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最果村ベルカシェット、永遠の絆を紡ぐ物編
11.熊、己を鼓舞する
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あと漫画大賞投票ありがとうございました…!ウレシイ(*´ω`*)
◆
ブラックが失踪した。
いつもの自分ならばその事にいち早く気付けていたのだが、今は生憎と神の浮島の煩わしい力によって力を半分も封じられているため、他人のニオイを上手く追う事が出来なかったのだ。
もし通常の状態だったら、クロウは確実にブラックを追えただろう。
だが今それを言っても仕方がない。現実は非常な物で、ブラックは最早この島から影も形も無くなってしまっていた。
「ハァー……。あれほど噛んで言い含めるように『休め』と言ったのに、何故あの子は昔からこうと決めたら一人で行動するのかしらねえ……」
王宮の一室。恐らく会議室であろう場所で、水麗候が険しい顔をしながら深い深い溜息を吐く。今は様々な処理があるからか、穏やかな老婆の姿ではなく若々しく怜悧さを感じさせる美女の姿を取り続けていた。
そう、彼女が滅多に見せなかった姿で全力を尽くすほど、今は忙しいのだ。
王宮の防護形態に関しての見直しに始まり、損害の確認や事後処理、内通者が存在するかどうかの調査に加え、今まで滞っていた事務の処理……とまあ、指折り数えるだけでもウンザリするくらいの仕事が彼女を待っている。
そんな状態なのに、ブラックに気を配り続けろと言う方が無理難題だろう。
この島で唯一ブラックを止められたであろう彼女がそんな状態では、どうしようも無かったと言える。そもそも、未だに立て直せていないのに、分別が付くはずの大の大人の面倒をずっと見ていろだなんて言う方が狂っているのだ。
相手が大人だからこそ、無茶な事はしないだろうと思ってある程度の自由を与えていたのだ。いくら何でも、今の状況で無鉄砲な事などするはずがない、と。
だがブラックは飛び出して行ってしまった。
左腕を失ったままで。
「ブラック様が風のようなお方であることは重々承知しておりましたが……けれども、こんなに自由奔放に動く方だとは思っていませんでしたわ」
これにはブラックの事を好きな女王陛下も困惑気味だ。
しかしそれでもまだブラックに対しては盲目的で、責めるような声音ではないのが印象的だ。ツカサとの仲を見せつけてもこれ程までに思うとは、彼女にとってはもうブラックへの思いも失えなくなっているのかもしれない。
だが、この女王陛下もまた満身創痍からやっと回復したような有様だ。
その隣で彼女を補助する為に付き添っているバリーウッド氏も、素早く動けるような状態ではない。背後に控えているラセットという従者も同じだった。
この島には、ブラックを止められるものなど誰も居なかったのだ。
(だからこそ、オレが抑止力になるべきだったのだがな……)
こんなザマでは、笑いすら起こらない。
本当に情けないばかりだった。
「シアン、彼の事を追跡できる物はなにかないのか?」
バリーウッド氏が問うが、水麗候は首を振る。
「あの子はそう言う物に敏感で、すぐ見つけて外してしまいますから……。こんな事になるのなら、鎖を巻いてベッドに縛り付けるべきだったのかしらね。……まったくもう、心配ばかりかけて……」
そう言いながら頬に手を当てる水麗候の表情は、母親そのものだ。
以前ツカサに聞いた話によると「水麗候はブラックの母親代わりみたいな存在だ」という事らしいが、なるほど、そう言われてみればそんな感じもした。
何にせよ、それほどまでに心配してくれる存在がいるのは羨ましい。
この歳になってまで母親を心配させたいかと言われると、クロウは閉口するばかりだが。まあ、心配される内が華なのだから、多くは言うまい。
そんな事を考えているクロウを余所に、女王陛下が少し不満げに呟く。
「どうせ、わたくし達には止められなかったかも知れませんが……だけど、一言くらい言って下さっても良かったのに……。わたくし達だって、ツカサさんを救いたいと言う気持ちは一緒なのですよ? ねえ、ラセット」
そう言いながら振り返る女王陛下に、ラセットは強く頷く。
「私も同意見です。ツカサは私の友人で、それに……私の大事なものを、守ってくれました。その多大な恩を返す為にも、我らで捜索すべきかと」
「そう……そうよね……。あの子は、わたくし達を……救ってくれたんだもの」
そう言いながら見つめ合う主従は、主従の信頼関係を現す感情とはまた別の感情を含んだ視線を交わし合っていたようだったが、すぐに姿勢を戻した。
……どういう風にしてそうなったのかはクロウには解らないが、どうやらツカサが“おせっかい”を焼いた事で、二人の間には新たな感情が芽生えたようだ。
まあ、誰かに横恋慕をするよりは健全な関係と言えるだろう。
自分の事を棚に上げてぼんやり思うクロウに、水麗候が話しかけて来た。
「クロウクルワッハさん、ブラックがいつ消えたのか解るかしら」
ああ、そうだ。今は失踪した事について話しているのだった。
ツカサの事や周囲の事など色々気になるが、今は考えるべきではないだろう。
気持ちを切り替えて、クロウは応えた。
「数刻ほど前に、厠に行きがてらブラックのいる部屋を覗いたが、左腕が無い状態に慣れようとしてか鍛錬していたぞ。だから、消えたのはついさっきの事だと思う」
そのクロウの言葉に、水麗候は難しそうな顔をして口に手を添えた。
「……なにか急に思い立つような事があったのかしら……。あの子ならすぐに左腕が機能しない状態にも慣れるだろうけど、でも、それだけで旅立つなんて無鉄砲な事はしないはず……。ツカサ君の手がかりでも思い出したのかしら……」
「だとしたら、急に居なくなったことも説明がつく」
「何に気付いたのかは解りませんけれどね」
バリーウッド氏と話す時の水麗候は、母親としての意識が少しナリを潜める。
それは恐らく、彼が水麗候の師匠であり親のような存在であるからだろう。
「しかし、一人で強引に島から脱出したのだから、何か明確に彼を探せる手段を思い付いたという事は確かだろう。しかし、色々と疑問は残るがのう……」
「そうですね……今までは大人しく静養していた訳ですし……」
「そもそも、ブラック様はどうやってこの島から下地に降りたのかしら? ディルムから無事に降りるには、門を通るしかないのに……。ああ、今はどこにいらっしゃるのか……」
確かに、それも謎だった。
まさか考えなしに飛び降りたという事は無いだろうが、現にブラックの気配はこの島から消えているのだから、何らかの方法を使って降りた事には間違いないだろう。ブラックには、クロウが知らない能力がまだ有るのかも知れない。
「どこに降りたか」という事自体は、島の運行記録と「○の時まではいた」という情報があれば、ある程度は絞り込める。
そこまで出来るが、やはり行先までは解らないのだ。
机を囲んで話すだけでは、決まりようも無かった。
(守らねばと言って置いてこのザマとは……本当に、情けない限りだ……)
そうは思うが、しかし落ち込んでばかりもいられなかった。
ブラックを追える存在がいるとすれば、それはクロウだけなのだから。
「とにかく……オレが、予想した地点に降りてブラックのにおいを辿ってみよう。今はそれしか方法が無いし、出来る事が有るなら早くやった方が良い」
クロウがそう切り出すと、彼らもやはり「それの方法しかない」と思っていたのか、こちらをじっと見返してそれぞれに頷いた。
こんな状況になっては、神族の彼らが見下していたクロウの原始的で野蛮な獣人の「嗅覚」に頼るしかないのだ。それを思うと、少し胸が透いた。
……とはいえ、この場所に居る全員は、最初から獣人であるクロウの事を見下してはいなかったのだが。
(……いや、少なくとも……女王陛下達の意識を変えたのはツカサだ。本来ならオレと同じく蔑まれる対象だった人族のツカサが、彼らをここまで軟化させたのだろう)
そう思うと、また不意にツカサに会いたい気持ちが漏れ出そうになった。
……だが、今はそうやって感傷に浸っている暇はないのだ。
溢れ出しそうになる思いを胸の中に必死に押し込めて、クロウは息を吸った。
(今度こそ、二人を助けなければ。それが、二番目の雄としての……ツカサを愛するオスとしての、自分の役割なのだから)
改めてその気持ちで自分を奮い立たせて、クロウは未だに痛みに疼く腹に力を籠めながら、神族達との話に没頭して行った。
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