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空中都市ディルム、繋ぐ手は闇の行先編
2.言葉の綾とかくそくらえ
しおりを挟む「抱けば証拠を渡すと約束したのはそっちだろ? どうして僕達がお前の賭けに乗らなきゃいけないんだ」
エメロードさんのあまりにも突然な申し出に、ブラックが素を出してしまう。
低い声が更に低くなり不機嫌極まりない感じだが、けれどもエメロードさんは一歩も引かず、それどころか凄艶な笑みを浮かべてみせた。
「あら、わたくしは一度も『抱け』とは言ってはいないはずですが……。ただ、閨……寝台を共に、とだけしか申しておりませんが?」
「ッ……!?」
思わず驚いたブラックに、エメロードさんはころころと笑う。
「それなのに早合点して肌を合わせるなんて……ああ、ブラック様ったら本当に猛々しいお方なのですね。……けれど、同意も無しにわたくしの肌に触れたと、わたくしが騒ぎ立てたら……周囲は、どう見るでしょうね」
エメロードさんの瞳に、妖しい光が宿る。
まさか……最初からそのつもりだったとでも言うのか……?
俺はブラックがエメロードさんとどんな約束をしたのか正確には知らない。
だから、ブラックの言葉から勝手に「えっちする」と推測して、そういう約束だと思い込んでいたけど……もし彼女の約束が本当にそんな曖昧なものだったとしたら……ハメられたも同然じゃないか……。
「お前……ッ」
「わたくしはただ請われて抱かれただけ。寝台を共に……とは言いましたが、言った事はそれだけです。疑うのであれば、わたくしの言葉を嘘かどうか判定して頂いても構いませんのよ? それで貴方がたが納得するのであれば……ですが」
そう言われるとぐうの音も出ないのか、ブラックは「ぐぬぬ」と言わんばかりの表情で固まってしまった。……さもありなん。こんなの詐欺でしかないもんな。
いや、ハタから見たら俺達の方が迂闊だったと言われるかもしれないが、しかし待ってほしい。ブラックは誘われれば男女問わず抱いて来たような男だ。そんな奴が「一緒にベッドに入って」と言われたら、勘違いしてしまうのも無理はないだろう。
そもそも、エメロードさんはブラックに好意を持っていたんだぞ。
なのに脱がされて押し倒されても文句を言わなかったうえに、煙草を吸わせるような余裕まであったみたいじゃないか。それで「合意じゃない」ってのはちょっとおかしいだろう。薬でラリッてたとでも言いたいのだろうか。
いや、そうじゃない。エメロードさんもえっちする前提だったはずだ。
なのに、今になって彼女はそれを覆そうとしている。明らかな心変わりだ。
普通は、好きな人に対してこんな事はしないよな。何でこんな事を。
……もしかして、最初からこうするつもりだったのかな。
ということは……あの一夜は、俺達を拘束するための罠だったのか。
「言質はきちんと取るべきですわ。人を支配する存在は、明確な言葉だけを好む物――曖昧な言葉など疑う要素にしかなりません」
「それは、お前が僕達をハメたと言ってるに等しい物言いだがいいのか?」
「どうとって頂いても結構です。……出発は明日にしましょう。わたくしもそれなりに体力が回復いたしましたので」
そう言いながらにっこりと彼女は笑う。
だが俺は急な申し出よりも別の部分が引っ掛かってしまい、思わずエメロードさんに問いかけてしまっていた。
「あの……そんなに急ぐ必要が何かあるんですか? エメロードさんの体も今は無理に動かしたら危ないのでは……」
そう言うと、エメロードさんは何故か一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐさま表情を引き締めてどこか威嚇を含んだ真剣な表情で俺を見つめて来た。
「お気遣い痛み入りますが、ご心配なさらず。……出発は明日の朝にしましょう」
それでは、と強引に会話を終了されて、それ以上何も言えなくなる。
何だかもう頭が混乱して解らないが……結局俺達は彼女に従うしかないようだ。
……まあ、ブラックが強姦魔だとか騒がれたら困るもんな。
仕方なく俺達はすごすごと部屋を後にして、再び廊下に戻ってきた。
「ったくあのクソ女……僕の事が好きだとか言っておいてコレとは……本当に見下げ果てた根性だよ……」
ブラックが毒づくのに頷いてしまいそうになるが、しかし怒るだけなら誰にだって出来る。それより、何故彼女が今になってこんな事を言い出したかを考えねば。
こんな事をしたのは、なんらかの意図があっての事だ。
とすると、彼女は俺達をどうにかして神族の国へと上がらせるために、ブラックとのえっちを切り札代わりにするつもりで、あんな事を急に言い出したんだろうか。
純粋な愛情からじゃ無く?
すべてはこの時の為に計画していたんだろうか?
……でも……そんな感じには思えなかったけどな……。
ううむ……こうなると、あの襲撃事件だってエメロードさんが何か裏で手を引いているんじゃないかと考えてしまう。それはさすがに偏見だろうが、しかし彼女の動きを見ていると、どうしてもそんな事を思ってしまうのが何だか恐ろしい。
一度疑い始めるとだめだな……。
だけど、どうして神族の国にに招待して来たんだろう。
「なあブラック、俺達が神族の国に行くのはいいとしても……なんでそんなに俺達を国に案内したいのかな」
歩きながら問いかけてみると、ブラックが不機嫌な顔ながらもウウムと唸る。
「そこは僕も何とも言えないかなあ……。僕らが神族の国に行く事で都合の良い事が起こるんだろうなとは思うけど……でも、神族の国に行けば事の次第を話せるようになるってのは未だに意味が解らないよ。そんなに隠すことでもないし、引っ張る要素すらないと思うんだけどなあ」
「うーん……。シアンさんの件に繋がってるとかそう言う可能性はない?」
「さてねぇ……。まあ、こうなるともう行くしかないけど……結局、成るようにしかならないんじゃないかね」
またそんな他人事みたいな事を言う。
でも、ブラックの言う通り、行って見なきゃもう解んないんだよな。彼女の真意がどこにあるか判らないのであれば、俺達にはもうお手上げだ。権力も何もない上に、シアンさんも依然として人質に取られていると言う状況では、最早抗う術もない。
色々と思う所は有ったけど……決められてしまったものはもう仕方ないんだ。
だったら、万が一って時に備えて準備をしておくしかない。
「とりあえず……回復薬でも作っておくか……」
何か起こってからじゃあ遅いもんな。イスタ火山では沢山準備しておいた回復薬が久しぶりに大活躍だったから、この調子でストックを増やしておこう。
こういう状況の時は修羅場とかにもなりそうだからな。
俺はとてもよく知っているんだ。ゲームとか漫画でよくあるからな!
それに、なんてったって、俺とブラックとエメロードさんは不毛な三角関係だし。もしエメロードさんが変な奴に言いくるめられたりして、俺への憎しみを更に肥大化させているとしたら逆に心配だよ。……もう、ヒルダさんのように、誰かに騙されて暴走してしまう人なんて見たくない。
それが敵であっても、後で後悔するような事をさせるのは嫌だ。
まだ何も見えて来なくて手さぐり状態だけど、行ってみるしかないよな。
準備だけはきちんとして、どんな事にも対応できるようにして。
でも、正直な話……神族の国に行けるってのはちょっと嬉しい。念願のエルフの郷って奴なのだ。どうしても興奮してしまう。
だって、見渡す限りの光景にエルフがいるんだよ。エルフばっかり、耳の長い美男美女ばっかりの世界なんだよ! これに興奮せずにどうしろっていうの。
ああ、エルフ好きのダチに自慢してやりたいなあ。エルフの郷ってのは基本的に森の中だけど、この世界のエルフ達の郷はどんな風なんだろうなあ。
不謹慎かもしれないけど、考えるだけでワクワクしてしまう。
だけど、ワクワクすればするほど、エメロードさんが自分の故郷で何を語るのかが気になってしまう。裁定員に話せないない用って本当になんなんだろうな……。
願わくば……これからの旅が、不穏な事ばっかりにならなければいいのだが。
◆
明けて翌日。
いつ出発するのだろうと思いながら旅の用意をしていると、昼前ぐらいにラセットがやって来て、俺達に「付いて来い」と促してきた。
どうやら案内してくれるらしい。
人族を見下しているのがエルフ神族のスタンダードだから、ラセットの言葉遣いも結構上から目線なのだが、しかし俺はラセットがツンデレで情に厚い奴だともう知っている。なので、ぶっきらぼうに言われても、腹は立たない。あいつがイケメンなのにはイラッとくるが、まあそれは俺の心が歪んでいるだけなので置いといて。
とにかくお見送りをという事でアドニスにも同行して貰いつつ、廊下を右へ左へと歩く。その最中で、ラセットが今どういう状況なのかを説明してくれた。
彼が言うには、もう既に裁定員達には連絡と許可を貰っており、すぐに出発しても問題は無いと言う。エルフ神族の女王と言う地位は、泣く子も黙る裁定員達もすぐに黙らせてしまうレベルの存在のようだ。
そんな女王様のご命令によってか、帰って来る時もこのカスタリアに直接乗り付けることが出来るらしいので、移動などの心配はしなくていいらしい。
そんなにエルフの郷ってのは近い場所にあるのかな。
どういうルートで行くのかと聞いたら、ラセットは「馬車は必要ない」と答えた。
馬車は必要ない……つまり徒歩で良いって事か?
でも国境の山にエルフの郷があるなんて聞いた事も無いしな。第一それが確かなら誰かが説明してくれているだろう。国境の山に存在するエルフ神族の郷なんて、神聖不可侵と思われていそうだしな……。
だけどそんな説明なかったし……一体どうやって神族の国に向かうのだろう。
そんな事を思いながら、廊下をいつも以上にクネクネと歩いて行くと――カスタリアの施設内でもかなり奥まった場所にある区域に入り込んでしまい、周囲が次第に薄暗くなってきた。他の場所より明らかに暗めだ。
こんな場所から本当に移動できるのだろうか、と四人でキョロキョロしていると……前方の突き当りに、なにやらシンプルな両開きの扉が見えて来た。
「あそこだ。薬師殿、見送りは扉の前までになるが、よろしいか」
歩きながらそう言うラセットに、アドニスは頷く。
じゃああそこから出発できるのか。しかし……玄関でもなさそうっつうか、むしろ物置の部屋なのではって感じの場所なのに、どうやってこっから移動するんだろう?
「なあラセット、あの扉の向こうに何かあるのか?」
そう問いかけると、相手は少し面白そうに笑った。
「見れば判る」
そうは言うけど、見てないからまだ判んないんだってば。
うーん……神族の国ってどこにあって、どうやって行くんだろう。
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