異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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廃荘ティブル、幸福と地獄の境界線編

4.種を蒔くには大地が必要

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   ◆



 ブラックと何が必要かを確認した後、俺は一人で家の裏庭を観察していた。

「うーむ……種を頼んだは良いものの……どう畑を作ろうかな」

 目の前には、ドッジボールが出来そうなほどのそこそこ広い庭があり、その奥にはこの別荘地を草原と区切っている森がある。
 しかし、今のこの家の庭は、お世辞にも「庭」とは言えなかった。
 何故なら……何年も手入れされていないというレベルで、草がボーボーに生えてしまっていたからだ。いやもう本当、ここは農作放棄地かってレベルで。

「全面を畑にしちまうと後々面倒だよな……。いやでも、まずは草を全部刈って地面の具合を整えなきゃならんのか……ううむ、まあ、一日中家にいるなら出来るかな……ブラックにも手伝って貰えば何とか……」

 ブツブツ呟くが、一向に手が出ない。というか庭を整える農機具が無いので、今の俺にはどうする事も出来ないのだ。
 本当なら、こんな風なご家庭的な悩みを考えているハズじゃなかったんだが……と溜息ためいきが出てしまうが、今回ばかりは仕方がない。だってここに居るのは、腕の治療が目的なんだもんな。

 せっかく解放されたと言うのに、再び家の中に閉じこもる事になったってのは少し残念ではあるが、今はブラックの回復が最優先だ。
 回復には曜気が要る。だがそれ以上に健康的な食生活が大事だ。
 肉、野菜、水分、滋養。この世界でも、これらが人体を守っているのである。

 だから、俺はここでの生活をより良いものにしようと思い、まずは草木生い茂る園と化した裏庭を、腕を組んで睨んでいるのである。
 ここに畑を作って、より新鮮な野菜を食べてブラックに養生して貰うために。
 ……そう。全てはブラックの治療のため。つまりは医食同源なのだ。

 ここで野菜が収穫できれば、ブラックにおつかいを頼む回数も少なくなる。
 そうすれば一緒に居る時間も増えて、曜気を与える余裕も増えるだろうし、新鮮な物を食べればそれだけ回復も早まる。そう考えれば、家庭菜園は外せないのだ。
 普通なら素人の俺には難しい植物栽培だが、この異世界でならば違う。

 俺は以前、二度ほどファンタジーな畑を作ってしまった事が有るからな。
 一度目はラフターシュカの孤児院で、バターテ(さつまいもっぽい根菜)とタマナ(キャベツに似た球体の葉物野菜)を育て、二度目はオリーブオイル的な油が取れるカンランという果樹を植え、採っても採っても実が尽きない恐ろしい謎畑を作ってしまったのである。あの時はきもが冷えたが、ここにはその謎畑を見て驚くような人など誰も居ない。ここに居るのは、俺とブラックだけなのだ。

 いまこそ存分に、その腕を振るう時なのである!
 そう、俺がやろうとしているのは、三度目の正直。無限増殖する畑をここに作り、新鮮なお野菜をお手軽なコストでお求めやすくして、ブラックと俺の為に使おうと思っているのだ。……色々怖いから、ここ以外に出す気はないけどね。

「一応、カンランの実は残ってるし……この初夏っぽい気候なら、モギやロエルとかも森を探せば入手できるだろう。出来れば、ニンニクとかネギ系の薬味も欲しいんだけど……それはブラックに頼るしかないだろうな……」

 意外と沢山おつかいを頼んでしまったが、藍鉄あいてつにお手伝い兼ボディーガードとして付き添って貰っているから荷物は心配ないだろう。
 しかし、問題は街にその苗や種があるのかと言う事だ。

 この世界で農業を仕事にしている人は、基本的に「古くから農家として一族」か、領主主導の「荘園的な所で働いている雇われ農家」の二つがある。
 前者だと自分の所で改良した苗は門外不出だし、後者だと領主から農地を作る許可を得なければならなくなる。気軽に「家庭菜園」とは言うが、要するに美味しいモノの種というのは、街では滅多に手に入らないのである。

 村や町で立派な家庭菜園を行っているのは、農家や領主から種を貰えるコネがある人達なのだろう。それ以外では、育つかどうかも分からない買ってきた野菜に入っていた種か、野生の物を採取して来て植える程度の事しか出来ないのだ。

 なので、入手出来るかどうかは分からないのだが……もし駄目だった場合は、他に手段を考えなきゃな。とりあえず今は、この庭を整えないと。

「まあ俺には便利な術があるんだけどね!」

 ふふふ、いつ使うんだと思っていたが、ここでやっと使う時が来た。
 何かと言ったら、それは植物を枯らす術……そう、アドニスに教えて貰った木属性の曜術の一つである【ウィザー】という術だ!

「我が大地をさえぎる命よ、今こそ糧と成れ――【ウィザー】……!」

 集中し、視界全ての草を刈り取るイメージでてのひらを向ける。と、俺の体から綺麗な緑色の光が沸き立ち、一気にその場に広がった。

「おぉ……っ」

 美しい光景に、思わず声が漏れる。しかし、それだけでは終わらない。
 光は庭全てを覆い、大地に染み込むと――シュウ、と独特な音を立てて、鮮やかな緑を全て枯れ色にしてしなびさせてしまった。
 …………やったはいいけど、やっぱ怖いなこの術……。
 恐る恐る草を確かめてみると、水分は良い感じに抜けている。これなら焼いて灰にしたら、良い肥料になるだろう。

「……そう言えば、枯草って曜気とかどうなってるんだろう」

 ふと思いついて曜気を確かめてみると、不思議な事に根元の方に木の曜気がぎゅっと濃縮されている感じで、引っこ抜いてみると根が一番光っていた。
 ……俺の世界の枯草だと、土壌に大事な栄養素が詰まっているわけだけど……この異世界では、ソレがこの曜気という事になるのだろうか。
 どう作用するのか謎だが、じっと見つめていると、その光の中にキラキラと金色の粒のような気が散っているのが見えた。これ……大地の気……かな?

 よく判らないが、とりあえず全部まとめて燃やして草木灰を作ろう。
 俺が曜気をそそいでも、元々の土が元気でなければ意味が無いからな。
 ってな訳で俺は肉体を酷使しで庭の枯草を全て抜き取り、庭の中央に集めた。腰が痛かったが、家探ししている内に少しは治ったからこのくらいは大丈夫だ。それに、枯草になると抜き易かったしな。

「よし、とりあえず燃やす……としても……風が吹いたら困るな……」

 現状、俺は炎の曜術となると基本の【フレイム】しか使えない。火力を調節する事は出来るが、操るとなると難しいだろう。うっかり間違えて森に飛び火したら危ないから、ここはブラックを待ったほうが良いよな。
 しかしそうなると、もうやる事が無いんだが……。

「……家に戻って、麦茶でも作るかな」

 どうせヒマなら、帰って来た時に冷たい飲み物でも出してやるか。藍鉄にもお水をあげて、体をいてあげたいし。
 家事が出来ないならそのくらいはしないと。
 つーか、この家掃除する必要もないし、洗濯物も物干し竿や縄が無いと干せないんだよな。今更だけど、暮らすとなったら本当に色々必要なんだなぁ……。
 まあ、俺だっていつかブラックとどこかに定住するかもしれないんだし、予行演習として独立した時の暮らしを知っておくのも…………。

「…………っ、なっ、なに考えてんだか……」

 麦茶をポコポコ煮出しながら、とんでもない所まで進んでいた思考に、思わず顔が熱くなる。ほおを触ると思っている以上に熱くて、今は鏡を見たくなかった。
 落ち着け俺。こういう時は冷やせばいいんだ。そうだ頭を冷やせ。
 かめの中に入っていた水を柄杓ひしゃくんで顔にぶつけると、俺は心を落ち着けるように深呼吸を繰り返した。

 ば、ばっかじゃないの。そんな事今考えてる場合じゃないだろ。
 俺達は治療の為に滞在してるんだぞ。それに、ふ、二人で暮らすなんて……。
 ……けど……いつか、そうなったりするの……かな……。

「…………」

 俺の胸には、あの指輪が戻って来ている。レッドの所から出てすぐは意図に通す暇もなかったから、昨日は肌に触れてはいなかったけど……でも、今は少し冷たい金属の感覚がずっと胸の真ん中にあった。
 冷たいはずなのに、指で触れる指輪は少し暖かくて、握ると妙に安心する。

 その指輪は、ブラックとの約束の証だ。
 逃れようのない絆を結ぶと誓った、とても重いものなのだ。

 それを思うと、その……俺もいつか、ブラックとこんな感じで……父さんと母さんみたいに、一緒に暮らすのかなって……あ、あああ、は、恥ずかしくなってきた。
 だ、だって、そんなことを思うのって、まるで俺がそうなるのを望んでるみたいじゃ無いか。違うぞ違う絶対違う。俺はただ、こ、婚約してるんだし、いずれはそうなる事も有るかも知れないっていう可能性の話をだっ

「うぅ~んツカサ君疲れたよぉお~」
「うぎゃぁあッ!?」

 いきなり後ろから覆い被さってくる感覚がして、思わず変な声が出てしまう。
 だが跳び上がる事は出来ず、それどころかぎゅうっと締め付けられてしまった。

「たくさん荷物を持って帰って来て疲れたよ~。ねぇツカサ君、いたわってぇ」
「ぶっ、ぶ、ぶらっく!?」

 ばばばばバカ、みょっ妙な事を考えてる時に抱き着くんじゃねえよ!
 それに労わってって、何をしたら……ちょっ、おい、持ち上げるなって!

「んん~ツカサ君、何か運動した? 汗のにおいがするよ……」
「やっ……ちょっと、お前っ」

 帰って早々首にキスして来るな、髭がうなじに当たってチクチクしてむずがゆい。髪の毛がくすぐったいんだってば!

「あ~……ツカサ君の汗のにおい嗅いだら興奮してきちゃった……。ツカサ君たら、本当僕の事を煽るの得意なんだから……」
「待て待て待て! おっ、俺は今麦茶を煮出してだなあ!」
「そんなの後でいいじゃん……ねえ、今からセックスしよ……? ねっ、ね……」
「麦茶が苦くなってもいいのかお前はー! もったいない!!」

 やぶれかぶれでわめいて暴れると、ブラックは止まる。
 何かを考えているようだったが、やがて溜息を吐くと首に頭を擦り付けて来た。

「うーん。じゃあ早くしてね?」
「早くって……結局やるの……?」
「これも腕を治すためだよっ! ねっ」
「ぐぬぬ……」

 それを言われたら、どうしようもない。
 ……ま、まあ、ブラックの腕のためだし……お使い行ってくれたし……。
 だったら、腰もケツも痛いけど、ちょっとくらいは……。

「ツカサ君、いいよね?」
「……俺、まだ腰とか痛くて本調子じゃないんだからな……」
「大丈夫っ、今日のセックスは夜まで我慢するから……ほら、ツカサ君、早く自分で立って僕の方向いて」
「お前が抱き着いて……いやまあいい」

 こんな所で問答するのも時間の無駄だしな。
 火を止めて麦を入れた茶こしを抜き、流し台を背にしてブラックに向き直る。
 相手は相変わらずの緩み顔で俺を見ていたが、胸元を見て嬉しそうに目を細めると、不自然に膨らんだ部分を人差し指でツンと突いて来た。

「えへ……婚約指輪、また首から下げてくれたんだ……」
「まあ……大事なモンだし……」

 ずっとポケットに入れてたら、失くしちまうかもしれないしな。
 だから、素直にそう答えたんだが……ブラックはさっきよりもデレッと顔を緩めて、何を思ったか胸元に顔をうずめて来た。

「ああぁ~~!! つかしゃくんもぉおおしゅきぃいいい!!」
「ん゛んんっ!?」
「はぁあたまんないよぉっ、もうっツカサ君がそんな可愛いコト言うから、また勃起しちゃったじゃないか!」
「お前何でそんな元気なの!?」

 いくらなんでも精力絶倫すぎないか、お前本当になんなんだ。
 オッサンのお前の方が俺よりお盛んって、どう考えても常識おかしくない!?

 色々突っ込みたい所があるが、その前にブラックが俺の胸に頭を突っ込んで、グリグリと顔を動かし有無を言わさずなついて来ている訳で。
 

「僕の可愛い恋人であるツカサ君が目の前に居るんだから、元気になるのは当たり前じゃないか! ……ツカサ君はそうならないの?」
「お、俺は、お前みたいに性欲絶倫じゃないし……」
「え~? じゃあ、ツカサ君にも絶倫になって貰わないとなあ」

 胸元から俺を見上げて、ブラックは自分のズボンのポケットをごそごそと探る。
 何をやっているのだろうかと思ったら、ブラックは小さな小瓶を俺に見せた。
 中にはこんぺいとうみたいな白いトゲトゲの何かが入っている。

「それ……なに……?」
「これは、蔓屋つるや謹製の【精力増強剤・超級】だよ」
「せっ、せいりょくぞーきょー……」

 おい、凄いの出して来たな。
 まさかそれを俺に使うんじゃなかろうなと胡乱な目を向けると、ブラックは物凄く真面目な顔をして語り出した。

「やだなあ、別に遊びで買って来たんじゃないよ? ツカサ君ってセックスする時は一度か二度でもう失神しちゃうだろう? そうすると、僕も困っちゃうし退屈なんだよね。何より、曜気も勝手に奪わなきゃ行けなくなるし……。でも、これを飲んだらツカサ君も僕と同じくらいセックスに強くなれるし、それに精液もバンバン出るようになるから一回で熊公もソコソコ満足させられるよ!」
「で、でも、今ここにクロウは居ないじゃん」
「僕が必要なんだよ。ツカサ君も解ってると思うけど、気って精液にも含まれるからね。少しでも摂取量は増やしておきたいんだ。……解ってくれるよね、ツカサ君」
「うぐ……」

 そう、言われると……。
 ああでもっ、精力増強剤ってどうなるんだよ、めっちゃ怖いんだけど!!
 飲んだら変なとこおっきくならない? 勃起止まらなかったりしない?
 なんか凄く体に悪そうなんだけど、つーかブラックがすすめて来てる時点でもう嫌な予感しかしないんだけど!

 どう考えてもロクな事にならなそうじゃん、ならなそうじゃんかぁああ!

「僕の為に……飲んでくれるよね? ツカサ君っ」
「…………」

 イヤとは言わせないぞ、と言わんばかりの笑顔でブラックは小瓶を振る。
 そう言えば「嫌と言ってもやる」と約束させられたなと言う事を思い出し、俺は……頷かざるを得なかった。












 
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