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空中都市ディルム、繋ぐ手は闇の行先編
3.神のいとし子が住まう場所1
しおりを挟む訝しむ俺達に構わず、ラセットは扉を開け放つ。
存外広い部屋の中には――古い石造りのアーチ門のようなものが、中央にぽつんと存在していた。
「あ……」
凄い、こんな門があったのか。素直にそう思った。
大理石のように柔和な光沢を放つ四角い石材を、人二人が横並びで通れるアーチ状に組み上げ、更にそれぞれの石に植物を図柄にした細かく美しい模様が彫り込まれている。アーチが合わさる場所、すなわち頂点には鎹のような台形の石材がしっかりと嵌められていて、そこには虹色の宝石が輝いていた。
ううむ、明らかに普通の門とは違う感じがするぞ。
まるでガキの頃に古い子供向けの本でみた“妖精の門”みたいだ。
美しい森の奥にぽつんと置き去りにされているような、朽ちた古代の遺跡の庭園に置いてあるような……とにかく、そんな柄にもない神々しいイメージが湧いてくる。建築物って、時々どうしようもなくロマンチックな妄想を掻きたててくれるよなあ。
本当、こんな風に思えるものを造れるなんて凄いよ。
この門だってきっと、イメージに違わぬ神族に関係する特別な門なんだろうな。
そう思うと、妙にドキドキして来てしまった。
「みなさん、お待ちしておりました」
その門の前には、光り輝かんばかりの美貌を持つ少女が居る。
いや、正確には少女のままの女王か。
罠にハメられたってのに、それでもぽーっとしてしまうのは、俺が健全な男として女性が好きだからなんだろうか。それとも、彼女の特殊な魅力がそうさせるのか。
もしかしたら、雰囲気でこうなるってのも有るかも知れない。
門を背にしてこっちを見ている彼女は、本当に妖精の女王みたいなんだから。
はぁ……不毛な三角関係でもなけりゃ、土下座でもしてえっちな手ほどきとかしてほしかったんだがなあ……。
「随分とお待たせしてしまいましたねえ、女王サマ」
変な所でガッカリしている俺の隣で、ブラックがトゲだらけのキツい言葉で慇懃無礼を隠しもせずに言う。だが、こんなに悪意丸出しだと言うのに、エメロードさんは可愛らしい微笑を絶やさない。俺的にはキュンだが、これ多分嫌味も入ってるよな。
と言うか寧ろ、自分に苛立っているのすら嬉しいのかな……ううん……俺ならもう顔も見れなくなりそうだけど、エメロードさんて本当強い人なんだなあ……。
自分に関心を向けてくれているっていうただ一点で喜んでしまえる人は、何でそう思いきる事が出来るんだろう。俺なんか、クラスの女子に一斉に注目された事も有るけど、アレは全然良いモンに思えなかったよ。憎まれてでも相手に見て貰いたいって言うのは、それだけ愛が深い証拠なのかな。
だけど、俺はそんな風には思えない。
憎んだ分だけ好きな人の心はすり減るし、自分だっていつかは理想と現実の剥離にどうにかなってしまうだろう。そんな事になるのなら、忘れられて二度と会わない方がよほどマシだ。幾ら好きな人だからって……いや、そんなに好きな人だからこそ、ネガティブな感情で終わりたいなんて考えられなかった。
それは、俺が弱いからなのかな。
優しい気持ちのままで忘れられたいと思うのは、わがままなんだろうか。
それとも……ブラックみたいな人を好きになって、その恋が叶わないとしたら……俺もエメロードさんみたいに、憎まれてでも覚えていてほしいって思うのかな。
でも、こんな事を考えること自体が烏滸がましいような気がしてきて、何だか脳が考える事を拒む。俺みたいなタナボタ野郎が気持ちを理解しようと思うこと自体が、驕りのような気もするし……結局、人の気持ちはその人にしか判らないもんな……。
こうして寄り添おうとする事も、当事者には迷惑だったりする事もあるし……。
「それで、ここはどういう場所なのだ」
今回この件にはあまり関わっていないクロウが、空気を読んでか周囲を見渡しつつ話を進めてくれる。剣呑な雰囲気に参っていたらしいラセットは、ゴホンと咳をすると、エメロードさんの隣まで歩いてこちらを振り返った。
「ここは『神門の間』だ。このカスタリアには、特別に私達の国【ディルム】と繋ぐ神門を設置してあるのだ。これで、いつでも双方の行き来が出来るようにしてある。だが、この門は我々神族しか自由に使えない。人族は、我らが使用のたびにその都度認めなければ使えないようになっている」
なるほど、いわゆるワープ装置だな。
そのあたりはブラックもキュウマの魔法のドアで経験済みだし、クロウもアドニスの術でなんとなくの事は把握してるみたいだから、神門の機能については特に驚きもなさそうだった。
そのことにラセットが目を瞬かせていたが、さもありなん。普通は驚くよね。
「じゃあ、今からそれを潜ったらいいんだね」
「まあまて。……ああほら、きたぞ」
「来た?」
ラセットが俺達の背後を見る。
何が来たのだろうかと全員で振り返ってみると、そこには。
「し……シアンさん!?」
そう、そこには、クロッコさんに連れられてきた美老女姿のシアンさんが……って、シアンさん今出てきていいの!?
「おい、連れて来ていいのか!?」
これにはブラックも驚いたようで、慌ててエメロードさんの方を振り返る。
そんな様子を見ても彼女は表情を変えず、内面が見えない微笑みのままでブラックの問いかけに答えた。
「シアンは我が国の中枢で働いている高官ですからね。一度帰って様々な事の処理をして貰わないと困るので。その間、神門はすべて閉じますので逃げようとしても逃げられません。ですからご安心ください」
いや、うん、そういう話では無くて。
でもこんな風に言って実際連れて来る事が出来たという事は、こっちも裁定員達の許可は取ってあるんだろうな……ううむ、何から何まで用意のいいことで……。
「久しぶりね、みんな」
「シアンさん……体大丈夫?」
隣まで歩いてきたシアンさんに問うと、彼女は優しい笑みを返してくれた。
「ええ、平気よ。拘束されていたと言っても、罪を犯した囚人のような扱いは受けていないから。高級宿に居たようなものだから安心して」
確かに、シアンさんにやつれた様子は無く足取りもおかしくはない。
疲れた感じはするけど、それは何日も同じ場所に拘束されていたからだろう。ならひとまずは安心ってことなのかな。
「クロッコ、ご苦労様。……では参りましょうか」
そう言いつつ、エメロードさんは門に手を触れる。すると門の唐突に門の内側から光が漏れ始め、ライトに照らされたスクリーンのように光の膜が現れた。
あの光を潜ればシアンさんの故郷に辿り着くんだろうか。
「ツカサ君」
ぼけーっとその光景を見ていると、背後から肩を叩かれた。
何事かと振り返ると、そこにはアドニスが……ってどうしたの。
「なに?」
「万が一の事を考えて、解呪薬を持って行って下さい」
そう言いながら俺に小瓶を渡してくるアドニス。
だけど何でそうコソコソするのかが解らない。
「なんでこんなコソコソと?」
「……この解呪薬は、呪いとされる“曜術などでは説明できない現象”に有効ですが、呪いが掛かっていない者が飲むと、急激に曜気が奪われ気絶する劇薬になります。誰かが誤飲する事のないように、管理をお願いしますよ」
「それは良いけど……なんで俺に?」
「君しか管理できなさそうですし……それに、彼女の容体は完全に回復したとは言えません。呪いが再発する可能性も有ります。だけども、あの従者二人は薬品の事には疎そうですし……中年どもが王女にコレを飲ませるとも思えません」
「…………まあ、それは確かに……」
俺は薬師でも医者でもないけど、けれどこの中では一番植物と触れ合っているし、薬の調合も素人よりは上手なはずだ。なんたって俺は水と木の曜術を操る日の曜術師だからな。だったら、専門外の人達よりも俺を指名しようと思うのは当然だ。
しかし……やっぱり無茶な事してんだなあ……。
「アドニスも来てくれれば良かったんだけどなあ」
「こればっかりはどうしようも有りませんね。……まあ……恐らく、薬に詳しい者が居ては困る何かがあって、私を除外したのかも知れませんが」
「え……」
それってどういうことだろう。
エルフの郷的にNGだからアドニスを置いて行くことにしたって事なのか、それともエメロードさんが何かの目的を以って排除したって事なのだろうか。
「――それでは今から参りましょう。クロッコ、先に行って支度を」
「御意」
軽く頭を下げて、まずはクロッコさんが先に門をくぐる。
その姿を見て、エメロードさんは手をすっと差し出し「どうぞ」と促した。
「…………い、いくか」
「じゃあツカサ君手を」
「繋がない!! じゃあなアドニス行ってきます!」
ったくもーおめーは本当によお!!
エメロードさんが居る前で何をいちゃつこうとしとるんだやめろ!
デレデレとした声の要求をぴしゃりと跳ね付けて、俺は一人で門をくぐった。
視界の端にエメロードさんが見えたが、怖くて視線を合わせられない。なんかもう何やってもエメロードさんへのあてつけに見えるそうで、迂闊にブラックと話せないよ。彼女の前では極力ヘタな事をしないようにしよう……。
なんたって門の向こう側は、女王様のホームだし、人間である俺達にはアウェーも同然だからな……人族を見下すのがデフォの種族だし、出来るだけ笑われるような事は避けなければ。そう思いつつ、光の膜の中に突入する。
「ぅっぷ……」
何だか、柔らかい布に顔を付けたような感触がする。だが目の前には何もない。
その柔らかな布の感触を振り払うように前へと進むと――――光で真っ白になっていた視界が、急に眩いばかりの緑色へと変化した。
「っ……!」
いや、これはただの緑色ではない。
これは……この色は……見渡す限りの新緑を湛えた草原と森の色だ。
「うわ……!」
俺の目の前に広がったのは、周囲を森に囲まれた小さな草原。
ここがどこなのか知ろうにも、見渡す限り森しかないので、どこなのかすらも解らない。新緑の季節の鮮やかな森という事は解るが、人工物は今通って来た神門くらいしかなかった。エルフの郷だから緑が沢山あるんだろうなってイメージしてはいたけど、本当に木と草原の国だなんて……。
「うーん、めっちゃ清々しくて個人的には好きなんだけど……なんつうか、神族の国っぽさがないなあ……」
エルフと言えば、見上げるほどの巨木を刳り貫いた家とか、それか木造の質素な家とか、キノコハウスとか……。とにかく衣食住の全てが森と深い関係が有る存在だ。なので、広大な森があるってのは別段問題は無いんだが……それにしても、町は何処だろう。見る限りでは巨木も見つからないんだけども。
「よっ……と。あー、やっぱ結構肌寒いねえ」
俺の後にやってきたブラックが、呑気な声を出す。
そう言えば空気がキンとしてるというか、なんか肌寒いな。
やっぱ高所にあるからなんだろうか?
腕を擦っているとクロウが目をしぱしぱさせながら現れて、シアンさんが静かに入ってくる。最後にエメロードさんとラセットが手に手を取ってやって来た。
全員がこちら側へと着たと同時に、門が光を失う。と、思ったら、門がいきなり薄くなってその場から消え去ってしまった。後には森に囲まれた小さな草原が残るのみである。これがもしかして「逃げられない」ってことなんだろうか。確かにこれなら外には出られないな。
「すぐに馬車が参ります。ここでしばしお待ちください」
エメロードさんがそう言うので大人しく待っていると、森の奥の方からガサガサと何かを掻きわけるような音が聞こえた。もしかして森の中を馬車が走っているのか?
しかしそれにしては車輪が回る音も聞こえないし、草木の中に割って入るワイルドな効果音も全然聞こえないんだけど……。
一体どんな馬車が来るのかと思っていると――――真正面にある森、いや、何本もの木々が、有り得ない曲がり方で木の幹をぐんにゃりと曲がり、トンネルを作って……その間から、馬車を引き連れた二頭の馬が飛び出してきたではないか!
……いや、待て。この馬……普通の馬じゃないぞ……。
緑色の鱗に覆われ、金の鬣を持っている一角獣なんて……こっちもこっちで普通の馬じゃないんですが。ディオメデよりも更に怪獣っぽい感じだ。
しかし、普通のユニコーンじゃなくて緑色で爬虫類的な鱗を持つモンスターを馬車の馬に使うなんて……一体エルフの郷ってのはどうなってるんだ。
「さあ参りましょう」
シアンさんとエメロードさん達は、この馬が馬車をひく事が当たり前のように思っているっぽい。だけど、クロウは驚いていて……ブラックはどこか呆れたように頬を掻いたが、別段驚いてはいなかった。
あれ。ブラックは驚かないの?
そういえば……ブラックってエルフの郷に訪れた事があるんだろうか?
態度からしてそんな感じだけど……その話は後で聞けるのかな。
エメロードさんが見ている間は、ブラックとの必要以上の会話は止めておこうと思ったばかりなのだが、ブラックの過去を知る事が出来るかもしれないと思ったら、妙に気になって来てしまって、俺は別の意味でドキドキしてしまっていた。
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