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最果村ベルカシェット、永遠の絆を紡ぐ物編
25.物語の欠陥
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レッドが過去の事を話してくれてから、二日経った。
全てを教えて貰った訳じゃないけど、それでもレッドとの距離がさらに縮まったのは確かだ。そう思ったからか、俺は夜の事も段々と嬉しいと思うようになっていて。当初は隠し通せるか心配だった「気持ち良い」という感情も、レッドとの事に慣れるのに従って徐々に漏れだし、結果的にはレッドも気付かずにいてくれたようだった。
俺の体は、俺が思うより優秀だったらしい。
……まあ、気持ち良いという感情をレッド以外の人から知ってしまった気まずさは、やっぱり拭いきれないけど……でも、実のところ俺はホッとしていた。
だって、レッドの手でもちゃんと俺は「気持ち良い」と思う事が出来たんだから。
それだけは、本当に良かった。
だって俺はレッドの恋人なんだ。レッドは、俺と、その……ブラックが言う“えっちな事”をしたがってるんだから、応えなきゃ行けない。抱き締めたり触れ合うのが恋人なんだから、レッドが喜ぶ事なら出来て当然なんだ。
なのに、レッドとのえっちな事が気持ち良くなかったら変じゃないか。
だから気持ち良いと思えるようになって本当に良かった。ただ、ちょっと不思議なのは……ブラックとの奴は、なんかこう……ビリビリッて物凄い感じだったのに、レッドとすると体がゾクゾクするっていうか、何だかついシーツを掴んで気持ち良いのを堪えてしまうというか……うーん、一体何なんだろう。
ブラックと“えっちな事”をしてから、変な事ばっかりだ。
そもそもエッチってのが何の意味だか解りもしないのに、こんな事になって本当に良かったんだろうか。いや、そもそものそもそもとして、あんなに怒られるのが怖いとか言ってたのに……あれからずっと、森に通ってるのは良いのかな……。
「…………でも、ブラック一人じゃ可哀想だし……それに、ブラックは片腕が無いんだから、誰かがお世話した方が良いに決まってるし……」
一人で霧の壁近くの森をサクサクと歩く。
何度も訪れた森はもう馴染の場所になっていて、自分一人だけでも樵小屋へと迷うことなく向かう事が出来る。今日も今日とて、俺はブラックにあげる物をバスケットに詰めて、森の中をぼちぼち歩いていた。
だけど、今日は何だか……気が進まない。
いや、本当は、レッドが昔の事を話してくれた時から、こうやって内緒でブラックの所に会いに行っていいのかと悩むようになってしまっていた。
今日も、レッドのために森に自生している物でジャムを作りたいって言って、この森に来たわけで、その目的は嘘じゃないんだけど……でも……足も進まない。
それは、明らかに疲れとかそんなんじゃなかった。
……だって、あれから俺はブラックと……その……えっちな事をするようになって、今もそれがずっと続いてて。
レッドと夜に抱き合っても、次の日にブラックに体を弄られてしまうと、レッドの時とは比べ物にならない変な声が出て、こらえ切れなくて、体がおかしくなる。そう感じる度に、俺が帰って来た時のレッドの嬉しそうな顔を直視できなくなって……。
……そう思うのは、やっぱり俺もブラックとの行為を「不貞」だと思っているからなんだろうか。だから、こんなに後ろめたいのかな。
ブラックとえっちな事をしてるせいか、レッドに体を触られるのにも少し戸惑って、体がカッと熱くなって、嫌じゃないんだけど、反射的に体を捩ってしまう。
レッドとブラックはそれを「恥ずかしがっている」と言うけど、俺はその事になんだか罪悪感を感じてしまっていた。
だって、こんなの拒否しているのも同じじゃないのか。
前はあんなに素直にレッドを受け入れられたのに、ブラックに恥ずかしがると言うならまだしも、俺はレッドにまで拒否するみたいな感情を抱いて……。
そんなの、おかしい。絶対おかしいよ。
だって俺はレッドの恋人で、奴隷なんだ。首に巻き付いている首輪は飾りなんかじゃない。俺が奴隷である証明でもあるんだ。それなのに、ご主人様であるレッドに、嫌がるような感情を抱くなんて……ああもう、どうしたらいいんだ。
「うう……」
せっかく森の中を歩いているのに、気分が落ち込んでしまって足が止まる。
ブラックに会いに行きたいとは思うけど、あの事を考えると……。
「……やっぱり、会いに行くのやめたほうが良いのかな……」
ブラックは大事な友達だけど、こんなに後ろめたい思いをするのなら、もう会いに行かない方が良いのかも知れない。
だけど、ブラックは俺がいなくなったら一人ぼっちになってしまう。
それに、まだ元気が出ないって言ってるんだ。このままだと、お姫様のもとに帰れないじゃないか。それだけは避けたい。だから、会いに行くべきだけど、でも……。
「ううん…………」
どうしたものかと腕を組んで悩むが、良い案が浮かんでこない。
俺の頭じゃ良い案なんて夢のまた夢だ。
いや、本当はどうしたらいいのかって事に薄々気付いているんだけど、そう結論を出したく無かったのかも知れない。だって、一番いい方法は……。
「ブラックに、えっちな事はもうやめようって言うこと……だけど……」
そう言って、ブラックがどう反応するのか解らないし……。
それに、いつも笑顔を向けてくれるブラックが怒る所も、見たくないんだ。
レッドには笑顔で居て欲しいし、ブラックにも悲しい顔をして欲しくない。だから……どうしても、今まで踏ん切りがつかなくて。でも、それじゃ駄目なんだよな。
……物語の中でも、どちらか一つを選ばなきゃ行けないって話が沢山あった。
大切な物は一つだけしか選べない。だから、一つを捨てなきゃ行けないって。
俺はその話が悲しくて、どうしても納得が行かなかったけど……いざ自分がそんな立場になると、決断できなくなる。
だけどそれは……俺の独りよがりなワガママでしかない。
解ってる。これは、怒られたくないって俺が思ってるせいで起きた事なんだ。
どっちにも良い顔したいって思ってるせいで、何も決められなくなってしまっている。だけど、それじゃ何も変わらない。むしろ悪化していくだけなんだ。
一つを選ばなくちゃいけない。物語ではそうだった。現実でもそうなんだ。だから俺は、どちらか一つだけを選ばなくてはいけないんだ。
例え断ってブラックに嫌われたとしても……それが、レッドに悲しい顔をさせない為なら、俺はそうするしかない。
だって俺は、レッドの奴隷であり、恋人なんだから。
「…………よし……」
怒られる。嫌われる。結構じゃないか。俺は今までその感情を知らなかった。
だから、もしブラックとの事が明るみに出て、レッドにも嫌われる事になっても、その時に情けない顔をしないで済む。さらに嫌われる事もない。
これは、俺が何も考えないでブラックのいう事を聞いてしまった俺が悪いんだ。
どんなことになっても……俺が、責任を取らなくちゃ。
だってそれが一番正しいって、沢山の本が言っているから。
「……行くぞ、俺」
強張った両頬を軽く叩いて、俺は再び歩き出した。
今度はもう、立ち止まらない。
覚悟を決めてからの道のりは凄く早くて、俺は樵小屋にすぐに辿り着き、鼻息荒く扉を開いて薄暗い中へと入った。
「あっ、ツカサく~ん! 待ってたよぉ」
「え……?」
勢い勇んで入り、すぐに話をしようと思ってたんだが……いつも藁のベッドの上に体を預けていたブラックは、まるで俺が来る事が解っていたかのようにたき火を焚いて、何かをじゅうじゅうと焼いていた。
そういえば、なんか窓から煙が出てたような気も……。
「あの……ブラック、動いて大丈夫なの……?」
思わず心配になってしまい問いかけると、ブラックは片腕で器用に焼いた石の板の上に乗せた肉をひっくり返して笑う。
「うん、ツカサ君のお蔭でだいぶん良くなったからね~。今日はお礼もかねて、この村の外のモンスターを狩って来てお肉焼いてたんだ。ツカサ君は肉が付けばつくほど可愛いから、たくさん食べて貰おうと思ってっ」
弾んだ声でそう言いながら、ブラックは美味そうな焼き肉に野草とか果実を絡めている。何と言う料理なのかは解らないが、良い匂いがしてとても美味しそうだ。無意識にごくりと喉を鳴らしてしまった俺に、ブラックは明るく笑って、とにかく座れと言ってくれた。
じゃあ、お言葉に甘えて……じゃなくて!
俺は今から大事な話をしようとしていたのに!
こんな風に呑気に肉を食ってる場合じゃ……
「いつもは料理して貰ってたけど、僕だって料理できない事は無いんだからね! まぁ、ツカサ君の美味しい料理に比べたらチンケなモンだけどさ」
「そ、そんな褒めなくても……」
「あはっ、ツカサ君照れてる可愛い! でも、ツカサ君の料理が美味しいのは本当の事だから、照れなくてもいいんだよぉ。……あっ、もう良いかも。食べて食べて」
焼いた肉は冷えるとマズいんだと言いながら、ブラックは大きな木の葉っぱの上に、こんがりと焼けた肉を乗せて差し出してくれる。
いつ作ったのか、木製のフォークまで差し出してくれて……その……正直俺は、肉が好きなので、ついつい受け取ってしまって……。
…………こ、これを食べたら。これを食べたら言おう。そうしよう。
「遠慮せずにどんどん食べてね! 僕は、ツカサ君が作って来てくれた美味しい料理を食べるからっ」
「ん、んんん……」
ああ、やばい。美味しいこれ。
何の肉だか分からないけど、噛んだ瞬間に肉の繊維がほどけて程よく甘い脂がじゅわっと口の中に溢れて来る。噛みごたえも絶妙で、柔らかくて噛むほどに解れる感覚があるのに、決して煩わしいというような事は無かった。
なにより、この極上の肉に絡んだソースも凄い。油の甘みを消さない程度に仄かな香ばしさと木の実の風味が出てくるのは、さすがとしか言いようが無かった。
う、うう、これ……俺が肉焼くのより上手じゃない……?
ブラックって、本当に色んな事を知ってるんだな。
ていうか、この霧の向こう側ってモンスターがいるんだ。しかも、こんな大きな肉を取れるくらいにでっかいモンスターが……。
はあ、俺って本当にまだまだ知らない事ばっかりなんだな……早く一人前になってレッドを助けられるような奴隷になりたいのに、これじゃ先が思いやられる。
王子様であるはずのブラックの方が料理が美味いなんてあべこべだよ。
うぐぐ、う、うまい……うますぎる……。
「ん~、やっぱりツカサ君が作ってくれたご飯は美味しいなあ!」
俺が己の腕の稚拙さに恥じ入っているというのに、ブラックは勝手にバスケットの中から俺が作った料理を取り出して、幸せそうにモグモグと口を動かしている。
明らかにブラックの料理の方が美味しいのに、なんでそんな顔をするんだろう。
「俺よりブラックの方が料理めちゃくちゃ上手いじゃんか」
少し拗ねたような声になってしまったが、真実を言う。
すると、ブラックは体を密着させるように隣に座って来て、ニコニコと笑った。
「料理ってのはね、好きな人に作って貰えたらより美味しくなるんだよ」
「でも……」
「僕の料理を美味いって思うのは、ツカサ君が僕の事を好きでいてくれるからだよ。そうじゃなければ、こんな粗野な料理なんて貴族の料理には負けちゃうだろうし」
「……そんなに謙遜すると、逆に失礼だぞ」
貴族の料理に負けるなんて、とんでもない。女将さんには悪いけど……焼き料理としては、今まで食べた事がないほど美味しかったんだぞ。
こんな料理を作って置いて謙遜するなんて、逆に俺に失礼なんだからな。
そんな事を言うなと睨むと、ブラックは「あはは」と気の抜けた笑い声を出して俺の肩を抱いて来た。まるで、レッドみたいに。
「ぁ……」
「ツカサ君……ねえ、そろそろ……しない?」
いままでおちゃらけていた声が、一段低く沈む。
その声は真剣そのもので、聞いた瞬間に何故かおへその下がもぞもぞして。
ブラックにまたおちんちんを弄られるんだと思うと、股間が変な感じになった。
だ……だけど、駄目だ。こんな事はもうやめるんだ。
せっかく料理を作って貰ったのに、こんな事を言うなんて最低かも知れない。でも俺はブラックにやめて貰わなきゃいけないんだ。もう選んだんだ。だから。
「あの、な、ブラック」
「んー?」
食べ終わった葉っぱを地面に置いて、口元を拭く。
その短い間で、改めて覚悟を決め――俺は、ブラックの顔を見つめて、告げた。
「もう……こういうの……やめよう……?」
その言葉を吐いた結果、どんな事になるのかも知らずに。
→
※ブラック、凝った料理は作りませんが、肉を焼くとかそういう簡単な料理は
作ればそこそこ上手です。
が、ツカサみたいに丁寧に調理したりはしないので、やっぱり自分で作るよりは
ツカサの方が美味しいと思っているみたいな感じです。
記憶喪失ツカサは元々のツカサより料理スキルが低いから仕方ない
あと、次か次々回でブラックが久しぶりにゲス外道に相応しいような事をするので、
生理的嫌悪を催すかもしれません。主にヤンデレ犯罪者みたいな感じです。
良識のある行動はとらないので、本当にご注意ください…。
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