異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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空中都市ディルム、繋ぐ手は闇の行先編

1.目覚めた後の

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 地上を見下ろす国境の山の上。

 世界協定の本部・カスタリアのある一室では、今まさに生死を分ける緊張の一瞬が訪れようとしていた。

「ほ……本当に大丈夫かな……」

 思わず不安になってしまいそう言うが、誰も答えられない。
 俺の隣で突っ立っているブラックとクロウも、なるようになるさとでも言いたげな顔で肩をすくめるくらいしかしてくれなかった。
 そう言われるのは解っているんだけど、それでもやっぱり不安で仕方ない。

 目の前にあるベッドには、可愛らしくも美しい美少女が眠るように横たわり、その横には、稲穂色の綺麗な髪をしたエルフが心配そうに立っている。

 周囲には様々な人間がいるが、その二人だけを見ているとまるで眠り姫の童話を思い起こすような美しさで。こんな時だと言うのに、思わず俺はほうけてしまった。もし本当にベッドの上の美少女……エメロードさんが眠りに就いているだけなら、こんなに絵になる様子もないのにな。

 美男美女と言うのは、いついかなる場所であっても絵になる物だ。誰もがそう思うから、綺麗な人達には悲劇がつきものなのだろうか。けれど、少なくとも俺は美男の方と友達なだけに、彼が悲しむような事にはなって欲しくないと強く思った。

 美男のエルフ――ラセットは、呪いをうけて深い眠りに就いているエメロードさんに恋をしている。もっというと、愛しているんだ。
 従者である自分が愛されるはずが無いと解っていても、一途に彼女を愛し続けているあまりにも出来すぎた好青年なのである。

 彼女のためならなんだってすると豪語するラセットの姿は、誰が見ても応援したくなるような一生懸命さで、だから俺も彼が喜ぶ結末になって欲しいと願っていた。

 俺は、エメロードさんとの関係はあまり良くない……というか、ブラックを巡ってすったもんだある関係なので、彼女には嫌がられそうだけどな。
 でも正直な話、エメロードさんにどういう感情を向けたらいいのか解らないんだ。

 いやだってさ、恋のライバルが女の子って、何だか自分でもどう思ったらいいのかよく分からないんだよなあ。嫌いなのかも知れないし、男としては彼女は魅力的だと思うから、敵視されてても好ましいと思ってしまっているのかも知れない。
 ブラックを奪われてしまうのは嫌だけど、だからと言って彼女を全面的に嫌う事は、俺には出来そうになかった。

 なんにせよ、彼女が助かればいいと言う気持ちは確かだ。例え嫌われていたって、誰かが死ぬのは嫌だもんな。

 だから、今から行われること……――俺達が持って来た黒籠石と、各種薬草を混ぜ合わせて作った古代の”解呪薬”を飲ませて、彼女を目覚めさせようとする施術を、固唾かたずをのんで見守っているのだが。

 …………にしても、あの薬本当に大丈夫かな。

 今まさにアドニスが持っているその丸型フラスコのような物に入った液体は、赤と紫色が混ざり切らずマーブル模様になっている。それが脳内ではどうしても「毒」に認識されてしまっていて、俺は不安にならずにはいられなかった。

 アレは赤い果実とブルーベリーが混ざった美味しいシェイクだと思おうとしても、原色アメリカンな色彩に不慣れな俺にはやっぱり毒にしか見えてこない。
 せめて甘い匂いがすればお菓子と割り切れたのにと妙な悔しさを抱いている間に、アドニスはエメロードさんに近付いて、薬を飲ませようとしていた。

「少し体を上げて下さい。そう。あとはくだを差し込んで入れますので」

 そんな事を言いつつ、アドニスは手の内から柔らかそうな細い蔓を出す。蛇のように動いているが、もしやあれが管の代わりなのだろうか。
 ということは……アレをエメロードさんの口から差し込んで呑ませるってのか。

「…………なんか随分ずいぶんと夢が無いな……」
「だって気管に入ったら困るじゃない」
「いやそりゃそうなんだが」

 ブラックよ、お前には浪漫と言う言葉が理解出来ないのか。
 ファンタジー世界なのに妙に生々しいのは勘弁して欲しいんですが。とは思えど、俺の都合なんて他の人には関係が無い。

 しょうもないことで悩んでいる間にアドニスはエメロードさんの口に管を差し込み、じょうごのような物を使ってごく少量ずつ液体を流し込み始めた。
 数滴程度の酷く少量の液体を流して、数秒待つ。
 待ったらまた少量の液体を流し込んで再び待つ。それの繰り返しだ。

 三、四回ほど無言でその行為を続けていると……――

「あっ……」

 エメロードさんの腹部の辺りから、何か黒い靄のような物が湧き立って来る。
 あれって……クロウから出て来ていたのと一緒だ。ってことは、あれが呪いの姿だっていうのか? 湧き出てるって事は……成功したのかな。

 でも、それが途切れてしまったら事態は深刻なものになる。
 どうか出切ってくれと願いながら、靄の行方を追う。すると、エメロードさんの体が急に薄らと赤紫色の光に包まれ始めた。

 とても綺麗だけど……これはもしや、薬の効果なのか……?

 周囲に気付いた人がいないかと見回してみるが、誰も驚いた様子ではない。
 ということは、この光はまた俺にしか見えていないのだろうか。
 でも、アドニスが薬を飲ませる度に光が強くなって行って靄が薄くなってるから、きっとこの光は快方へ向かっていると言う印のはずだ。頼むからそうであってくれと祈っていると。

「…………っ……」
「……!! 姫っ、私が解りますか!!」

 喉の異物感に顔を歪めたらしいエメロードさんに、ラセットが呼びかける。
 アドニスが管を引き抜くと、彼女はゆっくりと目を開いてラセットを見上げた。

「ぁ……っ、……」

 数日ずっと眠り続けていたからか、声が出ないようだ。
 だけど、確かに彼女が「ラセット」と言ったのが解って、部屋につどっていた俺達はやっと長い間の緊張から解放された。それぞれに安堵あんどの溜息を吐きながら、何とか最悪の事態は回避されたのだと喜びに湧く。

 特にラセットなんかは、涙ぐみながら勢い余ってヒルダさんを抱き締めていた。

 従者がお姫様に抱き着くって本来はアウトなんだけど、まあ今は良いだろう。誰も気にしてないからな!

「む、薬師殿。これでレクス・エメロード様はもう大丈夫なのですかな」

 喜びムードの中、ちょっとヤな奴でシアンさん罷免ひめん派筆頭であるのカウカ学院長が冷静にベッドに近付いて来る。
 どうもエメロードさんに「貴女を襲った犯人は誰だ」と聞きたいらしいが、それを察知したアドニスが学院長の前に立ち塞がった。

「呪いが解けたからと言っても、すぐに話を聞けるわけではありません。ずっと寝ていたのですから体力は落ちていますし、まだ意識も曖昧です。なので、確実な証言を得たいのであれば、最低でも三日は待って下さい。それがご不満でしたら、この部屋から出て言って頂いて構いません」

 ビシッと言ってやるアドニスに、カウカ学院長はそのまま黙ってしまった。
 ひゅーひゅー! いいぞアドニス、格好いいー!

 心の中で思いっきり囃し立た俺を余所に、アドニスは息を吐いて周囲に聞こえる声で再び注意を促した。

「皆さん、まずは彼女の回復が最優先です。こればかりは回復薬では不十分ですし、しっかりと睡眠と食事を摂って頂かなければなりません。その間は、彼女が心穏やかに過ごせるように決して無理な事はしないで下さい。良いですね」

 すごい、アドニス医者っぽい。
 いや薬師だし多少は医療の心得があるんだろうけども、何というか気迫が違う。
 いつもは腹黒キャラみたいにニコニコして毒を吐くような奴だけど、こういう時は何と言うか頼りになるな……いや、俺が頼りにならなさすぎるだけかもしれんが。

 ……ゴホン。ともかく、ここまで言われると流石に裁定員の人達も強くは出られなかったのか、素直に言う通りにしてくれた。
 こうなると俺達もお邪魔だったので、大人しくエメロードさんが回復するまで待つ事にした……のだが、話を聞く機会は以外にも早く訪れる事となった。




 
「しかし、三日ぐらいかかると思ってたのに、神族も凄い回復力だなぁ」

 たっとい人用の客室が並ぶ豪奢な廊下を歩きながら、ブラックが他人事のように言う。
 これからその他人事の主に会いに行くってのに、相変わらずエメロードさんには毛ほども興味が無いなこのオッサンは。
 ……いや、まあ、興味あったらあったで困るんだけど……そういうんじゃなくて。

 その……ええと、あれだ。
 とにかく、もうちょっと心配とかはすべきだと思うんだよ俺は。スキとかいう次元じゃなくて、相手を気遣う精神が大事というか!

 しかし、それを説いてもブラックがそんな事などお構いなしなのは解っている。
 それがブラックだからと言えばそれまでの事でしかないので、結局俺はブラックの人でなしっぷりを再確認しながら歩みを進める事しか出来なかった。

 ああ、この感じでエメロードさんに面会に行ってこじれたりしないだろうか。
 数日経過したって、それでエメロードさんの心情が変わるワケでも無い。彼女はきっと今もブラックの事が好きだろうし、俺に対しても敵意を抱いている。
 仲良くなんてなれないのは解り切っていた。

 でも……俺達二人だけなら会っても良いって招待してくれたんだから、それを考えると、蛇蝎だかつごとくレベルには嫌われてないって事なのかな。
 それとも、感情を押し隠してくれているだけなんだろうか。エメロードさんは容姿こそ可愛らしい系の美少女だけど、中身は数百歳の大人だからなぁ……。自分の好き嫌いで態度を変えている場合じゃない、と割り切った可能性もあるよな。

 そうだとすると非常に会いにくい……ヒルダさんの時もそうだったけど、やっぱり相手が自分の事を良く思っていないってのを理解すると、足が重くなってしまう。

 ブラックみたいに「誰に嫌われようが我が道を行く」って感じに格好良く行けたらと俺だって考えるけど、卑屈で小心者な俺にはそんな風に割り切る事が出来ない。
 隣に人が居れば、その人に良く思われたい。それは、大多数の人間が考えることのはずだ。自分一人で生きていけると思えるほどの強さなんて、一般人には無い……と、俺は思うんだが……。

 はあ、俺もブラックみたいに強けりゃ堂々としてられるのかなあ。

 我ながら情けないなと思いながら歩いていると、もうエメロードさんの部屋の前に来てしまった。ああ、憂鬱ゆううつだ。ブラックは別段何も気にせずノックするし。

「どうぞ」

 中から鈴を転がすような可愛らしい女性の声が聞こえて来て、思わず緊張する。
 しかし来てしまったものはもう仕方がないのだ。意を決して、俺達は中に入った。
 ああ、本当上流階級の部屋ってのはキラキラしてて赤じゅうたんだの綺麗な絵画だのと似たような記号がいっぱいで逆に安心するなあ。

 家具は白を基調としていて少し地味だが、色味の強い部屋と合わせると、何となく締まった感じに見えるから不思議だ。

「おじゃまします……」

 恐る恐る部屋の中に入ると、メイドさんらしき人達がドアを閉める。
 うわ、ドアの開け閉め専用のメイドさんがいるのかよ。さすがはお姫様……。

 おっかなびっくりでブラックの背後に引っ付いて歩いて行くと、ベッドの上で座るようにして上半身を起こしているエメロードさんが見えた。やっぱりそこは女王様の威厳を保つために補助なしで座っているんだろうか。
 ちょっと心配になったが、彼女は病み上がりという事を感じさせない、しっかりとした居住まいで俺達を静かに見つめていた。

「良く来て下さいました」

 いつもの態度とは違う、女王然とした態度。
 それが俺達との確執を越えた何かによって表れた物だとすぐに理解し、俺達もすぐに気を引き締めた。

「それで、話ってのは?」

 相変わらずぶっきらぼうに言うブラックだが、エメロードさんは構わず続けた。

「……単刀直入に言います。私を襲った犯人ですが……わたくしには、既に大よその見当がついています。ですが、裁定員の方々にそれを伝える訳には行きません。ですので、これから貴方達を神族の国【ディルム】にご招待したいと考えています」

 えっ、え。ちょっと待って話が急展開過ぎて理解が追いつかない。
 犯人が解ってて、神族にご招待ってどういうこと。

「待て待て、意味が解らんぞ。その話ならここでしても良いんじゃないのか。それに、何故お前達の国に行く必要がある?」

 それ、そうです。俺もそれが言いたかったんですよ。
 何か色々おかしいよね?
 せめて説明してくれと慌てると、エメロードさんはさもありなんと頷いた。

「動揺はごもっともです。ですが、今は従って下さいませんか? ……もしご招待の理由に納得出来ないのであれば、この話はそれまでです。貴方がたが知りたがっていたシアンを無罪にする証拠も、わたくしを襲った犯人もお教えする事は出来ません」

 それは……エメロードさんは、襲撃した犯人を知っているという事だろうか。
 ここまでセキュリティが高い場所で殺しに掛かるような相手なのに、その正体を知っているだなんて……もしかして、ストーカーか何かだろうか。なにそれ怖い。

 シアンさんを無実にする証拠も欲しかったが、そちらも気になる。
 もし彼女が「証拠」を持っていたから襲撃されたのであれば、シアンさんにも危害が及ぶかもしれない。これ以上最悪の状況にシアンさんを置きたくは無かった。
 それに……無関係でも、結局彼女に危害がおよべば悲しむのはシアンさんだ。
 たった一人の姉を失いたくはないだろう。だから、犯人を知る事は絶対に必要だ。

 相手は絶対的なセキュリティをくぐって、この場所でエメロードさんを襲ったんだから、どうかんがえてもあなどる訳にはいかないよな。
 彼女の身を守るためにも、神族しかいない場所にこもるのは良い案かも知れない。  だけど……俺も行っていいのかな。それに他の裁定員はどうすんだろ。

「あの……俺も付いて行っていいんですか? 裁定員の人達にはどう説明をすれば……。それに、そちらに行っている間に、シアンさんが何かされるのではないかと心配なのですが……」

 他意はない、心配する言葉。
 だがエメロードさんは真剣な表情のままその質問を返した。

「ツカサさんも一緒にお越し下さい。お連れの獣人も許します。……ですが、余人にはあの刺殺事件の事を話す事が出来ない。事はそう簡単ではないのです。それ故に、この件は内内で処理せねばなりません。ですから、地上にはいられないのです。……ブラック様とツカサさんは、その意味がお分かりにならない方ではない、と……わたくしは思っておりますが……」

 要するに、ごちゃごちゃ言ってないで付いて来いってことだろう。
 しかしやはり、襲撃の犯人に関しては、隠さない方が良いのでは……。

 裁定員の人達にも真犯人の事を教えて、いろんな場所を徹底的に探して貰った方が、犯人だってすぐに捕まえられるだろう。
 それなのに俺達を引き連れて故郷に帰るだなんて……なんというか、妙だ。

 エメロードさんの言い草からしても、犯人を知っているのは間違いないだろう。
 だけど、裁定員達には話せないという事は……身内に犯人が居る、ということか、裁定員の中に犯人がいるという事になる。でもそれでも、故郷に行くってのは変だよなあ……うーん……一体何を考えているんだろう。

 ブラックも彼女の思惑をイマイチ読み取れず、不可解そうに顔を歪めている。
 二人揃って思案顔になってしまった俺達に、エメロードさんは数秒沈黙を持ったが、唐突に思ってもみないことを喋り出した。

「一つ、賭けをしましょう」
「え……」

 賭け、とはなんだろうか。
 思わず目を見開いた俺達に、エメロードさんは告げた。

「もし貴方達が“わたくしを襲撃したのは誰なのか”を見極める事が出来たのなら――わたくしは、望まれている事全てを叶えましょう。シアンの無罪放免も約束しますし、なにより……貴方達が最も欲しがっているであろう情報も、お渡しします」
「……?!」

 “襲撃した犯人”ではなく……俺達が欲しがっている情報?
 それは一体なんだ。何を欲しているんだろう。

 戸惑う俺達に、彼女は続けた。

「それに、この賭けに勝てば……わたくしはブラック様を追いかける行為をやめます。ツカサさんにとっては、嬉しいことでは無くて? ああ、ですが、もし最後まで犯人を見極める事が出来なかったのなら……逆に、こちらの言う通りにして頂きます。……どうですか?面白い賭けでしょう」

 そう言いながら、エメロードさんはコロコロと笑う。
 だけど、彼女のその表情は……今まで眠りについていた可憐な姫様とは思えない、いちばちかの賭けに挑むような、凄味のあるものに染まっていた。












 
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