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王都シミラル、貴族の陰謀と旅立ち編
8.意地っ張りだから気付けない
しおりを挟む翌朝、俺はラスターにおはようのチュー(ほっぺ)をされて起きた。
寝起き最悪じゃねーかと思ったけど、相手は超絶美形なのでそこまで最悪ではなかった。悔しい、ビクンビクン。いや、それはともかく。
相変わらず味のしない朝食を終えると、俺は「後生だから普通の服をくれ」とラスターに土下座した。ヒラヒラバスローブがもう俺的に限界だったのである。
そんなこんなでやっとこさ簡素なシャツとズボンを手に入れた訳だが、これが俺の脱出大作戦の第一歩だったとは誰も思うまい。
……思うかな。不安だな。
思わない事にしといて、話を進めよう。
普通の服装になった俺は、脱出の第二歩目としてラスターに屋敷を散歩させろと媚びてみた。そりゃもう、分かり易くごろごろにゃんと。
これが存外相手には有効だったようで、俺がやっと懐いたと勘違いしたのか、ラスターは肩を抱いて俺を案内してくれた。罪悪感が湧き上がってくるが、いつまでもここにいる訳には行かないんだ。すまないラスター。
けれど、俺のその決意は歩けば歩く程にしなびていく。
何故なら、ラスターの屋敷は泣きたくなるほど広かったからだ。
三階建てっぽいという予測の時点で覚悟していたが、ラスターの屋敷は俺のそんな覚悟の遥か上を行くほどの規模だった。
まず、三階じゃなくて四階建て。一階は応接室や調理場、二階は客人を喜ばせるためのサロンや娯楽部屋やダンスフロアに使っていて、三階は客室と食堂。四階がラスターのプライベートスペースらしい。
勿論地下倉庫や別館も付いている。総面積何平方めーとるかなんて考えたくもない。東京ドーム何個分さんも引っ込んでてほしい。無謀感が増すから。
その上どの階にも、使用人さんがいる。
一つの階を歩き回るだけで溜息が出るのに、死角が存在しないのだ。
玄関から出たら門まではかなりの距離だし、何も考えずに飛び出すのは悪手の極み。門をよじ登って越えようとしてたら、その間に捕まるだろう。はあ、どうやったらいいのやら……。
「そうだ、ツカサは日の曜術師だったな。使えるのは木と水」
「は、はい。……っていうか、何で俺の属性知ってるんです? 俺の力が普通じゃないって言ってたけど……それが分かるのとなんか関係あるんスか」
結構スルーしてたけど、そういえばコイツ俺の使ってた属性も知ってるんだよな。リタリアさんに向けての力はまだしも、どうして俺の属性まで分かるんだろう。
玄関先の庭を歩きつつ相手を見上げると、ラスターは得意げに目を細めた。
「俺の家系は代々英雄を輩出する家系で、同時に優秀な曜術師の血脈でもある。それ故か、俺には気の流れを読む能力があるのだ。なんの属性を使うかまでは判らんが……体の周囲を漂う気を見れば、相手が曜術師か否か判断できる。高位かどうかも分かるぞ」
気の流れが見えるって……それ、結構特殊能力じゃないのか。
ラスターの先祖であるサウザー・オレオールがとんでもない法術を使えたから、子孫のラスターも特殊な術を使えるのかな。
「オレオール家の人は全員見えるんスか」
「いや、俺だけだ。つまり、俺こそがこの血族の終点にして集大成、完成された人間と言う事になるのだろう。完璧な美貌に完璧な能力とくれば、これはもう英雄になれと言われているに違いない。法術を編み出すまでもなく、俺は特別な存在と神に示されているのだ」
「てことは、俺が何の属性か解ったのも、その力の応用で……?」
「いや、それはお前の持っていた身分証明のメダルを見た」
見たんかいワレ。
もうなんかラスターの過剰修飾発言をスルーするの慣れて来ちゃったな、俺。
とは言っても俺の「怒ゲージ」は段々たまって来てるが、我慢だ我慢。
今の説明が本当なら、ラスターは俺の属性をちゃんと見抜けるわけじゃないのか。でも、気の流れを見るって言う能力はあるから、俺の力が普通じゃないと気付けた。なら、何も俺の力が特殊なものって確信した訳ではないのでは。
俺が木の曜気をリタリアさんに送り込んだ光景が、異常に見えただけなのかも。……あの尋問の時に口を滑らせなくてよかったな、マジで。
「気の流れだけで、俺の力が普通じゃないって解ったんですか」
「ああ。お前の周囲には、常に気が漂っているのが見えるんだ。まるで、お前がその気に守られているようにな。そんな術師は今まで見た事がなかった。だから、俺はお前を特別な存在だと思ったのだ」
気が漂っているって……まさか、【創造】の術のせいじゃないよな……。いや、もしかしたら、異世界人だから気の流れが違うとかってオチだったりして。
なんだ、驚いて損した。でも、迂闊な事は出来ないな。
「じゃあ結局俺の力がなんなのかは解らないんだ」
「そ、それはそうだが……まず、俺がこの慧眼によって常人には解らんお前の事を知れたという事実に驚愕すべきだと思うが?」
あ、ちょっとむくれてる。
いつもドヤ顔だから、可愛くない事もない……かも。
美形ってのは本当得だ。これがブラックなら俺は頬抓ってたな、うん。
「まあ、お前の力についてはいずれ国王に報告し、詳しく調べて貰う事にしよう。お前はその力を自分の物として制御できるようにならねばならん。それがこの国を、国王陛下を救う事になるのだからな」
ブラックみたいな事を言うなコイツも。確かに制御は大事だけどさ。
でも、その後にはいつも国の為国王の為って言っているのが、如何にも貴族って感じだ。
俺が読んでた小説では、貴族ってゲスな奴が多かったけど、こうして国の為に力を尽くす人達もいたんだろうか。ラスターは独善的に見えるけど、でも、それだけ国を愛してるっていうのはちょっと格好いい。
しかし……詳しく調べて貰うって、まさか人体実験とかじゃないよな。
「あの……俺、解剖されたりとかしないよね?」
「馬鹿な事を言うな。お前は俺の側室だ、慈愛の女神の神子であろうお前を余人に渡す義理は無い。お前は、このオレオール家が所有するべき宝だ」
うーん、人を物扱い。本当こういう所傲慢。
「ってか昨日から慈愛の女神とかミコとか言ってるけど、それって一体なんなの」
「我がオレオール家は、代々慈愛の女神【ナトラ】を信仰している。ナトラはその力で人族の飢餓を救い知恵を授けたという伝説を持っていてな、加護を受けた者は恵まれた運命を手に入れる事が出来る。英雄サウザー・オレオールは、彼女の力によって【浄波術】という唯一無二の力を得たという話もあるぞ」
「なるほど、俺がリタリアさんを助けたから、ナトラの神子に思えたってことか」
敵意を消滅させる恐ろしい【浄波術】も、言い方を変えれば慈愛の技。
女神に愛された一族なんてうぬぼれた発言だけど、ラスターを見ていたらそう思えてくるのも仕方ない。本当色々違うもんなあ……股下とか……背丈とか……俺もそういう美形な顔してたら、お姉さんから引っ張りだこだったのかなとか……。
いかん。僻みはやめよう。
とにかく、恵みを与える神を信仰してるなら、俺のやった事を見て神の御使いだと思っても仕方ないよな。ラスターは意外と神様を崇めてるみたいだし。なんとなく納得していると、ラスターは俺の肩を掴んでいた手に少し力を込めて来た。
「確かにリタリアの事もあるが、俺は……お前が俺を助けた時からナトラの遣わした神子だと思っていた。死ぬ定めだったかもしれない俺を救ったお前をな」
「ラスター……」
そっか。こいつ、命が危なかったんだよな。
無様な死に方をする所だったけど、俺が助けた。だから、神様の神子ってか。なんだか騙してるみたいで申し訳ないな。別に俺はラスターの為に助けたんじゃないし、ハイムリッヒ法だってたまたま覚えてただけだ。今だって、ラスターの事なんて放っておいてさっさと逃げ出そうとしてるのに。
こういう世界の人って、妙に純粋で信仰心厚いから困る。
俺はただの人間なんだよう。なんかごめん。
何も言えなくて黙ってしまった俺に、ラスターは一つ咳払いを寄越した。
「……うむ、あまり外で話す事ではない話題になってしまったな。そう言えばツカサ、お前は木と水の曜術師だったか。なら、次は薬草園を見にいこうか」
「薬草園?」
「我がオレオール家が有事の為に栽培している薬草がある。気付けの体術などを知ってるのなら、お前は術より薬の調合などを勉強しているのだろう? ライクネスではあまり見かけない植物も植えてあるから、存分に観察すると良いぞ。試したいなら、好きに持って行ってもいい」
「えっ、ホント!? いいの!?」
ライクネスじゃ見かけないってことは、バメリとかあるのかな!?
シャルジャンシアはどうだろう。ていうか薬草園ってどんな造りかな、ビニールハウスみたいな感じ? うわどうしよう、すっげ気になる!
使っていいってんなら使っちゃうよ俺、まだ試してない調合とかあるんだから!
そんな風に滅茶苦茶興奮している俺に、ラスターはふっと微笑んだ。
「今のお前はとても愛らしいな。ツカサ」
「えっ」
「敬語もいつの間にかやめているし、品もないし、無礼極まりないが……そっちの方が、お前らしい気がする。俺の前では、街でしていたようにしろ。俺もそうしているお前の方が可愛い」
あれっ、そういえば俺敬語使ってなかった?
やばい油断させようと思ってたのに。っていうか可愛いって。可愛いって何。
冷や汗ダラダラな俺に、ラスターは上機嫌だ。より肩を寄せて来て、何を思ったか俺の頭に顔を埋めてきやがった。
「ひゃっ」
「なんだ、お前は髪も敏感なのか」
「と、唐突にやるからだろ!」
「まあいい。……うむ、良い匂いがするな。同じ石鹸を使っているのに、お前の方が香りが柔らかくて心地よい気がする」
そうかなあ、個人的には匂いがキツい方が風呂入ってないってバレなくていいんだけども……。ていうか嗅がないでお願い。めっちゃ恥ずかしい。
こんなことされた事ないからラスターのなすがままになっちゃったけど、この光景って結構ヤバくないか。違いますよ、俺ホモじゃないですよ。
「と、とにかく薬草園行こうぜ! なっ」
「ああ、そうだな」
「あ、そうだ。この家って図書室とかある?」
「勿論。読書は貴族のたしなみだ。知恵のない貴族など下賤の下等民にも劣る。……そうか解ったぞ、お前は調合の本が見たいんだな。いいだろう、あとで案内してやろうではないか」
「やった! さんきゅっ、ラスター」
逃げられないなら逃げられないで、有意義な事をやろう。
色んな所に行って観察すれば、逃げる算段もつけられるかもしれないしな。
諦めるのはまだ早い。
それに、ここで勉強をしておいたら、これからの旅に役立つはずだ。そしたら薬だってもっと確信を持って作れるし、ブラックやロクに何かあっても【創造】の術じゃなくて俺自身の力で助けてやれる。
いつまでもブラックとエンコーしてんのも気持ち悪いし、自力で頑張んなきゃ。
「やっと笑顔になったな、ツカサ」
「えっ?」
だしぬけにそう言われて、俺は思わず顔を上げる。
すると、ラスターはやっぱりなと呟いて、頬を緩めた。
「ここに来てから、お前は本気で笑ってなかっただろう。大人しい微笑みをしたお前は美しいと思っていたが……お前のその笑顔は、あの時よりも愛しく思える。楽しい事を考えている時のお前は、ナトラのように美しいぞ」
そう言って、また俺を懐深く引き寄せるラスター。
歩きにくくてしょうがないんだけど、でも、その事よりも別の事実に俺は驚いていた。
俺、今楽しんでたのか。自分では笑顔を作ってるつもりだったんだけど、本気の笑顔じゃないって見抜かれる程度にはダメな笑顔してたのか。脱出作戦危うし……って言う前に、今の自分に納得がいかない。
なんでだろう。
今まで笑えてなかったんなら、じゃあ、俺はなんで今本気で笑ってたの。
……ブラックとロクと、旅をすることを……考えてたから?
…………まさかね。
でも俺、ブラックと離れてから、しょっちゅうあいつの事思い出してる気がする。何だかんだで気が合って、頼りになるって思ってたからだろうか。
それに、アイツしか俺の本当の素性は知らないもんな。今のところはアイツ以上に打ち明けあった人間はいない訳だし。だからだよな、多分。
「さんきゅという言葉は流行り言葉か?」
「えっ、あ、うん。そんなところ。お礼を言う時にサンキューって言う」
「紙のように軽い感謝の言葉に思えるが、まあいい。だがあまり余所でサンキューなどと言うなよ」
「何で?」
「お前の素の言葉遣いを知っているのは俺だけでいい」
この発言、女の子ならクラッと来ちゃうんだろう。
そういう俺もドキッとしちゃったけど、なんか、なんていうか……。
ドキっとするより先に、ラスターってブラックにちょっと性格が似てるなあって思っちゃって……何で俺、さっきからそんな事考えてるんだ。ヤバいな、これ。
マジでどうしちゃったんだろう。
「どうした、ツカサ」
「う、ううん。なんでもない。さ、早く行こうぜ」
そう言った俺の頬に、ラスターはまたキスをした。
キス。そういえば、この世界じゃ口付けって言うんだっけ。
ブラックもラスターみたいなこと言ってた。アイツ、今度口付けする時はキスって言うんだろうな。人懐っこそうに笑って、だらしない笑顔で。
ラスターとは違う、格好悪い姿で。
……ああもう、なんで俺、こんなに。
「また頬が染まってる。可愛いな、ツカサ」
綺麗に微笑むラスターの顔を見て、俺は何故だか泣きたくなってしまった。
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