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ベランデルン公国、意想外者の不倶戴天編
11.貴方を信じるという事は
しおりを挟む「史上、最悪の…………悪魔……」
ブラックがレドの母親を殺し、レドの一族を破滅寸前にまで追いやった?
うそ、だろ。そんなバカな。
あのブラックが……そりゃ、そりゃあアイツは、過去に人殺しもしてそうな程の性格だったけど、女だって掃いて捨てるくらいに抱いてたみたいだけど……でも、そんな……そんな風に、悪魔だって呼ばれるほどの人間には……。
「ブラックは狡猾な男だ。人を巧みに誘惑して、意のままに操る術を持っている。だから、もし見つけても絶対に関わるんじゃないぞ。この国で見つけたなら、すぐ俺の部屋に来い。他国で見つけたならベルナー宛に手紙をくれ。どんなに遅くても良い。足跡があれば行先は予測できる。いいな、絶対に近付くんじゃないぞ」
そう言いながら、レドは真剣な表情で俺の目を見つめている。
仮面の奥の目が今まで見た事も無い光に歪んでいて、狂気めいた眼差しが俺を射竦め答えを迫っていた。まるで、脅迫だ。
俺はその目に震えないようにするのが精一杯で、ただ頷く事しか出来なかった。
「……ッ、あ、す、すまない」
しかし、さすがに俺も自分の表情までは制御できなかったらしい。
レドには俺の恐れが解ったらしく、正気に戻った途端に慌てて俺から離れた。
「とにかく、赤髪の男には気を付けるんだ。……と言っても、俺が言えた義理じゃないが……お前はどうも人に懐かれる性分らしいから、あの男が寄って来ないとも限らない」
う、うん……寄って来たけど……。
いやでも、変だって。ブラックがそんなに冷酷な男なら、災厄の象徴の俺なんか見つけた瞬間に殺してるじゃん。それに、ブラックの掌には傷なんてない。
何度も手を見て手を繋いで来たんだ、間違いない。変だよこんな話。
けど……レドが嘘を言っているようにも見えないし……。
「あ、あのさ、レド」
「……なんだ?」
「そのブラックって奴、本当にレドの母さんを殺したり一族を破滅させたの?」
「ああそうさ。殺したも同然だよ。母上はあの男への妄執と嫉妬で狂い死に、俺の一族は、あの男のやった事で被害を被り……過去からの遺産を失う所だった」
「……そう、か……」
言葉を失くす俺に、レドは慌てたように腰を屈めて俺の顔を覗き込んできた。
「あ……怖がらせてすまない。だが、あの男は本当に危険なんだ。お前は俺の恩人だから、あの男の毒牙にかかったらと思うと気が気じゃなくて……」
「わ、わかった……ありがと……」
怖がってたと言うか、レドの剣幕に気圧されてたってのが本当の所なんだけど、言わない方が良いだろう。あと、もう既に毒牙にかかってますってのも絶対に沈黙死守だな。つーか言えません。言えませんけどね!!
「さあ、席に戻ろうか」
「うん……」
図鑑を手に持って、口を噤んだままで歩き出す。
本当は詳しい話を聞きたかったけど、聞けなかった。
レドが話したくなさそうって言うのも有ったけど……実際は、俺がそう言う事を聞くのが嫌で聞けなかっただけなのかもしれない。
違うって解ってるはずなのに、違うと言いきれない。
ブラックが何かを隠してて、俺に嫌われてしまうから言いたくないなんて正直に話してくれた事を覚えているからこそ、レドには何も問いかけられなかった。
だって俺は、待つって決めてたんだ。
ブラックが話してくれるまで聞かないって決めたんだ。
他人から話を聞くなんて、そんなの約束を破ったのと同じだよ。
だから聞けなかったんだ。
……それだけだって言えたら、どんなに楽か。
「…………」
ブラックを疑う自分が、嫌だ。反吐が出る。
人を殺してそうな相手だなんて、最初から解ってたじゃないか。解ってて、俺はブラックに同情して、手を差し伸べたんだ。大事な相手になる前から、ブラックには後ろ暗い部分が有るなんて知ってたはずなのに。
なのに、今になって……人を殺してなければいいのにと、思うなんて。
…………いや、違う。
俺は、嫌なんだ。
ブラックを憎む相手がすぐそばに居て、その相手の呪詛がブラックに届くのが。
仇だと言われ攻撃されて、ブラックが傷つくのが、俺は嫌なんだよ。
だから、こんなに否定したい気持ちが湧いて来るんだ……きっと……。
「…………レド」
「うん? どうした、ツカサ」
「もし……その敵に出会ったら……どうする?」
「決まっている。……俺の力で、殺してやるまでだ」
仮面の奥のレドの目が、冷たい光を帯びてぎらりと光る。
その冷酷にも思える視線を浴びて、俺は何故か泣きたくなりぐっと喉を締めた。
ああ、やっぱりそうだ。
俺はレドが怖かったんじゃない。
ブラックが、誰かに恨まれて殺されるのが……怖かったんだ。
「…………レド、俺この本読んだら行くよ」
「そうか。街にはまだ滞在するのか?」
「解らない……レドは?」
「あと三日程度は街で調べものをするつもりだ」
「そっか……」
三日。俺達には、三日の猶予がある。
俺は震えそうになる喉の奥をぐっと堪えて息を詰めた。
真相は解らない。
だけど、一つだけ解る事が有る。
ブラックとレドを、絶対に会わせちゃいけないって事だ。
「…………何も起こらなければ、一番いいんだけどな」
「……そうだな。少なくとも、お前と一緒に居る時は……仇の事は忘れたい」
「うん」
頷くと、レドは何も知らずに俺に笑ってくれる。
その笑顔に罪悪感を感じながらも、俺はしらを切り通さずにはいられなかった。
図鑑を読破し、レドと別れを告げた俺は、早足でブラックの元へと向かった。
本当に……本当に、レドとブラックが鉢合わせしなくて良かったと思う。
レドは歴史学……つまり、学術に関しての区域に居て、ブラックは国土の情報に関連する蔵書が有る二階に籠っていた。つまり、二人は同じような事を調べていると言うのに、調べもの種類が違った事で出会わずに済んだのだ。
これが神の采配と言うのなら、俺は大いに神に感謝する。一つ間違えば、二人は本棚の手前で対面する事になっただろうからな。
それに、俺が調子に乗ったブラックを怒った事も、いい方向に働いたみたいだ。
いつもなら、ブラックはちょくちょく俺の様子を見に来ていただろう。だけど俺が怒ったから、暫くは放って置こうと思って一階まで降りて来なかったのである。
俺の扱いなんて簡単だ、数十分放って置いてから改めて懐けば済むんだもんな。ブラックとしても、俺の怒りが鎮火する間に調べものをすれば一石二鳥と思ったのだろう。
我ながらちょっと問題が有るとは思うが、怒りが持続しないんだから仕方ない。
「はぁあ……なんにせよ、無事に済んで本当に良かった……」
でも、これからが大変なんだよな……。
レドと遭遇しないように図書館を出て、旅の準備を整えてすぐに出立しなければならない。相手がまだブラックに気付いていない内に、早く遺跡に向かわねば。
レドは、ブラックを探している。明日出くわさないとも限らない。
どこから俺達の情報が漏れたのかは解らないが、とにかくこのまま街に滞在して居たら危険だ。だけど、三日程度の滞在だと言うのなら、遺跡へ向かって帰ってくる間にどこかへ行ってくれるかもしれない。
三十六計逃げるにしかず作戦は、こういう時にも有効である。
平たく言うと「悪事がばれる前にトンズラする」に限る。
いや、俺は悪い事してないけどね。でも俺の恋人はアレなんでね!
っつーか階段長すぎなんじゃコラ、これだからでっかい洋館嫌い!!
ひいひい言いながら豪奢な階段を登りつつ、俺はでっかい溜息を吐いた。
「うぅう……しかし、なんでこう次から次へと事件が起こるんだ……」
思えば、一番ゆったり旅をしていた一度目のアコール卿国でも、ドービエル爺ちゃんの件とかあって色々大変だった気がする。
冒険や異世界はそう言う物だ! と言われれば終わりなんだけど、でも流石に「仇討ち☆お兄さん」とかはダメですって。シャレになってませんて。
俺そんなシリアスな展開はもうゴメンなんですけど!!
悩みたくなかったからブラックの過去も聞かなかったんですけどぉお!
「畜生、まだアイツの一族の事だってちゃんと聞いてないのに……」
二階に辿り着き、周囲を見渡してブラックを探しながら俺はブツブツと愚痴る。
そう、俺はマイラの街で、シアンさんとエネさんから、今回の旅の目的地である【アタラクシア遺跡】についての説明をして貰っていた。
だけど、実際の所その内容ってのは「遺跡への行き方」だとか「入る際の注意」とかだけで、中に何が有るのかは聞かされていない。ラッタディアで話していた「ブラックの一族が……」という話も、故意にはぐらかすようにして話して貰えなかったのだ。
まあ、それってブラックのプライベートに関わる話だったみたいだし、ブラックが話したいと思わなかったら話せないってのは解るけどさ。
でも俺、ブラックとこんだけ一緒に旅してて、一言も説明されてないんだぜ?
ブラックが俺のことを憎からず思っているのは重々承知しているし、俺だってブラックが嫌がる事は聞きたくないけど……でもやっぱ、俺だけがブラックの過去を知らないっていうのはなんか寂しくて。
「…………信じてない訳じゃないし、違うって、思いたいけど……」
話してくれなきゃ、わかんないよ。
俺だって疑うし、心配になるんだよ。物分りが良い振りして、男らしい振りして我慢してるけど、大事に思ってる相手には全部を打ち明けて貰いたいってのは男女問わず思う事だろう? 男らしさを装ったって、限界があるよ。
俺は大人じゃない。ブラックが安心して甘えられるような奴じゃないのに。
「……あー、駄目だ。考えてるとまたウジウジしちまう」
今はそんな場合じゃない。
とにかくブラックを早く見つけてここを離れなければ。
俺は探すことに集中して、暫く本棚が並ぶ通路をぐるぐると見て回った。
二階も相当本棚が多い。こりゃ迷路だなと思いながら歩いていると……。
一番奥の本棚……誰も近寄らないような古い図書が並ぶ本棚の前で、ブラックが本を立ち読みしている姿を見つけた。
「あ……」
ブラックは真剣な顔をして、項目を確かめるように目だけを動かしている。
だけどその読破のスピードは速く、俺には流し読みしているようにしか見えない。速読の精度は、レドよりも早いような気がした。
……そっか。
俺、やっぱり、レドを見てブラックを思い出してたんだ。
だから俺、レドに対してはすんなりと受け入れられたんだろうな……。
「…………ん? あっ、ツカサ君!」
俺の視線に気づいたのか、気配に聡いブラックはすぐに俺を見つけて駆け寄ってきた。やっぱり、人殺しなんて思えないくらいに軽い。
俺に対してはすぐに笑顔になる中年を見上げながら、俺は眉根を寄せた。
「つ、ツカサ君どうしたの? ……あっ、ずっと放って置いたの怒ってるの!? ごめん、調べものしてたら意外と時間が掛かって……ごめんね、怒ってるよね?」
何も言わない俺に焦ったのか、ブラックはすぐに困り顔になって汗を垂らす。
傷一つない綺麗な両掌をひらひらと振って俺を気遣うさまは、どうしたって俺が見て来たブラックそのものだった。
俺がずっと見て来た、情けない、ブラックそのもの。
レドに恨まれるような悪意など一つもない、ただの困った中年だった。
「…………っ」
堪らなくなって、顔が歪んでくる。
視界が徐々に揺らいでくるのに耐えられず、俺はブラックの胸に飛び込んだ。
「えっ!? つっツカサく……!?」
焦るブラックの言葉なんて効かずに、広い胸にしがみ付く。
俺だって、何をやってるのか解らない。
解らないけど、そうせずにいられなかった。
ブラックの顔が見れない。ブラックに、俺の顔を見て欲しくない。
何も聞かれたくなくて、それを解って欲しくて、勝手に体が動いてしまった。
「……ぅ……っ」
「…………ツカサ君……」
背中を、しっかりとした二本の支えが拘束する。
その感覚は、最早確認しなくたって分かる。それほどに、俺はブラックに何度も抱き締められてきた。ブラックがどんな奴かを、知って来たんだ。
絶対にこいつは…………レドの言うような、悪魔じゃない。
「ツカサ君、嬉しいけど……ここでそんな事されたら僕困っちゃうよ」
嬉しそうに笑いながら、ブラックは俺の体を少し引き上げる。
爪先すら地面から遠ざかり、そのまま人が来ないだろう本棚の奥へと連れていかれて、俺は再び強く抱きしめられた。
「なんだかよく解らないけど……嬉しいよ」
そう言って、ブラックはいとも容易く俺の顎を掬い上げ、頬にキスを落とす。
相変わらず無精髭が頬にちくちくして痛くて、だけどそれがブラックのキスだと思えて、安心する。
されるがまま甘受する俺に、ブラックは少し困ったように眉根を寄せて笑った。
「ツカサ君、そんなに僕に優しくしたら……ここで襲っちゃうよ?」
俺の体を支えている腕が一つ下に降りて、尻を撫でようとして来る。
その性急さに少し我を取り戻して、俺はブラックの手を叩き落とした。
「……バカ。調子に、乗るな」
「…………うん。でも、抱き締めるのは良いんだよね?」
ちっとも反省してない浮かれた声で、ブラックは突然の僥倖に嬉しがっている。
そんな相手の高鳴る鼓動を耳で聞きながら、俺はぐっと口を引き締めた。
……やっぱ、ブラックが……こんな男が、レドの言う悪魔だとは思えない。
俺は、自分が見て来たブラックを信じる。
例えそれで裏切られる事になっても――――疑うより、信じた方がずっといい。
俺に泣きついてきたブラックのあの涙は、嘘じゃない。
人を助けようとして傷を負った時の記憶は、偽物じゃないんだ。
だから……。
「ブラック、明日……日が昇る前にこの街を出よう」
「え?」
「早くアタラクシアに行って、それから別の国に行くんだ」
「ツカサ君……?」
「……頼むから、そうしようよ……」
一生懸命堪えたのに、声が勝手に震えてくる。
情けなくてしょうがない。口をつぐんだ俺に、ブラックはただ頷いた。
「うん。分かった。ツカサ君がそうしたいなら、そうするよ」
何かが起こったのは解っているはずだろうに、ブラックは何も言わずにまた俺を抱き締めてくれた。
本当は、ブラックも何が有ったか聞きたいだろう。でも、あえて聞かないでいてくれているんだ。それが一番だって、自然とそう思ってるから。
「………………」
いつのまに、そんなに優しくなったんだよ。
アンタがそんなんじゃ、今度は俺の方が弱くなっちまうじゃないか。
そうは思ったけど、俺はもう何も言えなかった。
→
※次はブラック視点
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