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最果村ベルカシェット、永遠の絆を紡ぐ物編
26.もう何も分からない
しおりを挟む「……ん? こう言う事って、どういうことかな?」
おどけたような声で、笑顔のままのブラックが首を傾げる。
俺よりずっと頭が良い人のはずなのに、俺の言葉の意味が解っていないのかな。
いや、俺の言い方が悪かったのかも知れない。だって、こう言う事ってだけじゃ何を止めたらいいのか解らないもんな。
俺は今までレッドと二人きりだし、狭い範囲でしか生活してなかったから、アレやソレで何となく互いに理解してたけど……他人だとそうはいかないんだ。
大体、こういうこと、じゃ範囲が広すぎるじゃないか。駄目だ駄目だ、もっとハッキリと言わないと。まだ俺はブラックに冷たい目を向けられるのを怖がってるんだ。
でも、言わなければ俺は一生レッドに後ろめたい気持ちを抱いたままだ。
ブラックだって大切な人がいるんだから、いつまでも俺と恋人みたいな事をしてる訳には行かない。いくら元気になるからと言っても、やっぱり恋人同士でする行為と似てる事をしてたら駄目だ。頑張れ俺、ちゃんと言うんだ。
肩を抱いて密着して来るブラックに、俺は距離を取ろうとしつつ相手を見上げた。
「だ、だから……その……いつもしてる、ブラックが元気になる“えっちな事”を……もう、やめようって……」
「なんで?」
一言で返されて、思わず言葉を飲み込んでしまう。
なんでって……そんなの、ブラックは大人だから解るんじゃないのか。ブラックにだってお姫様って言う立派な恋人がいるじゃないか。その人が、恋人とする事紛いの行為を他の人とやってたら、悲しむって解るだろうに。何で聞いて来るんだ。
そう思ったけど、でも……ブラックに悪意はないんだし、今の彼には俺しか頼る奴がいないんだから、ああいう事を頼んで来たって仕方ないのかもしれない。
初めてブラックを見た時は、服も凄く汚れてて酷い有様だったし……。
……やっぱり、ブラックが帰ろうと思うまで続けた方が良いのかな……。
いや、駄目だ。これだけ元気になったんなら、やっぱりもうやめなくちゃ。
迷いかけた自分を叱咤して、俺はブラックをしっかりと見据えた。
「俺……レッドと夜やってる“恋人としての行為”と、似たような事をしてるのは……その……やっぱり後ろめたいんだ。この事を知ったら、レッドは怒ったり悲しむかも知れないし、それに内緒にしてるのって、凄くつらくて……」
「…………」
いつの間にか、ブラックの顔から笑みが消えている。
こんな無表情な顔、見た事ない。思わず背筋が寒くなったけど、でも口を閉ざす訳には行かなかった。ちゃんと、伝えなきゃ。そうしないと、何も伝わらないんだ。
俺は震えそうになる喉をぐっと堪えて、明るく続けた。
「あの、ほら、ブラックもう元気みたいだし……えっちな事なんて、もうしなくても良いだろ? 後は食事とか体力作りとかで体を元の状態に戻して、お姫様がいる所に帰れるように頑張ろうよ。な……?」
伝わったかな。これでちゃんと「やめよう」って言葉を受け取って貰えたかな。
訊いてみたいけど、ブラックが表情を失くしたままで俺を見ているからか、何だか次の言葉を言い出せない。紫色の瞳が、なんだか……怒っ、てる……?
「……ふーん……。そう言う事」
ブラックの口が薄らと開いて、顔もほとんど動かさずに低い声を吐く。
それが何だか、冷たくなった背筋を更に凍らせて、俺は硬直してしまう。
だけど相手は俺の事など知らないとでも言うように、つまらなそうに目を細めた。
「ねえツカサ君。……前から思ってたんだけどさ、お姫様ってなに? ツカサ君は、僕の事をどういう存在だと思ってたわけ?」
「え……」
どういう、存在って……森の王子様以外の何物でもないじゃないか。
……違うのか?
ブラックを見つめ返すと、相手は眉間に僅かに皺を寄せる。
明らかに、俺に対して怒っていた。
「……ツカサ君さぁ、僕のことを一度でも“何者か”とか考えた事有る? 何を勘違いしてるのか知らないけど、どうして僕がツカサ君の名前を知っているのか、考えてもくれてなかったよね?」
「だ、だってそれは、森の王子様だって思ってたから……」
「は?」
たった一言で、会話を返される。
その声がとても辛辣なものに聞こえて思わず体が逃げようとするが、依然として肩を掴まれたままで逃げる事が出来なかった。
怖い。こんなブラック、見た事が無い。どうしたらいいのか解らない。
怒らせてしまった。だけど何に。どうして。どれに怒ったんだ。
「ぶ、ブラック……どうして怒って……」
「どうして怒ってるのって? ……ははっ、どうして。どうしてだって!? ツカサ君たらあの小僧に記憶を消されて頭の中全部バカになっちゃったのかなあ!! 僕の事、全部忘れたの忘れたっていうの!?」
「ひっ……!?」
肩を強く引っ張られ、そのまま地面に押し付けられる。
軽く頭を打って視界が揺らいだが、その間にブラックが俺に馬乗りになって来て、俺の視界を自分の姿で塞いでしまった。
何が起こってるのか、解らない。何故ブラックは興奮してるんだ。どうして、こんなに声を荒げて俺を怒るような声を出してるんだ。なんで、どうして。
「これ見てよ。ねえ、ツカサ君これ嬉しいって言ってくれたじゃないか!」
「っ……!?」
そう言って俺の目の前に差し出すのは、紫色の宝石が嵌め込まれた指輪だ。
ブラックのがっしりとした指に嵌められた不思議な色の宝石を食む指輪と、同じ形をしているけど……あれよりも、少し小さい。でも、どうしてもう一つあるんだ。
これが何だって言うんだ。俺に何の関係がある。
考えて……――俺は、やっと、ブラックが何を言いたいのかを理解した。
「覚えてないの!? ねえ、ツカサ君!!」
目を見開いて、紫色の綺麗な瞳を露わにしているブラック。俺に対して怒りをぶつけるように怒鳴っている。だけどその表情には……怒りだけじゃない、必死で何かを訴えて、悲しむかのような表情すら滲ませていた。
耳に声が響いて痛い。
ブラックの声が、体の中にまで飛び込んできて震えてしまう。
だけど、それ以上に、俺は……
ブラックが、怖くて。
「う……ぁ……」
「……覚えてないなんて、言わないよね?」
こわい。
だけど、ブラックの目が言ってる。
自分は“森の王子様”じゃない。俺が……記憶を失う前の俺が知ってる、この指輪の事も覚えているような、間柄だったんだって。
でも、知らない。俺は覚えてないんだ。その指輪の事だって初めて見たとしか言いようがない。ブラックに何か返したくても……覚えてないとしか、言えなかった。
だけど、そんな事を言えば絶対に良くない事が起こる。それだけは俺にだって理解出来ていた。でも、だったらなんて返せばいいんだよ。
俺は今までブラックの事を王子様だと思ってて、ブラックが俺とかかわりのある人だって思っても見なくて。知り合いだなんて思わなかったんだよ。
けれど……考えてみれば、確かにおかしい事ばかりで。
この森で初めて出会った時、ブラックは確かに俺の名を呼んだ。あの時は「他人をやっと見つけて嬉しかった」んだとばかり思ってたけど、知り合いだったとすれば、あの喜びようは俺を探していて見つけたからだったという事になる。
それに、俺と話す時は妙に俺の事を知っているような感じだったし、とても可愛いモンスター達と遊ばせてくれる時だって、俺に「この子たち知ってる?」って遠回しにあの子たちの事を聞いて来ていたし……。
そういえば、モンスター達も、俺に記憶が無いって事を知ると妙に悲しそうで……
…………じゃあ、あの子達も……俺の事を知ってたって言うのか……?
でも俺、覚えてない。覚えてないんだよ。
だって俺はレッドの奴隷で、恋人で、それしか知らないんだ。
ブラックを知っている事なんて知らない、レッドはそんなこと言ってなかった、俺は今までずっとレッドと一緒で、それだけで、俺は、俺は……!
「ぅ、あ……あぁあ、ああぁああ……! や、だ、やだ……!」
聞きたくない。嫌だ、聞きたくない!!
「ねえ、どうして逃げようとするの? ツカサ君答えてよ」
必死にブラックから逃げ出そうと、体をずらそうとする。だけどブラックは俺の肩をぐっと抑え込んで、もがく俺を片手でいとも簡単に封じてしまう。
俺がどんなに逃げようとしても、体が動かなかった。
そんな俺を、ブラックは見開いた怖い目でじっと見つめて来て。
「ああ、そっか。あのクソガキに“支配”されてるから、僕の事なんて何も覚えてないんだっけ……? あはっ……ははは……じゃあ、一から教えてあげるよ」
「っ、ぁ……!」
「ツカサ君の体が誰の物で、どれだけ僕に犯されてたかって事をね……!」
凄みを含んだその狂ったような声は、俺にはもう悪魔の声にしか聞こえなかった。
→
※次が酷い奴です。ご注意を。
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