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港町ランティナ、恋も料理も命がけ編
12.異世界の価値観が俺の価値観と違い過ぎる1
しおりを挟む「……なんかさあ、思うんだけど……俺ってば、どんどん変な方向に慣らされていってないか?」
「キュー?」
「このまま行くと、ケツを掘られて一コマで堕ちちゃう典型的なエロ漫画の淫乱ビッチみたいになってしまうんじゃなかろうか……」
「ウキュキュー」
晴れた空そよぐ潮風。相変わらずこのランティナの景色は美しいが、残念ながら俺の思考は美しくない。むしろくそみそだ。
天気がいいのに憂鬱なのは、やっぱり腰の痛みのせいだろうなあ。
十中八九それしかないよなあと思い、俺は深々と溜息を吐いた。
「キュゥ?」
「ああ、ごめんなロク……何でもないんだよ」
「キュー」
今日は起きてくれたロクは、俺の愚痴の内容を理解出来ていないようでしきりに首を傾げていたが、敢えて説明はしないでおいた。
だって、こんなの説明したらロクが可哀想だよ。虐待だよ。
ロクに「男子高校生が三十代後半の好色なオッサンに犯されまくって体がなんかメス化してるんですけど、どう思いますか?」とか言える訳ないだろう。
子供に爛れた猥談話すようなもんだぞ。トラウマものだぞ。
むしろ説明したらこっちが自殺する勢いだわ。
いや、人気の少ない道だからって、ブツブツ呟きながら歩いている俺も悪いとは思うんだけど、でも仕方ないじゃないか。
だって、俺は今からその愚痴の元凶に弁当を届けに行くところなんだから。思い出し怒りくらいはさせてほしい。
別に、ブラックに怒ってる訳じゃないんだけどさ。
でも、アイツ昨日の今日なのに全然元気なんだぜ?
どう考えてもおかしくない?
俺は台所で二発もぶちかまされて腰が痛いってのに、アンチクショウはケロッとして朝から舟を漕ぎに行ったんだぞ。コレが理不尽じゃないなら何だと言うんだ。あいつマジで化け物かよ。抜かずの三発なんて序の口に思えてきて怖いわ。
なに、この世界の人ってみんな基本性豪なの?
それとも、俺が無理させられてるのか? もう解んない。
ほんと嫌い。ブラックのそう言う体力おばけなところ本当きらい!
「アイツマジでなんなの。冒険者ってそんなに体力も精力もあるの……?」
自分が強いとは思わないが、それでもブラックはやはり人並み以上に体力が有り過ぎると思う。体力だけ全盛期並でスケベ心だけ順当にオッサンって、あんたエロ漫画のモブおじさんかよ本当に。
もうなんか、俺のへなちょこさをこれでもかと思い知らせるために、ブラックが居るみたいに思えてきた。でもこれも俺の僻みなんだよなあ……へへ、解ってますよぉ。美形で性豪で体力も運動神経も抜群って、普通ならスターだもんね……エロ画像コソコソ集めてるオタクな俺が敵うわきゃねーでやんす。
オタクで貧弱な俺が悪いんです……ってああもうネガティブが治らない。
「ウキュー」
「ん……? あ、このバスケットの中身は何かって?」
「キュー!」
ロクは俺の肩からするりと腕に降りて、俺が持っているバスケットを不思議そうに見る。そうして、クンクンと匂いを確かめていた。
うーん可愛い。やっぱロクが居てくれると心が癒されるなあ……。
暗黒に沈んでいた心が浮上するのを感じながら、俺はロクの質問に答えた。
「その中にはな、ブラック達のお昼ご飯が入ってるんだ。もちろんロクの分もあるから、海を見ながら一緒に食べような」
「ウキュッ!」
あ、なんか今の声「うん!」って声を出そうとしたような感じがして可愛い!
猫とか犬って、鳥みたいに人間の言葉を喋ろうとしたりする事もあるらしいけど、ロクも一生懸命応えようとしてくれたのかな~。ああもう可愛い子ちゃんめ!
すっかり気分が浮上した俺は、湿布を貼り付けてる腰の痛みもなんのそのでロクと美味しい昼食を頂くために港へと急いだ。
いやー、本当可愛い動物って素敵だね! まさにこの子達こそが天使だね!
「さーて、もうそろそろ港が見えて来るぞー」
「キュキュ?! キュー!」
駆け足の俺の声に、ロクはすぐに肩へ上へと戻ってきて早く海を見ようとする。
目をキラキラさせて前を見ているその顔が凄く愛らしくて、俺はロクの頭を撫でながら軽く顎で前方をさした。
「ほら、アレ見えるか? あの青いのが海だよ。ぜーんぶしょっぱい水で、その水が草原よりも山よりもずーっと遠くまで続いてるんだ。それに、海の水がある場所は、俺達が想像も出来ないくらいにふかーい所に底があるんだぜ」
「ウキュゥウ~……! キュキュ?」
感心したように頷きながらも、ロクは「森にある川とは違うの?」と言った感じのテレパシーを俺に送って来る。イメージ的には、しょっぱい水が在る大きな川って感じらしい。
そっか、ロクは川は知ってるんだよな。だから、アレと同じに見えてるのか。
「川とはちょっと違うかなー……何て言うか、海はでっかい水たまりみたいなもので、俺達が今いる陸は、海の上に浮かんでるって扱いなんだぜ?」
「キュギュ!? キュー!?」
「そうそう、そのくらい大きいの。だから、海にも俺達が知らないたくさんの生き物がいて、海にしか生えない植物とかもあるんだぜ」
ロクからしてみれば、全く別の世界って感じかもな。
簡単に海の事を説明し終わると、ロクは感心したかのように舌をぺろっと出したまま、コクコクと何度も頷いていた。
カルチャーショックになりすぎてて、舌をしまい忘れてるらしい。可愛すぎる。
んもー本当ロクは可愛げの固まりなんだから困るなあ。
その愛嬌をオッサン二人にちょっと分けてあげる事が出来れば、あの二人も少しは仲良く出来るんだろうけどなあと思いながらも、俺はブラック達を探す為にまず小舟を泊める桟橋が在るエリアへと向かった。
このランティナの港は、海賊船と交易船が泊まる場所がそれぞれ分かれているが、それと同じように小船も停泊する場所が決められている。
小船の桟橋はあの砂浜へ行く方向の途中に作られていて、そのため桟橋で小舟を借りた冒険者達は、砂浜まで小舟で行って返ってくると言うようなトレーニングも行っていた。一見簡単そうに見えるけど、砂浜と桟橋の間には岩場が有るので、岩礁に注意して漕がなきゃいけない。
その事を考えると、砂浜まで行って帰ってくるって特訓は結構有効なのかもな。
まあ、俺は全然船漕げないので関係ないんですけど!
「えーっと……ブラック達は…………おっ、丁度帰って来たな」
「キュッ」
長い長い桟橋の先、海の水平線が見える方から、すこぶる早い櫂さばきで一艘の小舟がこちらへと向かって来ていた。
紅蓮のような赤い髪と、黒に近くて僅かに紫がかった青い髪、それに加えて小豆色の髪色の三人組とくれば、どう考えてもブラック達しかいないだろう。
今更だけど、ほんとあの人達珍しい髪色してんだなあ……。
いや、ブラックの場合、似た髪色の人は沢山いるんだけど……あんだけ鮮やかに光る赤色って意外とないんだよなあ。
だから、同じ赤髪が沢山居てもすぐ分かるって言うか……まあそんな事言ってる場合じゃないか。俺は人の多い桟橋を駆け抜けると、先端に辿り着きブラック達におーいと手を振った。
「ブラック~! クロウ~! 師匠ぉ~!」
小舟が行きかう港の近くに戻ってきたブラック達は、俺の声に気付いたのか三人ともがこっちを見て片手を振ってくれた。
なんだかちょっと嬉しくて、俺も笑って手を振る。
「お昼持って来たぞー!」
そう言いながら、バスケットを持ち上げる。と――――。
「…………ん?」
何かしらんが、周囲が一瞬ざわついた。
って言うか近くにいた奴ら全員がこっちを見てて怖い。なにこれ。
あ、もしかして……ブラック達め、まーた俺の知らない所で何かしやがったな。
それで、三人に呼びかけた俺に周囲がざわついたんだろう。多分そうだ。
しかし……一体何やらかしたんだろう。また他の誰かに喧嘩売ったとかじゃないと良いんだけど……帰って来たし、問い詰めてみるか。
ギコギコと櫂を鳴らしながら桟橋に小舟をつけた三人に、俺はすぐに駆け寄ると早速事の次第を問い詰めた。
「お前らまた何かやったのか?」
不機嫌顔でそう言うと、ブラック達は目を丸くして俺を見つめて来た。
「へ?」
「何のことだ、ツカサ」
「……アレ? 何もしてないの?」
この態度はガチで驚いてる顔だ。
でもじゃあ、なんであの人達俺を見てびっくりしてたんだろう。
おかしいなあと首を傾げる間にも、ファラン師匠はボートの縄を桟橋の杭に結び付けて、軽々とボートから降りてきた。
「何だかよく解らないアルが、今日の二人は大人しくしてたアルヨ。そのおかげでかなり良い速度が記録できたし、練習の成果はバッチリだったネ」
「そうなんですか……じゃあなんでびっくりしてたんだろう、あの人達」
俺が視線を寄越すと、先程ざわついた桟橋の大勢の男達はさっと目を逸らす。
な、なんか感じ悪いぞ。俺何もしてないじゃないか。
彼らが何をしたいのか解らなくて顔を顰めていると、ようやく俺の疑問に合点が行ったファラン師匠は、ポンと手を叩いて俺に教えてくれた。
とんでもない、答えを。
「ああ、なるほどネ……。ツカサ君、彼らが驚いたのは、ブラックさん達のせいじゃないアルヨ。君が『お昼持って来たヨ』なんて可愛い事言うから、みんなびっくりして羨ましがってただけネ」
「……は?」
あの、ちょっと待って。意味わかんないんですけど師匠。
「ツカサ君、キミはただでさえ可愛くて目立つアルヨ。なのに、あんなに無防備になってたらダメネ。ブラックさん達が大変ヨ!」
メッと言わんばかりに腰に手を当てて俺に顔を近付けて来る師匠に、ブラック達も同意しているのか、尤もだと頷きながら船から降りてくる。
「そうだよツカサ君。本当、そう言う所は気を付けてくれないと……」
「確かにツカサは無防備すぎる。もう少し警戒心を持ってくれたらいいんだが」
「えええぇ……なんで俺が怒られてんのこれ……」
普通にしてるだけでお尻が危うい世界って、地獄過ぎませんかね。
いやまあ、さっきのはシチュエーション的に「港で待つ健気な恋人」って感じでキュンと来る要素がないでもないが、俺男だからね。何度でも口酸っぱくして言うけども、俺はただの普通の男子高校生ですからね?
美少女や美女とのナマのふれあいが出来るところはありがたいけど、その代わりにホモ……いや、飢えた人々に目を付けられようになるってどんな罰則ですか。
同性愛が普通っていう世界観は素敵だけど、俺は百合百合しい女の子達を遠くから見て幸せに浸ってた方が良かったです……。
それとも何か、ネットとか友達とふざけたりする時に「きゃー掘られるー」とか軽率な発言してふざけ合ったのが駄目だったのか。天罰か。
実際に同性に性的な目を向けられると、こんなに辛くなるなんて思わなかったんですごめんなさい神様。あと俺を可愛いって言わせるの止めて。本当無理。
「俺、この世界で一生分の『可愛い』って罵倒を聞かされてるされてる気がする」
「アハハ、まあツカサ君みたいな性格のコは嫌がる言葉アルネ」
「えー? でも僕はツカサ君に可愛いって言われたら嬉しいけどなあ」
「オレも」
「お前らはオッサンだからそう思うんだろうよ」
あと身内だしな。この世界の人だしな。
ああもう日本男児として育てられた俺と根本が違うから解って貰えないもおお。
「キュゥっ、ウキュー」
「あ、そうそう。お昼だな、ご飯食べような」
「キュー」
俺の負の感情を察したのか、ロクがまたもや可愛い仕草で俺を救ってくれる。
桟橋はわりと広く、他の人達も桟橋でメシを食ってたので、ここで弁当を広げても問題ないだろう。俺は小さな布を敷くと、その上に小皿を四つ分置いてから今日の弁当を取り出した。
「昨日作ったマヨネーズを改良して、スイートマヨのクラブハウスサンドを作ってみたんだ。肉も入ってるし、力つくぜ」
そう、マヨネーズが作れるようになった事で、俺の得意料理(というか数少ない俺が作れる簡単な料理)はパワーアップしていた。
……とは言っても、具材が増えたってだけだし、潤沢な食材が用意できる場所にいるとやはり完成度合いが違うってだけなんだけどな。
新鮮な葉物野菜と瑞々しいトマト、それに加えて肉厚なベーコンや分厚い卵は、俺が食べていたサンドとまるで変わらない。
ついでに焼いた肉も挟んでおいたから栄養満点だ。
後は味の問題だったが、マヨネーズを得た俺に最早怖い物などない。
甘めに味付けしたマヨネーズと普通のレモンマヨを使った事で、俺の不満はほぼ解消された。あと一つ不満を言うとすればマスタードがないという一点だけだったが、まあなくても問題は無い。とにかく、やっと納得のいく「俺の世界の料理」が作れたのだ。
「ついでにフライドポテトも作ってみましたよ、ふっふっふ」
「ふらいどぽてとってなんだい?」
「イモを揚げた料理の事。ケチャップっていう、トマトソースを煮詰めたような物があれば更に美味しかったんだけど……それは時間が無かったからカンベンな」
そう言いながら、俺はバスケットからサンドを二切れずつ三人に渡して、フライドポテトが詰め込まれた箱をどんと置いた。
皮付きのオールドスタイルなポテトフライだが、マ○ク以外のバーガー屋で見た事があるし、これが間違いって訳じゃないだろう。しかし、やっぱりこういう料理はこの世界の人にとっては不思議なモノらしく、反応は薄かった。
「なんか木片みたいな食べ物だね」
「イモの良い匂いがする……」
「おお、私の国にも似たような調理法が有るアルヨ! ああでも、あれは炒める奴ネ。揚げたイモは初めて見たヨ」
三人とも興味津々でポテトを見つめているが、どう食べたらいいかと考えているようで、すぐに手は伸びない。仕方ないので、俺は先にサンドの方を食べろと勧めフライドポテトを口に入れた。
「ちょっと冷えちゃったけどまだイケるな。ホラ、ロクも食べな」
「キュッ!」
つまんだフライドポテトを、今度はロクの口に持って行ってやる。すると、ロクは躊躇わずに勢いよく齧り付いた。
「キュゥ~~!」
「そーかそーか美味しいかー! 沢山食べな~」
ほらー、やっぱり美味しいんじゃん。俺ってば料理の天才だな!
ポテトはもう俺とロクで平らげちゃおう。ちゃんとサンドも作ってるんだし、オッサン連中にはあれでいいや。と、ブラック達を見やると、なにやらブラックとクロウがじーっと俺の方を見ていた。
「な、なんだよ」
「……ロクショウ君ばっかりずるい……僕にもあーんってしてよツカサ君!」
「オレもしてほしい」
…………やめてください隣で師匠がドン引いてます。
俺とこいつらの関係にドンびいてんのかオッサン二人にドンびいてんのかこの場の地獄の雰囲気に固まってるのか知らないけど、何にしろ居た堪れない。
小動物に嫉妬するオッサンってどこのおとぎ話だよ。そんなのどこぞの二次創作だけで充分だよ。とか思ってたらブラックがクロウを睨んだ。
「は? お前は引っ込んでろよ」
「お前こそ、その器の小ささをどうにかしたらどうだ」
「なにを」
「なんだと」
「ああもう面倒くせえなこの中年ども!!」
ほっといたら喧嘩するし、放って置かなくても面倒くさい!!
もう黙ってろとばかりに二人の口に無理矢理サンドを詰め込むと、二人とも目を輝かせて、もぐもぐと大人しく咀嚼し始めた。
はー、やっと静かになったよもう……。
俺は深々と溜息を吐くと、ファラン師匠に深々と頭を下げた。
「すみません師匠、御見苦しい所を」
「いや……あの、本当に大変アルネ……」
「解って頂けて嬉しいです……って言うか、やっぱああいうのって普通じゃないんですね、ドン引き案件なんですね……」
「まあ、うん、普通は人前ではやらない事アルからネ……でもまあ、付き合いたての若い恋人ならまあ……」
そうだよねー。
オッサンのぶりっことか、見せつけられる人には視覚からの暴力だよねー……。
俺、いつの間にか慣れてたんだなあ……。
「ツカサ君っ、クラブハウスサンドだっけ? これ、更に美味しくなってるよ!」
「やっぱりツカサの料理は美味いな……このイモもイケる」
「フライドポテトも酒に合いそうだなあ~」
そんな俺の心労もつゆ知らず、オッサン二人はキラキラしながら飯に夢中だ。
まだ怒りが治まった訳じゃないけど……そんなに喜んだ顔をして食べられたら、もう何も言えなくなっちまうじゃねーか。本当こういう所ずるいよ、この中年達。
まあ、美味しいって言ってくれたのは良かったけどさ……。
なんだかかんだ俺もチョロいなあと思いながらも、またまたポテトをつまもうと指を伸ばそうとすると。
「おう、ちょっと良いか兄ちゃん達」
聞き慣れないだみ声が聞こえて、俺達は一斉に声のした方を向いた。
→
※すみません、長すぎたので一旦切ります(;´Д`)
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