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最果村ベルカシェット、永遠の絆を紡ぐ物編
10.失った代わりに
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少し、楽しいって気持ちが解って来た気がする。
楽しいっていうのは、本を読んで色んな世界やお話を知って、思わず「おお」と言ってしまうような感じになる事なんだ。これは、初めての物を見て何度も味わった感覚だから、間違えようは無いだろう。
それに、その感覚を話すと、レッドがホッとしたような顔をして「それが楽しいという感情だ」と言ったからな。他人からもそう見えるんだから、きっと正解だ。
俺はついに、自発的に感情を思い出す事が出来たらしい。
とは言え、最初は「そうなんだ」としか思わなかったけど、自覚して気にしていると、レッドから向けられる表情や、鏡の中の俺の表情がゆっくりと理解出来るようになってくる。
色んな物事を知る内に、なんとなく自分の中で謎だった感情が言葉と合わさって、馴染んでいってるみたいだ。何だか不思議な感じだったけど、俺は記憶を失ってから改めて学んだから、普通とは少し違うのかも知れない。
レッドは「感情と言う物は、本来なら赤ん坊の頃から自然と理解していくものだ」と言ってたし、このトシで一から積み上げて行くってのは滅多にない事なんだろう。
まあ、誰かと比べようもないから、考えても仕方のない事なんだけど……。
それはともかくとして。俺が少しずつ感情を覚えるようになってから、レッドとの関係にも変化が起こり始めていた。
それはたぶん、俺が「恋人か」と訊いた時からだったんだろうけど……なんというか、今まででも充分に近いなあと思っていた距離が更に近くなったと言うか……。
いや、別にされたくない訳じゃないんだけど、びっくりするじゃん?
だって、気付けば膝に乗せられているのは序の口で、不意に抱き締められたり歩くのだって手を繋いで移動したり……とにかく、離れてる時の方が少ないんだもんよ。
今まではそんなに近付いてなかったし、何か、こう思っても仕方なくないか?
これが恋人同士でやることなんだ、と言われたら、俺はそうなんだと納得するしかないんだが、読んだ本には「男同士で恋人になった」という設定が出てこないので、イマイチ納得が行かないかった。
だって、男同士の恋人の事は本に書いてないんだもんなあ。
男女の恋人はこうしてるけど、男同士でもそうなのか判断が付かない。
だから、これでいいのかと思うこともしばしばだった。
解らないならレッドに訊けば良いんだろうけど、でも俺が「恋人だ」って言うとレッドは嬉しそうにするから、なんだか問いかけられなくてなあ……。
まあ、レッドが満足してくれているんならそれでいいんだけど……。
物語の中ではこういう風にずっと一緒に居る事を嫌だと嫌う女の人もいたけど、俺は別段嫌だとは思わないしな。レッドが満足ならそれでいい。
まあ、それはそれとして。
やっと自分の中の感情を把握出来てきて、レッドともそれなりに自然と会話できるようになってきた頃、レッドは俺の為に一人新しい人を紹介してくれた。
その人は「村長さん」という人で、レッドよりも顔に線が多くて少し体が曲がっている不思議な感じの人だ。恐らく彼は「老けている」のだと思われる。
本の中ではお爺さんとかおじさんとか沢山見たけど、実物を見たのは初めてだからなあ。最初はこの人が「老人」という言葉と結び付かなくて、相手をまじまじと見つめてしまった。しかしそんな失礼だろう俺に対して、村長さんはレッドみたいに優しくしてくれた。
というかむしろ、今まで夕食なんかを用意してくれているのがこの人の奥さんで、俺は毎日村長さんが届けてくれている料理を食べているのだと知って、俺は村長さんとその奥さんに感謝せざるを得なかった。
だって、ご飯がないと人間は死んでしまう訳だし、俺はソレをどう用意したら良いのかも分からないからな……。
自分に出来ない事をしてくれる人には、本当に感謝しかない。
だけど、本来なら食事の用意も奴隷の俺がするはずで、本にもそんな事が書いてあったりしたわけで、明らかに奴隷ではない人にそうやって世話を焼いて貰っていると、申し訳なくなってくる。
本来なら奴隷の俺がレッドの食事を用意しなきゃ行けないんだし、レッドと同じ物を食べる事は許されないはずなんだしな。
しかも、届けられる食事はなんか豪華だし……。本に出てくる様々な食事の描写を考えれば、俺が食べている食事は明らかにごちそうっぽいんだよな。
それもあって、俺は村長さんから話を聞いた時に、せめて奴隷としての仕事くらいは全うせねばと強く思ったのである。
んで、レッドから村長さんを紹介されたその日に、俺は村長さんに「奴隷の本来の仕事を教えてくれ」と頼んで、掃除や料理を教えて貰うことになったのだが……。
「これがなかなか難しい……」
モップという道具で床を丹念に拭きながら、俺は溜息を吐く。
そう、教えて貰っている奴隷の仕事は、どれも結構大変だった。
手始めに掃除からということで始めたはいいが、モップを動かすにも結構な体力が必要だし、今までずっと体をあまり動かしてなかった俺にはかなり重労働だ。ハタキを掛けたりホウキで掃いたりなんてやっていると、どんどん時間が過ぎて行く。
村長さんの話では、奥さんはこんな労働を三刻もあれば全部終わらせてしまうとの事で……奴隷じゃないのに料理も仕事もするなんて、なんて凄い奥さんなんだろうと思ってしまった。奥さんと奴隷は違うけど、奴隷にやらせなくても出来るっていうのは、やっぱり凄いと思う。レッドは掃除も料理も出来ないって言ってたしな。
でも、だから、教えて貰い甲斐がある。
だって俺が奴隷としての仕事をできるようになったら、レッドも助かる訳だし。
レッドには仕事以外の事を沢山教えて貰ってるし、恩返しのためにも早く色々な事が出来るようになって、レッドや村長さんに楽して貰えるようにしないとな。
「うーん、でも、やっぱり大変だ……」
四苦八苦しながら、廊下の床板をモップでなんとか磨き上げ、俺は額の汗をぬぐう。そして、ふとまた疑問に思う事を思い出した。
それは、レッドに「恋人」と言われるようになった後の事だ。
最初の頃の俺は本当に色々と抜け落ちてしまっていて、厠や風呂なんかも全くと言っていいほど「使う」という行為に結びつかず、レッドの手を煩わせてしまっていたのだが、それでもレッドは俺に対して真摯に教えてくれた。
だけど「恋人」になると、その頃と同じ行動をやっているはずなのに、レッドは妙な感じになるのだ。その最たるものが風呂だった。
俺はまだ風呂に慣れてなくて、レッドと一緒に風呂に入るんだが、その時に俺の裸をジロジロと見るんだよな、レッド。
最初は顔を逸らしながらだったのに、今では凝視するほどだ。
何がそんなに気になるんだと思ったが、しかし考えてみると俺とレッドの体は何か違うものみたいだし、そう思うとジロジロ見るのも仕方がないかと思った。
……だって、俺の体はレッドに比べてぺったんこだし、股間に毛もない。
おまけに股間の物も何か違うんだもんな。そりゃあ、まあ、見るよね。だって俺も、レッドのソレが何であんな形してるんだろうって思って見ちゃうもん。
俺より大きいし色々違うしな。大きいと得する事があるのかなって感じだ。こっちを凝視して来るのは、もしかしたらその違いを確認するためなのかも知れない。
「でも……凝視ってのは、やっぱ気になるよなあ……」
レッドは何も言わないけど、やっぱ俺の体って何か変なんだろうか。
考えてみれば俺とレッドには体格差があるし、同じ男とは思えないもんな……。
俺が奴隷だからなんだろうか。それとも、獣人とかと同じで人族にも色んな種類がいるのかな。どちらにせよ、何だかまたモヤモヤする感じだった。
「うーん……貧弱だって思われてるのかな……」
段々と感情が理解出来て行く度に、考える事が増えて行く。
自分の中にある「喜び」や「楽しい」と言った感情ではない、悲しいとか不快っていう気持ちが理解出来て行くたびに、相手も同じ気持ちを自分に抱くんじゃないかと思って、不安という感情が新しく湧き起って来た。
もし俺がレッドの事を不快にさせている事が有るとしたら、凄く焦って悲しくなるし、何がいけないんだろうって騒ぎ出したくなってくるんだ。
どうしてそう思うのかは俺にもよく解らないけど……でも、相手に不快だって思われたくない。だから、それもあって俺は……奴隷としての仕事をしているわけで。
どうしてそうなるのか、どうしてこう思うのか、俺もよくわからなかった。
……もしかして、それくらい相手の事を考えちゃうのが「恋人」って事なのかな。
心地良くてずっと一緒に居たいから、不快にさせたくない。好きだから、レッドが一番喜ぶ事をしてあげたい。怖いのと嬉しさが混じるような、不思議な感覚。
もしこれが物語の中の恋人たちと同じ気持ちなら、嬉しいけど……少し、困るな。
「何が困るんだ?」
「ふあぁっ!?」
い、いきなり背後から声!?
思わず驚いて変な声を出すと、背後から手が伸びて来て俺を捕まえた。
そうして、後ろへと引き寄せて来る。暖かくて広い何かに背中がぶつかった俺は、その感覚に覚えがあって上を見上げた。と、そこにはレッドの顔が有って……。
な、なんだレッドか。
「ツカサ、掃除してたのか」
「う、うん。とりあえず掃除から始めてみようとおもって……」
「元気になってくれたのは嬉しいが、無茶はしないようにな」
優しくそう言って、レッドは俺の頭を撫でる。
その手は心地良くて、俺は思わず目を細めてうっとりしてしまった。
こんな気持ちを言い表せるのも、きっと俺が「まとも」に戻って来てるからなんだよな。レッドと一緒に居た俺に戻って来てるからなんだよな?
「ツカサ……」
名前を呼ばれて、レッドの腕の中でくるりと体を回される。
真正面にレッドの顔が来て、いつものように見上げると、相手はとても嬉しそうに笑って、俺の頬を指で擽った。そうして。
「――――っ」
頬に口付けして、少し赤らんだ顔で困ったような嬉しそうな表情を見せた。
「……お返し」
レッドがそうするから、俺も同じようにレッドの頬に返してやる。
恋人はそうするものだって本に書いてあったしな。
だけど、こうしたらいつもレッドは変な顔をするんだよな。
驚いたような困惑するような顔をして、だけど最後には吹っ切れたような感じで、凄く嬉しそうな顔をして俺の頬にまた顔を近付けて来るんだ。
俺にはその表情の意味がよく解らなかったけど……でも、嫌いじゃない。
「これからも、村長に色々と教えて貰うといい」
「うん。料理も教えて貰うから、楽しみに待ってて」
「もちろんだ。今から待ちきれない」
良かった。レッド、嬉しそうだ。
アンタが嬉しいなら、それでいい。これからは、奴隷の仕事も恋人がすることも、たくさん勉強してもっと喜ばせてやるからな。
そのためなら、いくらだって頑張れる。
レッドが嬉しくなるなら、何でも出来るよ。
だって俺には、レッドしかいないんだから。
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