異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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アタラクシア遺跡、妄執の牢獄編

11.襲い掛かるは謎また謎

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 ロールプレイングゲーム……通称、RPG。
 プレイヤー達が割り当てられた役割を演じ、盤上の世界の中で物語を繰り広げると言う遊戯ゲームの一種だ。
 最近では、画面の中の物語を自分で動かしていくゲームを指す事が多い。

 しかしそれはゲームの種類の名称であって、それ以上でもそれ以下でもない。
 俺の世界で造られた単語だ。勿論、ブラックに聞いてこの単語がこの世界に無い事も確かめた。そう、ロールプレイングゲームという言葉は、この世界には存在しなかったのだ。なのにその単語が何故、この世界の禁書に記されていたのか。

 ……考えてみれば、以前からおかしなことは沢山あった。
 もしかしたら神様に翻訳機能を与えられているのかもしれないが、それにしては神族以外には横文字が通じず、しかしベッドやホットなどという単語は中途半端に存在している世界。
 無機質なコンクリートのビルを思わせる地下の遺跡。
 異世界というものをほとんど認識していない世界なのに、存在する異界の神。

 そして……――――あの、地下遺跡の日本語で書かれたメモ。

「………………」

 ブラックが以前「ツカサ君の他に異世界からの存在が出現するなんて、まずありえない」なんて事を言っていたけど……良く考えたら、同時に出現していなくても、過去の時代に俺みたいな異世界人が出現していた可能性はあるよな。
 俺の世界がこの世界と繋がって居るのなら、それは充分に考えられる事だ。

 だが、そこでも妙な違和感が残る。

 その「異世界の人々」のことが、どうしてどこにも伝わってないんだ?
 この世界の横文字単語は彼らが教えた物だとしたら、教えた人の話はどこへ。
 なにより、禁書とされた【ロールプレイングゲーム】の本を記した人間は、一体どこへ行ったって言うんだ。……解らない。何も判らない。

 それに、女賢者の仲間だった「代表」も謎だ。
 代表は何故その本の内容を誰にも話さなかったのだろう。
 ロールプレイングゲームという単語を知っていたから?
 それとも、中に書かれている内容が、あまりにも衝撃的だったから?

 ぐるぐるとその答えを考えてしまうが、俺に結論が出せるはずもない。
 だから、俺とブラックはまずその禁書を探す事にした。

 今のところは、第五層に向かう前にしっかりと休息を取っている途中だが、気力が戻ったら階段にアタックするつもりだ。
 いやいくらなんでも、一戦交えて一発ヤられた後で二戦目やる体力は俺にはないですって……若いのに腰壊したらどうすんだよ……。
 目標が得体のしれない本だし、禁書ってことで立ち入り禁止の第六層に不法侵入するなら休んでおかないと死ぬぞ。あと、作戦を練るのも大事だし。

 あ、そうそう。
 もちろん、ブラックにはちゃんとその題名が俺の世界の単語だって話したよ。
 だって隠す必要もないし……何より、俺の世界に存在する単語なんだから、俺にまつわる何かしらのヒントが書かれているかも知れない。
 もし本当に「RPG」について書かれているのなら、黒曜の使者の役割についても説明されている可能性はあるもんな。

 シアンさんから聞いた話では、黒曜の使者は何度も出現していたと言う。
 その存在全てが俺と同じ「異世界の人間」だとしたら、少しは謎が解けるような気もするんだがなあ。中途半端に俺の世界の英語が出て来るのは、恐らく彼らの旅の軌跡だと思うんだけど……でも、影響力が強すぎるんだよな……。

「…………やっぱ、この世界にはチート勇者がいたのか……?」

 でも、そんな話も聞かないんだよな。何でだろう。
 チート勇者がいるのなら、伝説になっててもおかしくないのに。
 なのに、そんな伝説はない。
 単語は存在するのに、広めた人間の足跡は存在しない。
 それって一体どういう事なんだろう。

 ……あの禁書を見れば、答えが解るのかな。
 ロールプレイングゲームと書かれた……あの、奇妙な本を。

「……なんか怖いな……」

 まさかこの世界が盤上のゲームだとは思わないが、でも、名前からしていい気分にはならない。今までさらっと使ってきた単語が、この世界で聞くとこんなに怖くなるなんて思いもしなかった。

 だけど、怖がってても何も始まらない。
 その本に俺の能力が記されている可能性がある以上、探さねばならないのだ。

「ツカサ君、さっきからブツブツ言ってどうしたの。お腹痛いの?」
「え、いや……なんでもない……あ、まあトイレは行きたいけど」

 あんまり色々ありすぎて独り言呟いてたみたいだ、恥ずかしい。
 すぐ隣で白パンをモグモグしていたブラックは、ちょっと待ってねとマントの中から巻いた紙を取り出す。あれはアタラクシア図解だ。

「えーっと……トイレトイレ……」

 テーブルに広げながら、ブラックは指で第四層の図解に指を這わせる。

「……なあ、ふと思ったんだけど……第四層にトイレとかあんの?」
「あると思うよ。昔から簡単には来られない場所だったみたいだし、その証として水飲み場やこういう休息所があるからね。多分、モンスターを出現させている禁書は、かなり昔から有る物なんだろう。だからこの部屋にも……あ、有った有った」

 ブラックが指さした場所は、階段の近く。少し離れた所に小さな個室が描かれていた。しかし……そこには扉なんて無かった気がするんだが。

「もしかして、これも隠されてんのか」
「そうみたいだね。賊に入られた時の為か、それとも収納する事こそ美って感じなのか……ま、どっちでも良いけど面倒だよね。これ、地図が無かったら判らない所だったよ。あの門番の二人も第三層までしか来れなかったみたいだしね」
「だよな。この地図が有って良かった……隠し扉までしっかり描いてあるし」

 最初は不法侵入のためのツールだったが、今となっては自分達が知らない場所を教えてくれる頼もしい道具だ。第四層から最上階の第六層までは幾つかの仮眠室や倉庫っぽい部屋が有るらしく、仮眠を取りたくも有ったが、俺達は用を足して軽く食事をとると再び第五層へ上がるために階段を登り始めた。

 別に急ぐ旅ではないんだが……ブラックも親戚と顔を合わせ続けたくないみたいだし、俺もなんだかこの遺跡の事が少し怖くなってしまったもんでなあ。
 あの日記のせいか、気味の悪さがマッハなんですよ本当。
 嫌な事はさっさと終わらせて帰るに限りますわ。

 まあ回復薬とケツの耐性が上がったお蔭でなんとか体力は戻ったし、進める内に進んでおくに限る。第四層の図書もあの日記以外にはこれといって目ぼしい情報も無く、黒曜の使者についての話も無かったしな。

 音を殺してゆっくりと階段を登り、もうすぐ第五層が見えてきたという頃になって、ブラックが声を潜めてヒソヒソと耳打ちしてきた。

「ねぇ、ツカサ君。この辺りでちょっと索敵使った方が良いんじゃないかな」
「あ、そっか。第四層はルアンがスライムだって教えてくれたけど、第五層の敵は全然分からないもんな……」
「せっかくロクショウ君が起きているんだし、調べて貰ったらどう?」
「そうだな……大地の気が少ない場所で無理して索敵を使うより、ロクに教えて貰った方が確実か。……ロク、お願いできるか?」

 そう言うと、ロクは嬉しそうにキューと小さく鳴いて目を閉じた。

「ゥキュ……キュゥ?」
「ん?」
「なになに、ツカサ君何か分かったの?」
「いや、なんか……ロクが首を傾げてるっぽい」

 何だろう、摩訶不思議な物でもあったんだろうか。
 再び目を開いたロクにどうしたのかと聞くと、ロクから感じ取ったモノの映像が脳内へ送られてきた。

「…………んん~?」

 頭の中に浮かび上がるのは、台形だいけい輪郭りんかく
 一瞬でっかい踏み台でも有ったのかと思ったが、そうでもない。その台形の輪郭の下には、なにやらくっついている。
 手か足かな? 特に動いているような感じはしないけど……。
 しかしこれ、何だか判らんぞ。モンスターなのかこれ。
 全然動いてないっぽいんだけど。

 困惑しつつロクに視線を送ると、相手も俺と同じ気持ちなのか困ったように首を傾げていた。ロクにも生き物かどうか判らないようだ。

「どうだい、モンスターっぽいのは居た?」

 ブラックの問いに、俺とロクは顔を見合わせてから難しい顔をする。

「なんていうか……モンスターかは判らないけど……変な物は、る」
「……何だいそれ」
「俺達だってよく解んねーよ。でもスライムみたいに動く事はないから、もしかしたら罠とかそういう物かも……第五層も迂闊うかつに足を踏み入れない方が良い」
「なるほど……じゃあ、ちょっと覗いてみようか」

 さっきと同じように階段が終わるギリギリの所まで登りきって、体を伏せながらそーっと第五層の廊下を除く。
 第五層も階下の造りと同じく、一直線に広い廊下の先に扉が有るようだ。
 謎のモノがいるとすれば、やはり扉の前だろう。
 しかし台形の顔……または体の生物って……なんだ……?

 意を決して、そっと頭を出した。
 長い廊下の突き当り、扉が有る場所の前に大きな図体で鎮座するそれを視認して――――俺は、今日何度目か判らない驚きに目を丸くした。

「…………そこのもの」

 俺とブラックの物ではない、厳格な男の声が聞こえる。
 相手に気付かれたのだと解っていても、俺達はそこから動けなかった。
 だ、だって。だって、俺達の視線の先には……
 真珠みたいに全身白くてつやつやのスフィンクスが、座っていたんだもの。

「す……すひん、くす」

 ……えっと。いや、ちょっとまって。

 人間の顔にライオンの体の守り神が、スフィンクス。
 それは解ってる。で、相手も兵士っぽいかぶとを被った人間の顔に、獣の胴体。
 ……うん、いや、これ……絶対スフィンクスだよね……?
 なんでこの世界にスフィンクス(色違い特別バージョン)がいるの……?

「そこの黒いのは我の名前を知っておるか。では、話が早い」
「え?」
「キュ、キュ……?」

 驚く俺とは対照的に、相手の存在がいまいち理解出来ない異世界組のブラックとロクは、何故石造っぽい物が喋っているのか解らずに首を傾げている。
 ああ、そうか。スフィンクスはやっぱりこの世界では珍しいんだ。
 でも待って、どうしてこんな所にスフィンクスがいるのおおおお。

 冷や汗もダラダラで展開に付いて行けてないってのに、相手はそんな俺の事などお構いなしにまた声を発してきた。

「我は第五層の守護神、ミスリル・スフィンクス。なんじら閲覧者が、この先の叡智を得るに相応ふさわしい存在かどうかを、ここで試験いたす」
「は!?」
「えっ、て、テスト!?」

 驚く俺達だったが、しかし俺は思い出す。
 そうだ、スフィンクスってなぞなぞを仕掛けてくる奴だったんだと。

 じゃあ、もしかして第五層は戦わなくても問題に正解すれば良いのか?
 それはそれでありがたいけど……でも、コイツの問題って……どんなんだ。

 ごくりと喉を鳴らすも階段から動けずにいる俺達に、相手は白く艶やかな顔面を全く動かさず、その問題を静かに告げた。

「問題」

 そう言った瞬間、カッと白くまぶしい光が廊下を満たし俺達の目をくらませる。
 何事かと目をかばった俺とブラックに、スフィンクスは光の中から言葉を続けた。

「――――木より生まれ、岩より出で、炎を伝い、硬き鉱石を穿つ。その力は人の最大の武器にして人の最大の弱点である。色彩を変え生き続けるその力をもって、我のこの白き体を包んで見せよ…………さて、その答えとは如何に」

 ………………。
 な、なに、その問題……。

「ツカサ君、解る?」
「えっと……ええっと……」
「グキュゥ……」

 人の最大の武器にして、最大の弱点。
 それって……一体なんなんだ?

「なお、この問題に答えられなければ……汝らを即刻処分する」
「えええええええ」

 このスフィンクス、俺の世界のスフィンクスより厳しいんですけどー!!








 
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