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アタラクシア遺跡、妄執の牢獄編
12.答えが出ていても答えられない事はある
しおりを挟む…………熟考、五分。
「あ、僕分かったかも」
「ええ!?」
沈黙を破るブラックの声に、俺は驚いて顔を上げる。
「教えてあげようか?」
「いや待て、それ何か悔しい! 自分で頑張る……えーと……」
俺だけ正解が解らないまま答えを言われても嫌だ。
でも俺ってば頭が固いからなぞなぞ苦手なんだよなあ……どうにかヒントを貰えないだろうか。いや、無理だろうな。スフィンクスって問答無用な怪物だしな。
と思っていると。
「手がかりをやろうか」
スフィンクスの方から、厳格そうな声で手助けを申し出て来た。
「って良いのかよ!! 簡単にしたらなぞなぞにならないだろ!」
「我は守護神であり悪人に慈悲はない。だが、手助けをしようが不可能である事には手助けをする。力無き者に力を求める事、それ即ち一つの責め苦となろう」
かーっ、ワケわからんこと言いやがって。
なんか逆にやる気出て来たわ。そっちが俺達を見下してくる気なら、それを逆手にとって正解して、がっつり見返してやろうじゃないか。
言ってみろよ、と鼻息荒くスフィンクスを睨み付けた俺に、石造であろう相手はただ淡々と声を響かせた。
「手がかりの一。我の問いに既に答えは出ており、お前達はそれを持っている」
うん。……うん?
「手がかりの二。その所持したものの量では、我を包む事は出来ない」
二つもヒントを貰ったけど、それ……いや待てよ。
問題の中に答えが示されていて、そのうえ俺達が所持しているもの。
加えて、スフィンクスを包めないものって言ったら…………。
「あっ」
そうか。そう言う事か。
解ってしまえば問題は簡単だった。っていうか、これ以上ないまでにヒント盛り沢山じゃん。捻って考える必要はなく、シンプルに消去法で行けばよかったんだ。
「分かったみたいだね。じゃ、お願いするよツカサ君」
にっこりと笑うブラックに、大人の余裕をちらつかせやがってとは思ったが、スッキリして気分の良い俺は素直に頷きウェストバッグから水筒を取り出した。
その筒を見て、スフィンクスの方からなにやらゴトリと音がする。
「ほう? それをどうする」
「決まってんじゃん、こうするのさ!」
水筒の蓋を開けて、中に入っていた水から曜気を取り出す。
確かにこれだけでは量が足りない。けど、俺の黒曜の使者の力で倍化してやれば……あのでっかいスフィンクスを包むことだって出来るはずだ。
俺は水筒の中の水に手を翳し、スフィンクスを見据えながら呪文を唱えた。
「水よ……その身を我が力により肥やし、目の前の敵の一切を包み込め――――【アクア・カレント】!」
水を作り出す【アクア】と、その水を操る【カレント】の合わせ技だ。
俺の力によって水筒の中の水は溢れだし、しかし周囲に流れ出る事はなく風船のように膨らんでいく。やがてその水の塊は廊下の幅の半分ほどの巨大さになり、俺達の目の前を覆った。
よし、これだけあればスフィンクスを水で包み込める!
「行け――――ッ!!」
俺の声と共に、指が示す方向へ巨大な水の塊が一気に射出される。
その水はうねり揺れながらも、凄まじい速度で敵に思いっきりぶつかった。
「ぶはっ」
水が重苦しい音を立ててスフィンクスに衝突し、そのまま一気に巨体を包む。
そうして……スフィンクスは、大きな水の球体の中へ閉じ込められてしまった。
「ど、どうだ……?」
水が答えだと思ったが、実際どうなんだろう。
やべえ、今になって不安になって来た。
ドキドキしながら、ブラック達と水没したスフィンクスを見ていると。
「……見事だ。左様、答えは水である! 水は木より生まれることも有り、そして天から降れば岩の隙間より流れ出る。その勢いは金属を穿つ事もあり、また、炎により物に閉じ込められた水は伝い出るのだ。……水は己らの中に形を変えて流れ、それが消えれば己らは死ぬ。あらゆる点から武器となり弱点となる」
スフィンクスの言葉は濁る事はなく、廊下全体から響いてくる。
何故そんなに平然としていられるんだと驚く俺達に構わず、相手は続けた。
「よくぞこの巨大な力を見せた。汝らを、この扉より先に眠る知恵を求めるに相応しい者と認めよう。さあ、通るが良い」
いや、通るが良いって水に包まれているアナタ様がいるので通れないのですが。
と思った瞬間、いきなりズゴゴゴゴとかいう音が聞こえ始めて、なんと俺の水がスフィンクスの口に吸いこまれ出したのだ。
「えええええ」
「うわ……な、なんか凄い光景だね……」
「キュゥウウ!」
ロクが怖がって俺の首に巻き付いて来るが、俺も出来れば目を背けたい。
っていうかこのスフィンクス、水を吸い込みながらどんどん溶けて行ってて、めっちゃ顔が歪んで来てるんですけど。ホラーなんですけど!!
「ツカサ君……この程度でも怖いの……」
呆れたブラックの声がするが、関係ない。怖いものは怖いんだ。
か、勘違いするなよ。お前にしがみ付いてるのは恐怖を和らげる為で、それ以上でもそれ以下でもないんだからな!!
とか何とか言っている間に、スフィンクスは全身がドロドロに溶けて、床に染み込んで消えてしまった。
ここまで大規模な術だったのだから、水の痕があっても良いのだが……不思議なことに床には一滴も水が零れていない。モンスターと言えども生き物な訳だから、痕跡の一つくらいは残ってるはずなんだけどな。
あれ、ってことは、スフィンクスは生き物じゃ無かったんだろうか。
「ぶ、ブラック。あのスフィンクス……」
まさか、実体のない者じゃないよな、と言いたかったがぐっと堪える。
幸いブラックは俺の言葉の先までは考えていなかったようで、顎を擦って思わしげな顔をしながら床をじっと見つつ俺の言葉に返してきた。ほっ。
「うーん……もしかしたら、精霊系のモンスターだったのかな」
「え……精霊?」
「ああ、ツカサ君は会った事なかったっけ。実体がなかったり、在っても僕達が手で触れる事の出来ないモンスターは、魔族みたいに曜術師じゃないのにそれっぽい術が使えるから、高度な存在って意味で精霊って言われてるんだけど……しかし、あんな精霊は初めて見たな」
そういや俺の世界でも、スフィンクスは精霊か怪物的な扱いなんだよな。
というか精霊がこの世界にも存在してたなんて初めて知ったよ。でも、この世界では炎の精霊だとか水の精霊だとかっていう、人に力を貸し与えてくれる系の精霊じゃないっぽいな。あくまでもモンスターの一種なのか。
「今まで見かけた事なかったけど、どこに居るんだ?」
「えーと……僕が知ってる限りでは、魔族の住む大陸や……空白の国の遺跡とかかな。魔族の住む大陸には魔族としての精霊族がいるみたい」
んんん……?
ようするに、モンスターとしての精霊は人ではなくて、人種として成立した別の精霊達が存在するってことか? 上位種が俺が想像する本来の精霊ってことなんだろうか。うーん、よく解らんけど、今はまあ置いておくか。
魔族の大陸の事は前に聞いてたけど、今のレベルの俺じゃ絶対に一撃死しそうな高レベルエリアっぽいし、考えてたって仕方ない。
とにかく今は第五層だ。
俺とブラックは力を合わせて扉を開くと、第五層の図書室へと足を踏み入れた。
「……うん、やっぱり造り自体は下の階層と変わらないな」
「ははは、まあ本を探しやすくて助かりはするけどね……でも、流石に今日は一旦休もうか。ツカサ君も術を使って疲れただろう?」
「う、うん……」
確かに言う通りだけど、そんな急に優しくされるとなんか怪しいぞ。
いやでも疲れたのは確かだしな。
「仮眠室っていうのがあるから、ちょっとそこで休もうか」
「……変な事しないよな」
じろりと見やると、ブラックは久しぶりの満面の笑みで両手を振った。
「しないしない! だってほら、どうせなら普通の部屋で思う存分ヤりたいし!」
「お、おま」
「いいよねっ、ツカサ君! 僕たくさん我慢したし、頑張ったもんね!」
「う……うぅ……」
こ、こいつ「我慢」を免罪符に使ってやがる。
確かに親戚に当たり散らさず歩み寄る努力もして、あの二人が居る間には俺にも手を出さず、努めて静かに振る舞ってたけど。
さっきのえっちもちゃんと一回で終わらせてたけど!!
でもここで拒否できない自分が居るのが悔しぃいい。
だって、だって、失われた十八年が俺の中でまだ尾を引いてるし、なんかもう、中途半端にブラックの周辺の事を幾つか知っちゃったしで、ブラックに「我慢した」って言われると強く出れなくなっちゃってるんだよ俺ー!
ちくしょー、やっぱコイツの過去なんて聞かなきゃよかった。
こんなのドツボじゃん、ますます離れられなくなってんじゃんか!
相手が弱みを見せたはずなのに、逆に俺が弱みを掴まれたみたいになってるのは一体なんなの。悲劇に共感しやすい日本人なのが悪いの。時代劇を沢山見てたせいで、人情に厚くなってしまったのがいけないの。
色々と悩んでしまうが、そんな俺を知ってか知らずかブラックは俺の背中を押して図書室の右の端へとどんどん進んで行ってしまう。
「ねぇねぇツカサ君、仮眠室にベッドが一つしかなかったら一緒に寝ようね!」
「床で寝てぇ……」
なんかもう今は放って置いて。
俺は今自分のチョロさについて深く反省してる所だから……。
この遺跡を出たら今度こそ抜かずの三発とかやられそうで嫌すぎる。今のままじゃブラックに強請られたら頷いてしまいそうだし、本当ヤバい。
どうにかしてこの状態から抜け出さねば……とか思っていると、肩に乗っていたロクがふと扉の方を振り返ってしきりに首を傾げていた。
「ロク? どうした?」
「ウキュ。キュー……?」
ん? 誰かが上って来てるような気がするって?
誰だろう……ルアンかな。
ロクにテレパシーで誰が来ているのか聞いてみたが、気配が解るだけでどんな人間かはよくわからないらしい。あとロクは自分よりも下に居るものはあまり正確に索敵出来ないみたいで、その相手がどの層にいるかも判らないみたいだった。
うーん、なんだろ。
まあでもルアン達は第四層から上には来られないんだし、気にする事も無いか。
「さあさあ、ツカサ君今日はもう寝ようねー」
「ああもうこのオッサンどうにかして」
少し気にはなったが、今は休息が必要だ。
ブラックに素直に従うのはシャクだが、今日は二発もでっかい曜術を使ったし、なにより本を探したりなぞなぞを解いたりして頭を使いまくった。正直俺の精神は疲れていて、寝れるなら寝てしまいたい状態だった。
まあ、機嫌がいいみたいだし……一緒に寝るくらいはいいか。
何もしてこないなら、前にも添い寝とかしてたし……。
……うん、やっぱ俺ハードルめっちゃ下がってるな。
自分で自分に「大丈夫かお前」と言いたくなるが、もうどうしようもない。
今日の同衾は変な事をされなきゃいいんだがと思いながら、俺は隠し部屋である仮眠室に連れ込まれたのだった。
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