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アタラクシア遺跡、妄執の牢獄編
10.ありえなかったはずの
しおりを挟む人伝に聞いた話だが、本の牢獄と呼ばれる場所が有るという。
そこには世界中の希少な本が所蔵されており、とある一族によって守られているのだとか。しかし、その場所に入る事が出来るのは選ばれた者のみであり、我々のような一冒険者には縁のない場所と言われている。
だが今回、我々は偶然に手にした不可解な本を、その牢獄へと送る儀式を手伝う事になってしまった。
それと言うのも我々のパーティーの代表……キューマが、うっかり未発掘の遺跡を見つけ、またもやうっかり“とんでもない本”を発掘してしまったのだが――――そこは省くとして、要点だけをつまんで言えばこういう事になる。
我々は資金調達のため、いまだ見ぬ遺跡の発見をギルドで請負い、目星を付けた巨大な森を探していた。するとその森の最奥部に朽ち果てた未発掘の遺跡を発見し、内部に蔓延っていたスライムやネズミを倒して、財宝……いや、歴史的発掘物を見つける為に最深部へと到達したのだが――――そこには、奇妙な本が一冊安置されていたのだ。
その本は、獣皮の表紙に見た事も無い真っ白な紙を何百枚も綴じた本。
劣化した石壁に囲まれた部屋だったと言うのに、その本はまるで今さっきそこに作り置かれたかのように、獣皮の表紙を鈍く光らせている。
……我々はその本を取り、開いたが、残念ながら我々には到底理解できない文字で記されており、解読する事は出来なかった。
古代文字とも違う、なにかまったく別の言語だったからだ。
ただ、代表だけはその本の解読を辛うじて出来たようで、奇妙な題名を口にして驚いていたが……どんな本だったかは、終ぞ我々に教えてくれる事はなかった。
その後、古からの知識の守護者……“導きの鍵の一族”を呼び、ギルドでその本を手渡したのだが、あの連中は得体が知れない妙な感じがした。
冒険者や多種多様な種族に出会った我々ですら、彼らの人形めいた不思議な異物感に圧倒されてしまったほどだ。古から永く続く一族というのは、統率を取る為にあのようになってしまうのだろうか。恐ろしい事だ。
彼らが管理すると言う、どこかにある本の遺跡も……こんな人々に守られているのなら、牢獄と言っても過言ではないのではなかろうと改めて思った。
何にせよ、関わりたくない一族だ。
今を生きる我々には、ほんの少しの知恵だけでいい。それで幸せだ。
身に伴わない知恵など、それこそ毒にしかならないのだから。
だが……今でも疑問が残る。
代表は、『この本は、お前達が見てはいけない』と言ってはいたが……。
――――しかしそれも、おかしな話だ。
我々はあの本を解読できない。
なのに、どうして代表は「読むな」と言ったのだろう。
もしや、解読した事で何か術が発動してしまう恐ろしい本だったのだろうか?
それとも、我々には視認できない文字でも効力が有る本だったのだろうか。
今となってはもう知るすべもないが……もしかしたらあれが、噂に聞いた“禁書”という物なのかもしれない。
それを視ずに冒険を続ける事が出来る我々は、幸運なのだろう。
代表は黙して語らないが……この世には知らなくても良い事が存外溢れているのかもしれない。それを思うと、遺跡の調査が少し怖くなった。
「…………という内容なんだ」
目的の部分を読み聞かせ終わり、ブラックはポンと本を閉じる。
丸々としたロクを抱っこして静かに聞いていた俺は、今まで聞いた事も無かった他人の冒険譚に、不覚にもワクワクしてしまっていた。
いやだって、マジもんの他人の冒険譚だぜ?!
俺正直今まで他の人の冒険の話とか聞いた事なかったから、こういうの凄く新鮮なんだよな……っていうか、ファンタジーと言えば必ずお爺さんとか歴戦の勇士が過去の冒険を話してくれるもんだと思ってたから、純粋に話が聞けて嬉しいわ。
だってこれ、創作じゃないもんね。
この世界での本当にあった冒険なんだもんね!
そりゃ俺だって十七歳でもワクワクしますよ、ファンタジー好きだもの!
でも……なんか不穏だなこの内容……。
つーか、そもそも何の本なんだこれ。一人称っぽいけど……私小説?
「あ、あのさ……それどんな本なの?」
「リーザン・トルテスティアという女性賢者が書いた日記……みたいなもんだよ。ここに収められた経緯は解らないけど、読んでみると彼女がかつて冒険していた時の記録が綴られているみたいだね。恐らく失われた時代の貴重な記録として、誰かがここに寄贈したんだろう。冒険者自らが書き記した記録っていうのは案外少なくて珍しいし」
「あー……日記つけるような人少ないモンな……」
そりゃたしかに貴重だわ……と思ったけどちょっと待って。
この本、もしかしてかなりプライベートな物なんじゃないの?
それ、俺達が見ちゃっていいの。
どう考えても女の子の日記盗み見てるアレだよねコレ。
「いや、ちょ……こ、これいいのか……? 女の人の日記って……」
「図書室に収められてるんだから良いでしょ。どうせ死んでるし構やしないよ」
「デリカシーゼロォオオオオ!!」
バカ! バカ! それ黒歴史物件だったらどうすんだよ!!
俺も黒歴史ノートを持ってるから解るんだって、それ見ちゃダメな奴だって! 図書館に寄贈されてたら絶対に死後化けて出て泣きわめくってば! やめたげて! 見んといてあげてそれ!!
「お前には自分の日記を見られた時の恥ずかしさが解らんのか!!」
「えー? なら、恥ずかしい事を書かなきゃ良いじゃないか。死後も残る可能性があるモノに書き記す方が悪いよ。モノに記した以上、人に見られる可能性は考えなきゃいけないんじゃないのかい?」
「うぅうう確かにそうだけど、人には誰にも侵されない自分だけの空間と言う物が有りましてぇええ……」
そういうリスクマネージメントしろみたいな言い方良くないと思います!
個人所有のスマホにエロ小説のアイディアメモしてたら、それをダチに見られてからかわれた挙句「メモしてる方が悪い」とか言うの、いけないと思います!! 妄想の自由の蹂躙反対! パーソナルスペースの尊重賛成、賛成!
いやまあスマホのはロックかけてなかった俺も悪いんですけどね。
でも吐き出したい物は吐きだしたいし、隠したい物は隠したいんだよう……。
「ツカサ君、もしや見られたら恥ずかしい日記でもあるの? ん?」
「お前こういう話題になるとキラッキラ目ぇ輝かせるのホントやめて」
何が何でも俺に羞恥プレイさせなきゃ気が済まんのかお前は。
鬼畜! この鬼畜変態男爵! と心の中で思う存分罵っていると、ブラックも俺の剣幕に諦めたのか面白くなさそうに肩を竦めた。
「まあ、ツカサ君が日記なんて書いてる訳ないか」
「ムカつくけどまあその通りだ」
「話を戻すけど……この日記、作者の事はともかくとして、凄く興味湧かない? 第四層までの本の中で、歴史や伝承関係の棚で“禁書”の事が書かれているのはこの日記だけなんだよ。中身のほとんどはこの“代表”っていう男の事ばかりだけど、ちょいちょいその時代の風俗が見て取れるし……」
ああああ……リーザンさんごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃい……。
これ多分、乙女の秘密日記(はぁと)なんですよね、お硬い文章なのはきっとリーザンさんが女騎士みたいな性格だからですよね萌えますそうじゃないごめんなさい。
日記付けてる女騎士とかくっそ萌えるご存命中に会いたかった、いやそうじゃない、萌えるの止めて俺のオタ心。日記見ちゃって本当ごめんなさい。
とにかく、ブラックから話を聞いているだけでも冷や汗がドッと出る。
もうこの話は終わりにした方が良いと決心し、俺は結論を促した。
「で、そ、その日記でどうしようと思ってんだ?」
「うん、禁書の事が気になったから全部読んでみたんだけどね……やっぱり、禁書の名前が最後に載ってたんだ。どうも代表が途中で失踪したらしくて、晩年その事ばかり気にしてたみたいなんだけど……そこに、ね」
「失踪……」
それ、もしかして禁書の呪いとか言わないよな。
思わず顔を歪めた俺の言いたい事が分かったのか、ブラックは少し小難しげな顔をしながら口角をぐっと引いた。
「呪いかどうかは判らないけど……彼女の見解では、禁書の内容を見た事で色々と思う事が有って失踪したのではって感じだね。で……彼女なりに当時の事を思い出していたみたいなんだ。呪いの事はともかく、題名が解るのならそれを探してみても良いかなって思ってさ」
「そっか……それで、本はなんて言う題なんだ?」
俺の問いに、ブラックは一拍おいて静かに答えた。
「本の題名は……――【ロールプレイングゲーム】だ」
ロール、プレイング……ゲーム……?
「うそ……だろ……」
この世界で聞く事などないと思っていた、ありえない、単語。
俺の背筋には悍ましいほどの冷たい寒気がぞわりと這いあがっていたが、その怖気を取り去る術はどこにも存在しなかった。
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