ツカサ君どーどー! ほら行くよ!」
「ツカサは男に厳しいな」
「このくらいの男の子は、美形で女に人気があるコに敵意が湧きあがるアル。大目に見てあげるヨロシ」

 ブラックに両脇を抱えられて、ずりずりと机の方へと引き摺られていく俺。
 畜生、どこ向いても8割美形だし俺も低身長だし今更だけど死にてえ。
 って言うか師匠よく解ってますね。さては貴方も元々はモテない男子か。

 色々と言いたい事はあったが、俺はぐっとこらえて用紙に必要事項を記入した。
 海賊王祭りに参加するのに必要なのは、参加メンバーの名前と性別、それに何が得意で職業は何かという事だけだ。
 所属ギルドを記入する項目がないのは、多分職業だけで判るからなんだろうな。

 だって、海賊だと例えば「ガーランド海賊団・船長」とか職業に書くだろうし。

 そんな訳で、俺達は記入を終えると豪華な椅子に座っている女性の所に行こうとした……のだが。何故か、ここにきて師匠が顔を隠しだした。

「どうしたんすか師匠」
「あ、あの……その……わ、私一番後ろにいるネ……!」
「何言ってるんスか。師匠がパーティーの代表なんだから、先頭に居て貰わないと困りますよ! ほらほら、さっさと行きましょう!」
「あぁああぁあ」

 ブラックとクロウにも協力して貰って押せ押せで件の場所へと向かう。
 そうして女性の前へとたどり着くと、俺は再び笑顔で彼女に挨拶をした。

「すみません、俺達初めて登録するもので……宜しくお願いします!」

 元気よく言い、彼女をはっきりと見て――――俺は、息をのんだ。

「あら。良く知っている顔がいたので、てっきり何か別の用事かと思いましたが……祭りの新規参加者でしたのね」

 そう言って微笑むのは、ブロンドの巻き毛を豊かに肩まで流し、美しい刺繍ししゅうほどこした綺麗な海賊帽を被ったグラマラスな美女。
 いや、その顔立ちを見れば、もしかしたら俺と同じ年頃かも知れない。
 そのくらいのあどけなさと色気が同居した、まさに絶世の美少女がそこに居た。

 海賊船長まんまの服装ってことは……この子も海賊なのか。
 いや、なんか雰囲気的に物凄い大物な感じがするぞ。それに、ファランさんも顔を真っ赤にしてさっきからダラダラ冷や汗を垂らして固まってるし。
 って事は……もしかしてこの美少女が……。

「あの……もしかして、貴方が……リリーネ船長ですか?」

 訊くと、彼女は花が綻ぶかのような愛らしい笑みで微笑んだ。

「あら、私の事を知っていて下さったのね。見た所……ファラン以外は旅のお方とお見受けしますが……」
「ああ、僕達はファランに誘われて参加したんです」

 平然と答えるブラックに、リリーネさんは目をしばたたかせる。
 長い睫毛まつげふちどられたブルーグレーの綺麗な瞳は、見つめているだけで何だかもう、恋してもしょうがないとか思うほどに魅力的だった。
 あかん、これあれや。テレビとかで良く見る「五十年に一度の美少女」とかそう言うレベルの強烈な美少女や。ずっと見ていたらやばい、溶けてしまう。俺が。

「あら、ファランが……? ふふふっ、あなた本気なの? 私に一度も勝った事がないへなちょこギルド長さんじゃない。船上格闘大会なんかに出たら、きっと海の魚にだって負けちゃうわよ?」
「あ、アハハ……そうかもアルね……そう、ぅ……ふぐぅう……」

 あぁあ……好きな子にめっちゃ見下されて師匠もの凄くへこんでるよ……。
 リリーネさんは物腰も柔らかいしお嬢様っぽい口調だから、そこまで強烈な言葉ではないけど、でも言葉の端々から海賊らしい「弱い奴が無理すんじゃねぇ」的な荒々しい感情を感じる。

 お嬢様みたいな出で立ちでも、やっぱリリーネさんも海賊なんだな……。

 そんなリリーネさんの海賊ギルド長らしい態度と、師匠の可哀想な姿を俺が見ている後ろで、オッサン二人が何やらボソボソと話していた。

「哀れだな……」
「いっそ殺してあげた方が楽なんじゃ……」

 うるさいよ、そこの女に困らない美形中年ども。

「ええと……ファランに、ツカサ・クグルギさんに……ブラックさんと、クロウ、クルワッハさん……かしら? 何だか、不思議なお名前の方達ですわね。もしかして、貴方がたはベランデルンの冒険者ではないのかしら?」
「あ、はい。俺達は別の国から着ました」

 そう言うと、リリーネさんはぱぁっと顔を輝かせて手を打つ。
 ああもう、その表情すら絵になるんですけど!
 そりゃ師匠も惚れるわな、こんな美少女に出会っちゃったら惚れるわな!!
 俺もフリーだったら完全に惚れてたわこんなん!

「やはりそうでしたのね! 祭りが終わったら是非他の国のお話をお聞きしたいわ。ファラン、ツカサさん達がお忙しいのでなければ、どうか海賊ギルドに連れて来て頂戴ね。私はギルドから動けませんので、お願いしますわよ」
「えぇっ!? はっ、あっ、わ、分かったアル! ぜ、絶対連れてくるアルヨ!」

 必要とされたことに舞いあがったのか、先程まで崩れ落ちていた師匠はビシッと立ち上がって敬礼する。そりゃもう、隊長に従う一兵卒のように。
 ……なんか、師匠がリリーネさんに軽くあしらわれてる理由が分かったような。

「ふふふ、お願いね」
「ひゃ、ひゃいアル」

 幸せそうな顔で返事をする師匠が悪いのか、それとも絶世の美少女である彼女が罪な女の子なのか。

「…………これ、どうやったらリリーネさんに認めて貰えるんだろう……?」

 なんか、祭りに参加して優勝するだけじゃ、リリーネさんにアピールできない気がして来たぞ。師匠自体が頑張るのは大前提だけど、もしものために彼女の情報を集めておいた方が良いんじゃないんだろうか。

 だってほら、その……なんか……このままだと心配って言うか……。
 同じモテナイ男としては、このままでは物凄く手ごたえがなさそうな嫌な予感がするので、後もう一押し出来る何かが必要なのではないかと思うのだ。

「…………やっぱここは、俺が一肌脱ぐしかないか……」

 女に困らない傍若無人なオッサン達には荷が重い。
 師匠には魚の取り扱いを教えて貰った多大な恩があるんだ、どうせ俺は明日の本番で料理をするだけだし、こうなったら俺がリリーネさんをキュンとさせるような何かを探るしかないよな!

 今日だけで何が出来るか解らんが、とにかくやってみよう!









 
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