異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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アコール卿国、波瀾万丈人助け編

18.恋人のように思うのは1

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「食事……は、確かに食事だけど……」
「キュゥ」

 なんだか落ち着かない。っていうか、なんか……困る。

「どうしたの? なんか今日は大人しいね」

 ニコニコと笑うブラックだって、いつもと変わらない。
 俺だって別に何か変って訳じゃないんだけど、でも……。

「あの……なんで、こんな高そうな店……?」

 そう、俺が先程から萎縮してまごまごしているのは、夕食を食べる場所がいつもと違うからだ。ここは、安い大衆食堂でもなければ酒場でもない。
 もちろん、野宿で自炊している訳でもない。
 俺達が今いるのは――――なんと、綺麗でお洒落なレストランなのだ。

 うん。すっげえ場違い。解ってます。俺もめっちゃ帰りたい。
 ロクの頭を定期的に撫でてないと緊張する。
 だけどブラックはテーブルの向こう側でニコニコしながら俺を見てるし、そんな顔されてたら俺も帰るとか言い辛い。あと奢りっていうのもずるい。

 薄暗い明りの灯された店の雰囲気は落ち着いていて、思わず声も小声になる。周囲で食事を楽しんでいる人達は、服装は色々だけどみんなこういう店に馴れている感じの大人ばっかで、何だか凄く恥ずかしかった。
 俺、こんな場所全然似合わないんですけど……。

 どうしてこんな所に来たんだよ、とブラックを見ると、相手は相変わらずの満面の笑みで軽く首を傾げる。

「なんでって……そりゃあ、ツカサ君が順序を考えろって言ったから」
「順序って」
「え? だって、恋人ってこういう店でご飯たべて、軽く散歩してからベッドに行くんでしょ? そう言う物だって僕は思ってたんだけど」

 こい、びと。恋人?
 恋人ならこういう高い店で食事して散歩してベッド行くだって?
 俺と、ブラックが。そういう、恋人同士みたいな……ことを?

「おおおおい! ちょっおまっ俺はっ!」
「ツカサ君シーッ」
「う……お、俺は……別に、お前の……」
「あはは、顔真っ赤だね。可愛いよ」
「だらっしゃー! だああもうアンタが変な事いうから!」

 俺別にそういう意味で言ったんじゃなかったんですけど!!
 誰がお前と恋人ごっこしたいつったんじゃ、俺は手順を踏んで怖くないようにしろって言っただけだ。アンタとデートしたいだなんて、だ、誰が。
 ああ畜生顔が熱い、ブラックが恋人とか言わなきゃ普通に食事してたのに!

「ふふ、ごめんごめん。でもね、僕もこういう事初めてなんだよ」
「え……お前……女とか食事に誘った事、ないの?」
「昔、仲間がね、そういうのやってたから。見た事有るだけ。……だから、自分から人を誘うのは初めてだよ」

 ……ブラックが初めて誘ったのが、俺なのか。

「…………そ、っか」

 何だか言葉が出なくて、俺は口を噤んだ。

「どうしたの?」
「……なんでもない」

 普段が普段だからあまり感じなかったけど、そう言えばブラックは俺よりもずっと年上なんだよな。勿論、女なんて星の数ほど抱いてるし、多分……ていうか、確実に恋人だっていただろう。
 こんなことした事ないって言ったって、忘れてるだけで一人くらい居たはずだ。
 コイツ顔だけは整ってるし、ちゃんとすれば野性的なイケメンだもんな。

 「自分から誘うのは初めて」っていう言葉は、そういう事なんだろう。
 ブラックには、俺が知ってる以上の過去がある。
 仲間もいたし、パーティーだって組んでた。今もこうして、俺が知らないテーブルマナーを当然のように行っている。
 無精髭でだらしなくて変態だけど、でも、こいつは大人。
 俺が知らない過去を沢山持ってる、俺なんか敵いっこない、大人なんだ。

「…………」
「ツカサ君の世界では、スープってこう飲む? 同じじゃなかったら真似してね」

 そんな事を言いながら、いつもとは違う優雅な仕草でスープを口に運ぶ。
 同じ人間のはずなのに、なんだかまた、ブラックが仮面をつけて「ラーク」と名乗ってた時みたいな感覚がして、俺は唇をもごつかせるしかなかった。
 なんでだろ。スープが味がしねえ。

 色々料理が運ばれてくるけど、俺がテレビで見てたようなお洒落な料理っぽかったせいか、どれもあんまし味が解らなかった。
 だけど、奢って貰ってるし、ブラックに悪いし、美味いと言いながら口に運ぶ。
 自分でも何かおかしいとは思ってるけど、それがどうしてなのか解らなかった。
 変だな。コイツとの食事なんて、何回もやってるはずなのに。

「ツカサ君、緊張してるみたいだけど……大丈夫?」
「ん……い、いやあれだよ。ほら、俺、本当こんな敷居高そうな所来た事ないし……てか、アンタは落ち着いてるじゃん。こういうの慣れてるんだな」

 苦し紛れにそう言うと、ブラックは何故か少し嫌そうな顔をした。

「……まあ、そりゃ……ね」
「…………昔、なんかあった?」

 思わず聞いてしまって、俺は無意識に口に手をやる。
 マジで俺ヘンだ。こいつの過去なんて気にしないって思ってたはずなのに。
 知りたがりでウザいって思われたかな……。
 少し心配になってブラックを見たが――意外にも相手は、俺の言葉に苦笑とも微笑ほほえみともつかない微妙な顔をしていた。

「そういうの……聞きたい?」
「……話したくなかったら……話さなくていいけど」

 嘘だ。本当は、聞いてみたい。
 だってそりゃ、過去の事が~って一々言われたら気になるだろ。
 本当はブラックがどんな冒険してたのか聞いてみたいし、シアンさんとの関係も凄く気になる。もっと言えば、どれだけ女遊びしたのかとか、マジでもう色々聞いてみたかった。
 心頭滅却して相手を気遣う事が出来る程、俺は大人じゃないし。

 けど、前に「話したくないなら話さなくていい」とか言っちゃったし……俺も女子にリンチ食らったとか話したくないし……それを思うと、無理に訊けない。
 だから、我慢してるけど。でも、本音を言えば聞いてみたい。
 なんだかんだ、ブラックの事は気になるし。

「……別に面白味もない話だけど、いいのかな」
「え……聞かせてくれんの?」
「だって、ツカサ君からそう言ってくれたの初めてだから。……僕の過去を訊いたって事は、僕に興味があるからだろう? だから、嬉しくてね」
「う……」
「ほら、また。本当に可愛……あっ、ごめんごめん怒らないで。話すから」

 怒ろうとしたのをいなされて、言葉が引っ込む。
 う、くそう。じゃあさっさと喋らんかい。
 ヤケになって食べ物を頬張りながら睨む俺に、ブラックは苦笑して話し出した。

「僕は元々、こういう作法を気にする家で育ったからね。子供の頃に厳しく躾けられたんだ。……昔はね、こういう場所は家の事を思い出すからあまり近寄りたくなかったし、こういう作法も……もう、忘れたいと思ってたんだけどね」

 どこか懐かしげな声でそう言いながら、ブラックは綺麗な所作で手を動かす。
 見よう見まねで付け焼刃な俺とはまるで違う、自然な手つきだ。それだけでも、ブラックが貴族のような家で厳しく躾けられた事が解った。

 ……そっか。ブラックって、元々そういう家にいたのか。
 だから金だってほいほい使っちゃうし、貴族のパーティーでもあんなに堂々として格好良かったんだな。うん、いや、なんか悔しい。
 言われてみれば納得だけど、普段が目の前のだらしない状態だからな。
 全然思い至らなかったわ。

 でも、その話をするブラックの顔はなんだか悲しそうで。

 自分の家の事はあんまり好きじゃないのかな。もしかして、スパルタ教育だった……とか? 嫌な事思い出させちゃったかな。
 思わず顔を歪めた俺に気付いたのか、ブラックは慌てて手を振った。

「あ、いや、違うんだ。感謝はしてるよ。こういう作法は学ぶところも少ないし……それに、女を引っ掻けるのに随分役立ったからね」
「……ふーん」
「嫉妬してる?」
「バカ!!」

 誰がお前なんかに嫉妬するか!
 美少女とっかえひっかえ出来るのは正直滅茶苦茶羨ましいけどな!
 だけど、何か勘違いしてるのかブラックはニヤニヤ笑っている。あーあー勘違いしてればいいさ、絶対ツッコまねえぞ。
 ロクに料理を食べさせつつ、俺は無視を決め込む。
 俺の不機嫌な顔に反省したのか、ブラックは頭を掻きながら肩を竦めた。

「ま、あまり思い出したくない過去なのは本当だけどね。それに……」
「……それに?」
「ツカサ君と一緒にいる今が一番楽しいから、嫌な事は忘れたいんだ。……前にも言ったけど、全部話すと……嫌われちゃうかもしれないしね」

 ニコニコと笑って、ブラックは食後の酒を飲む。
 全部話すと嫌われちゃうって、散々言ってるよな。
 俺にはその過去の酷さは解らないけど、でも、嫌われるって自覚が有る程の過去って……殺人とか、してんのかな。だったら確かに言いたくないよな。
 少し薄ら寒くなるが、それを暗に臭わせるってどういう心境からなんだろう。

 俺に想像させて引かれるくらいなら、言わない方がマシなんじゃないのか。
 だけどブラックは「過去は言いたくない」とはっきり言う。
 何がしたいんだろう。
 自分の過去に何かあると突き付けて、ブラックは話すのを拒否してるんだ。

 それって、矛盾してるよな。
 もしかして……本当は、聞いてほしいのかな。
 聞いて、俺が受け止めるのを待ってる……とか?

 過去に殺人を犯していたとしても、どれほど陰惨な過去を背負っていたとしても――俺に受け入れて欲しいと思ってるから、面倒くさい事言ってるんだろうか。

「…………」
「ロクショウ君も満腹みたいだね。店を出ようか」

 上機嫌のブラックは、少し俯いた俺の手を取って席を立たせる。
 なんだか抵抗できなくて、俺はされるがままに店を出た。

「ああ……南に近付いていくと、大地からの光が減っていくね。代わりに星が綺麗に見えるけど……ほら、ツカサ君空を見てみなよ」

 ぎゅっと手を握られて、言われるがままに空を見る。
 確かに、今まで地上の光が凄くて解らなかったけど、俺の世界よりも沢山の星が見えた。月が出る夜って、月の光が強すぎてあんまり星が見えないって言うけど……光が有り過ぎても見えない物って本当にあるんだな。

「俺の世界じゃ、こんなに星見えないだろうなあ」
「そうなんだ。きっと、闇なんてない世界なんだね」

 俺の手を握った広くて大きい手が、そっと指を絡ませる。
 指の間に入り込んできた手はしっかりとしていて、だけど俺の指よりも長くて、とても暖かかった。
 ……そういや、父さんの手って大きかったな。
 こんな繋ぎ方なんてしたことないけど、ぼんやりとそう思った。

「……つーか、いつまで手ぇ繋いでるつもりだよ」
「ツカサ君が手を離すまで。……大丈夫、暗いから誰にも気づかれないよ。だから……もう少し、ね? お願い」

 静かにそう言われて、俺は何も言えずに黙るしかなかった。
 変だ。さっきから俺、なんかおかしい。
 だけどなんだか解らない。なんか暑くてしょうがない。手だって、多分汗がダラダラしてる。格好悪いけど、でも、しっかり握られててどうしようもないし。
 なんか、なんだろう。言葉が、出ない。

「……うん。いいね。こういうのって無意味だと思ってたけど……好きな子とやると、凄く胸が高鳴って、こんなに興奮するものなんだね」
「こ、興奮ってあんた……」

 またそう言うロマンの欠片もない事を。
 呆れる俺に、ブラックはきょとんとして首を傾げる。

「そういうのって、興奮するって事じゃないの?」
「アンタそう言う所鈍感だよな……。ちげーよ。胸がドキドキするっていうのは、なんかこう……デートして嬉しいけど凄い緊張するとか、色々不安とかあって……こう、気分が高揚してるっていうか」
「デート」
「うっ……そ、その、あれだよ! お前が今やってること!! だ、だから、こう言うのは興奮するとかじゃなくて……」

 俺何言ってんだ。てかまた余計な事喋っちゃって。
 だーもー本当変だ! なんだこれ、何だ俺は!

 居た堪れなくて顔を背けたけど、手はぎゅっと握られて離れないし、距離も近いままだ。俺の肩に乗ってるロクは満腹になったのかまた眠ってて、今回ばかりは加勢してくれそうになかった。うう、どうすりゃいいんだ。

 じわりと汗が滲んでくる顔に余計に焦る。
 いや、俺は間違ったことは言ってないぞ。
 デートってのは、興奮するもんじゃないだろ?
 好きな女の子と一緒に遊ぶのが楽しくて「今が一番生きててよかった!」なんて思っちゃったりして、そりゃエッチしたいって思う事も有るだろうけど……でも、一緒に居られるのが一番嬉しいって……そういうモンじゃ無いのかよ。婆ちゃんと爺ちゃんはそうだったぞ。

 漫画でだって、そんな……いや、俺みたいな奴は女の子に股間パンパンにしてたりしたけど、でも、興奮するとかは言わなかったし……。
 要するに、んな明け透けに言うモンじゃ無いんだよ!

「そっか。好きな人にドキドキするのって、興奮するからだけじゃないんだね」
「い、今更……」
「ごめん。僕はそう言うの、本当に良く解らなかったから……」

 思わずブラックの顔を見上げると、また悲しそうな顔をしていた。
 なんだよ、お前なんで自分の事言う時そんな顔するの?
 別に俺だってドキドキする意味なんてはっきり解んねーよ、アンタと一緒だよ。なのに、なんで申し訳なさそうな顔するんだよ。バカ。バカじゃないの。
 誰がアンタを責めたってんだよ。

「バカ、謝るな」
「うん……ごめん」
「ほらまた!」
「あはは、クセになっちゃってるね。でも、嬉しいよ。これが普通の事なんだね。……僕にもちゃんと、君を普通に愛する事が出来るんだ」
「そっ……」
「ツカサ君、今度はちゃんとするから。君に好かれるように、頑張るから。……だから……今から抱いても、いい?」

 あの、だから、そう言う事を直球で言うからダメなんだってば。
 ムードとか色々考えてくれないと、俺も、その。

「宿に、行こう?」

 この街に着いた時と同じ台詞を言われたが、俺は今度も逆らえなかった。











 
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