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廃荘ティブル、幸福と地獄の境界線編
3.やらないだけで出来るという事は有る
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朝起きたら、衝撃的な光景が広がっていた。
「あ、ツカサ君おはよ~」
壁も床も木材を前面に押し出した、ダイニングキッチン。
家具などの色味が自然色で統一されているせいか、個人経営のバンガローにも似た温かみを感じるし、床に敷かれた薄い敷物も落ち着いた模様で何故だか俺の婆ちゃん家を思い出してしまう。
洋風なのに、とても懐かしい感じの落ち着いた部屋だ。
そう言えば俺が今までグースカ寝ていた寝室もそんな感じだったなと思い返し、少々現実逃避をしてしまうが、そんな場合ではない。
頭を振って何とか正気を取り戻し、俺は慌ててキッチン……いや、キッチンに備え付けられているかまどの前に立つ相手に駆け寄った。
「ブラックっ! お、お前っ、腕! バンダナはいいのかよ!!」
そう、こちらに背を向けて、かまどで何やらやっているブラックは、長袖のシャツの両腕を捲り上げ大いに左腕を露出していた。
だが、その左腕にはバンダナがない。ブラックの鮮やかな赤い髪をしっかりと固定してまあ素敵な三角巾……っておい!
「どしたのそんなに慌てて」
「いやいやいやお前左腕フレッシュなままだっただろ! それを何解放して……ってアレ……」
慌ててブラックの左腕を見たが……ない。スプラッタな部分が無い。しっかりと皮が張られていて、なんというか肉の厚みがあった。
前に体を拭く時には「解いたら駄目だよ」って自分から言ってたのに、どうして今は外してるんだろうか。まさか、皮が張っちゃったからもう再生できないとか……?
「ツカサ君たら朝からそんな悲しそうな顔しないで。ほらほら、朝食作ったからさ、テーブルに座ってよ! ねっ」
「え……う……うん……」
大丈夫なのかな……いやでも、ブラックは平気みたいだし……などと思いつつ肩を押されてテーブルに就くと、ブラックがニコニコしながら片手で何かを持って来た。
二人分のコップと、わりと良く焼けたトーストだ。日にちが経った白パンだから、軽く焼いたのだろうか。何もつけていないが良い香りが漂ってきた。
「まともな食料を用意してなかったから、パンと水しかなかったよ。ごめんね」
「いや、それは全然……でもあの……ブラック、大丈夫か……?」
剥き出しの左腕見ながらそう言うと、ブラックはエプロン姿のまま座って、上機嫌の笑みで手を広げて見せた。
「大丈夫っ! ツカサ君のお蔭で、左腕が再生し始めたみたいだから!」
「……え……えぇええ!?」
寝起きだとか、まだ顔も洗ってないだとか、何故か死ぬほど尻と腰が痛いだとか、そう言うのが吹っ飛んでしまった。
さ、再生って。再生ってどういうことだよ。
本当に治り始めたのか……!?
「それはそれとして、早く食べてよぉ。ツカサ君の為に作ったんだよ?」
「え……あ……う、うん……」
そう言えばそうだ。
水とトーストしただけのパンだが、ブラックが作った事に変わり無い。
俺が一度目で気絶しちゃったから、悪いと思って作ってくれてたんだろうな……。
…………ブラックが急に入れるから俺が失神したんじゃないかという気もするが、しかし今はブラックの腕を治す方法を模索中の身なのだ。勝手に気絶してしまった俺も悪い部分は有るだろう。ブラックばかりを責められない。
っていうか、ブラックは俺が起きるのも辛いだろうと思って朝食を作ってくれたんだから、ありがたく頂かないとな。……なにげに、ブラックがこんな時にご飯作ってくれるのって初めてだし……。正直、トーストでも嬉しいって言うか……う、いっ、いや、別にキュンとかしてないからな。感謝とかそう言う方だからな!
「じゃあ、頂きます……」
なんだかちょっと緊張してしまうが、暖かいパンを指で摘まみ、口に放り込む。
と、さくっと小気味いい音がして、口の中に小麦特有の香ばしさとパン本来の柔らかい触感が広がった。
「んっ……んまい……?!」
普段から四苦八苦しつつフライパンでトーストもどきを作ったりしていた俺だが、こんなトーストはこの世界で初めて食べた。率直に言うと、今までで一番ウマい。
自分のよりウマいなんて悔しい気持ちもあるが、しかしこの素晴らしい味は俺には出せない。すぐにでもバターを塗って頬張りたいほど完璧だった。
ブラックって俺といる時は全然料理なんかしないけど、実は料理上手なのか?
まあでも冒険者やってたんなら料理が出来てもおかしくないよな。
しかし、それならどうして俺にばっかり作らせるのか。ずるいぞ。俺だってこんな美味いトーストなら毎日食いたいのに。
ああだけど怒りもトーストの美味しさで霧散してしまう。
一心不乱にサクサクと食べていると、向かいの席に座ったブラックはデレッと顔を緩めながら、体をクネクネさせた。
「えへへ~、そんなに喜んで貰ったらさすがに照れちゃうなァ」
「うぐ……。てか……なんでこんなに美味くトーストできるんだよ」
「やだなー、ツカサ君たら。僕は炎の曜術師だよ? こんな風に火力を調節して物を焼くなんて事は、炎を操る術の中でも初歩中の初歩さ」
「なるほど……炎の扱いが上手いから、トーストもこんなに美味いんだな……」
むう、悔しい。だが美味しい……。
俺もやっぱり炎の曜術を覚えた方が良いんだろうか。でも、パーティー内で役割が被ると余計な諍いが生まれかねないしなあ。
いやしかし美味い。本当美味いなこのトースト。
これから毎朝トーストだけでも焼いてくれないかな、ブラック。
「ブラック。料理が上手なんだったら、これからはお前も作ってくれよ」
「そう言ってくれるのは嬉しいんだけど……僕は曜術の鍛錬に必要な範囲の料理しか作れないから、焼き料理しか出来ないよ? それに、僕はツカサ君が一生懸命作ってくれる美味しい料理の方が何万倍も好きだから……ツカサ君が作ってくれる真心がこもった料理が食べたいなぁ……」
「ぅ……ぐ……そ、そうかよ……」
そう、言われると……まあ……悪い気はしないけど……。
だけど、俺もブラックの料理食べて見たいんだけどな。トーストでこんだけ美味いんなら、炎の曜術師特有の料理とか作ってくれそうだし。絶対美味そうだし。
つーか、魔法を使った料理ってなんか凄そうじゃん。食べたいぞ俺は。
「それよりさ、ツカサ君。ここに滞在するにあたって色々約束を決めたいんだけど」
「んっ? 約束?」
「そう。まず、ツカサ君にはこの家……と言うかこのティブルからは出ないでほしいんだ。曜気を貰う訳だから体に負担もかかるし……それに、ここは街から遠く離れているから、危険もある。この家は障壁に守られていてモンスターに襲われる事は無いけど、外はわりと強いヤツが沢山居るんだ。買い出しとかは僕が行くから、絶対に家から出ないでほしい」
「モンスター……そっか、そうだよな……」
神族の島やベルカシェットでは、ロクショウ達以外のモンスターを見なかったから忘れていたけど、良く考えたら地上にはモンスターが沢山居るんだった。
片腕のブラックよりもさらに弱い俺が外に出たら、そりゃ危険だよな。
それに、二人一緒に行動したとしても、モンスターにバックアタックでもされたらブラックは俺を守り切る余裕はないかも知れない。俺だって戦える……と自分では思ってるけど、俺が自分の不注意で怪我をしたとしたら、落ちこむのはブラックの方だろうし……迷惑をかけるぐらいなら、家で待っていた方がマシだろう。
うん。とにかく今は安全に、ブラックの腕を治す事に努めねば。
素直に頷いた俺に、ブラックは続けた。
「でさ、あと一つ。どうせツカサ君の事だから、後でシアン達に手紙でも送ろうと思っているんだろうけど、手紙にはここの名前は出さないでほしいんだ」
「えっ、なんで? 二人とも無事だって早く伝えたほうが良いだろ?」
「駄目だよ! 場所を教えるとココにやって来ちゃうじゃないか! あいつらが来たら、色々面倒な事になってセックスする暇が無くなっちゃうよ……。そうなると僕の腕が回復するのも遅くなるし、良い事なんてないよ」
「うーん……まあ確かに、人数が増えると家事も増えるけど……」
個人的には納得が行かないが、ブラックの言う事も一理ある。
しかし、今の方法で本当に腕が治っているのだろうか。
そんな俺の疑問を読み取ったかのように、ブラックは答えた。
「僕の腕は、ツカサ君が曜気をくれるお蔭でここまで回復したんだよ。明日にはもう少し腕が再生してると思う。だから、しばらくは二人で頑張って続けてみようよ。ねっ、ツカサ君」
「そこまで言うなら……。でも、ちゃんと連絡は取ろうな? シアンさんもクロウも、俺達の事を心配してると思うし……」
「はいはーい。んじゃまあ、その二つは絶対って事で! ……でさ、どう?」
「ん?」
どうって何が。
急に話を変えて来たブラックに首を傾げると、相手は急に立ち上がって俺の目の前でゆっくりと回った。
「えへへ、僕もエプロンての付けてみたんだけど、どう? 似合う? 似合う~?」
「似合うって……まあ、変じゃないけど……」
厚手の布で作られた無地の白エプロンは、言われてみればブラックに似合っている。バンダナをつけて腕まくりをしている様子は、確かに……その……。
「あっ、顔が赤くなった!」
「ううううるさい!!」
「ねえツカサ君、興奮しちゃう? 勃起しちゃう?」
「バカっ、なんで普通の服で興奮しなけりゃなんないんだよ!!」
「え~……僕はツカサ君が料理する姿に凄く興奮してるんだけどなぁ……。じゃあ、いっそ裸になってエプロンした方が良かったかな。それなら直球で……」
「ばーっ!! 興奮するどころかメシが食えなくなるからやめろ!!」
オッサンの裸エプロンとか見たくないんだけど!!
見たく……いやでもなんかマッチョな人が裸エプロンでポーズ取ってる写真集とか海外ではあるんだよな……需要はあるのか……?
俺はまったくもってノーサンキューなんだが、一応興奮する類の物……なの?
「ちぇーっ。じゃあツカサ君がしてよ、裸でエプロン」
「何で俺が……」
思わずウンザリした声を出してしまうと、ブラックは逆に「何故そんな疲れた顔をするの?」と不思議そうな表情を浮かべて首をかしげた。
「何でって、僕が見たいからだけど?」
「やめろ本当にやめろ……絶対嫌だ……」
いや俺も裸エプロンは好きですけど、それは可愛い女の子や奥さんがやるからであって、オッサンと俺が裸エプロンしたって何も面白くないだろう。
あとそんな事しながら料理すんのすげー怖いから嫌なんですけど。
揚げ物作る時にやらされたら、ただの罰ゲームだろそれ。興奮出来んわ。
「一応ツカサ君は『嫌といっても通じない』って約束してるんだけどなー?」
「うぐっ」
「……まあいいか。今日もセックスするんだもんねっ。時間は山ほどあるんだから、じっくりその気にさせれば……」
「おいおいおい!」
冗談じゃないと手を伸ばし止めようとするが、ブラックはひらりと躱して笑った。
「ま、それはそれとして……今日は買い物に行ってくるよ。ツカサ君欲しい物ある? 長い時間ここに居る事になりそうだから、欲しい物があったら言って」
「…………ま……まあ、それもそうか……」
色々言いたい事も有ったが、今はそっちの方が大事だろう。
俺は残りのトーストを口に放り込むと、必要なものがどんな物なのかを確認する為に、家探しを始める事にした。
→
※ちょいと遅れて申し訳ない……(;´Д`)
今回は小休止
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