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アコール卿国、波瀾万丈人助け編
15.別れる熊さんの恩返し
しおりを挟む【ジゴクハナツブシ】
別名『地獄大地百合』、またはごく限られた地域では『ティタンリリー』
開花すると死臭、もしくはゴミのような臭いを強く放つ危険な植物。
特定の場所、特定の範囲にしか咲かない珍しい種類であるが
冒険者の間では『出会えば鼻をもぎ取られる』ともっぱらの評判。
その死臭は何故か肉食のモンスターを惹きつける力が有り
誘引したモンスターに蕾を刺激させる事により開花する特殊植物で
ジゴクハナツブシの咲く森は例外なく凶暴なモンスターの巣穴となる。
採取しても獣を呼ぶ材料にしかならないので近付かないのが無難。
うん、それ、森に入る前に知りたかったな。
図鑑であの花の正式名称を確認した俺は、爽やかな草の臭いのする草原に力なく突っ伏した。
さっき目覚めたばかりだからか、まだ鼻の奥にあの臭気が残ってる気がする。
いつの間に森の外にと思ったけど、どうやら獣の爺ちゃんが運んで来てくれたらしい。ありがとう、爺ちゃん。元凶あなたですけどね。
「人の子、気分は良くなったか」
「うん……ありがとう……でも、みんなはまだ苦しんでるな」
俺はロクが起こしてくれたので比較的すぐ目覚めたが、ブラックやガトーさん達は未だに死臭の悪夢を彷徨っているのか、草原にゴロゴロ転がって魘されていた。解る、その苦しさは凄くよく解るぞ。
でも色々ムカつくので充分苦しんでから起きてくれ。
特に、ティタンリリーの正式名称を隠して俺達を巻き込んだガトーさん達には、あと数十分ほど大いに反省して頂きたい。イタズラ心とやらで危険な花を街に持ち込もうとした罪も、これで不問にしておこう。
娘さん、罰はちゃんと与えましたよ。
「しかし、人族とは難儀な物だな。あれしきの死臭で気絶してしまうなど……追いかけておったらいきなり倒れるから驚いたぞ」
「うーん、鼻は獣より鈍いはずなんだけど、ああいう臭いはだめなのよ俺ら」
「キュー」
「ぬう、なるほど。それでこの森には人がおらなんだか。このようなモンスターの多い場所では、必ずと言っていいほど殺戮を好む人族をみた故、おらぬのを不思議に思っておったが……」
わ、わあい。この世界でもいるんですね戦闘狂……。
出来れば会いたくないな。
一瞬現実逃避しかけたが、俺はふと気絶する前の事を思い出して獣の爺ちゃんに向き直った。
「そういえば爺ちゃん、俺に言い忘れた事ってなに?」
「おお、そうだそうだ。わしはこの森で待つが故、お前が森を出れば巡り合う事も難しいと思うてな……お主には礼の意味でこれを渡して置こうかと」
「……?」
掌を差し出すと、相手は何十倍も大きな掌を乗せ何かを落とした。
それは、銀を散らした真っ青な珠。
「これって……【召喚珠】……?」
「知っておったか。わしの召喚には多大な精神力が要るゆえ、恐らくお主にはまだ使えんだろうが……それを持っていれば、いつかお主がわしの国に来た時、わしを訪ね易かろうと思うてな。お主に礼をするにはそれだけでは足りぬが……もしお主がわしの国へと訪れる事が有ったら、今度こそ確かに礼をしよう」
「爺ちゃん……でも、その為だけにこんな凄いモンを……」
召喚珠って、渡した相手に従うって証でもあるんだろ。
俺みたいなぺーぺーのヒヨっ子に、こんな巨大な悪魔大王みたいな爺ちゃんが力を貸すなんて……俺が爺ちゃんにやった事を考えたら、分不相応すぎないかな。
俺はただ回復薬をぶっかけただけだし。
空が見えなくなるほど視界に広がった顔を見上げると、相手はまた鼻を鳴らして笑った。
「恩の深さなど他人には測れぬよ。わしは、これで釣り合いが取れると思ったからお主に珠を渡したのだ。お主が憂う事は無い」
「ホントにいいの? 俺、爺ちゃんの事呼べるようになったら、メチャこき使っちゃうかもしんないぜ?」
「構わぬよ。そも、獣人は人族の善悪になど縛られぬ。己の信念のままに道を決めるのだ。……もっとも、お主は悪事など出来そうにないし心配はしておらぬが」
なんかその台詞、どっかで聞いた事有るような気がするけど……まあいっか。
爺ちゃんも返品不可な態度だし、しょうがない。ペコリアのと一緒に、この召喚珠は大事にしておこう。観念して珠をしまった俺に、爺ちゃんは改めて居住まいを正すと――首を垂れるように、俺の目の前に伏せた。
「じ、爺ちゃん?」
「お主が真に力をつけ、わしを呼び出せるように成った時……わしは恩に報いる為にお主の盾となり足となろう。我が名は人の言葉で“第八十六番目の守護者と成りし覇者、最も厳格な力にして最も平和を愛すもの”の意……。珠を掲げ喚ぶ名は、ドービエル・アーカディア。人の子よ、しかと覚えておけ」
ドービエル・アーカディア。
それが獣の爺ちゃんの名前なのか。体格に見合った、凄く厳つい名前だ。
「ドービエルって言うんだ、爺ちゃん」
「久しく名乗っていなかったがな。……そうだ、お主の名はなんという。わしの国に来ても名前が解らぬと会う事もかなわん」
「あっ、そーいや名乗って無かったな。俺の名前は、ツカサ・クグルギだよ」
ドービエル爺ちゃんは俺の名前を何度か呟き、そうして頷いた。
「あいわかった。ツカサ、再び出会える日を楽しみにしておるぞ」
「うん、俺絶対爺ちゃんに会いに行くよ」
そう言って抱きついた爺ちゃんの顔は、獣臭かったけどとても気持ちいい毛並みをしていた。
「はぁー、そんな事があったのか。そりゃちょっとした大冒険だったな」
翌日、ギルドへと出向いた俺達は、マッチョ中年のギルマスと相変わらず可愛いサニアさんに腐食の森の事を報告した。爺ちゃんの事も言おうと思ったけど、迂闊に喋ったらどうなるか解らないので、一応「大食らいの獣がいた」みたいな感じでぼかしておいた。
正直に話して爺ちゃんに何かあったらやだもんな。
ガトーさんも怒られるだろうし。
そんで、一応退治したけど、その代わりにティタンリリーが一斉に開いたので、暫く調査はしない方が良いとも言っておいた。
嘘ではないし、こうしておけば暫くは警備隊も調査出来ないだろう。
その間にガトーさんにドービエル爺ちゃんを輸送して貰う。
渡航費を肩代わりして貰うのも、今となってはそれくらい払えの気持ちだ。
俺達を騙してとんでもない所へ連れて来たのだから、それくらいの事は甘んじて受け入れてほしい。
このギルマスのおっさんにも「何故ティタンリリーの事を教えてくれなかった」とか「事情知ってたんなら委託依頼とか色々ちゃんと教えろよ、この嘘つきマッチョめが」とか、言いたい事が山ほど有ったが、刃向かうとその筋骨隆々なボディでボコボコにされそうだったのでお口チャックしておいた。
金が貰えて万事丸く収まれば何も言いませんよあたしゃ、へっへっへ。
……まあ冗談は置いておくとして。
「とりあえず、これで依頼達成ですか?」
「おう、良くやってくれた。ヒヨっ子曜術師にしちゃ物凄げぇ成果じゃねーか! こりゃあ『腐食の覇者』とか言う称号を貰う日もちけぇぞ」
「そんな臭そうな二つ名つけたくないです」
二つ名とか称号は憧れでしたけど、その名前を付けられたらあの地獄を思い出すから永遠に二つ名要りません。虐めか。
この世界に来てまでリンチ喰らうのか俺は。
「はっはっは、冗談だよ! んじゃこれ報酬の金貨百枚な」
「あれ、ガトーさんがくれるはずじゃ?」
「ガトーさんは娘にティタンリリーの事がバレてお仕置中だと」
わあい、娘さん意外と厳しい人だった。
やっぱりガトーさんの方が浮かれポンチだったから、娘さんが冷たい態度だったんですね。人は見かけによらないなあ。うんまあ、そうだよな。
見かけ通りだったら、俺もブラックに引っかかってたりしないよなあ……。
「ん、ツカサ君どうしたの?」
「どもしないです……」
まあ後は万事うまくいくだろうから、深く考えるのはやめよう。
もう色々と疲れたので、事後処理はギルドやガトーさん達に頼む事にして、俺達はギルドを後にした。宿に一泊したら、もうこの町を出ようと決めて。
結局セーナスの街ではゆっくり出来なかったけど、ブラックに掘られなかったのは幸いだったな。街に着いてすぐガツンガツン行かれてたら、絶対に三日くらいは足腰立たなかったぞ。このまま忘れてくれてたらいいんだが。
「ところでツカサ君、なんか忘れてる事ない?」
「ふぁいっ!?」
な、なんだ。またアレか、心読んだのか!?
思わず一気に冷や汗を流した俺に、ブラックは小難しい顔で指を振る。
「一昨日の夜、僕に言わずに勝手にガトーさん達の側を離れた事、まだ謝ってくれてないでしょ」
「あ、ああアレ……てか、アレはお前も悪いんだろうが!」
「何で僕が謝らなくちゃいけないの、僕は偵察に行ってただけだよ」
「俺にちゃんと言ってから行かなかったじゃん。だから俺探しに行ったんだぞ! 他の奴にならともかく、お前に怒られるのは理不尽だ!」
とそこまで言い終わって、俺はとんでもない事を言ってしまったのに気付いた。
……あれ、今のって……要するに、俺が心配してたって意味に……なるよね。
目の前のブラックが、目を丸くした後、どんどん顔を喜色に染めていく。その顔と言ったら、実に嬉しそうなだらしない顔で。
って何が喜色だ。ちゃうわ。気色悪いわ。
「え、え、ツカサ君僕の事心配してくれたの?」
「しっ、してない!!」
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あーもー恥ずかしくて街に居たくない!
早く次っ、旅の支度済ませて次の街行こう!
→
※す、すいませんコメディな依頼やらせるの好きなんです…
次からまた二人でイチャコラするので許してくださひ(´;ω;`)
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