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アタラクシア遺跡、妄執の牢獄編
9.恋した相手は二割増しで格好良く見える
しおりを挟む漫画や小説が事後の事をあまり書かずに場面変換する理由が、解った気がする。
「あれだ……すっげぇ虚しいからだ……」
図書館の端の方、上へと至る階段のすぐ横に合った小さな手洗い場のような噴水から水を汲み上げつつ、俺はでっかい溜息を吐く。
第四層からは噴水だとか閲覧の為の机と椅子だとか、下の階には見られなかった設備が見かけられるし、なにより階段が隠されていない所から見ても、ここが古代の叡智への入り口なのは疑いようもない事だが……。
「そんな所でサカって恥ずかしいと思わないの俺アンド中年」
ここで体を洗い、空き瓶に水をつめて三往復。
テーブルや椅子を布で拭いて綺麗にしてもなお残る記憶に、ゲンナリしながらテーブルを拭く。もう綺麗だとは解っていても、次に使う人ゴメンナサイと思わずにはいられない罪悪感が残っていた。
ぐうううこれならまだ野外で立ちバックの方が後腐れないっつーか、なんというか……いや嫌だけどね、青姦も見つかったらと思うと死ぬほど心臓痛いし、本当どっちも嫌だけどね!?
「ぐぅうう……ヘタしたらここでメシくわにゃいかんのにぃいい……」
それもこれもあのド変態中年のせいだ、と周囲を見回すとその件のド変態が居ないのに気付いた。先程までは俺の事をニヤニヤしながら見てたのだが、無視し続けてたらどっか行ったらしい。チクショウあの自由人め。
「あーあー良いよなあ、出すだけの奴ぁ特定の場所拭けば済むんだから」
本当なら俺もそっち側なんスけどね、という事実に暗澹たる気持ちになりながらも掃除していると、ウェストバッグがもぞもぞと動いた。
「ゥキュ~……?」
「あっ。ロク、起きたんだな!」
バッグからロクを取り出すと、まだ寝惚け眼のロクが俺を見上げて来た。
旅の間中寝ていたから、ここがどこか解らないみたいだ。
ビンに汲んできた水を飲ませながら大まかに説明すると、ロクはコクコクと頷き俺の方にしゅるりと巻き付いてきた。可愛いなあもう!
あんな事が有った後だから余計に癒されるよ。
「よしよし、クレハ蜜あげようね~! あっ、あとベーコンもあるぞ~!」
「キュー!」
起きたら美味しいモン食べさせてあげるのが一番だもんな。
ロクが大きく成長するために、たくさん食べさせてやらないとな!
俺は先程まで怒っていた事も忘れて、ロクに持って来た食料を食べさせた。
いやー、いざって時のために多く貰っておいてよかったぜ。ロクはやっぱり肉がお気に入りらしくて、ベーコンを美味しそうにモグモグ平らげていた。
やがて満腹になりお腹の部分が丸く膨れたロクは、首に巻き付いているのが苦しくなったのか、コロコロと転がって俺の腕の中に落ちて来た。丸いヘビ可愛い……ツチノコのようだ。
「ケプ」
「お、ゲップ。腹いっぱいになったみたいだな」
「キュキュ! ……キュー?」
「ん? ブラック? うーん、この部屋の中のどこかに居るとは思うが」
「キュゥ」
何だかんだでロクもブラックの事を仲間だと思っているのか、いなきゃいないで寂しがる。と言うか、俺が憎からず思っているのも伝わっているみたいで、攻撃したりはするが懐いてはいるようだ。
ロクは優しい子だからなあ、分け隔てないんだよなあ。
誰かさんに脱皮した皮を煎じて飲ませてやりたいわ。ロクは脱皮しないけど。
「探しに行くか? でも、お前ならどこにいるか解るんじゃ……いや、解るだけだもんな。やっぱお前もブラックが居ないと寂しいか?」
「キュー……」
「うーん……じゃあ、会いに行こっか」
「キュー!」
ロクが会いたいって言うんじゃしょうがねぇ。
ムカムカするのはまだ収まってないが、ロクの為だもんな。じゃあ仕方がない。連れて行ってやるのが優しさだろう。
別に俺は会いたくないけど。……会いたくないけど!!
「キュー」
「あ、あっちね。ハイハイ」
俺のしょうもない意地など意にも介さず、ロクは俺を導くように特定の方向へと首を伸ばす。
その首の方向に進みながら、俺は本棚の迷路を進んだ。
「うーん……やっぱ膨大な量だな……」
確かアタラクシア図解には六層の輪切り図があったが、アレを考えると、やっぱこの遺跡に収蔵されている本の量って物凄い事になるよな。
第三層までの本で軽く一万冊以上はありそうだったから……禁帯出レベルの凄く貴重な本ってのもとんでもない数が収められてそう……。
その事を考えると、何故か俺は背筋が寒くなった。
大聖堂みたいな建物の中に、人じゃなくて本だけがぎっしりと詰まっている。
そしてそれは、恐らくほとんどの人の目に触れる事はない。
何年も、何千年も、ただこの遺跡に封じられて読まれる時を待っている。
その時が永遠に来ないとしても、叡智の遺跡・アタラクシアの本は守られ続けて行くのだ。
「…………」
そう思うと、何故だかふとブラックの事が頭に浮かんだ。
あいつは、十八年間こんな風な場所にずっと監禁されてたんだよな。蔑まれて、封じられて、それでも外に出るなんてことはなく、ずっと狭い空間で……。
俺だったら、耐えられるかな?
ここの本達みたいに存在理由を失ったままで、何も楽しい事なんて無くて生きるのは、辛くなかったのかな。いや、辛くない訳がないよな。
だからブラックは、あんな風になってしまったんだろうか。
十八年苦しんだから、手当たり次第に女を抱いて、好き勝手行動して、我慢するのすら特別な事になるくらいの性格になってしまったんだろうか。それで、今こんなにはしゃいでるのか? 俺に甘えて、変な事ばっかりして、それで……。
それで、恋人なんていう称号に――無邪気に喜んでるのか。
「キュー」
「……あっちか」
なんか、ずるい。
そんな過去が有るなんて知っちゃったら、ヘタに抵抗できないじゃんか。
ブラック自身はそんな過去なんて気にして欲しくないかも知れないけど、でも、やっぱ考えると心が痛くなる。十八年の失われた期間を思うと、出来るだけ願いを叶えたくなってしまう。これは同情なんかじゃない。俺自身がそんな状況になったら耐えられないからそう思ってしまうんだ。
俺がそんな事になったら、優しくして欲しくなるに決まってる。
十八年、人間らしい事を何も得られなかったと悔やみ、甘やかして欲しくなる。
だから、ブラックに強く出られなくなってるだけだ。
ブラックの過去は少ししか知らないけど、でも、大事な相手が辛い過去を持ってたら……相手が幸せになるように考えてやりたいってのは、普通の事だろう?
「だけど……えっちは流石に……もう少しノーマルにならないものか……」
俺も漫画やネットでの知識しかないけど、正常位ばっかやってても満足な恋人達がいるんだから、愛でどうにか収まらない物だろうか。
もっとこう、普通だったら俺もさっきみたいに素直に頷いたりだな……。
「って何考えてんだ俺ぇええええええ」
「キュー!」
「えっ!? あっ、い、いたの?」
またもやドツボに嵌りそうになっていた俺だったが、ナイスタイミングでロクがブラック発見を告げてくれた。ブラックがあっちに居るよ、と首を伸ばすロクに釣られてその方向を向くと、本棚と本棚の間の通路の先――少し離れた場所に、人影を見つけた。
相手は、真剣に本を読んでいるようだ。
なんだか声がかけづらくて、俺は忍び足で相手に近付いた。
「…………」
段々と輪郭がはっきり見えてくる。
その真剣な横顔は、俺には全く気付かずペラペラと本の頁を捲っていた。
「う…………」
やっぱ、格好良く見えなくもない……。
い、いやまあ、そりゃね? そりゃ、長身で貴族っぽいウェーブかかった長髪で手つきも紳士っぽくて顔もイケメンだったら、そりゃ、まあ……格好いい、よな。
「キュ?」
「ん……んー……」
悔しいけど、認めざるを得ない。
初対面で格好いいオッサンだと思ったんだから、まあ、格好いいと思ってるんだよな、俺は。普段はアホで変態な中年だから忘れてしまうが、ちゃんとしてたら格好良いんだコイツは。そんな奴が、さっきまで自分とドえらい事をやってたのかと思うと……何だか、心臓がドキドキして滅茶苦茶恥ずかしくなってきた。
「うぐぐ……」
「うぐ? えっ、うわっ! つ、ツカサ君いつの間に!?」
「いっ、い!? い、いいいいつの間にって今だよ今!」
「ナニが今!? な、何だかよく解らないけどどうしたの……あ、ロクショウ君が目覚めたんだね! 久しぶりだねー、ロクショウ君。おはよう」
「キュー!」
慌てる俺に構わず、お腹が丸くなったロクがブラックの持っている本にぴょんと飛び移る。久しぶりだと流石に恋しいと思うのか、本の上でブラックの顔を見上げてロクはニコニコしながら体を撓らせていた。
ロクは良いなあ、純粋で……うぐぐ……。
「ロクショウ君、今日はやけに懐こいねー。いつもこうだと嬉しいんだけど……」
「お前がやらしい事しないなら、いつもそうなんですけど」
「あ、あははー……あ、そうだツカサ君。ここの本は粗方読んだんだけど……ちょっと面白い事が解ってね。ほら、この本見てよ」
オメー俺が後片付けしてる時に本見てたんかい。
いやまあ役割分担とも言えるけど、本当もうお前自由人だなチクショウ。
色々言いたい事はあるが、ぐっと堪えて俺はロクが乗っかってる本を覗いた。
「えーと……これ…………あれ、読めんぞ? 何の文字だこれ」
「これはね、約千年前の古代文字だよ。ナトラーナ文字って言う古代文字があったでしょ、あれよりだいぶ後の文字だけどあまり見つかってないものなんだ。読み方は、二つの文字を一つと捉えて読むんだけど……これってね、文字自体は希少だけど内容は他の本の焼き増しみたいだから価値が低くて……」
「お、おう。なんか楽しそうだなお前」
ベラベラと喋ってくるブラックに気圧されていると、ブラックは今の自分の状態にやっと気付いたのか、目を丸くしてぱちくりと瞬きをした。
「楽しそう?」
「うん、なんか凄くオタ……えーと、目が輝いてたぞ。こういうの好きなのか?」
「好き……うーん……そうだね、なんていうか……楽しいは楽しいかも」
今初めて自分の気持ちを顧みたとでも言うように顎を擦りつつ言うブラックに、ちょっとおかしくなって俺は苦笑した。解んないレベルかよ、アンタさっきオタクかと思うほど楽しそうに早口でまくし立ててたのに。
笑う俺に不思議そうに首を傾げながらも、ブラックは言葉を続けた。
「あのね、それで……この中に面白い事が書いてあったんだ」
「面白い事?」
聞き返すと、ブラックは嬉しそうに微笑んだ。
「アタラクシアに収められている“禁書”のことだよ」
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