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アコール卿国、波瀾万丈人助け編
14.地獄のような体験を君に
しおりを挟む※お食事中の方、今回の話を読むと激しく後悔します(´・ω・`)スマン
戻って来た時には既にブラックも帰っていて、実にイライラしていた。
どうやら俺がいなかったかららしいが、お前も同じような事して俺を困らせたんだから引き分けだろう。バッサリ切り捨てて、とにかく俺は今見て来た事を全てを彼らに話した。巨大な熊の獣人の事や、この森のモンスターがどうしていなくなったのかを。
最初は俄かには信じがたいと言う顔をしていたガトーさんとブラックだったが、ロクに「お爺ちゃんにちょっと吠えて貰って」と言うと森の奥から地獄のような声が聞こえて来たので、みんな信じてくれた。
流石にガトーさん達に獣の爺ちゃんを見せると卒倒しそうだったので、今は対面させるのはやめておいた。だってあんなのガトーさん達はみたことないだろうし。
まあ俺はね! アニメとか見て事前準備してたからね!
「で、ツカサ君はどうやって彼を故郷へ帰すつもりなんだい?」
一通り話終わって落ち着いた所で、ブラックが眉を顰めて問いかけてくる。
尤もな問いだ。しかしそれは憂う事じゃないぞ、ブラック。まあ見てなって感じでニヤッと笑うと、俺はガトーさんに向き直った。
「でさ、ガトーさん」
「はい?」
「巨大な船を持ってる人の知り合いとかいませんかね……特に、オレオール家とかフィルバード家と通じてる感じの」
「巨大な船、ですか……。そうですねえ、商船でしたら我々も所有してない事もないですが……しかし、あの高名な二家のお名前とは、どうして?」
「その船にあの巨大な獣人を乗せて貰えるように頼みたいんです。この腕輪を見せれば、どうにかなるかなって思って」
そう言ってガトーさんに縁故の腕輪を見せると、ガトーさんは目を丸くして腕輪を眺めて――――卒倒したように地面に倒れた。
「あああっ、旦那様!」
「旦那様が気絶してしまわれたっ」
「旦那様! 旦那様!」
やべえ商人ズが普通に喋ってるの初めて聞いた。
「だ、大丈夫です……ま、まさか……あの二家のご加護をお持ちの方と出会うとは……というか、そんな大変な方をこのような危険な森に連れて来るとは!! あああこれがオレオール家に知れることになったら我々はあああ」
「い、いや大丈夫ですって! 俺冒険者って言ったでしょ、そういうのラスターも多分気にしませんから!」
「ヒッ、お、オレオール様をお名前でお呼びするなんて! つ、つ、ツカサさん一体あのお方とどのような……ああっ、言わないで良いです、今度こそ私は気が触れてしまいます!!」
いやどんだけ恐れられてんだよラスター。
英雄だし最高権威だし、その上アコール卿国の宗主国であるライクネスの貴族だから、こんなに恐れ多いって感じになってるんだろうけど……それでもこれじゃ、敬ってるっていうより化け物に慄いてるも一緒だよ。
やばいなこの腕輪。緊急事態以外ではあんまし見せない方がいいかも……。
そっと包帯でぐるぐる巻きにして左手の腕輪を隠しつつ、俺はガトーさんが落ち着くのを待った。そして、改めてガトーさんにやって欲しい事を伝える。
ガトーさんは巨大な熊の獣人と言う事で青い顔になってはいたものの、探検隊の心意気とかいう訳の解らない理由でオッケーしてくれた。
まあ、やって貰うのは爺ちゃんを故郷へ帰す事だけだし、そうしないと腐食の森が完全復活しないもんな。
でも、獣の爺ちゃんの事は完全に俺のわがままなので、渡航費の事も話し合おうとしたのだが、ガトーさんは俺から金を貰う事を断固として拒否した。
曰く、貴族と縁を持つ者の善行には、無償で施しを行うべき……とのことで。
良く解らないけど、タダでやってくれるんならまあ良いか。
一応俺の身元確認のためにラスターに書簡とか送ろうかと言ったんだけど、それを言ったらまた気絶しちゃったのでやめた。
なんかもう、あの、すみません。
ブラックは呆れ顔で先に寝ちゃうし、ロクはガトーさんが何度も気絶するのが面白いのか喜んでるし、もうなんか面倒くさい。こんなんで無事に依頼を達成できるんだろうかと思ったが、そんな俺の不安を余所に夜は更けていくのだった。
翌日、俺達は最深部へ向けて出発した。
昨日は色々あって疲れたが、話がまとまったので良しとする。
あの後俺達はもう一度冷静になり、ガトーさん達と獣の爺ちゃんを会わせたり、船の大きさや輸送方法をどうするかと話し合ったりしたのだ。
なにせ、相手は規格外の大きさの獣人。
人にうっかり見せたら騒ぎになるし、運ぶ船にも制限がある。
ハイテンション甲冑おじさんのガトーさんも、この時ばかりは商人の顔になって「ムムッ、未知の動物を決死の覚悟で国へ帰すだなんて……冒険ですね!?」なんて興奮して、真面目に……真面目? うん、真面目に考えてくれた。多分。
獣の爺ちゃんとガトーさんは意気投合したみたいだし、これで無事に獣人の国へ送り届けてくれるだろう。モンスターの問題は解決だ。
あとは、俺が再生すべき「腐臭の元」がある場所に行くだけなんだけど……。
それって一体どこにあるんだろう。
「あのーガトーさん、臭いの元ってどこにあるんです?」
「ああ、それはティタンリリーのある最深部に在りますよ」
「花が咲いてる花畑が有るのに?」
「臭い場所に花が咲かないと言う事はありませんよ。雑草は固い地面も気合で突き破って花を咲かせるのです」
そりゃまあ、そうだが。
アスファルトから咲く大根の花とか強いけどな。某アーティストもそういう花は強いって言ってたけど。でも、やっぱ納得いかない。
それはブラックも同じだったようで、最深部に近付くにつれて腕を組んで唸っていた。
「ブラック、何唸ってんだ」
「いや……昨日からこういう暗渠みたいな森に咲く花を思い出そうとしてるんだけど……それらしいものが中々思い当たらなくてね」
「お前花とか詳しいの?」
「花だけね。あと有名な植物とかは分かるけど、野草については素人だ。だから、そっちはツカサ君の方が詳しいと思う」
物知りなブラックにも、苦手分野は有るんだな。それでも俺の知らない事を沢山知ってるから、博識なのは変わらないんだけどね。
でも、そんなブラックが悩むほどか……。
「思いつきそうなの?」
「うーん……もう少し、ここまで出かかってるんだけどねえ……」
悩むくらいだし、そういう花もあるにはあるのか。
じゃあ、俺が変に勘繰り過ぎてるだけなのかなあ。
なんてことを考えてると、目の前の森が急に疎らになりだした。
ガトーさんが興奮してまた水曜スペシャルみたいなナレーションを始めている。
どうやらここが最深部らしい。森を抜けて、俺達はついに開けた場所に出た。
「うおっ……お…………おぉ……?!」
腐食の森の最深部、その開けた場所には美しい花畑が……!
と、思って、俺は驚く用意をしていたのだが。
「どうしましたツカサさん! ほらっ、ご覧ください、これが素晴らしいティタンリリーの花畑ですよ! 我々はついに秘境の最深部へ到達したのです!」
「いや、あの、花畑って言うかこれ……」
なんていうか……でっかいつぼみ畑……?
「えーと、この花がティタンリリーってことかな?」
流石のブラックも困惑して頬を掻く。
そりゃそうだろう。だって、俺達の目の前にあるのは、とても花畑とは呼べない不気味な光景だったのだから。
――例えば、自分の体長ほどもあるでっかいアーモンドが下に茎を伸ばして地面から生えていたら、一般の人はどう思うだろうか。それがずらっと並んでいたら花畑だと思えるだろうか。
花畑っていうか、悪夢だろこれ。
誰だこれを花畑って言ったのは。
思わずガトーさんの方を振り向くと、相手は物凄く興奮して甲冑をガシャガシャ言わせていた。え、マジでこれがティタンリリーなの?
「さあツカサさん、このティタンリリー全てにグロウをかけて下さい!」
「え? ひ、一つだけじゃないんスか?」
「それはそうなんですが、この森が復活する為に必要なのです! さあ!」
なんか嫌な予感がするのは気のせいかな。
ブラックも俺と同じ事を思っているのか、何とも言えない絶妙な顔で口端をひくひくと動かしていた。だが何か言う前に俺はでっかいアーモンドの前に連れて行かれて、さあさあと術を促される。
ええ、これやらないと駄目っすか……。
滅茶苦茶嫌だけど、そうでもしないとガトーさんが街に帰してくれなさそうなので、仕方なくティタンリリーにグロウをかけていく。
「……あ」
「どうしました?」
「い、いや何でもないです」
今気づいた事だけど、俺、触れた植物が「あとどのくらいグロウをかけたら成長するか」が判るようになってるみたいだ。ステータス把握……とは言い難いけど、感覚的に植物の変化が判るって言うか……とにかくこれは凄いな。
術を結構練習した成果なんだろうか。
もしかして、曜術って上位魔法が存在するって奴じゃなくスキルアップ型?
って事は、俺が今使える弱い術も、根気よく使い続ければ「これはメ○ゾーマではない、○ラだ」みたいな事をやれるんだろうか。
地面にぶっささった巨大アーモンド……いや、ティタンリリーの蕾に次々グロウをかけてみるが、やっぱり俺は成長してるらしい。相手ごとに成長度合いが判る。こりゃ面白いとつい調子に乗って、気付けば花畑のティタンリリー全てにグロウをかけてしまっていた。
「おおお……素晴らしい、流石は日の曜術師のツカサさんです。普通の木の曜術師では、間を置かずにグロウをかけ続けるなんて出来ませんよ!」
「えっ、そ、そう? 俺凄いです? いや~、それほどでも~」
「では最後に掛けたティタンリリーを持って早く街に帰りましょうか」
ガトーさんがそう言うと、商人ズがささっと寄ってきて、最後に術をかけたティタンリリーの茎を慎重にナイフで削っていく。最後の奴を採取するって事は、成長させるとすぐに開花しちゃうんだな。
暫しその風景を見ていると、後ろからざり、ざり、となにやら戸惑ったように土を踏む音が聞こえてきた。なんだ、と振り返ると、がっしと肩を掴まれる。
「つ、ツカサ君」
「どうした、ブラック」
「キュ?」
なんだなんだ、青い顔してダラダラ汗かいて。
腹でも痛くなったのか、とキョトンとしていると、ブラックがそのまま俺を引き摺って森の中へ逃げ込もうとする。いやいや待て待て待て。
「な、なんだよどうしたんだよ!」
「逃げるんだ! もう報酬とかどうでもいい、ここに居ちゃいけない!」
「ハァ!? ガトーさん達どうすんだよ!」
「死ぬよりマシだよォ!!」
「死ぬ!?」
ちょっと待てそりゃガトーさん達放って置いたら余計危ないだろ!!
ガトーさん達の所へ行こうとするが、ブラックの力が強くてどんどん森へと引き摺られていく。そんなブラックの必死さに呼応してか、ティタンリリーの蕾が揺れ始めた。いや、違う、これは地面が揺れているんだ。
「なっ、なんだこれ!?」
「うげっ」
なんだかよく解らんが、ガトーさん達のせいじゃないみたいだ。
というかガトーさん達も大いに慌てている。
「人の子、人の子、おるか」
「え゛ッ、け、獣のじいちゃん!?」
木々をバキバキと折り地響きを起こしながら、爺ちゃんの声が近づいて来る。
待って、怪獣レベルの地響きって凄すぎるんですけど。
目を白黒させる俺とブラックを余所に、ガトーさん達が叫びだした。
「てっ、撤退! 撤退ですううう!」
えっ何で逃げるの? 何で、ちょっとまって置いてかないで!
てかティタンリリー置いて行ってるよ!
中途半端に切ってるから、振動が訪れる度にぐわんぐわんと揺らいでいる。
その地響きに、ついに、ティタンリリーがどすんと倒れた。
「ああっ、勿体ない!」
と、俺が叫んだ瞬間――――倒れたティタンリリーの蕾が花開いた。
まるでざくろが弾けたかのように一気に蕾を解いて、ティタンリリーは毒キノコのようにまだら色をした花弁と、トウモロコシみたいな細長くて長いおしべかめしべか解らない謎の黄色い物体を露出させる。
南米のジャングルにでも生えていそうなその姿に、俺達は息を呑んだ。
花ってこんな嫌悪感のある主張をできるものなのか。地獄の花と言われても納得の様相に俺が驚いていると、頭の上から絶望した様な声が聞こえた。
「じ、地獄の大地百合が咲いた……」
「は?」
あれ、ブラックったら俺の心の声読んだ?
あれあれ、なんでガトーさん達もそんなに怯えて慌ててんの。
訳も分からずポカーンとしている俺とロク。だが、その数秒後、俺はブラック達が何故逃げようとしたのかを理解し、激しく後悔した。
「うぐっ!? ちょ、この、におい……!! うごぇええ!?」
風に乗ってふわりと漂い、そして徐々に強さを増していく臭い。
良い匂いのするはずの花が放つその香りは、俺達にとってはまさに地獄でもがくにも等しいヤバい臭いだった。
あかん。これは、あかんやつや。
脳内の関西人が絶望を口にする。ていうか、俺の本能が「これは直接嗅いではいけない臭いだ」と激しく警鐘を鳴らしている。
俺とブラックとガトーさん達は一斉に鼻をつまみ、青ざめた顔でその場から脱兎の如く逃げだした。
「キュ? キュキュー?」
ああそうかロクはモンスターだからこの臭い平気なんだっけ!
でもねロク、無理なの、お兄ちゃん達はこの臭いダメなんですよ!
「人の子、どこだ……おっ、死臭が戻って来たぞ!」
どすん、とまたどこかから強い振動が来る。
そうすると、森の中を必死に逃げ回っていた俺達の後ろから、先程よりも強烈な臭いが追いかけてきた。おいこれ他の花も咲いたって事か!?
ま、まて。まてよ、じゃあ、腐食の森の『モンスターを引き寄せる死臭の元』って……あのティタンリリーの事だったのか!
うわあああバカバカ俺なんで今頃気付くんだよ!!
「ってかあんなもん娘に贈ろうとしてたんすかガトーさん!」
「だって娘が最近生意気だからイタズラしたくてぇー」
「アホかぁ! あんなん屋敷で咲かせたら間違いなくマジの死人出るわぁ!!」
「ゲホッ、ゲホッ、つ、ツカサ君僕涙が」
「人の子どこだ、動き回るとよくわからんぞ」
「あああ爺ちゃんドスドス言わせないでヤバいフレグランスがあああ」
もうなんだこれ訳わからん、地獄か!
ここは地獄か!!
ロクを除く全員が涙目で鼻を押さえて森を疾走する様は、中々シュールだったと思う。だけど、実際ティタンリリーの臭いを嗅げば絶対みんなこうなるだろう。
ならない奴はきっとゾンビとマブダチになれるに違いない。
「おぇえええええ」
「旦那様、商人一号が!」
「大丈夫か商人いちごぇえええ」
「三号!! 三号――――ッ!」
地獄じゃ! ここは間違いなく地獄じゃ!!
ていうか大丈夫ですか商人ズ、ここで倒れたら鼻が死ぬぞ。頑張れ。
「人の子ー、言い忘れた事がー」
「あああああそんなん良いから俺達が森を抜けるまで大人しくしててえええ」
爺ちゃんが森をドスドスするたびに臭いが溢れてくるのォ!
畜生今になってこの森のサイクルが解ったぞ。
ティタンリリーはこの臭いによって獣を呼び寄せて、その獣に攻撃して貰ったり叩いて貰う事によって開花してたんだ。
だから、モンスターを呼ぶ臭いを放つ訳で、それはあまりに強烈だから冒険者は近寄らなかったし、ティタンリリーという珍しい花を採取しようとしなかった。
腐食の森は、ティタンリリーが花開く事で機能する森だったんだ。
だから、獣がいなくなったこの森では腐臭がしてこなかったのか。
あの花は自分を叩いてくれる物がいなけりゃ咲けないんだもんな。
つーか、目ぼしい物がないから冒険者は近寄らないって、そりゃそうだ。
こんな花持って帰ったら街から締め出しくらうわ。
「全く……ゲホッ、ゲホッぅごぇっ、ティタンリリーどが言う地方での別称のせいでっ、逃げ遅れたよ……ッ!!」
えずきつつ涙目で鼻をつまむブラックに、俺も同じような顔をしながら問う。
「ベッ、別称!? ほ、ほんとの名前あんの!?」
「ティダンリリ゛ーの、ほんどの名前はッ……ぐっ、地獄ッ、鼻潰しだよ……!」
「ええええなにそのプロレスの反則技みたいな名前ー!!」
「人の子ー、人の子ー」
「あああああ爺ちゃんやめてえええ探さないでくださいいいい」
もう本当、限界だってばよ!!
初めての依頼でこれは色々キツいですって神様、テレビの企画でもこんな酷いのやりませんって。もう俺頭痛い、倒れそう。
「人の子ー」
どすん、と音がして、第三次臭波が俺達を背中から捕える。
その臭いはあまりにも、キツイ。
遂に耐え切れなくなり、俺達は形容し難い叫び声を上げてその場に倒れた。
あ、もうだめです。死にます。
その名の通り鼻を潰してくるようなヤバい臭いに、俺達は涙を流しつつ気を失ったのだった……。
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