異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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王都シミラル、貴族の陰謀と旅立ち編

 計画

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「では、鉄壁の防御というわけですか」

 低く耳に残る壮年の声が、武骨な石造りの部屋の中で響く。
 地下に作られているこの狭い部屋は、古くから商人たちの密談場所として用いられていた。今はあまり使われてはいないが、たまに商人に伝手を持つ者の為に開けられる事がある。
 そう、丁度今、この場所は一人の旅人と商人達の為に使われていた。

「ああそうだ。ラスター・オレオールはナリは貴族の愛妾みてえなツラをしてるが、あれでも国の中枢に食い込んでるくらいの実力者だからな。ライクネス騎士団を率いる騎士団長の名は伊達じゃねえ」

 そう言って、樽のように太った商人がペン軸で頭を掻くのを、隣に座る人相の悪い男が難しい顔をして見やる。

「確かにそうだぁな。その上、あのお坊ちゃんは貴族にしては随分と頭が切れやがる。自惚れちゃあいるが、自分の拠点を賊に荒らされるような隙はねぇ」

 二人の男が語る標的は、初対面の印象とは随分違う。
 温泉郷で遭ったラスター・オレオールはあまりにも滑稽で、感情を抑えきれないただの若造にしか見えなかった。とても、頭が切れる男とは思えない。
 しかし、壮年の声の主――――ブラックは、その違いの理由を推測できるが故に、内心で憤らずにはいられなかった。

(あの男は、ツカサ君に本気で惚れたんだろう。……王子が姫を助けて惚れられるのならまだしも、王子が姫に助けられるなんて、とんだ間抜け話だが)

 そう。ラスターは、助けられた時にツカサに恋をしてしまったのだ。
 だから、焦った。焦って取り乱して、普段は気にしていなかった己の傲慢さに足を掬われた。食堂でブラックと言いあったのは、まだ若いが故に己を御しきれず、隠していた感情を表に出してしまったからだったのだろう。
 だからこそ、ブラックはラスターに激しい殺意を抱かずにはいられなかった。

 ツカサを好きになっていいのは、抱きたいと思っていいのは、自分だけだ。
 何も知らない傲慢な貴族になど、ツカサを渡す気など無い。
 あの男にツカサを攫う権利など毛の先程もないのだ。
 なのに、あの男はツカサを攫い、自分の物にしようとしている。
 ……何をしてもいいというのなら、今すぐにラスターの屋敷に乗り込み、全てを始末してツカサだけを連れ出し旅に出たかった。

 だが、それではいけない。
 己の罪を繰り返してはならないのだ。
 衝動を抑える事は、自分の為だけでなくツカサの為でもある。
 自分達が自由に旅をするために、二人きりでいるためには、纏わりつくしがらみは一つでも無くしておかねばならない。
 今だって、ブラックには大きな鎖が一つ巻き付いている。
 だからこそ、勢いに任せて屋敷に乗り込むわけにはいかなかった。

「とにかく……どうやってラスターの屋敷の中を把握するかが問題だぁな。内部は俺達もよく解らねえ。使用人は滅多に外に出ねえし、物を届けるお抱えの商人は常に周囲を警戒している。貴族直属の商人ってのは口が堅いのが第一だからな……取り入る事が出来ても、拷問にでもかなきゃ話を聞くのはムリだろう」

 痩せた人相の悪い男の言葉に、部屋の隅で突っ立っていた橙色の髪の美女が近づいて来る。彼女は豊満な肉体をしているが、胸の中心に大きな傷を持っていた。
 だが、それをこれ見よがしに見せつけて着飾り、見る者に威圧感を与えている。商人たちの紹介では、彼女は非公認の娼館で客を取っている娼姫との事だったが。
 何者か掴みかねているブラックを余所に、美女は胸元を探りながら商人達の言葉にぶっきらぼうな声を放る。

「けれど、王都シミラルでそんな事をすれば……すぐに騎士団にお縄にされるわよ。もっと頭を使わなくっちゃね」

 胸元から取り出した葉巻を煙管の先に付け、美女は火を灯した。
 浮いた紫煙が、豊かに整えられた女の髪に溶ける。その煙の残香を嗅ぎ取って、ブラックは久しぶりに煙草が欲しいと思った。
 そういえば、隠遁する前までは空気を吸うように煙草を食んでいた気がする。
 煙管を見つめるブラックに気付いたのか、彼女は煙管から口を離してブラックへと差し出した。

「落ち着かないんでしょ。吸いたいって顔してるわ」
「私と口移しになりますが」
「構やしないわよ、こっちは何千人と直接口くっつけ合ってんですから。それにアナタ……その中途半端なヒゲさえ剃れば結構いい男じゃない。今の内に媚を売っておくわ」

 正直な女だ。だが、嫌いではない。
 ブラックはやっと苦笑と言う形で笑みを漏らし、煙管を受け取った。
 吸い口から軽く煙を吸うと、独特の香りと共に頭を燻すような刺激がゆるく伝わってくる。昔は、この刺激に溺れていた。
 あの頃は気を落ち着かせる暇などなかったから。

「……フゥ」
「しかし……頭を使うったってどうすんだい。ラーミンの旦那からアンタの事を頼まれたとはいえ、俺達は普通の商人だぜ。アンタだって非公認の娼姫だろう、ターニャ。それにそこの兄さん……どう見ても頼りになんねえ」
「お前もな」

 人相の悪い男に、樽のような男が呆れたように眉を上げる。
 ターニャと呼ばれた美女はその姿に笑うように肩を揺らしていたが、少し何かを考えるように空に視線を走らせ、思いついたように口を開いた。

「そういえば二日後、ラスターの屋敷で騎士団の奴らを集めて宴を催すって言ってたわね」
「ほーう? その情報確かなんかい」
「騎士団の男がご執心なお喋り娘が言ってたんだから間違いないわよ。この前の暴動で騎士団が活躍したでしょ。だから、ご褒美だって。オレオール派の貴族達も呼ばれてるらしいよ。羨ましいことね」

 暴動。そう言えば、今ブラックが潜んでいる王都シミラルでは、数週間前に酷い暴動が起こったと言う。だが、新聞を読んでみてもその内容は解らず、どんな理由が有ったのかすら誰も解っていなかった。
 この商人達は、もしかしたら真相を知っているのだろうか。

「その王都暴動、ラクシズまでは内容が届かなかったんですが……一体どういうものだったんですか」

 ブラックが聞くと、樽のような男が体を揺らして如何にも嫌そうに眉を顰めた。

「打倒王侯貴族会を掲げた奴らが、騎士団と警備隊相手に街中で派手にやりあったのさ。そこまでならまあ、今までも小競り合いはあったし……じきに穏便に終わってたんだが、今回は抵抗集団の中に曜術師がいてな。そのせいで、大きな被害になっちまったのさ……。で、薬品の取引が全面的に止まったり流通自体にも影響が出て、俺達真っ当な商人は商売あがったりだ」
「しかもまだ片付いてねえってんだから、たまんねえわ」

 抵抗集団の噂は、ラクシズで聞き込みをした時に耳に入って来た。
 この国では、近年急に貴族に反抗する一般人が増えているという。反発する者達は集団で抗議行動をしたり、時には貴族を排斥するために屋敷まで襲う有様で、何かと問題になっていた。

 彼らは自分達の事を【決起隊】と言っているらしいが、その決起を起こした理由の大本は誰も把握していない。ただ、貴族の圧政に耐えかねた一般人達が反旗を翻したという主張だけが飛び交っていた。

「決起隊がやった事なんですか」
「ああそうだ。……けども、ここ最近は偉く調子に乗ってやがる。今じゃあいつらの方が世間一般の敵って感じだ」
「大体、貴族が税を厳しくしただの一般街の子供を殺しただのって、どこの話だってんだよ。俺ぁあちこち回ってるが、ンな話聞いた事ねえぞ」

 樽の男の言葉に続き、人相の悪い男は大いに憤る。彼らにとっては、今の状況はあまりにも悪い。例え決起隊に正義の御旗があろうとも、巻き込まれた人間にとっては貴族も決起隊もどちらも迷惑でしかないのだ。
 しかし、とブラックは今一度煙を吸い込む。

「貴方がたでも、決起の元となった事件はご存じないんですか」
「俺達だけじゃねえよ。俺ぁ時々貴族にも商品を持っていくからよ、決起隊の言う事件が気になって色々聞いてみた事が有るんだ。……だが、誰もあいつらのいう事件なんざ聞いた事も見た事もねぇっつってな」
「ほう……」
「……そりゃ、俺らは全てを見聞きしてる訳じゃねえがよ、事情通の奴に聞いても知らねえってのはなあ」

 商人の困惑した言葉に、別の葉巻に火をつけていたターニャも頷く。

「あたしも聞いた記憶はないね。大体、決起隊自体がここ最近出てきて、宣伝ぶちかましながら王都にやって来たんだ。お偉いさん方も困惑しきりだったよ。ホント、どこの地方の話なんだろうね。決起隊が言っている事が本当なら、今ウワサしてたラスターサマが放っておかないはずなんだけど」

 忌々しげに紫煙を吐くターニャの言葉に無意識に険しい顔をしつつ、ブラックは訝しげに相手に聞く。

「騎士団長としてですか」
「それも有るけど……ラスター・オレオールは正義の騎士サマだからね。巷の連中は信奉しまくってるし、まあ、あたしらからすれば傲慢な奴だけど……あの男は間違った事なんて滅多に起こしゃしない」
「正義なのに傲慢なんですか」
「正義だからこそ、かもしれないよ。あの男は自分以外の全てに傲慢だ。だけど、それと同時に信じる物は正義のみだ。悪人なら、貴族でも平民でも容赦はしない。傲慢だからこそ、平等に正義を貫けるのかもね」

 傲慢さゆえの正義。
 それは一歩間違えば人々から恐れられ、死を望まれる力になる。
 だが、ラスター・オレオールはそうはならない。彼自身が信じる正義が、市井の人間にとって理想だからだ。だからこそ、堕ちる事は無い。
 誰からも羨望のまなざしで見つめられ、英雄だと讃えられる。決して、誰かに裏切られる事などないのだ。自分から人を裏切らない限り。

(……憎らしいね、本当に。何もかもが……僕とは正反対だ)

 恵まれた人間。恵まれた命。恵まれた立場。
 ラスター・オレオールは、神に愛されている。
 そんな人間が、何故今更何かを求めると言うのだろう。

(もう充分じゃないか。英雄のお前なら、何もかもが手に入るんじゃないのかい。なのに、どうしてお前は僕のたった一人の大事な人を奪っていくんだ)

 ブラックには、もう何もない。
 心の大きな亀裂を埋めるものなど、もう彼しか存在しないのだ。
 その存在を、やっと手に入れる事が出来たのに。
 なのに。あの、若造は。

「……あんちゃん大丈夫かい」

 商人に心配そうに問われて、ブラックはハッと我に返る。

「ああ、だ、大丈夫。心配ない」

 思考に呑まれかけていた。一つ大きく溜息を吐くと、ブラックは安寧を求めるようにまた煙管から煙を吸い込んだ。勢いよくチリチリと燃える葉巻の先は、それだけブラックが動揺していた事を示しているようにも見える。
 ターニャと商人達はただならぬ様子を見て暫し黙っていたが、やがてターニャが一拍いっぱく手を叩いて場の雰囲気を変えた。

「兎も角、そのラスターサマの御屋敷に潜り込むにはどうするかだ。あたしが思うには、そのパーティーに潜り込むのが一番だと思う」
「けど……商人も使用人も懐柔できないし、宴にゃ特定の奴しか入れねんだろぉ?」
「そうさな……伝手がない事もないが……昨日今日王都に来た冒険者を雇えと言っても、貴族御用達の商人は信用できんと拒否するだろうし……」

 悩む三人を見て、ブラックはふと今までずっと口を閉じていた人間に目をやった。……この場にいつの間にかいた、黒いフードを被った謎の人間。
 立ち振る舞いから男だと言う事は解るが、それ以外は全く把握できない男だ。
 ブラックが探るような視線を送ると、相手は凭れ掛かっていた壁からようやく動き、ブラックへと近付いてきた。

「中に入る手引きが出来る奴なら、知っている」

 冷静そうな若い声だ。
 覆いの下から見える輪郭は、そこらにいるような青年と変わらない。
 目を細めるブラックに、相手は手を差し出した。

「お前が俺と取引をするなら、俺もそれ相応の見返りをお前にやろう」

 少し険のある声に、相手が何かに苛立っていたのが見て取れる。
 ブラックはある可能性にふと思い至ったが……今はそれを確かめる場合ではないと思い、その手を握り返した。

「話を聞きましょう」
「……なら、場所を変える」
「あら、あたしらが居ちゃ悪いのかい」
「屋敷に潜り込むための策だからな、あまり人に知られてはいけない」

 男のいう事は尤もだと思ったのか、三人は頷いた。

「まあ、そりゃそうだな」
「あんちゃん、何かあったらまた呼んでくれや」
「その煙管、持ってていいわよ。今度返しに来てね」

 気のいい三人は、そのまま部屋を出ていく。
 そう、彼らは善人。ラーミンに頼まれて協力しようとしてくれた人間達だ。
 けれど、今目の前にいる顔を隠した男は、多分。

「……で、貴方は、私に何をしろと仰るんです」

 握った手から伝わってくる相手の素性を知って、ブラックは紫電の瞳を光らせる。男はそれを知ってか知らずか、にやりと口を歪めた。

「簡単な事だ。その条件を飲んでくれれば、俺達は惜しみなく協力しよう」
「…………そう、ですか」

 少し間をおいて答え、ブラックはどうしたものかと目を伏せる。
 ……思いもよらぬ所で、面倒な真実を知った。
 そんな時、人はどうすればいいのだろう。

(でも、ツカサ君なら……お節介を焼いちゃうんだろうな)

 驚いて、悩んで、怒って、それは人の為にならないと言うに違いない。
 そしてきっと、ブラックを見上げてこう言うのだろう。

 ――――どうにかならないかな?

 自分の事を信じ切った、弱り顔をして。

(……僕には、どうでもいいことだ。だけど、君はきっと、どんなに殺したくなるような奴にだって……手を差し伸べるんだろうね。解ってるよ)

 自分の事を受け入れてくれたくらいお人好しな子だ。ブラックが今知り得た事を話せば、ブラックがどんなに憎んでいる相手でも助けようとするだろう。
 ブラックにとって、それは面白くない事だったが――。

(でも、君が僕を頼りにして、寄りかかって、僕の君への想いと同じくらい、僕を好きになってくれるなら……いいよ。なんでもしよう。それで君が……ツカサ君が、僕から離れられなくなるのなら……)

 ツカサが自分の側を離れないのなら、どんな事にだって手を貸そう。
 この世界でたった一人自分を肯定してくれた彼を、手に入れる為なら。

 ブラックは暗い思いを抱きつつ、男と同じように口だけを笑ませた。

「俺の素性は、詮索しないように」
「ええ、心得てます」

 罪悪感もなく嘘をついて、ブラックは険を含んだ笑みを深めたのだった。









オッサン×少年成分が足りなくて暴発しそう(´;ω;`)ウッ
 
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